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第2章
第31話ーー帰還と驚愕ーー
しおりを挟むそこは暗い闇の中だった。
全身を駆け巡り、張り裂けそうな痛みも、どうしようもない嗚咽感も今はもう何も感じない。
肌の上を蠢く不快な感触すらどうでもよく思えてしまい、今が熱いのか寒いのか、それすらも分からない。
『助けてくれぇ!』『出してくれっここから出してくれぇっ!』『やめろっ私が何をした?!』『お願いこの子だけは……』『どうして俺がぁっ』『俺が何をした?!』『お願いだどうか助けて』『殺せぇええっもう殺してくれよおぉっ』
絶え間なく脳に直接響き渡る怨嗟の声に何度意識を失っても叩き起こされ、その度に悪夢のようなイメージが鮮明に伝わってくる。
無抵抗の女が殺され、庇う子供を守ろうとしていても、少しずつ身体の一部を切り落とされる光景を見続けていようとも……今の俺にはもう何も感じなかった。
それほどに精神が磨り減って、考える気力すら湧かなかった。
無限に繰り返される杜撰な光景と鳴り止まない阿鼻叫喚の悲痛な叫び声を聴き続け、俺の精神はボロボロになった。
喉はとっくに潰れて掠れた声すら出さず、意識を失う度に痛みと怨嗟の声で呼び戻されるのを一体何度繰り返したことか……。
時間の感覚すらもう分からない。
あれから何日たったのか、ひょっとしたら何十年も経っているかもしれない。
『やめてくれ、もうやめてくれ』『ここから出してくれぇ、もうら終わらせてくれぇ』『僕は悪くない、それなのにどうして……』『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』『イヤアァァァッ!もうやめてええぇぇえっ!』
それでも聞こえる声は止まない。
意思など関係なく、無限に繰り返され続ける。
(もう……いい、全部どうでもいい……)
この現状に抗うのもやめて意思も意識も全てを手放してしまおうかと静かに瞼を閉じかけた。
(諦めるのですか?)
その時、怨念たちの怨嗟の声とは別の。聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の主が誰なのか分からない。けれど、俺はそれが誰なのかを知っている、そんな気がした。
(誰、だ?)
(諦めるのですか?)
質問には答えられず、声は再び同じ事を訪ねてきた。
以前にもどこかで聞いた気がする声の主に俺は答える事が出来なかった。
正直に言えばすぐさま投げ出したい。
全身を駆け巡る張り裂けんばかりの痛みから、絶え間なく鳴り響く怨念たちの怨嗟の声から、その場の全てを投げ打ってでも逃げ出したい気持ちがあった。
だが、同時に“それだけはダメだ”という直感が過る。
それは本能から来る警鐘といってもいい程に明確に拒絶の色が出てくる。
答えられずにいると声は再び聞こえてきた。
(苦痛であるなら解放しましょう。
貴方には元々関係の無いこと、その責を問われる謂れは無く、また負う必要の無いもの。貴方が全てを投げ捨てるのならば私はそれを叶えましょう。
私の望みは貴方の幸せこそが全てなのですから)
(なに、を……?)
声の主が何を言ってるのか分からない。
何だ?コイツは何を言ってる?
責?望み?幸せ?
声の言葉を頭の中で反復するが、言ってる意味がわからない。
けれど、その言葉の中に引っかかりを覚えた。
(俺の幸せ……?)
これまでの人生の中で自分が幸福だと思えることはなかった。
幼い頃に両親を亡くし、親戚頼りで生きてきた。
周囲からの同情の視線が鬱陶しくて、下らない連中に絡まれる毎日。
そんな中で唯一幸福ではないにしても、幸運だと思えたのは菜倉と庄吾に出会えた事だ。
周りに溶け込む事が出来ず、ズレた観点と共有出来る感覚がないままやってきたせいで一匹狼といえば聞こえはいいが、その実はただの孤独だった。
そんな中で同じ境遇の二人に出会えたのは一重に幸運と言っていい。
(それなのに、俺はどうしようとした?)
