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第2章
第13話ーーその頃彼らはーー③
しおりを挟む「え?護衛任務?」
意外そうな声を上げてそう聞き返したのは最近、人気娼婦館となった『妖精の園』に勤める雲仙 菜倉ことナクルだった。
彼は現在仕事の合間に呼び出しを受けて執務室でこの店のオーナーである通称『ビッグ・ママ』からとある依頼をされていた。
「まぁ正確には護衛というより替え玉かしらね」
「はぁ……」
気の無い返事をしながらビッグ・ママから渡された数枚の書類に目を通すと依頼の内容が事細かく書かれていた。
その内容はとある商人の娘に変装し、一週間の間彼女の身代わりになってほしいという内容だった。
どうしてそんな事をするハメになったかというと、どうやらその商人さんは商売敵から恨みを買ってしまい自分が仕事の関係上しばらくの間この都市を出ることとなった。
娘は魔法学院にも通っており、自分がいない間に娘の警護として共に付き添ってほしいらしい。
「んー、別に護衛でも警護でもなんでも良いですけど、何で私なんですか?」
「そりゃアンタが一番の適任だからさ。変装どころか変声のスキルも持っていて、その上高い戦闘力も有する人材なんて早々すぐに見つかるもんじゃないしね」
「それは……まぁ分かりますけど、だったら娘さんには事件が解決するまでの間くらい家の中に引きこもってたらいいじゃないですか」
「それが出来たら苦労しないさね……商人ってのは世間体ってのも大事だからね。
何より娘さんの方は近々学院で大事な発表があるらしくてね、今抜け出す訳にはどうしてもいかないらしいのよ」
全くもってめんどくさい、と零しつつビッグママは張りのある高級そうな椅子の背もたれに身体を預けながらいう。
「ふーん。でも珍しいですね。ママがこんな人助けみたいな依頼を受けるなんて」
「……ここだけの話だけどね。依頼してきたのはここのお得意さんで昔から懇意にしてもらってるってこともあって断れなかったんだよ」
「そりゃまた……分かりました。でもそれじゃ私が抜ける間お客さんの方はどうします?」
「何件あるんだい?」
「えっと、今現在で確定してるのが全部で三十四件はあります」
手帳を取り出して確認するナクルの言葉に若干だがビッグママの表情が引きつったり
依頼の日程は明日からとはいえ、約一週間の間に三十四件ということは一日に最低でも五件の予約があるということなのだから痙攣らないわけがないのだ。
何より娼婦よりも明らかに割合が少ない筈の男娼にも関わらずこの予約件数ははっきり言って多すぎる。
普通の娼婦でさえデリバリータイプの娼婦が取れる予約は多くても日に二~三件が限界だ。
店に来て楽しむよりもこちらが出向くという出張料金も加算されるので予約は取れてもそれほど多くはならないのだ。
それらを鑑みればナクルのこの予約件数ははっきり言って多すぎると言っても過言ではない。
「……流石ウチの稼ぎ頭ね。大口はその中で何件だい?」
「ウェスト卿とハルトマン伯それとブルムデン侯爵の三軒です」
「………………うぼぁ」
ビッグ・ママが白目を向いた!
魔法学院都市は多数の貴族達が協力しあって運営している。それらは『十二貴士』と呼ばれている存在で、その十二貴士の中でも上から数えた方が早い貴族がナクルの上げた三人だった。
予定としてはナクルがいない間は別の子達をそれぞれ派遣するか、いくつかのサービスをする程度で考えていたビッグママであったが、流石に十二貴士と呼ばれるトップを三人も相手にしてやれるほどの子は正直なところウチの店にはいない。
というか、そもそも男娼自体の数が少ないのだ。
ナクルの技術は年齢の割には上手い程度だと技術指南役からはそう報告されていたが、まさか雇い入れてから二ヶ月とちょっとでこんな大口の客を取るなど一体誰が想像出来るだろうか。
妖精の園を開店してから早十数年。
これ程の成果を上げた子は過去これまでにいただろうか?
