頭にきたから異世界潰す

ネルノスキー

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第2章

第17話ーー食事と癒しーー

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「んぐんぐっ……ぐちゃ、ブチブチ……んぐんぐ」

 一心不乱。それを体現しろと言われたらそこで行われている事が正にその通りだろうと誰もが言う光景。

「ぷはぁ……あ~、不味い!」

 カランッと投げ捨てられた甲殻など見向きもしないまま血で汚れた口元を拭いながら立ち上がる。

「魔物ってのはどいつもこいつもクソみてぇな味だな。
しかも焼けば苦味とエグ味が増すとかどんだけだよ……はぁ。まぁ食うもんがねぇよかマシか」

 文句を言いながらも食べれる場所は甲殻以外全て綺麗に平らげた弓弦が独り言ちに呟いてはいるが、その周囲を見たらきっと誰もがツッコみを入れるだろう。

 大蜘蛛二匹食っといてまだいうか!と。

 生まれ変わりを果たしてから数日。
弓弦は未だに洞窟から抜け出せずに彷徨い続けていた。
 その間、余りにも空腹だったので出会す魔物・魔獣を片っ端から食い続けていたのだ。

 その数は明らかに弓弦の体積よりも多く食い続けているのに体型は一切変わらず、現状を維持し続けていた。

 強いていうなら時々倒した魔物を食ってる時に身体のあちこちからバキボキと骨が折れる音が聞こえてくるが、最初の頃に比べれば随分とマシな痛みしか感じないので今はもうほとんど気にしてすらいなかった。

 この世界に来てから痛みに対する耐性が異常なまでに強くなった気がするが、日本にいた時からそれなりに慣れていたのもあって苦痛に対してはどうでもいいとすら感じていた。

「さ、てと。飯も食い終わった事だし、何か異常な速度で髪も伸びたしな。そろそろ本格的に外に出るとすっかな」

 通常、人間が髪を一センチ伸ばすのに大体一月はかかると言われているが、弓弦は尋常ではない暴飲暴食を繰り返すことで過度な栄養素が副作用によってか育毛を助けて一日で一センチ近く伸びてたりする。髪だけ。

 立ち上がりながら中々見つからない武器に業を煮やして作った魔物の骨と魔獣の牙を使って作った自前の槍を手に取る。
 
 これまでは殆ど素手か石ころで魔物を倒してきたが、何故か最近はそれらが殆ど通用しない獲物が出てきたので仕方なくとして作ってみたのだ。

 お陰で槍投げの要領で簡単に獲物を瞬殺できるので大変楽である。
 槍士ジョブか騎士ジョブにいる槍使いが聞いたらバッシングもの間違いなしなのは言うまでもないが。

 それはさておき、弓弦は更に洞窟の奥へと進んでいった。
最初のうちは目的もなく彷徨い歩くだけだったが、ここしばらくは感覚が研ぎ澄まされるようになったからか、風の流れをより鮮明に感じ、植物特有の緑の香りが微かに感じる方向へと進んでいっていた。

「ん?ありゃぁ……」

 本来なら真っ暗な洞窟でも夜目が利く弓弦にはより昼間のように明るい道を進んでいるとコモドドラゴンのような大蜥蜴っぽい魔物が食事をしている光景が見えた。

 ーービシュンッーーグオォ?!

 なので槍を投擲して仕留める事にした。

 つい先ほど二メートル級の大蜘蛛を二匹食べたばかりなので、あのトカゲはオヤツにでもしようと思い即座に仕留めたのだ。

 人間の三大欲求である食欲は大切なのだよ。

 何より大蜥蜴は他の魔獣の中でも比較的マシな味なので弓弦としても結構なお気に入りだったりする。
 思わずスキップして鼻唄を歌ってしまうくらいに。

「お?うわ、マジかコイツ!」

 そんなルンルン気分で仕留めた大蜥蜴に近づいて行くと、ついでに何を食ってたのか気になって見てみるとそこにあったのは人間の死体だった。

 目覚めてからたった数日しか経っていないと言っても魔物と魔獣しかいないこの地では初めての言葉を交わすことの出来る生物だ。

 白骨化した遺骸なんかは時々見かけていたので人間が全く寄り付かない場所ではないのだろうなぁ~とは思っていたが、まさかここで出会うとは思っていなかった。

 すぐさま視界を熱源感知モードに切り替え、男の死体を見るとそれなりに時間は経っていたようだが、まだ僅かながらに体温が残っている事が分かった。

 そして他にも仲間がいるのではと思い、視界を明るくし地面を水平に見ると複数の大きさが異なる足跡を発見した。
 それはちょうど進行方向へと辿っており、俺は男の死体から首に下げられたステータスプレートを毟り取ると全速力でダッシュした。

