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巡り合う定め
39:救援
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「オリビア。これからは自死も、誰かに容易く殺されることも許可しないわぁ。私、ローウェンの者、そしてオーバスに危害を加えるのも許さない。他者を使って危害を加えることも許さない。この後はオーバスの指示に従って、死んだことになったら、オーバスの手を借りて私の元へ来なさい」
隷属の契約が成功して、細かいことは後日ずらりと1つずつ命令していく必要があるが、とりあえず命に関することを命令しておく。こうしておけば、自殺は出来ないし、危害も防げる。その上、逃げることもできない。自分の意思とは関わらず、契約主の命令には従わなければならない。そういう魔法だ。
カルディアがオーバスを見れば、任されたと彼も頷いた。
「と、なれば後は私の脱出だけどぉ」
「──なんだ、もう終わったのか」
テラスに続く窓が独りでに開いて、そこに複数の影が降りる。
「オリビア……姉上」
オーラムもその中に居た。その腕を見て、息を呑む。
カルディアが連れ去られたということは、今回の計画をオーバスから一番に聞いていたのはオーラムだ。
王妃と侯爵家。そして、オリビアを排除することに助力した。
既にカルディアかオリビアの命はないと思っていたのだろう。
ふたりとも生きていることに素直に驚いているようであった。
「オーラム。トルムは、無事……?」
呟くように、項垂れたオリビアがそう問いかける。
それに、何をいまさらと怒気を強めて、オーラムは一歩踏み出す。
手を上げてオーラムを止めたのはアグノスだ。
流石にアグノスに止められてしまっては、オーラムはオリビアに掴みかかる事はできない。
「あれは……あの襲撃は、姉上の指示でしょう」
「そうね。影にそこの彼女を痛めつけて、連れてくるように指示したわ。でも、母上が手を回したのね。冒険者になんて依頼をした記憶なんてないのに、報告には女冒険者に依頼したことになっていた。あの人は、継承権の邪魔になりえる貴方とトルムを嫌っていたもの」
影というのは、王族の密偵みたいなもの。王族それぞれにつく影が存在するものだが、なんて指示を出すんだとカルディアは呆れる。影の使い方として幼稚過ぎる。そんな幼稚な使い方しか出来ないものに影をつけるなんて、とオーバスを睨めば、明後日の方向を見ていた。
これは後日話し合いが必要だとカルディアは心の中でメモをする。とは言っても、もう王族ではないカルディアが口出しをするべきことではない。オリビアの隷属も彼女の全責任をカルディアが負い、世話をする為に行ったものだ。それでも、元姉として苦言くらいはするべきだろう。
「影の報告では、トルムが逃げたと聞いてたし、彼女を捕まえられたのだからいいかと思ったのだけれど」
「ちょっとまって」
そこでカルディアは、疑問にぶち当たる。
「答えなさい。冒険者の仲間達はどうなったか」
「なん──っ。知らない。冒険者に依頼していたことも影の報告で知ったもの。その冒険者に仲間がいたのかも知らないわ」
カルディアの命令には反抗できない。それが隷属の契約。
するりと本人の意思に反して、知っていることを話す。
本当にオリビアに心当たりが無いのだとわかって、カルディアは爪を噛んだ。
あのとき、女は虚ろな眼差しで、雰囲気も一転していた。
まるで、薬か精神魔法を使われたように。
大方、捕まった後にオリビアの命令で連れ出され、男達が目の前で拷問されて死んでいく中で、カルディアかトルムを殺せば助けてやるとでもいわれたか。そう思っていた。
オリビアの命令ではない。王妃か侯爵家の命令。
そして、女はなにを呟いていたのか。
──後がない……殺さなきゃ……殺される……
その時は気にもとめなかった。
何故後がない。殺さなければ殺される。
依頼に失敗すれば、処分されることを意味しているものとばかり思っていた。
しかし、彼女に依頼をしたのがオリビアではないとなると、意味が変わってくる。
オリビアの影の指示に割り込めるなんて、王か王妃か、オーバスか。