答えは断じて否だ。
魔法学院都市においても数ある娼婦館の内妖精の園は確かに上位に食い込む。だが、トップに立った事など今まで一度たりともないのだ。
それなのに不動のトップを飾り続ける高級娼婦館『山猫』の娼婦をまるで湯水を扱うように取り囲む貴族を相手に一体どうすれば良いというのだろうか……。
必死に活動をやめようとする頭を回転させながらビッグママはうんうん唸っていると「あ、あの~」と控えめにナクルが声をかけてきた。
「え~っと、良かったら私の方から交渉してきましょうか?ちょうど午後からは空いていますし、先方からはいつでも来ていいと言われているので……」
「……そうね。最悪の場合護衛の任務の方は放棄していいから機嫌を損なわせないようにお願い。
交渉については……貴方に任せるわ」
「了解しました。でも任務の方は多分放棄する事はないと思うので安心して下さい」
そういって一礼するとナクルは部屋を後にする事にした。
「はあぁぁぁ~~……まさかこんな短期間であんな大口を捕まえるとは、本当に侮れない子ね……ん?」
ナクルが出て行ってすぐに重い溜息をついて愚痴を溢すが何か引っかかる事に気付いた。
(あの子、確か大口の予約は十二貴士って言ってたけど……ひょっとしてそれ以外の予約もそこそこ大物なんじゃ?)
嫌な予感が背筋に走る。
冷たいぞわりとする感覚。刃物を突きつけられるよりも尚怖い、恐怖に似た感覚が走ってくる。
実はその予感。見事に的中していたりする。
確かに十二貴士は大口だ。何せこの都市を運営しているトップ達なのだからそれは当然である。
だが、それ以外にも都市とまでなったこの魔法学院には欠かせない組織や機関がある。
その一つが今回依頼を出してきた『商人』という組織だ。
彼らがいなければ物流は止まり、都市機能は麻痺してしまう。
導き運営方針を決めていくのが十二貴士ならば、それに従い動かしていくのが商人である。
ならばその商人の中には必ず十二貴士に匹敵する程の組織が要るはずだ。
その考えに至った瞬間ーービッグママは全力で立ち上がってナクルが出て行った扉に走り出した!
「待って、ナクルうぅぅ!!」
絹を裂くような悲鳴に近い声を上げながら扉を開けるが、当然の如くそこにはもう誰もいなかった。
ステータス面ではレベルに対して全体的に低いとはいっても、そこは流石は忍者。スピードと隠密特化なだけあって誰もナクルの姿を見つけ出す事は出来なかった。
★
「さてと、それじゃ最初はブルおじさんのとこに行こうかな」
妖精の園を出てきたナクルはそう呟くとすぐ向かいにある裏路地に入り、誰も見ていないことを確認するとシュパッ!と三角飛びの要領で壁を蹴り上がっていく。
あっという間に屋根まで登っていくとそのまま屋根伝いにブルムデン侯爵のいる邸宅へと向かって走り出していった。
昼時になると街道は混雑する為普通に向かうとそれなりに時間がかかってしまう。
おまけに今回は三軒ともそれなりに離れた場所にあるので時間の節約も兼ねて急ぎ足で移動していくことにしたのだ。
十数分後。
普通なら店からだと三十分以上かかる距離を汗一つかかずにたどり着いた場所は言い表すなら正にイギリス貴族の邸宅のような屋敷だった。
広さだけでもサッカーコート四つ分はありそうなその屋敷でナクルは出入り口の門にいた鎧を纏った守衛に挨拶をする。
「こんにちわー!」
「む?あぁ、君か。どうした、今日は予定がなかったはずだが……」
既に顔見知りとなった守衛はナクルを見ると不思議そうに声をかける。
「それが、ちょっとトラブルがあって予約してくれたんだけど、どうしても来られなくなっちゃったんだ~」
「それは……そうか。だが主人は今少し取り込んでいてな。少しばかり待ってもらう事になる」
「うんっ大丈夫だよ~。いきなり来ちゃったんだし、ここで待たせてもらうよ♪」
「いやいや、中で待っててくれて構わないよ。主人からはもし君が来たら応接間で待たせておくよう言付かっている」
通常。貴族だけでなくある程度の地位や権力者達は顔見知りの中でも事前にアポを取っていないと面会は出来ない。