この世界に来てからは自分の持つ称号と、その意味を知るために動いてきた。
その中でミリナと出会えた。出会うべくして出会うべき俺たちの“仲間”に出会えた。
それなのにーー。
"もう……いい、全部どうでもいい……"
(放り出そうとしたのか!俺は、アイツらをっ!)
解放の意味がこの世界、つまり『死』を意味する言葉なら俺はどうしようもない選択をしようとした事になる。
そう思った瞬間、これまでの痛みや苦しみが全てどうでもよくなる程の熱い憤怒が込み上げてきた。
(ふざけるな、ふざけるなっ!ふざけんなっ!俺がアイツらを見捨てる?!馬鹿も休み休み言いやがれ!)
これまでにない自分に対しての怒りが限界を超えると、それまで指一本動かせなかった体を強引に動かして泥沼のようなそこから這い出そうと足掻きはじめる。
ーーブチッブチッ……ゴキンッ。
身体のどこかを動かす度に身体の何かが千切れ、骨が外れる振動が伝わってくる。
けれど、痛みはない。振動が伝わってくるだけで息苦しさはあるものの、それら全てを無視して無理矢理動かしていく。
そして、最後の問いかけとばかりに声が聞こえてきた。
(あくまでも茨の道を選ぶのですね)
(解放が死を意味するならどこまでも足掻く。アイツらを置いてくつもりはないっ)
(死よりも辛い苦痛と恐怖を味わう事になったとしてもですか)
(それがどうした!苦痛?恐怖?そんなもんアイツらを置いてくより何倍もマシだ!)
叫ぶように言い放ち、何も見えない視界の中でどこかを強く睨みつけて答える。
(アンタが誰なのかなんてどうでもいい!俺の望みを叶えるってんならここから出る方法を教えろっ!)
それは現状の苦しみから逃げ出したいが為の絶叫ではなく、少しでも楽な道を選ぼうとしてしまった自分への怒りを含めた怒気。
底知れぬ憤怒が湧き起こり、現在の苦痛から抗おうとする雄叫びだった。
その意図を汲んだのか、それとも言葉通りに伝わったのかは分からない。だが、どこかから聞こえる声からははっきりとした答えが帰ってきた。
(声を聞きなさい。
貴方はもう人でも獣でもない一つの存在。なれば彼らの“声”にも私と同じように届きます。
忘れないで。私は貴方。貴方は私。そして彼らもまた同じものだということを……)
その言葉を最後に声は聞こえなくなり、どこか遠くに行ってしまったような気がした。
同時に再び戻ってきたかのように呪詛のような怨念達の怨嗟の声がはっきりと聴こえてきた。
『もうダメだ、もうダメなんだよ』『イヤだ、死にたくない死にたくない死にくない!』『返してっ私の腕を返してぇ』『そこは俺の、俺が居るべき場所だったんだ、なのにどうして俺が……呪ってやる!未来永劫呪い続けてやる!』『守りたかった。けれど守れなかった……もうこんな世界に未練はない』
怨嗟の声と共に強制的に頭の中に流れ込んでくるイメージに、潰れるように痛む頭を抑えて必死に声に耳を傾ける。
『皆んな死んだぞ。貴様が信じた神のために』『多くを殺した。だが何も変わらなかった』
膨大な量の伝わってくるイメージは荒廃した世界と築きあげられた死体の山。
そこに生きた人間は誰もいない。無残に殺され、掲げるように槍衾に突き立てられた死体が幾百、幾千と広大に広がっている。
『何故神は俺にこんなものを』『呪ってやる、貴様ら全員縊り殺すまで呪い続けてやる!』『神よ、我らは貴方に尽くしてきた。その結果がこれかっ!』
次に伝わってきたのは民衆の前で火炙りにかけられ、手足を落とされて十字架に貼り付けられた者たちの姿だった。
彼らは絶望と恐怖に彩られながらもその顔にはこの世の全てを怨む憎悪に染まっている。
(……神?)
怨嗟の声に耳を傾け続けてその言葉に反応する。
(そういえば、召喚される前に何か……そうだ、声が聞こえたんだったか。あの声は何て言った?)