王妃の場合、仲間である男達はどうなった。拷問程度で本当に終わるものか。
王妃と侯爵家が犯そうとしているのは。
「やばい」
女の仲間であった男達がどうなったかなんて、ただの想像だ。
実際にどうなっていようとも、カルディアの心配することではない。
「やばい」
今、侯爵家と王妃を捕える為に多くの人が秘密裏に動いている。
多くの人が動くということは、動きを予測される危険もあるわけで。
目の前がチカチカした。
カルディアが最も忌む光景が、脳裏をかすめていく。
「カルディア?」
「……っ!」
アグノスの呼びかけに、カルディアはハッとする。
部屋にいる全員が、カルディアを見ていた。
深く、深く思考の海に沈んでいたようだ。
吹き出す汗が止まらない。捕まったときよりも、禁忌を行われそうだったときよりも、遥かに鼓動が脈打っている。それほどの動揺が、カルディアを襲っていた。
「止めなければ」
「義姉上。一体何を……?」
「この、お馬鹿!」
動揺するオーバスに、パコンっと気味よく音を立てて叩く。
オーバスやローウェンのメンバーだけではなく、オリビアまでもがぽかんとする中、カルディアは気力を振り絞って怒鳴る。
「禁忌を犯す者の終着点を、お前が知らないはずがないでしょう!? そんなところに、そんなところに!!」
ぐっと痛いほど、杖を握りしめる。
広間に浮かぶ血溜まり。大きな魔法円が、そこには広がっていた。
古い、古い。とても古い記憶。
泣き叫ぶ黒髪の女性に、答えることは出来なくて。
多くの亡骸の上にいた。亡骸の、記憶。
「多くの【贄】を用意してやるなんて、馬鹿じゃないの!?」
その叫びに漸く、オーバスも答えに行き着いたようだった。
むしろ何故、その考えに至らなかったのかと怒鳴る。
それこそ、オリビアの教育を間違えたことよりもずっと危険なことなのに。
「時間が惜しい……のに……!」
残りの魔力量は心もとない。これで後は誰も知られないように帰るだけだと思っていたカルディアの失態だ。
何をするにしても、これでは間に合わない。
ギリッと噛み締めた唇から血が流れたが、痛みを感じることすらない。
「要は止めればいいんだろう」
ポンッと、カルディアの頭を撫でたのは、アグノスであった。
「お前らも、暴れ足りないようだしな」
アグノスが振り向いて言って、初めてカルディアはローウェンの面々が来ていることを認識した。
オーラムやアグノスだけではなく、応える者達が。
「全く暴れてないし!!」
「ぼぼぼぼくは、かえっ」
「はいはい。毒食らわば皿まで食べるのよ」
少年がぴょんぴょん跳ねて挙手すれば、カーテンの影に隠れる白衣の男を紫の女が引っ張り出す。
「てか忍び込んだだけだしな!」
「楽しみだねぇ、だねぇ」
大男が頷けば、大男の肩に乗る少女はウキウキと短杖を揺らした。
今も昔も変わらず、ローウェンには特殊な人材が集まっているようだった。
「この事態を招いたのは俺にも責任がある」
オーラムもそう言って、拳を握る。その後ろで、リュカがそっと頭を垂れた。
その顔は吹っ切れたようで。随分男前になったように思う。
カルディアに敵意を向けていたリュカも道中なにがあったのか知らないが、カルディアをちらりと見るその視線に申し訳無さこそあれ、敵意はない。それぞれに納得する落とし所を見つけたようだ。
アグノスは全員を見回した後、オーバスに視線を向けた。
ローウェンには大義名分が必要であった。この中で最も身分の高く、事態を把握している者からの。
「大公。依頼を、ローウェンに」
オーバスは、何かを思い出すように、目を細める。
アグノスとアーノルドを重ねて、遠い昔を覗いているように。
「……義姉上とオーラムを頼む。異端者を止めて欲しい。報酬は追って相談しよう」
だから、そうやってするりと依頼を口にした。
にやりと笑って、アグノスは仲間たちに合図を送る。
「聞いたか。行くぞ」
「「「「「応!!」」」」」
仲間たちもそれに応える。それは、カルディアにとって、とても懐かしい光景。
とても眩しくて、心強く、自然と口角が上がる。
「カルディア」
そう言って、アグノスはカルディアへ手をのばす。
その手を取ってみれば、震えはなかった。すぅっと頭の中が冷えて冷静さを取り戻す。
「(いつだってそう。貴方は私に手を伸ばす)」
