梨里杏とリリア ⚜️二十歳の夜、二人は世界を越えた⚜️

星ノ律

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序章:入れ替わる二人

⚜️ 01:もう一人の梨里杏

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 私が幼稚園児だった、15年前のある日——

「きょ、教室の窓が、全部吹き飛んだんですか……? だっ、誰も怪我はありませんでしたか……?」

 お母さんは幼稚園の先生に呼び出されていた。私は下を向いて、その隣に座っている。教室にいても雨音が響くほどの、酷い土砂降りの日だった。

「ええ……幸い、怪我をした子は一人もいませんでした。本当にそこに関しては、ホッとしております。——もちろん、私たちも梨里杏りりあちゃんのせいだなんて、思ってはいないんですよ。だって教室の窓も、廊下の窓も吹き飛んじゃうなんて、そんなことありえませんから」

「そ、それは、そうですよね……」

「ただ……たまたま梨里杏ちゃんが大声を上げた時に起きちゃったもんですから、私たちもどうしたものかって……念の為こうやって、梨里杏ちゃんのお母さんとも、お話の場を持たせてもらったって感じなんです」

 そんなやりとりの後、私はお母さんに手を引かれ幼稚園を出た。


「梨里杏……? なにが、あなたをそんなに怒らせたの?」

 二人で傘を差して帰る中、お母さんはそう聞いてきた。

「——梨里杏、聞いてる?」

「わたしの……わたしの絵を見て、お友だちが酷いこと言ったから……」

「お母さんを描いてくれた絵のこと? とても上手に描けてたじゃない。なんて言ったの? そのお友達は」  

「わたしの絵はお母さんしかいないって。他の子の絵は、お母さんもお父さんも、お兄ちゃんとかネコもいるのに。一人ぼっちの梨里杏と一緒だって。絵の中のお母さんも一人ぼっちだって。そ、そんな風に……みんなが……みんなが、言うから……」

 私は小さな傘を投げ捨て、お母さんを見上げて泣いた。髪も服も、肩から下げたカバンも、どんどんと雨に濡れていく。

「まあ……なんて酷いこと言うんでしょう、酷いお友達ね。梨里杏は一人ぼっちなんかじゃない、梨里杏にはお母さんがいるじゃない」

 お母さんはそう言って、雨の中膝をついた。

「あの絵、帰ったら一緒に描き足そう。お母さんの隣に梨里杏を」

 肩を震わせ立ち尽くす私を、お母さんはギュッと抱きしめてくれた。


 確か、その日だけだったように思う。

 魔法を使ったのに、叱られなかったのは——


***


 そんな私も、日付が変われば二十歳になる。今日は十代最後の日だ。

「梨里杏、ごめんっ!! やっぱ、今日は飛行機飛べないって。昨日までは、ただの熱帯低気圧だって言ってたのに……めちゃくちゃ……めちゃくちゃ、楽しみにしてたのに……」

「——仕方ないよ、もえ。その代わり、沖縄でもう一泊出来るんでしょ? せっかくだから楽しんでおいでよ」

 親友の萌からそんな電話が掛かってきたのは、今日の16時頃。研修先の沖縄から、台風で帰ってこれないという連絡だった。


『お互いの二十歳の誕生日はさ、めっちゃ良いホテルでお祝いしようよ! そして日付が変わる瞬間、ワインで乾杯するの! ——どう、梨里杏? 素敵だと思わない?』

 高校卒業の日、萌が言ってくれた言葉だ。

 そしてその素敵な提案は本日行われ、私はラグジュアリーホテルに一人で滞在しているというわけだ。


 本当に、広くて素敵な部屋……

 壁一面の大きな窓には、高層階からの綺羅きらびやかな夜景がどこまでも広がっている。研修先の泊まり先がビジネスホテルだった萌からは、「羨ましすぎる!!」というメッセージが届いていた。

 テーブルに置いてあった、有名ブランドのチョコレートを手に取る。

「萌と一緒だったら、これ一つで盛り上がってたんだろうな……」

 一人で泊まるにはもったいないほどに部屋は広く、大きすぎるベッドは一人だということを余計に実感させた。


 そんな時間を過ごすうち、0時まであとしばらくとなった。

 二十歳になる瞬間を一緒に祝おうと言っていた萌は、20分前のメッセージが最後になっている。今日は早朝から、休憩なしで動き回ったと話していた。きっと眠ってしまったのだろう。

 萌と乾杯するために買っておいた、ワインをグラスに注ぐ。

 私は一人、誕生日までのカウントダウンを始めた。

 5……4……3……2……1……

 そして、ワイングラスを夜空に掲げた瞬間——

 目も開けられないほどの眩い光が、私を真っ白な世界へと引きずり込んだ。


***


「せっ、成功したのか……?」

 こ、この声はなに……?