伝わってきたイメージや呪詛の中には神に対する怒りや怨みが多くあった。そして、自分たちが召喚された時の事を思い出す。
『参られよ。混沌せし世界へ』
『汝らは選定された。仔羊達』
『己の眼で見定めよ』
脳裏に蘇るあの時の言葉。
あれが何を意味するのか、思い出しても分からない。
けれど、あの老人とも子供とも取れる声の主。それが神だとすれば奴は一体何をさせたいんだ?
現状。俺の中にある人間に対するイメージは相当悪い。
はっきり言って今すぐにでも滅ぼしたいほどに悪い。
けれど、そうしないのはこの気持ちが、伝わってきたこれまでのイメージと元々持ってる先入観のせいだと理解してるからだ。
俺の中で人間は愚かで、欲深く、意地汚いものだという固定概念がある。
それは両親がいなくなった時に親戚をたらい回しにされた時代があったのと、やんちゃし始めの頃から周囲の人間達を色々と見て回ったからだ。
自分を守る為ならあっさり友を裏切り、搾り取れる奴からはどこまでも搾取し、助かる為ならなんだってする……それが人間だ。
実際俺だって生き汚く汚泥を啜ってでも生きようと足掻いてる。だから全ての人間に対していくら嫌悪感を抱いていても殲滅して回ろうとまでは思わない。
故に分からない。
神とやらが本当にいるのなら俺たちに一体何を見定めて何をさせたいのか、それが理解できない。
(……理解出来ないが、怨念(コイツら)は神に敗れた……いや、神を妄信する連中に殺されたってのは分かる)
そうじゃなけりゃこれほど神を呪った呪詛を叫ぶ意味が分からなくなる。
なら神を妄信した連中、そいつらは何故彼らを殺した?
背信者だからか?いや、それだと自分の信じる神を呪うような言葉は吐かないはずだ。
宗教的理由?それはありそうだが、殺されたものの中には神官服に身を包む者もいた。そんな彼らが殺される理由が分からない……。
そこまで考えてふとした事に気付いた。
(待て。ある、理由ならあるじゃねぇか)
それは俺が自分のステータスを見た時に真っ先に感じた危機感。
そう、称号にあった『魔に魅入られし者』だ。
(俺はあの時、この世界の時代背景というか雰囲気が中世時代に近いものを感じて宗教……というよりも倫理的に受け入れられないだろうと思って抜け出したんだが、もしかしてここにいる怨念ってのは……)
『…………』
ピタリとそれまで延々と続いていた怨嗟の声が止まっていた。
思考を読み取られたのか、聞こえ続けていた怨嗟の声達がピタリと止まったのだ。
まるで時間が止まったかのように。そしてーー。
『抗え』『我らにはもう無理だ』
『抗え』『私たちの無念を』
『抗え』『僕たちは奪われ続けてきた』
『滅ぼせ』『この世界を終わらせてくれ』
『滅ぼせ』『もう繰り返させない為に』
『滅ぼせ』『強欲なる奴らを』
叫ばれ続けていた怨念達の呪詛が一斉に一つの意思を示し出した。
それは懇願ともとれる悲願の達成を望んだ声。
その声を聞いて、俺はようやく納得した。
(あぁ……お前らも俺と同じ魔に魅入られし者だったのか)
声達は答えない。けれど思念のようなものがはっきりと伝わってくる。間違いなくコイツらは俺の同類だと。
そして先ほどまでの怨嗟はまるで己が悲願を達成できず朽ちていった嘆きの悲鳴のようであった。
だが、だからこそ分からない。
あの声の中には明らかに神々に対する怨みもあったが、殺される直前のものが多かった。
それも絶望に染まりきった果てなき苦痛に塗れたものだ。
そして最後に言った『強欲なる奴らを』あれが一体何を示すものなのか、それが理解できなかった。
けれどはっきりと分かった事はある。
(お前ら神を怨んでんだよな?)