まだ、禁忌は起こっていない。ならば、まだ、出来ることはあるのだと。
そう、己を奮い立たせる。
「巡り逢う定めが連れてきた。抗うか。従うか」
それに対するカルディアの答えなど決まっていた。
隷属の契約が成功して、細かいことは後日ずらりと1つずつ命令していく必要があるが、とりあえず命に関することを命令しておく。こうしておけば、自殺は出来ないし、危害も防げる。その上、逃げることもできない。自分の意思とは関わらず、契約主の命令には従わなければならない。そういう魔法だ。
カルディアがオーバスを見れば、任されたと彼も頷いた。
「と、なれば後は私の脱出だけどぉ」
「──なんだ、もう終わったのか」
テラスに続く窓が独りでに開いて、そこに複数の影が降りる。
「オリビア……姉上」
オーラムもその中に居た。その腕を見て、息を呑む。
カルディアが連れ去られたということは、今回の計画をオーバスから一番に聞いていたのはオーラムだ。
王妃と侯爵家。そして、オリビアを排除することに助力した。
既にカルディアかオリビアの命はないと思っていたのだろう。
ふたりとも生きていることに素直に驚いているようであった。
「オーラム。トルムは、無事……?」
呟くように、項垂れたオリビアがそう問いかける。
それに、何をいまさらと怒気を強めて、オーラムは一歩踏み出す。
手を上げてオーラムを止めたのはアグノスだ。
流石にアグノスに止められてしまっては、オーラムはオリビアに掴みかかる事はできない。
「あれは……あの襲撃は、姉上の指示でしょう」
「そうね。影にそこの彼女を痛めつけて、連れてくるように指示したわ。でも、母上が手を回したのね。冒険者になんて依頼をした記憶なんてないのに、報告には女冒険者に依頼したことになっていた。あの人は、継承権の邪魔になりえる貴方とトルムを嫌っていたもの」
影というのは、王族の密偵みたいなもの。王族それぞれにつく影が存在するものだが、なんて指示を出すんだとカルディアは呆れる。影の使い方として幼稚過ぎる。そんな幼稚な使い方しか出来ないものに影をつけるなんて、とオーバスを睨めば、明後日の方向を見ていた。
これは後日話し合いが必要だとカルディアは心の中でメモをする。とは言っても、もう王族ではないカルディアが口出しをするべきことではない。オリビアの隷属も彼女の全責任をカルディアが負い、世話をする為に行ったものだ。それでも、元姉として苦言くらいはするべきだろう。
「影の報告では、トルムが逃げたと聞いてたし、彼女を捕まえられたのだからいいかと思ったのだけれど」
「ちょっとまって」
そこでカルディアは、疑問にぶち当たる。
「答えなさい。冒険者の仲間達はどうなったか」
「なん──っ。知らない。冒険者に依頼していたことも影の報告で知ったもの。その冒険者に仲間がいたのかも知らないわ」
カルディアの命令には反抗できない。それが隷属の契約。
するりと本人の意思に反して、知っていることを話す。
本当にオリビアに心当たりが無いのだとわかって、カルディアは爪を噛んだ。
あのとき、女は虚ろな眼差しで、雰囲気も一転していた。
まるで、薬か精神魔法を使われたように。
大方、捕まった後にオリビアの命令で連れ出され、男達が目の前で拷問されて死んでいく中で、カルディアかトルムを殺せば助けてやるとでもいわれたか。そう思っていた。
オリビアの命令ではない。王妃か侯爵家の命令。
そして、女はなにを呟いていたのか。
──後がない……殺さなきゃ……殺される……
その時は気にもとめなかった。
何故後がない。殺さなければ殺される。
依頼に失敗すれば、処分されることを意味しているものとばかり思っていた。
しかし、彼女に依頼をしたのがオリビアではないとなると、意味が変わってくる。
オリビアの影の指示に割り込めるなんて、王か王妃か、オーバスか。
王妃の場合、仲間である男達はどうなった。拷問程度で本当に終わるものか。
王妃と侯爵家が犯そうとしているのは。
「やばい」
女の仲間であった男達がどうなったかなんて、ただの想像だ。
実際にどうなっていようとも、カルディアの心配することではない。
「やばい」
今、侯爵家と王妃を捕える為に多くの人が秘密裏に動いている。
