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第2章

第32話 廃墟の町

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「これはまた、荒れに荒れているわね」

 私達は、王都から遠く離れた廃墟の町に来ている。5年前に魔獣に襲われて住民達は町を放棄して他の町に移り住んだと言う。別にスタンピードが起こった訳ではなく、突如どこからか侵入した魔獣が町を襲ったらしい。役所の方からは、そんな町に直接行って調査してほしいと言ってきた。

 その町のすぐ後ろには鉱山があって、採掘のための町として発展したそうだけど、どうも国としてはこの町を再建したいようね。

 そんなの軍の仕事で、私達の仕事じゃないと断ったんだけど、最近は魔獣も出没していなくて安全だから、町の現状だけでも調査して欲しいと依頼してきた。

 お店はシンシアに任せて、私達4人でこの町の近くまで来ている。

「確かに魔の森からは遠いけど、城壁は破壊されてるみたいね」

 町から離れた安全な平原で、遠見の魔道具を使って町の様子を調べている。

「でもここから見ているだけじゃ、詳しい事は分かりませんよ」

 一緒に遠見で調べているミルチナが言う事ももっともだ。昨日から1日観察しているけど、魔獣の姿は一度も見ていない。
役所が言うように、もう安全なのかもしれないわね。

「そうね、町に入って詳しく調べましょうか」

 町の周りは広い平原で、裏手には鉱物が取れると言う山がある。近くに人はいないし、今回は何かあればキイエ様に攻撃してもらっても支障はないわね。

 キイエ様にも一緒に瓦礫だらけの町に入ってもらう。

「これでは魔獣が何処から侵入してきたのか分からぬな。皆、注意召されよ」

 先頭にセイランが歩き、私とミルチナを挟んでユイトが後ろを守る。城壁は所々破壊されていて、町中で魔獣が暴れ回ったようだ。

「うわっ。これ人の骨かな」

「多分ね。ユイト、そんなに怯えてないで、ちゃんと周りを警戒してよ」

 もう5年以上経っている。犠牲者の人の骨だろうけど魔獣に踏まれ野ざらしのままで原型を留めていない。そこら中に魔獣の足跡もあって不気味な光景ね。

 もらった地図に、どの辺りの建物が崩れているのかを記入していく。それほど大きな町じゃないけど、警戒しながら見て歩くのは時間がかかる。

「この辺りが一番壊れてますね」

 ミルチナが少し高い位置から辺りを見回す。ここは町の北の外れ、商業地区だろうか高い建物の残骸が多い。

「これ、何かしら」

 建物が倒壊して折り重なったすぐ横に、大きな穴が開いている。

「魔法攻撃でできた穴じゃない。メアリィでもこれぐらいの穴なら作れるよね」

 人一人分ほどの穴で、確かに火魔法で爆発した跡のようにも見える。けど穴は深く何か変だ。

「セイランも手伝って、この近くの瓦礫を退けてくれないかしら」

 調べると、爆発でできた半球状じゃなくて、筒のような形で底までは大人1人分程の深さがある。

「メアリィ。ボクが中に入ってみようか?」

「いいえ、止めておきましょう。危険だわ。それにここにだけ時間をかける訳にもいかないでしょう」

 他にも調査しないといけない所がまだある。地図にこの穴の位置を書き記して別の場所へと向かう。

「ねえ、メアリィ。ここにも同じ様な穴があるよ」

 少し離れたところにまた穴があったけど、今度の穴は深かった。井戸のような感じだわ。

「底が見えないね。これを落としたら分かるかな」

 ユイトが近くの大きな瓦礫を投げ入れた。

「うわっ、バカ止めなさいよ」

 ユイト、あんたバカなの! この穴は魔獣の巣かもしれないのよ。こんな穴が自然にできるはずないじゃない。

「メアリィ殿、下がられよ! 穴の奥から妙な音がする」

「みんな。あの建物の中に隠れて!」