『殺せ』『絶望の中で』『滅ぼせ』『地獄に招き』
『根絶やせ』『魂すらも』『我らの悲願を』
殺意極高の回答がきた。
潰れるような頭痛もいつの間にかとれていた事でスッキリした脳内に、その答えを聞いて思わず笑みを浮かべずにはいられなかった。
だから俺は彼らに一つの提案をしてみた。
(なら一緒に殺そう。神も仏も区別なく。お前らを殺し、奪い続けてきた連中に目にもの見せてやろう)
『無理だ』『不可能だ』『それは出来ぬ』
『我らの身体はもうない』『どこにもない』
『焼かれ』『刻まれ』『喰われた』
どうやら“やれない”のではなく物理的に“出来ない”と言いたいようだ。
(身体ならあるだろう。俺を使え)
『ダメだ』『壊れる』『何も出来なくなる』
その答えに思わず笑ってしまう。
散々痛みで悶えた挙句に気を失ってもその声で叩き起こされ続け、精神を蝕んで来た奴らが一転して心配してくるのだ。
笑わずにはいられなかった。
(くっはっはっはっ!……くだらねぇ。
壊れても治せばいい。壊れ続けても歩めばいい。
テメェらのお陰で、もうこちとらただでさえイカれてたのが余計にイカれちまったんだ。
それよりも何だ?テメェらの怨念はその程度で朽ちちまうものなのか?)
そう、もうとっくの昔に俺の中のタガは壊れちまってる。
限界も限度もどうでもよくなるほどに、何がやり過ぎで何がそうでないかな違いすらわからなくなってる。
今が生きてるのか死んでいるのかすら曖昧なくらいだ。
ならこれ以上自分を保つ為の必要があるか?いや、ない。
俺はただ守りたいものさえ守られればそれでいい。
(俺の身体に入り込む条件はただ一つ。俺の、いや。俺が家族と認めた奴らに手を出す事は許さねぇ。それが何であろうと、誰であろうと絶対に手を出す事を許さねぇ。
それが守れる奴だけ、入ってこい)
『『『『オオォォォォオオッ』』』』
そう、強く宣言すると怨念達が黒い渦となって俺の体に入り込んできたのが分かった。
「ーーーーーッ!!!」
それは想像を絶する痛みだった。
痛みなんて感覚などもう残っていないものだと思っていたが、入り込んできたのはその感覚を呼び起こしても尚足りないと言わんばかりに押し寄せる激痛。そして絶望だった。
彼らが生前に味わった苦痛の全てを一度に味わい、経験してきたその全てを追体験させているようで、肉体のみならず只でさえボロボロだった精神がチリも残さないのではと思えるほどに破壊し尽くしてきたのだ。
「ぐっがあぁぁっ…….だり、ねぇっ……まだ、だりねぇぞっ!」
それでも尚歯をくいしばる。
そしてまだ入りきっていない怨念達に呼びかける。
まだいける、まだ耐えられる。ここで終わるつもりなどない。
声に出せない声で呼びかけるとそれに応えるように入り込んでくる黒い渦の勢いが上がった。同時にさっきよりもキツくなったが、それを根性で耐える。
(必ず、ここから這い出てやるっ)
心の中で堅く誓って、脳裏に三人の仲間の顔を浮かばせる。
(こんな所で勝手にくたばるわけにはいかねぇ)
その想いを胸に、俺は必死に堪え入り込んで来る彼らの思念を受け入れていった。
☆
『……ほぉ。随分と様変わりしたな』
そう声をかけてきたのは突き落とされた闘技場から見下ろしてくる骸骨王の姿だった。
気持ちの悪かったミミズのような蟲の大群は既におらず、その中央には全身にドス黒い炎の刺青が入った俺達(・・)がいた。
「あぁ、お陰様でな。とりあえず、一発殴らせてくれるか?」
『むぅっ!』
言い終わると同時に俺は瞬間的に骸骨王の目の前まで飛び出すと握り固めた拳で渾身の右ストレートを顔面へと食らわせるが、それを予期していたらしい骸骨王は片手で受け止めてきた。
『貴様……その力。奴らを取り込んだか』
「あぁ。アンタとは違うが、アンタと似たようなもんになったよ」
『ふんっ。僅かな期間でよくもまぁやったものよ』
バシンッと弾かれた拳に追撃はせず飛びのくだけにとどめる。