多くの人が動くということは、動きを予測される危険もあるわけで。
目の前がチカチカした。
カルディアが最も忌む光景が、脳裏をかすめていく。
「カルディア?」
「……っ!」
アグノスの呼びかけに、カルディアはハッとする。
部屋にいる全員が、カルディアを見ていた。
深く、深く思考の海に沈んでいたようだ。
吹き出す汗が止まらない。捕まったときよりも、禁忌を行われそうだったときよりも、遥かに鼓動が脈打っている。それほどの動揺が、カルディアを襲っていた。
「止めなければ」
「義姉上。一体何を……?」
「この、お馬鹿!」
動揺するオーバスに、パコンっと気味よく音を立てて叩く。
オーバスやローウェンのメンバーだけではなく、オリビアまでもがぽかんとする中、カルディアは気力を振り絞って怒鳴る。
「禁忌を犯す者の終着点を、お前が知らないはずがないでしょう!? そんなところに、そんなところに!!」
ぐっと痛いほど、杖を握りしめる。
広間に浮かぶ血溜まり。大きな魔法円が、そこには広がっていた。
古い、古い。とても古い記憶。
泣き叫ぶ黒髪の女性に、答えることは出来なくて。
多くの亡骸の上にいた。亡骸の、記憶。
「多くの【贄】を用意してやるなんて、馬鹿じゃないの!?」
その叫びに漸く、オーバスも答えに行き着いたようだった。
むしろ何故、その考えに至らなかったのかと怒鳴る。
それこそ、オリビアの教育を間違えたことよりもずっと危険なことなのに。
「時間が惜しい……のに……!」
残りの魔力量は心もとない。これで後は誰も知られないように帰るだけだと思っていたカルディアの失態だ。
何をするにしても、これでは間に合わない。
ギリッと噛み締めた唇から血が流れたが、痛みを感じることすらない。
「要は止めればいいんだろう」
ポンッと、カルディアの頭を撫でたのは、アグノスであった。
「お前らも、暴れ足りないようだしな」
アグノスが振り向いて言って、初めてカルディアはローウェンの面々が来ていることを認識した。
オーラムやアグノスだけではなく、応える者達が。
「全く暴れてないし!!」
「ぼぼぼぼくは、かえっ」
「はいはい。毒食らわば皿まで食べるのよ」
少年がぴょんぴょん跳ねて挙手すれば、カーテンの影に隠れる白衣の男を紫の女が引っ張り出す。
「てか忍び込んだだけだしな!」
「楽しみだねぇ、だねぇ」
大男が頷けば、大男の肩に乗る少女はウキウキと短杖を揺らした。
今も昔も変わらず、ローウェンには特殊な人材が集まっているようだった。
「この事態を招いたのは俺にも責任がある」
オーラムもそう言って、拳を握る。その後ろで、リュカがそっと頭を垂れた。
その顔は吹っ切れたようで。随分男前になったように思う。
カルディアに敵意を向けていたリュカも道中なにがあったのか知らないが、カルディアをちらりと見るその視線に申し訳無さこそあれ、敵意はない。それぞれに納得する落とし所を見つけたようだ。
アグノスは全員を見回した後、オーバスに視線を向けた。
ローウェンには大義名分が必要であった。この中で最も身分の高く、事態を把握している者からの。
「大公。依頼を、ローウェンに」
オーバスは、何かを思い出すように、目を細める。
アグノスとアーノルドを重ねて、遠い昔を覗いているように。
「……義姉上とオーラムを頼む。異端者を止めて欲しい。報酬は追って相談しよう」
だから、そうやってするりと依頼を口にした。
にやりと笑って、アグノスは仲間たちに合図を送る。
「聞いたか。行くぞ」
「「「「「応!!」」」」」
仲間たちもそれに応える。それは、カルディアにとって、とても懐かしい光景。
とても眩しくて、心強く、自然と口角が上がる。
「カルディア」
そう言って、アグノスはカルディアへ手をのばす。
その手を取ってみれば、震えはなかった。すぅっと頭の中が冷えて冷静さを取り戻す。
「(いつだってそう。貴方は私に手を伸ばす)」
まだ、禁忌は起こっていない。ならば、まだ、出来ることはあるのだと。
そう、己を奮い立たせる。
「巡り逢う定めが連れてきた。抗うか。従うか」
それに対するカルディアの答えなど決まっていた。
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