これは常識というよりもマナーであり、突然やってきたりしたらその人の人格を疑われ悪印象を持たれても仕方がない事なのだが……ナクルのこの待遇ははっきり行ってしまうとそれだけで異常である。
侯爵が何を思っているかは分からないが、ナクルを気に入っている。その本気度合いが目に見えてはっきりと分かる光景であるとだけ言っておこう。
「そうなの?じゃあ行かせてもらうね♪」
「あぁ。中に入ればメイドが案内してくれるだろう」
「了解、ありがとね♪」
そう言い残してナクルはテクテクと当たり前のように屋敷の中へと入って行った。
丈の長いメイド服を着た女性に応接間まで案内してもらってから程なくして屋敷の主。ホルバート・エル・ブルムデン侯爵が現れた。
でんぐりとした体躯に寂しくなってしまった頭髪。
動物で言えば狸っぽい中年男が満面の笑みを浮かべた状態で入ってきた。
「あ、こんにちわ!ブルおじさん♪」
「おー、おー♪よく着てくれたねナクル」
挨拶がてら直ぐに腰掛けていたソファから立ち上がるとそのままの勢いでト◯ロを彷彿させるお腹に抱きつきにいくナクル。
側から見たら親戚のおじいちゃんに飛びつく孫娘だろうか。
微笑ましい光景だと思える者もいるが、脂ギッシュな中年に何の躊躇いもなく飛びつく事が出来るナクルを凄いと思う者もいるだろう。
「急な訪問で驚いたが、まぁまずは座るが良い。話はそれからだ」
「うん!あ、じゃあブルおじさんが先に座ってよ♪」
「む?まぁ良いが……おおっと、これこれ。はしたないぞナクル」
ブルムデン侯爵を先にソファに座らせるとナクルは自分の席はここだと言わんばかりに侯爵の膝上に座り込んだ。
「えへへ。だってこうしたかったんだもん、ダメ?」
「まったく……そんなわけないであろう!わっはっは!」
わざと&あざとい感じに話すナクル。
普通ならイラッとくる語尾だが、その辺は流石というべきか媚を売る感じは一切なく逆に子供らしい純真さを感じさせ、声音も猫なで声というより童子そのものだった。
これこそナクルが上客を得た秘訣……いや、真価と言っていいだろう。
貴族や大商人など地位や権力を持つ者達は日常と化す程に常日頃から周囲より媚を売られ続けていた。
それは本人からしたらウザいなぁ程度にしか思わない事であっても何年。何十年と擦り寄ってくる者を相手にしている内に本人も気づかないほどに心が疲弊しきっていたのだ。
それにより貴族や大商人が求めているものは性欲から得られる快楽よりも、絶世の美女を抱く優越感よりも、ただ純粋に『楽しみを楽しみたい』という願望となった。
媚を売る者には疲れている。
擦り寄る者にもうんざりしてる。
それでも一時の息抜きとして遊びたい。
そんな権力者達の子供染みたとしか思えない心の叫びをナクルは瞬時に見抜き、一人の男の娘としてこの願いを叶えたいと思った。
そしてナクルがとった行動。
それは童心に返るという至極単純な事だった。
そんなことをしても同業者からしたら一笑されて終わりの考えだったのに、自分の持つ可愛らしさを最大限発揮させる事で見事権力者達の廃れきったハートにクリティカルヒットを叩き出し、更に男の娘であるナクルを敬愛どころか溺愛する者が続出し続ける結果になった。
ナクルの子供のような容姿と天真爛漫な性格は欲望と権力の争奪戦でドロドロに歪み、疲弊しきった心に一陣の風となり、清涼剤でも蒔かれたかのように癒しとなった。
これによりナクルの、場合によっては投獄されてもおかしくない言動においてその罪は一切合切許されることとなった。
「さて、それで今日は一体どうしたんだい?」
一頻り笑ったあと、余り時間がない事を察したように本題に入ることとなった。
「うん、ブルおじさんなら後で調べちゃいそうだから言うけど怒らないでね?」
「ふむ……確約はせぬが努力はしよう」
「ふふ。ありがとう、実はね。オーナーから緊急の依頼があって、ブルおじさん来週予約してくれたんだけど、それまでには終わらせそうにないんだ」
「なに?!」
十二貴士ともなれば叶わぬ願いなど殆どない。
