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第9話 晩餐会

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 その夜の晩餐会は豪勢なものだった。獣人の国では見ないような珍しい魚料理や果物が並ぶ。事前に生ものは食べられないと言っておいたためか、ちゃんと調理された物が出てきた。

「リザードマンの国でも、ちゃんとした料理があるじゃないかリカールス」
「こんな高級品だからですよ。私達が行けるような庶民のお店で、こんなのは見たことないです」

 そう言いながら、出された魚料理を美味しい美味しいと頬張る。リカールスは庶民の出ではあるが眷属となった後に、猛勉強して貴族のマナーを身につけ、内政や外交にも精通する優秀な人材となった。彼女の努力には頭が下がる。

「よう、魔王よ。酒は飲んでいるか」

 皇帝自ら俺の所に酒を注ぎに来る。なんだか忘年会の無礼講のような雰囲気だな。出席している帝国の要人達もそれに習い、獣人の従者に酒を勧め談笑している。後で従者に聞いた話だが、帝国に来てこんなに歓待されたのは初めてだと言っていた。

「魔王よ。予の国は、神よりこの地を守るようにと言われて頑張っておるのだ。広きお前の土地を少しばかり帝国に譲る気は無いか」
「皇帝よ。神に奴隷のように従い満足か。お前も自らの力だけで生きてはどうだ」
「予は己の力で皇帝の座についておる。それはおぬしも同じであろう」
「国の民を従えるに、神の名は持ち出さんよ。信ずる神が違うから他国の物を奪って良いと考えるなら、相手も同じことをする。繁栄か滅亡かその二者択一では無いであろうと言っている」

 この国の神はイグアラシ神というらしいが、一人の神に固執するのもどうかと思う。

「八百万の神々と言ってな、古来の神は無数にいる。同じ国であっても信ずる神が違っても良いし、他国の神がどうであろうと、人として付き合えば良いであろう」
「それが魔族の国の考えか……面白い事を言うな。今まで会ってきた王と全く違う。やはりお前は興味深い男だ」

 そう言って酒を注いでくる。こちらも酒を注ぎ酌み交わす。
 その後、妻を紹介すると連れていかれたが、リザードマンの顔はどれも同じに見えるな。元リザードマンのリカールスが眷属になり、美人さんに変わってくれて良かったとしみじみ思う。

 祝宴の後、二日を費やして協定文書を作る。国境を画定させ不可侵条約を結びたかったが、そういう訳にもいかず、曖昧な部分を残しながらも和平協定が結ばれる事となった。

 文書を作っている間もゲルマニドス皇帝は俺の元を訪れ、城の案内をすると言って来る。個人的な関係を重視するのが、この皇帝のやり方なのだろう。
 まあ、少々鬱陶しい面もあるが、敷地内にある聖堂を見られたのは良かったな。

「ほう、あれがイグアラシ神か」

 聖堂の壁画に、男神が手に持った杖で地図を指し示している。男神は白いローブを纏い白髭を生やしているようだが、姿形はリザードマンではなく何となく俺が空で会った神に似ていた。

「お前は神様に会ったことがあるのか!」
「ああ。この絵では服に隠れて顔や手は見えんが、雰囲気だけは似ているな」
「そうか。絵師によってはリザードマンに似せた神の絵もあるのだが、俺はこっちの方が気に入っている。ここを造った爺様や父もここは大事にするようにと言っていたしな」

 皇帝が自慢げに語るだけのことはあるな。魔王城よりも内装も美しく伝統美も兼ね備えている。俺の城もこれぐらい格式のある城にしたいものだな。

 協定文書もでき、和平協定の調印式を行う。今までは国同士で正式な協定を結ばす、簡単なメモ程度の約束事をしていたらしい。だから約束も簡単に反故にする。今回は文言を詰め、双方が納得する形で決着した。

 これでやっと俺達も帰路に就くことができるが、長く国を開けてしまった。帰りは俺とリカールスは飛んで先に帰ることにする。急いで帰れば一日で帰りつけるからな。
 従者達には気を付けて帰るように言って、朝早くに飛び立つ。

「魔王様に抱かれながら、飛ぶ旅もいいですね」

 お姫様抱っこで顔が近い状態のまま飛び続ける事になるが、リカールスは満足そうだな。

「今回も苦労を掛けて、すまなかったな」
「いえ、いえ。魔王様のお陰で早く事が運んで助かりました」
「だが、あの皇帝は個人的な関係を重視している。代替わりや帝国内の力バランスが崩れれば、今回の約束も反故にされかねん。注意しておいてくれ」

 当分は問題を起こさないだろうが、用心はしておかんとな。


 国にたどり着いた時には、日はとっくに暮れ夜中近くになっていた。リカールスを自室まで送りゆっくりと休むようにと伝えた。

 俺も部屋に戻ろうとしたとき、ピキュリアが後ろから呼び止めた。

「魔王様、お疲れのところ申し訳ありません。少し相談したいことだありまして……」
「どうしたのだ。疲れているのはお前の方ではないか」

 目の下にクマができているぞ。俺の帰りを待っていたようだが、国内情勢に変化でもあったのか。

「実は各地の領主から、獣人の住民同士の間で争いが起きていると報告を受けています」

 どうやら各地方の町々で同時多発的に小さな争いがあるようで、暴動に発展した町もあったそうだ。

「原因は何なのだ」
「どうも、以前の支配階級であったオオカミ族を迫害しているようなのです」
「支配階級の者は、全員始末しただろう」
「以前の恨みからか、一般住民のオオカミ族やキツネ族、ジャッカル族に至るまで差別し、物を売らないなどの嫌がらせがあるようです」

 それが暴動にまで発展したと……。それは我の眷属が受けていた、いわれなき差別と同じではないか。

「今のところ、メディカントが各地に兵を派遣して抑えてはいるのですが、依然火種はくすぶったままで……」
「そうだな……いっそのこと分離政策を打ってみるか」
「分離政策?」
「オオカミ族などの犬族を一ヶ所に集めて、自治区を作ってもらう。昔作った眷属の里のように、分離した地区に住んでもらうと言うものだ」

 オオカミ族と同じ場所に住みづらいと言うなら分離すればいい。もちろん自由意思で移住してもらうが、それを国として支援するようにする。古いやり方で問題もあるが、我らが平等に国民として双方を扱えば、差別が抗争へと発展する事もあるまい。

「大規模になりますが、どの辺りにその自治区を作りましょうか」
「南の国境付近に、リザードマンが攻めて来て廃墟になった町や村がある。それを再建させよう」

 各地域からそのまま南へ移動してもらい、近い町に移り住んでもらう事になる。

「分かりました。現在、派遣している兵を新しい町づくりに充てますわ」
「すまんな。またピキュリアやメディカントに苦労をかけるな」
「いえ、これで展望が開けました。ありがとうございました、魔王様」

 大きな戦争があった後だ、民衆の心が荒んでいるのかもしれんな。
 国を手に入れ、その国民を預かる事になったが問題の種は多そうだ。国とは言え前世の県や州といった程度の人口規模、土地は広いが俺の能力で治められん事は無い。ハード面だけでなく、ソフト面でも何か考えてみるか。
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