奇襲をした上に力を込めていた渾身の一撃を与えたにも関わらず、骸骨王はそれを片手で受け止めただけだったので、追撃しても軽くあしらわれると思った為だ。
次はどう攻めようかと思案しようとした瞬間。
「パパッ!」
「は?おわぁっ?!」
突然何の気配もなく突如として背後から何かが飛びついてきた。
『ほぉ、やはり見事な転移能力だな。我らでも察知出来ぬとは……』
「は?いや待て!誰だこいつ?!」
何の突拍子もなく現れたのは白と黒の虎模様をした髪と猫耳を生やした、人間寄りの(・・・・・)顔立ち(・・・)をした小さな女の子だった。
その子はゴロゴロと本物の猫のように抱きついてきて離そうとしない。
『何を言っておる。貴様が言っていた娘ではないか』
「はぁ?!いや、娘って……ミリナか?!」
「あいっ!」
骸骨王の言葉に驚愕の声を上げるが、名前を呼ばれたと勘違いした小学……いや、五~六歳の女の子が元気に返事をする。
緩みきってはにかんだ笑顔がとてもキュートだ。
いや、待て。違う、そうじゃない。
「ちょっっっと待て!いや、本気で待て!」
混乱する思考の中で余計に声を荒げると幼女ミリナはそれを拒絶されたと勘違いしたらしく、涙目になる。
「う、うぅ~……パパ。ミーのこときらい?」
「うっぐっ、い、いや、そうじゃない。そうじゃないが……」
「うわぁーんっ、おいちゃーん!」
「おいちゃん?!」
ビックリして泣きながらかけていく幼女ミリナに視線を追うと、そこにはしゃがんで飛びついてくるミリナを受け止める骸骨王がいた。
『おぉ、どうしたミリナ。パパにいじめられたか?』
「うぅ~、パパが~パパが~っ」
『そうかそうか、おいちゃんが叱っておくからな。大丈夫だぞ~……おい、小僧。娘を泣かせるとはどういう了見だ?』
骸骨王さん。かつてないほどの殺意極高の声と殺気を向けてくる。
それは本当に自分の娘を泣かせた父親のような……ってそうじゃない。
「その前に説明しろっ!!」
☆
「つまり、あれか急速成長させた結果。元の肉体と精神まで追いつけず見た目も年齢相応になった上に俺とアンタの骨肉を分けた事で俺を父親と思い、アンタを叔父と思ってるわけだ?」
「うむ。その認識で間違いない」
「あははは~!」
場所を移して落ち着きたい気持ちとさっぱりしたい気持ちが合わさって現在風呂に入りながら一通りの説明を受けることになった。
骸骨王も人間形態に移っており、幼女ミリナは広い浴場ということもあって泳いで遊んでいる。
「はぁ……ある程度の事は覚悟してたつもりだったが、まさか幼女になるとは……」
「うむ。我らもこれには驚いたが、見た目と精神年齢が低下しているだけで、元の記憶もあるし新しい能力にも目覚めたようであるな」
「はぁ……新しい能力ってのはさっきの転移魔法か?」
「うむ」
こめかみを揉み解しながら頭の痛い問題をどうにか飲み込みつつも、さっき起こったいきなり何の気配もなく、突如として現れたミリナの光景を思い出しながら問いかける。
「だがアレはただの転移魔法ではない。この娘の固有スキルだ」
「マジかよ……って事は詠唱いらずに転移し放題って事か」
「うむ。スキルの名称は『夢幻顕在』魔力消費なくどこへでも行けてしまう能力のようだ。
オマケに本来獣人が得意としない魔法まで取得しておる。それも極めて異例のな……」
「ふーん?まぁその辺はまたおいおい聞くとして、何処へでもってのは具体的には?」
魔法に関しては俺自身いまいちまだ理解していない点が多いのでここで聞いても要領を得ない事になりそうなので、先に転移能力についてだけ聞く事にした。
それによると転移距離は視認出来る距離から行ったことのある場所までと幅広くそれを魔力消費なしで転移できるのだという。
なんだその、ガチのチート能力。
いや、俺自身も大概だと思うがステータスも魔人化した影響で十分に化物レベルとなってるのに、そんな反則級な能力まであるとは……開いた口が塞がらないとは正にこの事で違いないだろう。
☆
名前:ミリナ
種族:???