それなのに事前に予約というまるでこちらが下手に出なければならないような事をしていたにも関わらず、それが叶わぬと言われたのだ。
ナクルに甘い対応をしていたとしても流石に感化出来なかったらしく顔を真っ赤にして怒り出した。
「どこの馬鹿者だ?!ワシとナクルの楽しみを奪おうとする輩は!今すぐにひっ捕らえて血祭りに上げてやる!」
「わっわっ!だから怒らないでねって~!」
……どうやら怒りのベクトルは違う方向に向いているらしい。
勢い余って立ち上がろうとする侯爵だったが、ナクルが膝の上に乗っていることに気づいて思い止まってくれたが、以前額には十字に割れた血管が浮き出ている。
それをナクルが対面になるよう座り直して両肩を抱いて宥めていた。
「もぉ~、怒ってくれるのは嬉しいけど。そんなに怒ったら身体に良くないよ!」
「むぅっ……う、うむ。そうだな……しかし、一体どんな依頼を受ける事になったのだ?」
「んー、端的にいうと魔法学院に通う生徒さんの護衛かな?詳しい事情は知らないけど、オーナーの知り合いの商人さんがちょっとトラブルを起こしちゃって、しばらくの間娘さんを助けてほしいんだって~」
「ふむ、商人にとってトラブルは日常茶飯事……ワシが直接出て早急に解決することなど造作……ふぁひふぉふる、なふる」
「ダーメーだーよー。ブルおじさんが出てきちゃったら確かに簡単に解決しちゃうけど、それじゃ何かある度にオーナーを通じておじさんに頼む事になっちゃうじゃん!」
話の途中で侯爵の両頬を引っ張りながら注意するナクル。
仮に使用人がいてこの光景を目の当たりにしたら顔面蒼白間違いなしだっただろう。
しかし侯爵はそんなことはどうでも良いとばかりに若干笑みを浮かべてすらいた。
彼は権力者達のコネクション作りにおいて一つ誓いを立てていた。
それは本当にどうしようもない状況でない限り絶対に助けを求めたりはしないという当たり前の事だった。
コネクション作りをする際に必要な事は互いの信頼関係の前にどれだけ相手に気に入られるか、まずそこからスタートする。
確かにナクルは権力者達から絶大な人気を誇っている。
それはつまり強力な後ろ盾が出来たことに等しく、ぶっちゃけた話例え先輩同業者どころか勤務先のオーナーでさえナクルに逆らう事は事実上出来ない程だ。
しかしナクルは手に入れたコネをひけらかすどころか隠してすらいる節がある。
その理由はより強い信頼関係を築く為の礎だった。
いくら相手から気に入られていようと、やり過ぎれば愛想を尽かされる。
そうならないためにナクルは手に入れたコネ……つまりは力を使う事なく、慎ましくお淑やかでありながら天真爛漫な子供を演じ続けているのだ。
そのお陰でまた一つ侯爵のナクルに対する好感度が上がることとなったのは言うまでもない事だった。
「まぁ、そう言うわけで来週は来れないけどその代わり一番に会いに来るからね!もちろん、その時は一日ずっと一緒だよ♪」
「ナクル……うむ。分かった、気をつけてな」
「はーい♪ それじゃまた来週にね!」
そう言ってナクルはぴょんっと膝から立ち上がると侯爵の頬に軽くキスをして早々に部屋を出て行ってしまった。
その後ろ姿を見送りながら侯爵はふと思った。
過去、自分の持つ権力を傘に着ようと一体どれほどの者が擦り寄って来たか分からない。だというのに、ナクルの態度はまるでこちらを気遣うように立ち振る舞ってくれる。
考えても見てほしい。自分の子供が、孫が、助けてやろうと言ってるのに迷惑をかけ続ける事になるからダメだと言ってくれているのだ。
これが嬉しくないはずがない。
何十年ぶりかの胸が高鳴る高揚感に浸りながら窓の外へ顔を向けて遠くを見据える。
「……立場上。余り娼婦に肩入れするわけにはいかないが、手助けをするくらいは良いだろう……おいっ誰かいるか?!」
声を上げるとナクルが出て行った方とは別の扉が開き、そこから老齢の執事が現れた。
「はい。なんでございましょう旦那様」
「妖精の園のオーナーに最近直接依頼をしたと言う商人を調べておけ」
「畏まりました。近日中には手配しておきます」
執事は深々と礼をすると音もなくその場を後にしていった。
