シェアハウス・ツインマグナム

氷星凪

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第二章

第4話:/白黒/

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 とはかっこつけて言ってみたものの……。

 夕焼けが目に沁みる。茜色に染まる世界の中で自分の影と向かい合う。

 俺が、あいつと銃を向け合ってバトルなんて、うーん……。

 だって、一応小学校からの仲だぜ?家族の次に長くいるような奴と戦う、しかも……。

 俺はズボンのポケットに手を入れる。あまりにも冷たいその感触は、その青く光る銃身を自然と想起してしまう。

 大家さんは気絶するだけって言ってたけど、万が一本当に殺してしまうかもしれないし……。そもそも本物相当の銃なんて扱ったことないし……。

「ああ~~~!どうしよう!」

 悩みを口から漏らし、顔を上げたその時にはもう目の前に電柱が佇んでいた。

「ごわっ!いっっったぁ~~~~」

 思い切り頭をぶつけて、思わずその場に倒れ込む。右手に持っていた買い物バッグが道に放り投げられ、中から勢いよく大根が飛び出し、壁の塀に当たった。

 はぁ、と一つため息をついて立ち上がり、それを拾う。見回すと、土や汚れが所々についており、ぶつかった衝撃による小さなヒビのようなものもあちこちにあった。俺はもう一度ため息をつく。

 その一連の何気ない動きの中で、俺は今まで感じたことのない腰の酷い重みを感じた。

 いつものバイト先の飲食店が今日は臨時休業だということを忘れ、店まで無駄足を重ねてしまったからか。

 それとも、少しでも稼げるチャンスを逃してしまったからか。はたまた……。

 帰り道というのはふと考え込んでしまうことが多い。

 そもそも俺の場合は悩みの種がありすぎるというのがネックだ。バンドと、お金と、大学と……晴人。

 なんならその種は昨日更にもう一つ増えてしまった。それはもう種という規模のものではなく、根まで生え始めてるぐらいかも。

 なんて、大根を見て、思ってみた。
 
 ふっ。

「まあ、あんまり気負いすぎても仕方ないよな」

 小さく鼻歌を歌いながら、再び買い物カゴを揺らしていく。

 涼しい風が気持ちよく肌を撫で、歩くという行為をほんのりと優越感に浸るものにさせてくれた。

 見覚えがありすぎるほどの曲がり角。もうちょっとしたら、家が見えてくる頃だろう。


「ただいまー」

 もうほぼ機能していない体裁だけの扉を閉め、いつもの癖で口から挨拶をこぼす。

 視界の先が真っ暗だと気づいたのは、その後だった。家中の電気が点いてない。

 止められた?いや、流石に電気代は削った記憶はどこにも。

 更に視界を下ろすと、玄関とは思えぬ殺風景。いつも引きこもってばっかの、あいつの靴が珍しく無い。

 大学にでも行ったのだろうか?もしかして俺の魂の訴えがやっと効いてバイトをする気になったとか?

 それか公園で居眠りでもしてるか。残念ながら、これが一番あり得るのがあいつだ。

 そんな考えを巡らせていると。

「ゴト」

 突如の物音。自分の頭のすぐ上からだった。俺は反射的に声を殺して体を震わせる。
 
 俺が今いる玄関のすぐ上と言えば、ロフトだ。よく集中すると、板の軋む音が微かに耳に入ってくるのが分かる。

 もしかして、誰かいる?

 その瞬間、俺は暗闇で覆われた廊下の空気が一気に張り詰めたのを感じた。あいつがいないとしたら……。まさか、空き巣……?