職業:レンジャー
レベル:???
体力:10000
筋力:5500
敏捷:14000
耐性:4500
魔力:4000
魔耐:5000
技能:短刀術Lv3・縮地Lv2・採掘Lv4・苦痛耐性Lv8・毒耐性Lv4・精神耐性Lv5・胃酸強化Lv10・過食Lv2
スキル:連撃Lv5急所突きLv3・隠密Lv4・罠感知Lv2・剛脚Lv2・再生Lv3・空間魔法Lv1・威圧Lv3
固有スキル:悪食Lv3・魔吸収Lv1・多彩視界Lv1・夢幻顕在Lv?
称号
・孤独の探索者
・混沌の種族
・神出鬼没な悪夢
☆
骸骨王に幼女ミリナのステータスをスキャンしてもらった結果、若干偏りが見えたが予想の範疇には収まっていた。
ただ全体のステータスを最初の頃の俺と見比べてみると、僅かながら弱い気がしないでもないが、それでも十分に化物レベルと言って差し支えない。
スキルや技能なんかは色々と変わっていた。
俺の時は元々その手のものは最初から持っていなかったから気づかなかったが、骸骨王曰く長い間所持している技能・スキルを使わないでいるとレベルが減り、やがて消失する事になるという。
ただ完全に消失しても再び鍛え直せば最初に取得した時よりも楽に取り戻せるのだという。
まぁその辺は何となくわかる気がする。
昔はやった事があっても今やると勘が戻らないってのと同じ原理だ。
ただそれよりも珍しいのは技能の『縮地』だろう。
何かと思ったら元々ミリナが所持していてた『瞬発』がカンストして新たに進化した技能のようだ。
『縮地』自体は高レベルの冒険者などが持っていても不思議ではない技能ではあるが、ミリナが魔人化してからの時間を考えると異常な速度の進化といえよう。
「はぁ~……分かってた事とはいえ、頭痛のタネが増えた気がするな」
「悩むのは若者の特権だ。大事にすると良い」
「なんの慰めにもなってなぇぞ、それ」
「パパ~」
「……どうした?」
慣れない呼ばれ方をしたせいで反応が遅れたが、呼ばれたのは間違いなく俺なので声だけで返事をする。
「あのね、おいちゃんがね。パパが帰ってきたらすぐに出かけるだろうって言ってたの。パパどこかへ行っちゃうの?」
「あ~まぁ、確かにそのつもりではあったが……そういえば、あれからどのくらい時間が経ったんだ?」
「三ヶ月程か、元々一月で終わらせるつもりではあったが、貴様が思ったよりも呼び込んだせいで終わらせる事が出来なかったのだ」
「呼び込んだ?ってまさか」
「うむ。貴様が聴いておった怨嗟達の声だ。
元々は我らに取り憑いていた幾人かをやるつもりが、どうやら最初から貴様に巣食っていたようでな、いくら魔法に長けた我らであっても思念の集合体。それも強い怨念達を引き剥がすのは流石に骨が折れるのでな、放置した」
サラッと色々と突っ込みたい衝動に駆られたが、菜倉によって鍛えられたスルースキルによって右から左へと受け流した。
それにしても三ヶ月か、割と長い間あの暗闇の中にいたんだな。
当初の予定よりだいぶ狂ってしまったが、レベリングという目的はある意味達成出来たので良しとしたい。
ただ怨念を取り込んだ事で俺のステータスもかなり跳ね上がっているだろうから馴染むまではここにいた方が良いだろうか……。
「とはいえ、貴様が今日目覚めてくれて助かったというのもまた事実だ」
どうすべきか悩んでいると骸骨王が再び奇妙な事を言い出した。
「助かった?」
「うむ。娘の訓練をするついでに久方ぶりに外へ使い魔を放ち、外界の様子を探りに行かせたのだが、どうにもキナ臭いものを感じたのだ」
その言葉に何となく嫌な予感がした。
心当たりがあるものといえば、例のグローゲン砦から来たウォーカーの件だろう。