「毎年の事ながら、この時期になるとどうも慌ただしくなるな……まぁそれも仕方のないことか」
侯爵は愚痴をこぼす様に吐き捨てると、残っている仕事を片付けようと応接間から去っていった。
★
予定通り日が沈む頃にはナクルは予約をしてくれた大口の案件は片付け、妖精の園に戻ってきた。
「どうしたんですか?そんなゲッソリした顔をして……ママらしくありませんよ?」
打ち合わせも兼ねて執務室に訪れたナクルが見たのは昼間に見たビッグママとは様子が異なる姿があった。
若干だが、頬が痩けてすらいるように見える。
「誰のせいよ……っと言いたいけど、まぁこちらの責任だから貴方は悪くないから何とも言えないわね」
「?」
「予約者リストを見たら十二貴士程じゃなくてもそれなりの大物ばかりなんだから参ったって話よ」
「あ、あぁ~そう言うことですか。なんかすみませんね」
「良いわよ。なんとかそっちの方は片付いたから。それより明日からなんだけど、貴方には早朝からフレグラ商会に行ってもらうわ」
「了解してます。娘さんの警護は任せてください」
「えぇよろしくね。それとこれはもしかしたら接触してくる可能性のある組織のリストよ。目を通しておいてちょうだい」
そう言って手渡してきたのはリストといっても一枚の羊皮紙に商会名と人員構成が書かれたものだった。
ただ十名ほどの名前の中にはナクルでも見覚えのある名前が二名ほど載っていた。
「……穏やかじゃありませんね『返り血のバル』に『音無のホフス』なんて、掃除屋の中でも名売れじゃありませんか」
「あくまでも可能性よ。彼らが接触してくる可能性としては極めて低いけど、注意はしておいて越したことはないわ」
「そうですね。あ、これはお返しします。もう頭に入りましたから」
「あら、なら処分するわね」
ビッグママはそういうと返されたリストを蝋燭の火で燃やしてしまった。
基本的に重要な書類は質の良い紙で纏められるが、逆に機密保持の為に質の悪い羊皮紙で書かれる事もあるのだ。
「それとこれは魔法学院での制服ね。一応変装道具も一式用意してあるけど……まぁ貴方には不要ね」
「はい。まだストックは沢山ありますから♪ それにしてもこれが制服……う~ん、これって改造しても良いですか?」
「改造?強度でも高めたいの?」
「まさか!もうちょっと可愛い感じに仕立てられそうなんでちょこちょこ~ってアレンジしたいんです!」
「……それは任務が終わってからにしなさい。そしたらいくらでも好きにして良いから」
「え~、そんなぁ……」
「これはあくまでもお仕事よ。プロだったら割り切りなさい」
「プロだからってのもあるんですが……まぁいいです。改造したらお客さん受けもよくなると思いますし♪」
「はぁ……」
転んだとてただでは転ばないナクルであった。
とりあえず一通りの要件を済ませたナクルは準備もあるの仮の拠点としている宿屋に戻ることにした。
リストに載っていた名前には所謂、殺し屋稼業で名を馳せた者が二人もいた。
彼らは非合法の組織に所属して金を積まれれば基本的に何でもする。殺しでも拷問でも誘拐でも何でもだ。
その中でも掃除屋と呼ばれる集団は殺しのみを請け負うプロだ。
普通の冒険者は地道に魔獣や魔物を討伐してレベルを上げて強くなっていくが、掃除屋は殺人のみを行い続ける事でレベルを上げて強くなっていく。
経験値としては殺害対象のレベルに応じて変わってくるが、基本的に割りに合わないとされる。
例えば駆け出しでも討伐できるグロウウルフやゴブリンから得られる経験値が10だとするとこの世界の平均である成人した男で、レベル15の人間を殺しても同じくらいの経験値しか得られず、捕まれば死ぬまで拷問され続けて晒し者にされてしまう。
何をどう考えたって割りに合わない。
それでも彼らは殺人をやめない。辞める理由が掃除屋として生き始めてからないからだ。
途中でやめたところで法に裁かれ死ぬよりも辛い拷問を受け続けるか、組織に追われて同じく嬲り殺されるかの違いだけで辞めるに辞められないという実情もあるが……。
しかし何もデメリットだけじゃない。