 視界はより鮮明にし、どんな小さな痕跡も見逃さないよう細心の注意を払いながら風を切るような速度で走り続けると百メートルほど先で大蜥蜴数頭と追いかけっこをしている人影が見えた。

 大蜘蛛は見た目はずんぐりむっくりの体型をしているが、走らせるとそれなりに早い。
 少なくとも自転車で盛りこぎしてるのと大差ないくらいの速度でどこまでも追いかけてくるのだ。
 しかも奴らは三頭から四頭の群れで行動する習性があるので逃げてる方からしたら中々の恐怖感だろう。

 それなのに未だ挫けずに逃げ続けている人間には素直に感嘆の声が出てくる。

 俺は回収していた槍を構えると走っている速度に合わせるようにして槍投げを敢行した。

ーービシュンッ!ーーガギャアッ?!ーー

 走る速度も相まって先程よりも尚速い速度で投擲された槍は狙い違わず飛びかかりそうだった大蜥蜴のケツから喉元にかけて貫通して止まる。

 突然の背後からの攻撃に驚いた他の二匹は急停止して振り返ってくる。
 逃げている子の方も一緒になって振り返る。

 だが、大蜥蜴の方はそれ程遠くまでは見えていないらしく何が起こったのか困惑している様子だったので、続けざまにその辺で拾ったソフトボールサイズの石を全力投擲して仕留める!

ーーグギュゥッ?!ーーガギャアッ?!ーー

 夜目が効くにも関わらず、姿が一切見えない所からの正確無比な投擲に顔面がひしゃげ、逃げ出す間も無く倒れこむ。

「はぁ~、ようやく追いついた」
「ひぅっ?!」

  ビクンッビクンッと痙攣する大蜥蜴を呆然とした様子で見ている逃げていた子は驚異的でが去った事で安心していたのか鳥の首を締め上げたように小さく悲鳴を上げる。

 それはそうだろう。
暗闇の中、灯りも一切つけていないのに自分のところへと現れ突如声をかけられたのだから。
 その上、逃げていた子は腰にランタン代わりなのか、青光石を吊り下げていたので現れた弓弦の姿を見てしまったのだ。

 そう、ただでさえボロボロな遺骨から追い剥ぎ同然でくすねた皮の装備に、風呂どころかろくに水浴びすらしていなかったので魔物や魔獣の体液がベットリと染み付き、血が膠みたいに張り付いた弓弦の姿を!

 はっきり言って完全にホラーである。
おまけに青光石の灯りはまんま、青いので弓弦の顔色も当然真っ青に見えるわけで、幽鬼か何かと勘違いされても仕方のないことである。

 ただそんな事を知るよしもない弓弦はズカズカと歩みを進めると槍を回収して逃げていた子に近づいていった。

 心なしかプルプルと子鹿のように足が震えているように見えるのは決して弓弦が怖いからではない!
 走って疲れて一瞬だけど、本当に一瞬だけど安心しちゃったからだ!

「よぉ、ケガはねぇか?」
「ひゃっひゃいっ!」
「……いや、そんな噛まんくても。とりあえず落ち着けよ」

 どうやら相当怯えていたらしい。何にとは言わないが。
一先ず落ち着かせる為に少し進んだ先に行くと青光石で明るくなった広場が見えたのでそこまで移動する事にした。
 勿論、仕留めた三頭も忘れない。

 青光石だけの明るい空間は何処と無く神秘的で心を落ち着かせるには十分な空間だった。
 何より地上から流れてきたらしい水の通り道だったらしく湧き水まである。
 
 これには俺の方が喜んだ。
飯は適当な魔物なり魔獣なりで癒せたが、水分だけはなかったからだ。
 食いながら獲物の血で誤魔化していたが、逆に喉が乾くし地味に痛くてたまらなかったので飲み干す勢いで飲んでしまった。

「ふぅ……それで、あんたは冒険者か?」
「あ、はい。ミリナと言います。助けて下さってありがとうございます!」

 だいぶ落ち着きを取り戻してくれたらしい。
口調もはっきりして元気が出たようで何よりだ。

 ただ気になることがあるとすれば、何でお面付けてんだ?
しかもフードまで被って……ひょっとしてこの世界にも厨二病とかあんのか?