あそこはここに来る前にダイラス迷宮の一部を崩落させて封鎖したから数ヶ月くらいは使えないはずだが、金に糸目をつけずに撤去作業をしたり、魔法や技能なんかでサクサク進められたら減っていた魔獣や魔物が増える前に開通してしまう可能性もあったからだ。
もし、そうだとしたらエリセンが危ないかもしれない。
魔獣や魔物の駆除を完璧にする事は出来ないだろうが、それでもこれまでのグローゲン砦からエリセンまで続くダイラス迷宮の道のりは格段に安全性が上がってしまう。
そうなればエリセンで暮らす人々の多くは奴隷狩りに会う事だろう。
勿論純粋なステータスや技量では獣人も人間も然程対して変わらない。寧ろ他の亜人も含む獣人達の方が戦力的には有利と言えるだろう。
だが相手は人間だ。
卑怯卑劣を生業として鬼畜だろうが外道であろうが、それが最も確実で有効な手段だと悟れば躊躇いなく実行できてしまう。
どんなに口では理路整然と道理を説く聖人君子であっても、それらは同じ人間にだけ向けられるものであってそれ以外はどうでもいいと思ってる連中だ。
本気で人間達が攻めてきたら戦に慣れていない獣人達に勝ち目があるか怪しい所だ。
「一体何があったんだ?」
「ふむ……使い魔を向かわせたのは人間達の領域に入ってすぐにある土地でな、そこにいた人間達から感じたのがどうにも勘に触るのだ」
「気に入らないって事か?」
「まぁ、平たく言えばそうであるが。どうにも嫌な予感がしてならんのだ」
骸骨王にしては随分と釈然としない答えではあったが、恐らく使い魔が向かったのはグローゲン砦で間違い無いだろう。
元々レベリングが終わったら砦へ向かって潰すつもりであった場所なので向かうのは吝かではないが、気になる事が一つだけあった。
「……なぁ、何でアンタがそんな事を気にかけるんだ?」
骸骨王は恐らくミリナが以前話していた大昔の原人で間違いない。そんな何万年、ひょっとしたら億までいってそうな奴がどうして今更そんな事に気をかけるのか不思議に思えたからだ。
「ふむ、当然の疑問か……だが、答える気はない。少なくとも今はまだな」
「……そうか」
「パパ?」
何か心配そうに顔を覗き込んでくるミリナの頭を撫でてやる。
それだけでちょっと気持ち良さそうにするのだからしばらく続けてやろうかと思ってしまうのが自分でも不思議だ。
「つまり、気になるから見てこいって事か?まぁ元々滅ぼす気ではあったが」
「うむ。後腐れなく問題が解決するのならば好きにすれば良い。だが、何かあった場合は報告せよ」
「チッ、俺はアンタの小間使いじゃねぇんだぞ?」
「無論報酬は支払う。我らの知る範囲でなら対価に見合う情報を答えてやろう」
「そうかい、なら前払いだ。質問は二つ、魔王と勇者についてだ」
忘れかけていたが、元々俺たちがこの世界に来たのは魔王の復活が原因だ。
その魔王ってのが何なのかを俺はまだ知らない。加えて勇者についても謎だ。
勇者の称号を持つ獅堂 アキラはどうでも良いが、この二つの因果関係については知っておかなければならない気がする。
「ふむ……良かろう。だが、答えるのは魔王についてのみだ。勇者については後で話そう」
「……随分とあっさり答えてくれんだな」
元から全部聞けるとは思っていなかったので、良かったには良かったが。
「今更我らの事で話せぬ事はあまりないのでな、問題ない」
「………は?」
「む?あぁ、そうか。言ってなかったな。我らは種族こそ持たぬが、この地を収める魔王である」
一拍
「………」
二拍
「……………」
たっぷり三は……。
「はあぁぁぁぁああっ?!」
思わず声を上げて驚きの声を上げる。
いや、まぁ確かに改めて言われると納得出来るだけの力量と纏う雰囲気があるが、それにしたって……え?魔王ってこんな丸い性格してるもんなのか?