殺人は重罪だが、その分そういった手の依頼は引く手数多な上に報酬が馬鹿みたいに高いのだ。
その上特殊なスキルや称号も得られる事もあり、掃除屋となった熟練者は国の軍ですら中々手を出しづらい存在となる。
……まぁ国は国で殺人のみを行わせる特殊な機関も存在するが、表沙汰にはされていない。あくまでも裏稼業に営む者だけが知っている国の暗部というものだ。
さて、それはさて置き。
自室に戻ったナクルは自前の鏡の前で表情をコロコロと変えていた。
「ん~、どの顔にしよっかなぁ~……コレ?は、ちょっと学生って感じじゃないし、やっぱりコレ?ん~、なんか違うなぁ」
表情……というより、変えていたのは顔そのものだった。
変装スキルのレベルが高レベルになった事により、ナクルは記憶の中にある人物を強くイメージするだけでイメージした人物通りの顔になる事が出来る。
身長や体格などは流石に無理だが、顔つきや皺やシミなんかも自由自在なのでそれが同一人物であると見破れる者は数少ないだろう。
「はぁ。せめて姿見くらいはやっぱり欲しいなぁ~、そしたら服装と合わせて変えられるのに……」
愚痴をこぼしながらも露出度の高いショートパンツとタンクトップ姿から渡された魔法学院の制服に着替えると鏡から遠ざかって全体が映るように工夫する。
この世界にも鏡は存在するが、身体全体が映る姿見なんかは超が付くほどに高い。
いくら男娼として稼いでいるとはいえ、いつこの街を去ることになるかも分からない身分としては使い捨てとして購入するには中々手が出ないのだ。
「んっ!よし、これにきーめた!」
軽くポージングを決めながら完成!とばかりにウィンクしたナクルの姿は、はっきりといって別人だった。
髪はこの世界では一般的な栗毛色をしたちょっと癖のついたゆるふわヘア。
目つきはタレ目で、その下には泣きぼくろまで追加されている。
正に男がイメージするおっとり系女子の完成系だった。
当然声音もそれに合わせて変わっている。
実はこれが男娼……いや、男の娘の凄いところだった。
男の娘とは男だからこそ理想となる女の姿を象る事ができ、それになりきる事で女子よりも女子らしい女の子を演じる事が出来る。
その結果は言うまでもないだろう。
恐らくナクルが魔法学院に通う間に一体何人の被害者が出ることやら。
「ふっふ~ん♪ とりあえず警護をするついでに何人か味見して、ついでに庄吾の事も驚かせよっと!
あーっ早く明日にならないかなぁ♪」
まるで遠足にでもいくかのようにキャッキャと騒いでは鏡の前でポージングを取り続けているナクルであった。
翌日。ナクルは指定された通りに早朝からフレグラ商会へと足を運んだ。
もちろん顔は前日に作ったおっとり系女子で服装も学院の物に着替えている。
……ただどうにもそのままの制服が気に入らなかったようで多少手を加えられて、スカートは若干丈が短くなりローブの方も首回りが開くように改造されていた。
本人曰く身嗜みなので問題はないだろうと言う事だが、完成品を見たらエロティックなおっとり女子になってしまっているのは否めなかった。
「こんにちわ」
フレグラ商会の中へ入りながらお仕事モードの『おっとり、でも出来るキャリアウーマン』的な雰囲気を演じて、挨拶をするとカウンターに一人の商人がリストのチェックをしていた。
歳の頃は三十代ほどの壮年で、ダンディな髭を生やしている。
「ん?魔法学院の生徒さんか?」
「はい、本日より妖精の園から依頼を受けて参りました」
「妖精の……じゃあ君が?」
男はやや訝しげに視線を向けてくる。
どうやらとてもじゃないが、依頼した通りの人物とは思えなかったようだ。
個人的には別に信じようがいまいが余り関係はないのだが、信頼を勝ち取るにはある程度の実力は見せた方がいいだろう。
そう思ったナクルは少し笑顔を見せると、タッターンッとステップを踏みながら瞬時に男の背後に回り込むと中指を首筋に押し当てた。
「な?!」
速度と隠密を重視した忍ジョブだからこそ出来る移動法。
『縮地』を使った事により男からしたら一瞬のうちに姿が消えたかと思えば背後に回られたと錯覚した事だろう。
