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巡り合う定め

13:実技テスト

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 体育館ほどの大きさがある訓練場は、ギルドの中庭だった。
 入ってきた扉側は職員達からよく見えるような窓が取り付けられており、訓練場の側面は通路になっていた。対面は観客席と別の建物なのか、観客席のがない1階の窓にはカーテンがかかっている。しかし、2、3階の観客席にはかなりの人が座っていた。

「アグノス。あれは?」
「この実技テストは誰でも自由に見ることが出来る。大概はメンバー募集中のパーティが、良い新人がいれば誘う為に観るものだが」

 チラッと観客席を見たアグノスは溜息をつく。普段はこんなにも人がいないということを如実に表していた。
 原因はアグノスとカルディアであることは間違いなく、同じ時間に実技テストをする新人がこんなにも大衆の目に晒されてある意味可哀想でもある。裏を返せば、ここでいい成績を出せるなら、スカウトも速攻くるだろう事くらいだろうか。
 街の中にこんな広々とした訓練施設があっていいのだろうかと思わないでもないが、これ程の広さがないと魔法によっては危険だからなのだろう。
 訓練場にはカルディアを抜いて5人ほどの新人がいた。見るからに剣士であろう少年が3人と魔法使いらしい少年と少女。いずれもこの世界で成人して間もない年頃だ。その誰もが強張った面持ちで立っている。
 この世界の成人は16歳。そこまでは親の庇護のもと暮らせるが、成人してからは自らの足で生活しなければならない。何でも屋である冒険者ギルドは荒事だけではないので、続くかどうかはともかく、敷居は低いのかもしれない。
 彼らは始めアグノスとカルディアを見て動揺していたようだが、突っかかってくるような真似はしない。様子見というには不躾な視線だったが、絡まれなければいいと無視を決め込む。
 時間が来れば、職員と魔法使い、それに斧使いが入ってきた。職員以外は実際に相対する試験官ということがよくわかる。
 斧使いが斧を地面に突き立てると、立っている新人達を見回した。

「本日試験官を務めるギルドマスターのバラシンだ。実技テストは一対一で戦い、降参もしくは俺の寸止めで職員が終了の合図をしたら終わりだ。シンプルでいいだろ?」

 ギルドマスター自らが試験官をすることに訓練場と観客席共にざわりと揺れたが、主に剣士組へ同情の視線が集まった。
 細かい諸注意が職員からされて、まず剣士組からテストが始まったのだがーー。

「体重移動が甘い!」

 新人側は寸止めをしなくていいと言われて勢いよく突っ込んだ1人に、鋭い指摘が飛ぶ。

「地の利を活かすのは良いが、やる事がバレバレだ!」

 体制を崩したと見せかけて訓練場の砂で目潰しをしようとした者には、砂を振り払って拳を落とす。

「相手の武器を見極めて対応しろ!」

 最後の意外と保った者は剣技だけで何とか相対していたが、斧に対して力技で押し切られてしまった。
 今まで本格的に魔物と戦った事がない子供なら、臆せずやれたこの結果は十分すぎるものだった。結果は後ほど受付でギルドプレートが発行されるとのことで、彼等は一旦後方に下がる。
 次は魔法使い組ということで、アグノスは待機だ。テストには付添人の手を借りてはならないのだから当然だが。
 優しそうなおばあちゃん魔法使いが、相手をする。
 魔法使いの決闘。もしくはこういう戦いに関しては、殺傷能力がある一定以上のものを使用してはならないというのがマナーだ。とはいえ、高ランク同士の場合は町が一撃で壊滅するくらいの魔法はだめという当たり前なことになるし、この場合は新人は兎も角おばあちゃん魔法使いの方が新人の魔法量で防げない魔法を使用しては良くない。ただ、相手に守護防壁を張っている場合はその限りではないとだけ付け加えておく。

【血は火。心は炎。我がルールリアの名において命ずる。その炎をもって貫け!】

 この世界における魔法の詠唱は、魔法を安定させる為に使う。
 魔法の初歩的な詠唱として、使用されているのは血による属性の指定。心による魔法の程度。そして名乗りを上げて何を作りたいかの宣言をする。最も、魔法円を魔力で描き上げるまでの時間稼ぎでしかない。詠唱を行うことで魔法円が完成するまで魔力を安定させることが目的だ。詠唱内に魔法円が描ききれない場合は、魔法円が複雑で詠唱を伸ばさなければならないか、描くのが遅いか、センスがないかのどれかだ。
 一言だけ発する詠唱破棄も可能だが、それは魔法円が一瞬で描ける場合のみ。複雑であるほど、魔法円の描くスピードが上がるので、熟練の技が必要である。
 1人目が出した魔法は、おばあちゃん魔法使いにあっさりと守護防壁を展開されて防がれ、その後火属性の魔法が次々と飛んで最終的には魔力切れで退場。
 2人目は土属性で足元を崩したりしてみせたが、おばあちゃん魔法使いが守護防壁を足場にして華麗に避けてみせた。守護防壁の強度は込めた魔力量によって魔法だけではなく物理も跳ね返すことも可能なので、足場として使うことも可能だろう。2人目も1人目と同じように魔力切れで終わった。