 んー……そういや、冒険者の中には顔に受けた傷とかを隠す為に仮面を付けたり、魔道具だったりする物があるから特段珍しい事じゃないとかアニーの奴が言ってたっけ。
 ならツッコミとか野暮な事はしねぇ方が良いな。

 勝手にそう納得すると一先ずそれとは別で気になってた事を訪ねる事にした。

「あぁ、それはいいんだが……ここが何処だか分かるか?」
「え?」

 めっちゃキョトンとされた。

 そりゃそうだ。
こんな魔物&魔獣だらけの洞窟に単身で乗り込み、瞬く間に三頭の大蜥蜴を倒してしまうくらいの実力があるのに、現在地すら掴めていないマヌケだとは思いもしないだろう。

 だが、その程度の反応は想定済みだ。
多少痛い思いをする事になるが、この先。これから先の事を考えれば困る事がない手段を既に用意している。

そのカードを早速切らせてもらおう、題して『知らんふり作戦!』

「あー、実はな。目が覚めたら此処よりずっと奥にある谷底にいてそれまでの記憶がどうにも思い出せねぇんだよ」

 知らんふり作戦……それはつまり記憶喪失を装ってこの世界の知らない常識やなんかを疑われる事なく聞き出す何ともお手軽で心が痛む作戦内容の事だ!

 言ってる事は嘘ではない。いや、嘘だけど真実も含まれた嘘なので決して嘘ではない。

 ……ただ、ミリナから若干同情するような可哀相な人を見つけてしまったような雰囲気と視線が感じる!
 無意識にも弓弦は何故か片手を胸の前にやって声を押し殺した!

 弓弦の精神に何故かクリティカルが炸裂した!
此処に来るまで元世界王者・ボ◯ト選手並みの速度で走っても動悸もなければ息切れもしなかったのに今は銃口を突きつけられた人並みに心拍数が上がっていく!

 記憶喪失なんて厨二病患者の作る設定の中でも鉄板と言って差し支えないものであり、実際にやってしまうと羞恥心と申し訳なさからミリナの方から視線を逸らしてしまう。

 肉体的ダメージには強い弓弦でも流石に精神的に来るものには耐え難いものがあったらしい。
 しかし、これも必要なことであり、有効な手段なんだと割り切って何とか耐え忍ぶ。

「そうだったんですか……冒険者の中には時折、戦闘の負傷により記憶を無くしてしまう方がいると聞きます。
 ですが安心してください!中には記憶が戻ったという方もいるそうなので貴方もその内良くなりますよ、きっと!」
「……ぐっ」

 悪意もなければ邪推もない、その純粋な瞳でミリナが元気付けてくれた!
 再び弓弦の精神にダメージが炸裂し思わず声が漏れてしまう!

「あ、あぁ……そ、それで此処は一体どこなんだ?」

 これ以上この話題はマズイ、主に俺の精神が!

「ここはアグニスタという獣人やエルフにドワーフといった多種多様な種族が暮す土地で、私たちが今いるのはダイラス迷宮と呼ばれている巨大な洞窟になります」
「迷宮?この洞窟が?」

 あれ?なんか俺の知ってる迷宮とはちょっと違うような?

