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第4章

第74話 鬼人族の国2

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「父上、兄上。長らく家を空けておりましたが、只今、帰って参りました」

「良く無事に戻った。お勤めも果たしたと聞く。よくやったな」

「父上、ありがたく存じまする」

「久しいな、セイラン。弟達も待ちわびておったぞ」

「兄上様も、お元気そうで。母上様のご病気の方、いかがでしょうか」

「お前から送られて来た王国の薬によって、回復へと向かっている。ありがたき事だ」

 連絡事項もある故、俺もセイランに付いて家に上がらせてもらっている。

「御家族の方々には殿よりお言葉を頂戴しております。今後の事につきましてもお話がございます。少しお時間を取らせていただきたい」

「師範代にも、世話を掛けたな。ありがたく思っておるぞ」

「我が道場、いては我が町の代表ゆえ、当然の事です」

「セイランも疲れたであろう。下がってよいぞ、部屋で休むが良い」

「はっ」

 セイランがこの部屋から退室し、俺は殿からの労いの言葉と今後は家臣として仕えるようにとの伝言を伝えた。

「では、今後この町を出て城下町に住む事もあると」

「まだ、先の事ではありますが、そのような事も。しかし次の出仕までは、しばらくはこの町で休養せよとの事です」

「どれほどの間になりましょうか」

「10日後に、幕府へ報告のため出立する予定。それにはセイランも同行せねばなりませぬ」

「元は幕府による事業。報告は当然ですが、また長い旅になりますな」

「幕府のあるテクタイまでは、馬車で片道12日。滞在も合わせると1ヵ月近くになるやもしれません。それまではご家族と共にゆっくりと過ごされれば良いかと存じます」

 そう言って、セイラン宅を後にする。俺が付き合えるのもここまでであろう。後は殿の家臣として働いてもらう事になる。

 その2日後。セイランが道場にやって来た。

「旅で体が鈍っている。少し稽古をつけて下さらぬか」

 旅の船の上でも稽古はしてきていると言っていたが、やはり実戦から離れていると感覚が狂うものだ。今日は師範もおられる。俺自ら稽古をしよう。

「師範代、よろしくお願いする」

 簡単な形から順に切り返し、打ち込みなどの稽古をしてゆく。意外としっかりとしておるな。この道場におった時よりも剣が鋭くなっている。

「セイランよ。師範代と立ち合い稽古を行うが良かろう。審判はワシがしよう」

 師範がいる中での立ち合い稽古とは、昇段試験のようなもの。旅から帰ったばかりのセイランでは荷が重かろう。

「疲れていないか、セイラン。少し休んでからいたそうか」

「いいえ、大丈夫です。しかし木刀を替えたい。しばし待っていただけるか」

 そういえば、セイランの持つ木刀は刀より長く重い物を持っていたか。

 師範は壇上のいつもの席に座ったまま我らを向き合わせる。

「では、始め」

 いつものセイランならば、始めの合図と共に斬りかかってきたが静かだ。今は左下段の構のまま動かない。俺はいつもの上段の構。ここから頭上の面を狙えばこちらが早く打ち込めるだろう。だが。

(後の先を狙っているのか……)

 こちらの動きを見極めた上での攻撃。このような事は以前のセイランには無かった事だ。少し様子を見るか。横に動き隙を見る。足を横に動かした途端セイランが仕掛けてきた。

(速い!)

 下段からの左切り上げ、対応が遅れた。もう面を打ち込むことはできない。下からの剣を防ぐため剣を合わせる。

(剣を跳ね上げただと)

 俺の方が体重は重く、上段からの剣は受け止められないと思ったが、鋭い踏み込みと剣速によって跳ね返された。
だか体重の軽いセイランも後ろに下がり距離が取れたと思った瞬間、胴への横薙ぎが来る。

 かろうじて跳ね上がった剣を下げ受け止める。木刀がぶつかる甲高い音がした。

 何だこの重い剣は! 腕力の無いセイランとは思えない一撃。そしてセイランが後ろに下がった。ここで打ち込まねば防戦一方になる。面、銅、籠手へと打ち込むがいなされてしまう。

 剣筋をずらして、こちらの隙を突くつもりのようだ。バランスを崩さず打ち込んでゆく。
防御の難しい首の横へと狙いを定め突きを打とうとした瞬間、セイランの姿がブレた。そこにいたはずのセイランがすぐ近くにいる。そして首筋に凍るような気配と共に剣先が俺の首をかすめる。俺の剣もセイランの首の横にある。

「それまで」

 師範の合図で、俺はセイランの首に突き付けた剣を引き、後ろに下がり礼をする。無意識のうちの動作で師範の前に座る。俺は負けたのか? よく分からない。

「セイランよ。精進したようだな。エマリオも冷静に良く試合えた。双方の上達ぶり見せてもらったぞ」

 セイランは肩で息をしながらも、師範の言葉を聞く。

「セイランは近々殿の元へとゆくと聞いた。ワシからの餞別じゃ。ワシの一刀を受けてみよ」

 そう言って、師範は道場に下りてきてセイランと向かい合う。お互い中段の構えで剣先が触れ合う距離。
何の前触れもなく、師範が打ち込みセイランが剣を受け止める。一瞬の動き。俺にはよく見えなかった。

「ほぉ、ほぉ、ほぉ。初見で受け止めるか。今のはおぼろと言う技じゃ。貴様ならば習得もできよう」

「師範。ご教授、感謝いたす」

 セイランが座り頭を下げる。

「セイランよ。これからも殿の元、精進に励むが良い。自らの道を見つけよ」

「はっ」

 1年前までは一緒に道場で汗を流していたのに、俺にはセイランが遥か遠くの存在になったように思えた。
セイランが道場に来たのは、その日が最後だった。

 そして家族や町の者に見送られて、馬に乗り城へと旅立った。もうこれでセイランとは会う事がかなわない様な気がした。俺はいつまでもセイランの後姿を見送る。
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