これはナクル自身が編み出した技の一つであり、ステータスとして技能でもスキルにもない。所謂システム外スキルと言っていい技術だ。
ただこの技術は未だ未完成でもあるため、単にスキルとして覚醒していないという事もあり、戦いから無縁の一般人は兎も角、熟練の冒険者からしたら所詮小手先の技でしかないが、それでも効果は抜群だったようだ。
「信じる信じないは貴方次第ですが、先ずはお仕事の話をしませんか?」
「わ、分かった。信じるよ……こっちに来てくれ」
青ざめた表情を浮かべながら男はカウンター奥にある扉へと案内してくれた。
部屋の中は執務室も兼ねているのかデスクには書類が積まれ、急な訪問客用の簡素なソファと腰の低いテーブルが置かれていた。
「まずは自己紹介といこうか。私はこのフレグラ商会のオーナー。アゼル・フレグラというものだ」
「初めまして、私はナクル。性はありません。それで依頼内容の確認ですが、娘さんの警護ということでよろしいでしょうか」
「あぁ……だが、少し違う。警護対象は私の妾の子で名はメラーニ・フルトという魔法学院の錬金術学科に通う一年生だ」
「メラーニ……?」
聞き覚えのある名前に眉を寄せて記憶の中を探ってみると、確か庄吾の助手的な事をしている女の子だった筈だ。
「そうだ。君にはその子の警護を頼みたい」
「……一つ質問があります。どうして妾の子などを警護対象に?」
この世界では一夫多妻制が認められている。
だが、当然優先順位として高いのは正妻の子の方が上だ。
更に言えばその中でも長男長女が優先され、次男次女は下となり、妾の子など殆ど蚊帳の外でしかない。
ましてや彼は一介の商人に過ぎない。
貴族などの爵位を持つ者なら何かしらの政治利用される可能性があるからわからなくもなかい話しだが……ただの商人に過ぎない彼にとって妾の子を守る事に一体なんのメリットがあるか?
はっきり言ってきな臭さしか感じられない。
「まぁ……当然の疑問だな。確かに一人の商人として見ればメリットどころか金が飛ぶだけ損のデメリットしかない。
妻と娘には既に優秀な護衛をつけているだけに尚更だ。
しかし、それがなんだというのか。例え妾の子であろうと私の娘である事には違いない。ならば親として守りたいと思うのは当然だろう?」
「…………」
真に迫る表情を浮かべて、そう熱弁するアゼルの瞳からは確かに強い意志が込められていることが分かる。
その意志はまるで自分は商人である前に一人の父親でもあると言いたげなようにも見える。
ーーけれど。
(言ってる事は至極まともだし、どちらかといえば好感が持てるけど……そういう奴ほどまともじゃないんだよねぇ~、世の中)
これが仮に普通の感性を持つ人間なら協力してやろうという気になるだろうが、生憎と『普通』とはかけ離れた場所に地球にいた頃から身を置いてきたナクルにとってはきな臭いどこらか胡散臭さしか感じられなかった。
一見共感が得られる話をいくら見聞きしたところで、必ず裏があるものだし、損得勘定抜きに行動できる商人などいるはずがない。
そういうのは物語の中だけの話だという事を私は知っている。
そうじゃなければこんな都市の中で商会を開けるほど大きくはならないし、デメリットしかない行動なんてするわけがない。
必ず裏が何処かにあるはずだ。
(まぁ、かといって現段階では断る理由も見つからない。仮に危険があったとしても精々掃除屋さんが出張ってくるくらいだから大した問題にはならない、か)
しばらく黙考をした後「分かりました」と口を開いた。
「そういう事であれば喜んで引き受けさせてもらいます」
「ありがとう。先ほどの腕前も見込んで、よろしく頼むよ」
「任せてください」
そういって互いに手を取り合って契約成立の握手を交わすと今後の予定の詳細を話し合っていった。
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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