「はい、とは言っても正確にはちょっと違います。
 一般的には迷宮といえば国が管理する場所で魔物や魔獣が無尽蔵に湧き出してくる危険な場所ですが、このダイラス迷宮は地下トンネルのような洞窟がどこまでも広がっているという場所なんです。
 ただその広大さから何処に、何処まで続いているのか分からない為『迷宮』と付けられただけなんです」

 あー、なるほど。それなら納得した。
この世界にはゲームよろしく迷宮と呼ばれる場所があるのは知っていた。
 そこだと地下へ地下へと続いていくそうなのだが、その理由も存在する訳も解明されていないらしい。

 一方でこのダイラス迷宮は地下にはあるが、更にその下層へと道が続いているのではなく、超長距離の広大過ぎるが故に付けられた名前ということか。

 ふむ、どうやらこの世界じゃ迷宮は二つのパターンがあるわけか。一応覚えておこう。

「ふむ。さっき多種多様な種族がいると言ったが、人間はいないのか?」
「…………」

 ……あれ?なんか地雷踏んだ?
それとも聞いちゃまずかったのか?なんかスッゲェ嫌そうというか、気まずい空気が漂ってくるんですけど……。

「……あーっと、知らないなら別にいいんだぞ?」
「あ……いえ、そうじゃないんです。すみません」
「ん?違うのか?」
「その、貴方は人族……で良いですよね?」

………………………。
………………………。
………………………どうなんだろうか?

 人間っちゃ人間だが、普通に魔物食ってるしな。
おまけに一回死んで生まれ変わって卵っぽい物から先日孵ったばっかだし?
 なんか、人間か?と聞かれるとちょっと答え辛いな。

 ん~……まぁこの場では人間でいっか。
わざわざ説明すんのも面倒だし、話してやるほどの義理がある訳じゃねぇしな。

 っていうか、そもそも何でそんな事聞くんだ?
今の自分の姿を見たわけじゃないが、シルエットで人型なのは何となくわかるから別に聞かなくても分かるだろうに。

「あんたは違うのか?」
「えっと、その……」

  聞き返された事に戸惑いを見せるミリナ。
やがて何か意を決したようにそれまで付けていた面とフードを取り払った。

 そこにいたのは一言で言えば猫がいた。
ピンっと尖った三角形の耳に長めの三本ヒゲ、毛並みは黒っぽい灰色をして顔立ちは何処と無く人と似たようなシルエットをしているが、完全に猫だ。

 詳しくはないが、確か庄吾曰く『ケモノ』とかいうジャンルの獣人だ。
 流石はファンタジー。ガチの獣人さんだよ。だからあんなに早く走れてたのか。

「へぇ~、初めてみた。獣人の人?」
「えっと、そうです。山猫族と言います」
「あぁ、だから耳そんな尖ってんのか。触っても良いか?」

 山猫は普通の猫と違って野生で暮らしているから警戒心が非常に強く、周囲の音やなんかを聞き漏らさない為に耳が尖って発達したらしい。

 生物学の先生がやたら熱弁してたからよく覚えてる。
一生に一度は見たいだが、なんだかいってたが、まぁこの世界にいないから関係ないか。

 それよりもピクピクと仕切りに動いてる耳の方が気になってしょうがないので訪ねてみると。

「へ?!」

  めっちゃ驚かれた。
あれ、やっぱりダメだったのか?

「あー、すまん。そんな驚かれるとは思ってなかった」
「あっいえ、ち、違います!えっと、その……気持ち悪くないんですか?」
「は?」

 この子は一体何を言ってるんだ?
猫耳見て気持ち悪いとか思う人類なんていねぇだろ。

 思わず素で聞き返してしまうとどうも理由があるらしく、この世界の人間から見たら獣人は魔物と殆ど変わらない家畜同然の卑下する存在らしい。
 
 そんな人族の中でも唯一許容範囲内として認識されるのは人かエルフ・ドワーフと交わって生まれた半獣人だけで、耳や尻尾がある程度なら姿形は人と変わらない事もあって人族の住む近くで生活はできるようだ。

 ただミリナの様な生粋の獣人は完全に魔物扱いなんだとか。

 ……なんだそれ。勝手にも程があんだろ人類。
いや、自分勝手で身勝手なのが人間なんだけどさ。
 こうして改めて聞くと腹立つな。

「ふーん、そういうことか」

ーーふにふに。

「まぁ別に俺は気にしねぇから安心しろ」

ーーくにくに。

「猫耳に罪はないし、そういうもんだって思えば気持ち悪いどころか愛らしく思うしな」

ーーなでなで。

「そもそも……」
「あ、あ、あのっ!」
「ん?どうした?」

ーーさわさわ。

「も、もう、その辺で……お願い、しますぅ」
「ん?あ、すまん」

  しまった。
話を聞いてるうちに苛立って無意識に癒しを求めてミリナを抱きとめながら猫耳撫でまくってたわ。

 パッと手を離して解放すると「はふぅ……」とか言って一息ついたようにグッタリするミリナは、うん。猫だな。
 普通に可愛いし、もうちょい撫でてたくなる。
 なんだこの庇護欲そそられる可愛い生物。