「今年は中々に豊作じゃのぉ」

 ほほっと笑うおばあちゃん魔法使いに、新人2人は悔しそうだ。

「アグノス」

 囁くように呼べば、彼は気付く。

「私の得意技、見る?」

 ピクリと彼の片眉が動いた。
 つと視線を巡らせた後、アグノスは頷く。

「面白いか」
「きっと」

 テスト中、カルディアは考えていた。
 どんな魔法を使うか。弱い者を演じるか否か。
 ただのテストだけなら、演じれば余計な面倒はなかっただろう。しかし、多くの観客がいる以上、他の新人とは違って、アグノスの金魚の糞とは思われるつもりはなかった。
 舞台に上がり、互いに一礼する。
 すっと手を前にかざしたカルディアへ、おばあちゃん魔法使いは慌てたように強度の高い防御壁を張った。張り終わった事を見届けて、魔法を発動させる。

【貫け】

 詠唱破棄と言われるには十分なほどの短い詠唱は、一本の炎の矢を形成し、飛ばした。
 バァンッと鼓膜が破れそうな轟音と共に、派手に火花が飛び散る。おばあちゃん魔法使いの防御壁とカルディアの火の矢がぶつかり合った音だった。
 地面に生えていた草は灰と化し、抉れた地面にちらほらと火花の残り火が散っていた。

「殺す気か!」

 青筋を立てて抗議するバラシンに、カルディアは少しだけ首を傾げてみせた。

「ちゃんと防御壁が破れない程度に手加減したでしょお?」

 カルディアの言う通り、確かにおばあちゃん魔法使いの防御壁は破られていない。魔力を合わせる側が、魔力を合わせてもらう事態など、ギルドで初めてではないだろうか。

「これは実践ではない」

 つと、おばあちゃん魔法使いがそう言った。
 穏やかな中にもふつふつとした怒りのような魔力が渦巻く。先ほどのカルディアの挑発にプライドを傷つけられたからか。

「この魔法を消すか避けれたら、負けを認めようぞ」

 そう言って練られる魔力濃度は高く、けれども先程カルディアが出した魔法が使える魔法使いならば防御すればぎりぎり耐えれるくらいの魔法が作り出そうとされていた。それでも直撃すれば死を免れないものだったが。

「おい、やめ……」

 バラシンが止めようとしたが、おばあちゃん魔法使いから一瞬カルディアへ目を向けた瞬間、言葉を失う。

「やる気だねぇ」
「えぇ。余興にしては、楽しいわぁ」

 緊張が走る。誰もがカルディアに注目していた。黒い瞳がゆらりと朱く染まり、恍惚とした表情は、次の瞬間死ぬという恐怖が全くない。
 おばあちゃん魔法使いは杖を構え、カルディアは艶やかに微笑む。

【烈火よ、貫け】

 詠唱破棄による魔法が、カルディアに向けて放たれる。先ほどのカルディアが放った炎の矢よりも熱量の高いそれは、普通の人間なら蒸発してしまうだろうものだ。
 ここで1つ、カルディアの前世について話そう。
 彼女が得意としたのは、攻撃魔法でも治癒魔法でも、防御魔法ですらなかった。しかし、特異なその技は、誰をも恐怖させ、そして、畏怖を込めて彼女を呼んだ。

【艶やかに咲け】

ーー幻華の妖精と。
 誰もが息を呑んだ。魔法の心得があるものは、普通なら使わない術式に畏怖さえも感じたことだろう。
 炎の槍はカルディアの目の前で、手のひらに触れる寸前のところからーー実際は手のひらの前に描いた魔法円に触れたところからーー花弁へと姿を変える。それらは触れようとしても触れることはできず、手のひらに乗せた花弁はすぅと溶けていくように消えた。
 炎の槍によって生み出された爆風が、カルディアを避けるように流れて、炎が姿を変える。

(……桜吹雪みたいね)

 吹き荒れた花弁の幻影を見て、カルディアは異世界の春を思い出す。そこに郷愁を感じるのかと聞かれれて、ないと言えば嘘になる。いくら此方が本来居るべき世界としても、あちらは現世のカルディアが生まれた世界なのだから。
 全ての魔力を分解して幻影に変えたカルディアは、にこりと微笑んだ。

「合格かしらぁ?」
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