 確かに、昨日大家さんが行ってから窓を閉め忘れていた気がする。というか、全然ドアから入られていてもおかしくない、こんな見かけだけの鍵。

 それじゃ、まずは警察を呼ぶか?いや、まだ空き巣の類とは確定したわけではない。ネズミの可能性すら残されている状態で、下手な真似は出来ない。

 しかも、俺は銃を持っている。面倒なことになったらごめんだ。

 とりあえず今やるべきことは、俺の頭の上で、蠢いた"そいつ"の正体を一瞬でも拝む事だろう。それならば。

 ……。

 俺は買い物バッグと教科書が入ったリュックを静かに下ろし、そのまま、玄関先に添えるように置いた。

 近くに置いてあった靴べらをなんとなく手に納め、一応自分の体の前に構えておく。

 するすると靴を脱ぎ、足をぴったりと床にくっつけてから俺は前に進む。

 スッ、スッ、と靴下と廊下の擦れる音。部屋に繋がるドアのノブを指の先で押し込み、体が通るくらいの隙間を作り出す。

 その隙間から見えた景色はいつもの部屋。ただ、やはり誰もいない。物音もあれから止まってしまった。

 足へ向けていた意識を、頭に移す。

 一番最悪な状況を仮定するべきだ。とりあえず、今は"そいつ"を空き巣と考える。

 物音が止まったことから、現段階で空き巣はロフト、つまり、俺より高い位置にいる。

 この状況は俺にとって非常に不利だ。空き巣自身がこちらに飛びかかる、家の物や持っている刃物をこちらに投げてくる、してきそうなことを考えればキリがない。

 ただ、逆にロフトに追い詰めたとも言える。

 うちにある唯一の窓の反対側にあるロフトは、縦も奥行きも部屋の三分の一ほど。

 俺が部屋に入ってしまえば、逃げるには窓からか玄関しかないため、必然的に俺と接触することとなる。

 その時点でそいつとの地理的不利は解消され、なんならこの家の構造を理解し尽くしている俺の方が有利な状況に様変わりするだろう。

 空き巣側も気が気ではないはずだ。今、そう、この瞬間に俺が大声を上げて突っ込んでいけば、パニックを誘うことが出来るはず。

 今の段階では、それが最善だろう。

 俺は靴べらを強く握りしめながら、体勢を低くする。そして、その状態で少しだけ開いているドアのノブを掴み、部屋の奥に見える横向きになったテーブルを見据えると。

「ふっ!」

 勢いよくノブを下げると共に、目的地めがけて前転をして部屋に入った。床に散らばった日用品が体に当たる感覚。遅れて、テーブルに膝がぶつかり、反発する力を利用して立ち上がる。

 俺は後ろを向き、暗闇で覆われるロフトに靴べらの先を突きつける。

「空き巣よ!大人しくしろ!もうこの家に逃げ場はないぞ!」

 高らかに宣戦布告。こっからだ。さあ、音の主、お前はどう動くんだ。

「バン!」

 突如部屋の空気が震える。爆音。何が起きたか脳に伝達する前に、俺は気が付くと靴べらを顔の前に構えていた。

 存在感を放つ鉄の塊が回転しながら暗闇を泳ぎ、俺の顔に飛び込んでいこうとする。タッチの差で靴べらが先に顔の前にゴールし、そして二位の"それ"と衝突したと思った瞬間。

 目の前が一瞬明るくなった。遅れてやってきた衝撃に俺は耐えられず、背中を思いっきり壁に打ち付ける。

「ぐあっ!」

 視界の端で青く煌めく銃身を捉えたのは、その時だった。

 俺は座り込んだまま手探りで壁を伝い、近くのスイッチを押す。天井の蛍光灯が子犬の鳴き声のような音を上げながら、その敵意の正体を白日の元に晒した。

 ロフトの上には、煙が立ち上っている。彼は一度ふっと息を吐いたと思ったらその白煙の元をどかし、再び俺と青いそいつを睨めっこさせる。

 高台から送られる閃光。それは酷く冷徹で、見覚えのあるあの茶色の瞳で。

「は、晴人……!お前、なんで」

 膝を立て、こちらを見続ける晴人。それは俺と目を合わせるというより、俺の顔の位置を捕捉しているというようだった。

「全部読み通りだったよ、そのチンケな靴べら以外はな。チッ」

 俺は淡々と言葉を紡ぐ晴人に困惑する。玄関の方向を指差したまま、俺は口を大きく開く。

「だ、だってお前靴無かったじゃねぇか!それなのに」

「靴はこの奥に隠してある。わざわざ足を運んだ甲斐あってか、お前が今日バイトが無いってことも知ってた。だから、いけると思ったんだけどなぁ」

 俺は思わず口を開けたままにしてしまった。いつも寝転んでいるだけのあいつに、全て調べられている。受けた銃弾の感覚を思い出しても分かる。

 あれは、俺を完全に射抜くつもりだった。

「お前……マジかよ……。その銃が、怖くないのか!?」

「負けて家を失う方が俺にはよっぽど怖えよ。長話も終わりだ。次は、ガチで当てんぞ」

 その目を見て、確信する。あいつは、もう、覚悟を。

 ポケットの中に手を入れ、銃身を徐々に外に出していく。向けられた銃口とそいつを視界の中心に据えているからか、歯が自然と食いしばってしまう。

 それでも、手が一瞬止まる。それを見て、晴人は小さく呟く。

「戦えよ、俺と」

 俺はほんの一瞬目を瞑る。その声がやけに頭の中で響いているのに気づいた瞬間、目を見開き、銃身を勢いよく引き摺り出すと、俺はあいつの頭に銃口を向けた。

 少し口角を上げたあいつが憎たらしくて、俺はグリップを強く握りしめる。

「……やってやるよ」
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