「ほ、本当に気にしないんですね……」
「いや、気になる。もうちょい撫でさせろ」
「え?!えぇ~っと、それはちょっと困ると言いますか……」
「嫌か?」
「い、嫌ではないです!その、撫でて貰えると凄く気持ちが良いと言いますか、撫でるのが上手すぎると言いますか……」

 どうにも歯切れが悪いな。仕方ない。

俺は一旦ミリナを膝の上から下ろすとその辺に落ちてる野球ボールサイズの石を十個ほど拾い集めてまた戻ってくる。

「疲れてんだろ?見張りは俺がしてるから少し寝てろ。そのかわり撫でさせろ」
「えっ?!いや、それだと何の解決にもなってないような……そもそも会ったばかりの人にそんなこと」
「別に取って食いやしねぇよ。もうずっとこんな場所にいたからな。癒しが欲しいんだよ」

 つい先ほどまで人間に対して自分勝手で身勝手だと苛立ちを込めていた人物とは思えない勝手な理由だった。

 ミリナもミリナで突然の事態に困惑して目を白黒してる間に「はぃ~」っと流されてしまっている。
 「それで良いのか」とか「警戒心が強いんじゃないの?」というツッコミを入れる人間がいないのが何とも悔やまれる光景だ。

 そんな訳で完全に飼われた猫状態のミリナの頭を撫でてほっこりしていること暫く。
 まだ距離があるとはいえ三頭の大蜥蜴が流している血の匂いに引き寄せられた大蜘蛛がカチカチと音を鳴らしてやってきた。

ーービシュンッーーギィッ?!

「ほぇ?どうかしましたか?」
「いや、何でもない。虫がいたから追っ払っただけだ」
「そうでしたかぁ……ふみ……」
 
 全力投球された身動きで一瞬目を覚ましたミリナだったが、何でもないと分かると再び眠っていった。
 ちなみに大蜘蛛さんは遠くの方でピクピクしてらっしゃる。



 数時間後。
十分な休息が取れたミリナは気分爽快とばかりに伸びをして二人で迷宮の出口へと足を運んでいた。

「そういえば、なんでこんなとこにいたんだ?」
「そういえば言ってませんでしたね。これを集めてたんです」

 ただ歩いているだけなのもつまらないので適当に話題を振ってみると腰に下げていたランタン代わりの青光石を見せてきた。

「こんなもんそこら中にあるじゃねぇか」

 実際さっき休んでいた場所なんかには埋め尽くされるほどあった。
 わざわざこんな奥の方に来る理由がないはずだ。

「いいえ、これは他の青光石とは違ってよく見ると緑色も混ざった緑青石(りょくせいせき)と呼ばれる希少な鉱石なんです」
「ふ~ん?何に使うんだ?」

 視界を通常に戻して試しに覗いてみると、確かに中心部付近に薄い黄緑色をした光が混ざっている。
  鉱石自体が発光しているのには当然驚いているが、それよりも光を直でみているのに全く目が痛まないのも不思議だ。

「主には錬金術の触媒として使うそうですけど、砕いて薬の材料にしたり、宝石として使われる事もあるそうです」
「宝石は分かるが、薬にもか……最初にコイツを原材料として使おうと思った奴は頭がどうかしてるな」
「あはは、まぁ確かにそうですね。でもこれを用いた薬は効能が高くて何処へ持っていっても引く手数多なんですよ」
「なるほどね」

 しばらく緑青石を眺めていたが、気が済んだのでさっさと返してやると今度はミリナからの質問がきた。

「あの、私も聞いても良いですか?というか聞きたいことだらけですけど……」
「ん?あぁ、まぁ別に構わんぞ」
「えっと、それじゃ名前を聞いても良いですか?」

 あ、しまった。名乗るのすっかり忘れてたわ。
んー、どうすっかなぁ……ここで普通に本名を言ったらわざわざ記憶喪失だなんて変な設定盛り込んだ意味がなくなるんだよなぁ。