 眩しい光を浴びたせいで、視界が戻ってこない。やがてぼんやりと浮かんできたのは、貴族のような格好をした壮年の男性と、石造りの豪華絢爛な広間だった。

「だ、誰っ……!? こっ、ここはどこっ!?」

「お、大声を出さないでくれ、リリア……」

「なっ、なんで私の名前を知ってるのっ……!?」

 思わず後ずさってしまった私は、持っていたワイングラスを落としてしまった。大理石の床に落ちたワイングラスは、『カシャーン』という派手な音を立てる。

「リアノス様っ、何の物音でございましょう!? 何かございましたか!?」

「な、なんでも無い! しばらくでリリアの支度が整う! 馬車をいつでも出せるよう、準備しておいてくれ!!」

 リアノスと呼ばれた男はドア越しに大声で命じると、静かに私の元へと近づいてきた。

「急にこんな世界に来てしまって、困惑していることだろう。詳しいことは後で話す。——今は何も言わず、私についてきてくれないだろうか」

 リアノスはそう言って、私をジッと見つめてきた。

 なんだろう、この既視感……そうだ、似ているんだ……

 少し青みがかった目の色が、私と——

 そしてその彼の目は、泣き腫らしたような目をしていた。私に会うまで、ずっと泣いていたのだろうか。

「つ、ついていくってどこに……?」

「それもあとで話す。——時間がない。悪いが、手を掴むぞ」

 リアノスはそう言うと、私の手を取り廊下へと連れ出した。

「リ、リリア様っ……!? な、なんです、そのお召し物は……?」

「本日のために用意した衣装だ。そのことはよい、急ぎ六環魔法塔ろっかんまほうとうへ向かう!」

 廊下にいた男たちも、何故か私のことを知っていた。私が今日着ているのは、黒のフレアパンツのセットアップ。この世界では、さぞかし異質な衣装に映っていることだろう。

 リアノスと私が馬車に乗り込むと、馬がいななき走り出した。


「リリア……梨奈りなはお前の父親のことをなんて言っていた?」

「り……梨奈って、私のお母さんのこと!?」

「そうだ、桜井さくらい梨奈のことだ」

 そう言ってリアノスは、再び私をジッと覗き込んだ。さっきから、もしかしてと思っていることがある……

 この人はまさか……

「あなたはもしかして、私の……?」

「ああ……気付いてくれたか。私の名前はリアノス゠セリュージュ。——お前の父親だ」

 や……やはり……

 目の色だけじゃなく、日本人にはあまり見ない鼻筋の形も私とリアノスはとてもよく似ていた。

「じゃ、じゃあ……あなたとお母さんは結婚していたってこと……?」

「いや……籍を入れたとか、そういう事実はない。だが私にとって、梨奈は最初で最後の一番大切な女性だ。それは昔も今も、ずっと変わらない」

「——だ、だけど、この異世界と地球でどうやって?」

「その辺りもいずれ、ゆっくりと説明させてもらう。その前にもう一つ、とても重要なことを話しておきたい。それは、お前と全く同じ姿をした、もう一人のリリアがいるということだ。彼女は梨奈のいる地球へと飛んだ。桜井梨里杏として生きるために」

「わ、私と同じ姿をした人が、地球とこの異世界で入れ替わったってこと……!?」

「その通りだ。そして今日からお前は、ここエルデリア王国でリリア゠セリュージュとして生きていって欲しい。この世界を救うために、必要なことなんだ。——こんな我儘な父で、本当にすまないと思っている」

 そう言ってリアノスは、私に頭を下げた。
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