 キイエ様には空に飛んでもらって、私達は急いで近くの壊れかけの建物に隠れて息を殺す。穴の方を見ると巨大なアリの魔獣が顔を出した。

 キョロキョロと辺りの様子を覗っている。1匹が穴から這い出し周りをうろつきだした。

「大丈夫。こちらには気づいていないようだわ」

「あれぐらいならボクらでも倒せるんじゃない?」

「バカね。刺激してあれがいっぱい出てきたらどうすんのよ」

 あの穴が巨大なアリの巣なら、その奥には無数の魔獣が潜んでいるはずだわ。
しばらくすると、うろついていたアリの魔獣は穴へと戻っていった。

「今の内に、この町から出ましょう」

 町を離れ、昨日野営した平原まで戻って来た。キイエ様の聞くと、後2ヵ所ほど同じような穴が見えたと言っていた。

「メアリィさん。魔獣が出てきた以上、もうこの町の調査は無理じゃないですか」

「そうよね。ミルチナにもこれ以上危険な目に合わせる訳にはいかないわね」

 多分、あの魔獣が町を壊滅させた原因だわ。アリの魔獣が地中から町に侵入して、町中から城壁を壊して他の魔獣も町に入ってきたんでしょうね。

「でもあのままじゃ人が住めなくなるよ。あのアリの魔獣を退治できないかな」

 アリの魔獣自体はそれほど強くない。魔法も使わないから牙のある大アゴさえ注意していれば倒せる。1匹、2匹ならだけど。

「ユイト殿、巣の魔獣全てを倒すのは無理では御座らぬか。どれほど広い巣か分からぬ故、何匹の魔獣が潜んでいるか見当がつかぬであろう」

「そうよ、あの巣からアリがウジャウジャ出てきたらどうするのよ」

「それならキイエに頼んで、巣の入口から炎のブレスを吐いてもらったらどうかな。上手くいけば全滅させられるよ」

 ユイトが言うには、入り口のひとつから炎を吐けば、他の穴から煙が出てくるから巣全体の大きさが分かるんじゃないかと言っている。
確かにキイエ様ならできるかもしれないわね。炎を吐いた後、空にいれば攻撃される事もないでしょうから安全ね。やってみる価値はありそうね。

「それじゃあ、私達は遠く離れた場所から監視するわ。ブレスを吐いた後、ユイトはキイエ様と一緒に空から監視してくれるかしら」

 これを最後の調査にしましょう。翌朝。予定通り私達は退避して、ユイトとキイエ様に町に行ってもらう。
しばらくすると、キイエ様が炎のブレスを使ったんだろう。空へと飛び上がり、町の北側から6本の煙が立ち昇る。

「上手くやってくれたみたいね。町中には6つの穴しかないみたいよ」

「あれ? メアリィさん、あの山の方からも煙が上がってますよ」

 町の後ろ、鉱山の廃坑がある場所から何本もの煙が上がっていた。

「メアリィ! 逃げて~。アリが沢山出てきたよ~」

 キイエ様に乗ったユイトがこちらに向かい、泣きそうになりながら叫んでいる。

「み、みんな。馬車に乗って逃げましょう」

 馬車に乗って全力で街道をひた走る。後ろを見ると無数の黒いアリの魔獣が、町から溢れてこっちに向かってきている。ものすごい数だ。
キイエ様が空から炎を吐いて撃退してくれた。速度で言えば馬車の方が速い。このまま何とか逃げ切れそうだわ。

「メアリィさん、山の方からもアリが溢れ出てきてますよ。全部で何匹のアリがいるんですか~」

 ミルチナが恐々遠見の魔道具を見ながら言う。

「町から山までが巣って言うなら、軍隊でも太刀打ちできな程の数でしょうね」

 これほど広い巣だとは思わなかったわ。私達は王都に戻ってこの事を報告した。
一応軍の方でも山の坑道を調べたそうだけど、やっぱりアリの魔獣の巣になっていたそうだ。

 国としては町の再建は諦めたようだけど、山の坑道はダンジョンとして有名になり、今も命知らずの若者達が魔獣討伐に向かっているという。

 バカな奴もいるもんだわ。私はもうこりごりよ。ユイトにも魔獣の巣にはちょっかいを出さないように言っておきましょう。
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