 元々そんな面倒で精神的ダメージが来る行為をわざわざ行ったのにはちょっとした理由がある。
 教会の連中が未だに俺の事を付け狙ってるいるかもしれないと思ったからだ。

 そうでなくとも異世界から召喚されてきた人間を国がそう簡単に見逃すとは考え辛い。
 なのでそのまま死んだ事にしようと考えたからだ。
実際死んでるし。生まれ変わったけど。

 ちょうど良い事に千切れた腕やらなんやらが残ってるだろうから捜索に来た国の連中か冒険者が死んだ事を裏付けてくれるだろう。

 他にも記憶を失っていれば何を聞いても不審がられる事もないだろうというメリットがあったからだ。
 けれど、名前までは考えていなかった。
完全に盲点である。なので「好きに呼べばいい」と丸投げする事にした。

「じゃあ、シロさん……と呼んでも良いですか?」
「シロ?」
「えっと、髪が白いからって理由なんですけど……流石に安直過ぎましたかね」
「…………」

 え?マジで?
俺今、白髪なん?マジで?

 手に伝わる感触で髪が伸びてきた事には気づいていたが、自分で見られる程までは長くなく、その上鏡どころか水鏡もない生活だったのだ。
  知らなくて当然と言えよう。
だが、まだ二十歳にもなっていないのに頭白いからシロさんねっとか悲しすぎる。

 普通にショックだわ。
つい最近オール脱毛状態からの生誕を果たした時もショックだったが、それといい勝負なくらいの落ち込み具合にまたもや『orz』と項垂れてしまう。

 隣でミリナがオロオロとしているが、当然何にショックを受けているのか分からず、声をかけようにも何と声をかければいいのか絶賛困惑する二人の姿。

 十分くらいしてようやく立ち直ると、他に案があるわけでもないので結局シロ呼びが決定した。

「それで、シロさんは何でレッサー・リザードを持っているんですか?それに数も減っているようですし……」

 レッサー・リザードというのか、この蜥蜴は。
ちなみに数が減ってるのはミリナが寝てる最中暇だったのでスナック感覚で二匹ほど平らげてしまったからである。

 それにしてもどう答えようか、これを食ってるって言えばたぶんスゲェビックリするだろうし、場合によっちゃ殺し合いにまで……はならねぇか。
 なったとしても問題ねぇしな。

「非常食兼おやつだ」
「……はい?」
「焼くとエグ味とか苦味が強いし、臭みも酷くなるが、そのまま食えば割とスッキリした味わいだから結構好きなんだよ。
 あ、でもお前は食うなよ。たぶん死ぬから」
「食べませんよ!っていうか食べれるんですか?!一応魔物なんですよ?!」
「みたいだな。食うたんびに身体バキバキなってウルセェけど、まぁ気にすんな」
「いやいやいやいやっ!そういう問題じゃないですって!魔獣や魔物を食べるとどうなるか知らないんですか?!」
「バカにすんな、それくらい実体験してるんだから知ってるわ」
「貴方ホントに人間ですか?!それとも人間ってみんなそうなんですか?!」

 大人しい子だなぁ~とは思ってたが、中々良いツッコミが来るな。ちょっと楽しく思えたぞ。

「まぁそこんとこは俺自身スゲェ自信はねぇけど、人間だ。
そんでもってこんなん出来るのはたぶん俺だけだ。体質みたいなもんなんだろ」
「体質で済ませられる話じゃないですよ?!」
「だから気にすんなって言ってるだろ?」
「うぅ~、そうですけど……そうなんですけど……」

 どうにも飲み込めない様子で云々唸り声を上げている。
正直なところ自分でもかなり無茶苦茶な事を言っている自覚はあるが、説明しろと言われても困るので押し通しているだけだ。

 とりあえず話題を変えようと考えていると、ふとミリナを見つける前にレッサー・リザードの餌食になっていた死体を思い出した。

 そういえば、あれってミリナの仲間だったりするのか?
一応ステータスプレートは回収してきたが……まぁ見せた方がいいか。

「それより、こいつ。お前の仲間だったりするのか?ミリナを見つける前にレッサー・リザードに食われてた死体から持ってきたんだが」
「……いえ、知らない方です。私は元々ソロで活動していた冒険者なので、知り合いはいますが、仲間はいませんし、あの時は遠くの方から悲鳴が聞こえたので逃げていただけですし」

 念のためステータスプレートを見せると、名前を確認して知人でもなかったようで安心した様子だった。
 俺も知り合いでも何でもないならまぁいっかくらいで終わらせた。

 この世界では人の生死などありふれたものでしかなく、知人でも友人でもない者が死んでも基本的にはドライな対応だ。
  俺の場合は日本人の感性としては冷た過ぎると後ろ指を指されるかもしれないが、実際問題何も関係が無い以上どうとも思わない。 
 強いて言うならそんなことにかまけられる程の余裕が俺にはないからだ。

「なるほどな……それにしてもソロで活動してんのか」
「はい。そもそも私たち山猫族は基本的に群れることは余りしません。生まれ故郷も同じ種族で固まっていて、多種族と番いを持つことも殆どないんです」
「へぇ。なんか理由があるのか?」
「理由……という程ではありませんが、本能的に同族といる方が落ち着くんです。あ、勘違いしないで下さいね。
 獣人の中では特段珍しい事ではないんですから」
「じゃあ純潔至上主義ってわけじゃねぇんだな」
「はい。さっきも言いましたけど、殆どないというだけで多種族と番いを結ぶ者もいますし、仲間を集う者もいます」
「ふ~ん……だが冒険者として動いてたんなら仲間を作る機会なんていくらでもあっただろうに」
「まぁ確かにその通りなんですが、なんと言いますか……私は腕が立つ方じゃありませんし、能力が高いわけじゃありませんから採取系の依頼を中心にソロで活動していた方が何かと都合が良いんです。気楽でもありますしね」

 最後に苦笑いを浮かべたその表情を見て、何となく。
本当に何となくだが、親近感が湧いた。

 日本にいた時に周りと馴染む事が出来なかった時の感覚と酷似して、自分とアイツらの姿をミリナに重ねてしまったのだ。

 一人でいるのは良い。だが、独りで居続けたいわけじゃない。
 誰かと喜びを分かち合いたい気持ちもあれば、心を許せる関係も欲しい。
 だから雲仙 菜倉という同じ変わり者と出会い、浜屋 庄吾という同じ捻くれ者と出会った。
 種類は違うが、同じ周囲に馴染めなかった者同士が互いに認め合い、友人になり仲間となった時の事を思い出したのだ。

 だからだろう『コイツは俺たちと同じはみ出し者なんだ』とそう感じてしまったのは。

 気がつけば無意識の内にミリナの頭を撫でていた。
それは本当に自然な流れで、慰めようと思ったわけでも元気付けようとしたわけでもない。

 ただ何となく自然に手をミリナの頭にやっていた。
当人も何かと思ったようだが、すぐに目を細めて気持ち良さそうに撫でられていた。

 類は友を呼ぶというが、それは違うと思っている。
俺たちは確かにはみ出し者だ。
 誰とも合わず、何処にも馴染めず、ただ彷徨い続けていた。
 それでも俺たちが出会えたのは、決して気が合ったわけじゃない。似た者同士だからでもない。

 俺や菜倉や庄吾が出会ったのも、友となり仲間となれたのも同じ物を観て聴いて、体験してきたからだ。
 だから俺にとって類は友を呼ぶのではなく、友に成る可くして成ったのだ。
 
 恐らくミリナも俺たちと同じ物を観てきたのだろう、聴いてしまったのだろう、そして最後に体験してしまったのだろう。
 そうじゃなければ腕の立つ云々。能力の云々を言った後に『気楽』だなんていう筈がないのだから。

 それはただ一つの希望すらない絶望だ。
俺たちが周囲と馴染めなかった、たった一つ原因だ。

 悪い事など何一つしていなかった人間が、周囲の言動によって悪に落とされるのを観てしまった。  

 正しい事を証明しても周囲の評価により脆く崩れ去る音を聴いてしまった。
 
 困っていた奴を助けに行ったが、裁かれたのは自分の方だった。

 結局の所集団の中では正しさなど無に等しく、正義感など意味をなさない飾りでしかない事が証明され。
 全ての裁決は集団の中にこそあるものとなった。

 それを感じた時、俺たちは何にも馴染めなくなった。

 だからこそ、本音を言うとミリナを俺たちの仲間として迎え入れたいと思った。だが同時に迷ってしまった。
 異種族だからじゃない。そんなものはどうでもいい。
 問題なのはミリナ自身が何処まで堕ちてしまっているのかが分からなかったからだ。

 もしかしたらミリナの価値観。物の見方によってはまだ戻れるかもしれない。
 この先、冒険者として続けていく内に許容出来るようになって仲間を作る事が出来るかもしれない。
 同族の中で番いを結ぶ事ができるかもしれない。

 それを考えると誘う事に戸惑いが芽生えた。

 俺たちにとって仲間に引き込むということは後戻りが一切できない事を示す。
 抜け出そうとしても抜け出せず、離れようとしても離れられない。
深い深い底なし沼のように堕ちていき、這い上がろうとしても蟻地獄のように沈んでしまう。

 そんな場所に彼女を引き込んでも良いものか、出会って僅かしか経っていない俺にはまだ判断がつかなかった。

 兎に角今はまだ様子を見よう。
話したくなれば、そのうち話すだろうし、話を聞くきっかけも出てくるだろう。

 結局は問題の先送りなのだが、ミリナにとってもその方がいい筈だ。
 誰にだって深入りして欲しくない部分はあるし、出会ったばっかの奴に言われても困るだけだ。

 そう結論付けると頭にやっていた手を退けて話題を変える事にした。

「ところで、出口ってまだまだ先なのか?」

 何だかんだといって二時間くらいは歩いているが、それらしいものは殆どみえない。
 体感時間でいえばそろそろ一週間近くこの洞窟に潜り込んでいるからいい加減見える景色や遭遇する魔物にも飽きてきた頃合いだ。

「まだ先の筈ですよ。私がこの辺りまで来るのに三日ほどかかっていますから」
「三日か。それって戦闘時間も入れてか?」
「もちろんそうですよ」
「ふ~ん。じゃあもうすぐだな。よし、ちょっと掴まれ」
「へ?ひゃあっ」

 俺は持っていたレッサー・リザードを捨てるとミリナの膝に手をやり、背中を支えて抱き寄せる。
所謂お姫さま抱っこ状態だ。

「走るぞ。舌噛むから口は閉じてた方が良い」
「え?な、何を……ひにゃああああああっ?!?!?!」

 最後まで言わさず、俺は全速力で駆け出した。
流れるように景色が早送りされていくコマのように変わって行く中。
 ミリナは突然すぎる行動と常識外の速度で走るため始終混乱しながら叫び声を上げていく。

 仮にこの世界にも速度を測る計測器があったら目を見開いて驚くことだろう。
 何せただ全速力で走ってるだけなのに凡そ八十キロ前後は出ているのだから。
 最早ダチョウだ。馬よりも早い時点で既に人類では難しい領域の速度だ。

 いくらこの世界にはステータスというとんでも概念があるにせよ、その速度を維持し続けながら走れるものは余りいないだろう。

 それから更に三時間後。
多少道に迷ったり戦闘を避けたりしながら進んで行くと漸く出口へとたどり着いた。

 外は既に真っ暗で周囲に何があるのかはさっぱりだが、夜目が利く身としては星明かりだけで昼間同然の明るさなので殆ど関係ない。

 そこで見た景色は例えていうならジャングルの中にある巨大遺跡だろうか。
 洞窟の出入り口に並ぶのは壊れかけた石柱が左右合わせて十本ほど続き、出てきたものを出迎えるかのように中央には犬っぽい石像が立っている。

「へぇ~、ここが迷宮の外か……なぁ、何てとこなんだ?」
「……きゅぅ」
「あ?また寝てんのかよ。しゃねぇ、夜が明けるまで待つとすっかね」

 間違っても寝ているわけではない。
叫びすぎて失神してしまったのだが、それを確かめる術もなく完全に世話のかかる奴だとボヤかれてしまっている。

 起きていたら断固抗議する発言なのだが、生憎と今は夢の世界へと旅立っている最中なので、何と言われようと気にならない、というのが唯一の救いなのかもしれない。











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