イメージしてんのとまるで違うんだが……。
「何だ、その疑わしげな目は」
「いや……だってなぁ……」
脳裏に……というか、目の前で幼女ミリナをあやしながら風呂に浸かるオッサンを見ていると、どうにも信じられない。
「ふん。魔王といっても名ばかりの称号ではあるがな。我らはこの地を管理する者としているだけのこと」
「さっきも言ってたな。この地を収めるだか、なんだか……魔王ってのは何なんだ?」
「うむ。先ほどの問いにもからついでに魔族についても教えよう」
そこで骸骨王が話を始めてくれた。
曰く、魔王とはこの世界の管理者の一つとされる存在であるということ。
俺の知る魔王に対するイメージといえば、古いRPGのように世界を掌握しようとする悪の権化のようなイメージだったが、この世界では寧ろその真逆と言って良い存在だ。
魔王はこの世界に満ち溢れている魔力が原因で瘴気と呼ばれる毒素が世界全体を包み込まないように管理する者であり、同時に浄化を行う者だという。
それだけではいまいちピンと来なかったが、話を地球風に和訳すると、魔力は火で瘴気が排気ガスのようなものだと理解した。
魔法を使えば魔力は消費され、発動した魔法と瘴気を生み出す。
その時生み出される瘴気は極僅かしかないので、その場で生物に何らかの悪影響を及ぼす事は無いが、それは確実に存在し少しずつ世界全体を蝕んでいくのだという。
現に瘴気の濃度が高い場所では生物は愚か、草木一本生えない不毛な地へと変わってしまう。
そうした場所を増やさない為に動くのが魔族だ。
魔族は他の種族を寄せ付けないほどの圧倒的なステータスと高い魔力適正を持つ種族で、彼らは瘴気の濃度が濃い場所でも生きていける上に多種族とは根底にから身体の作りが違う為、瘴気を浄化させる機能を持っているのだという。
何となく植物が光合成をして二酸化炭素を吸収し、酸素を吐き出すイメージに近い。
圧倒的なステータスや高い魔力適正があるのも瘴気を取り込み、元の魔力へと変換する機能を有しているからだと骸骨王は推測していた。
けれど、彼ら魔族とて万能ではない。
確かに濃い瘴気の中でも魔族は生きていられるが、生き続けられる訳ではないという。
長い間瘴気を取り込み続けた事で、体内に結晶が出来てしまい魔物化してしまう魔族も少なくないらしい。
そうした者に対処するのが、魔王という訳だ。
魔王はその名に相応しい程強く、多種族すら寄せ付けないステータスを持つ魔族ですら手が出せない最強の存在だ。
つまり、魔王の管理者としての役割は瘴気の濃い地に魔族と共に移り住む事で瘴気を無害な魔力へと変えながら、魔物化してしまった同族を始末する事にあるという。
それらの話を全て聞き終えてからの感想はただ一つ。
「……魔王、良い奴過ぎじゃね?」
同族を手にかける云々は兎も角として、世界の安寧というか、確かに世界を管理する側だと納得できる存在だった。
瘴気が世界に蔓延る前にそれを食い止める存在としては無くてはならない存在だ。
「……あれ?んじゃ何で人間は魔王が復活して攻め込まれると思ってんだ?」
「そこまでは知らぬ。大方狙いとしては魔族の瘴気を浄化する能力を欲したからであろう……奴らは昔からそうであったからな」
「…………あー、それは何となくわかる気がする」
取り込んだ怨念達……亡霊とでも言おうか。
彼らを取り込んだ事で、彼らが生前に受けた怨みや屈辱なんかは全て俺の一部となった。
そのお陰で当時の人間たちの思想や理想としていたものが、なんとなくだが俺自身にも伝わってくる。
それによると、本当人間に対して
「そんじゃ、人間でも魔族でも、ましてや神ですらない魔王としてのアンタの管役割ってのは、この地の魔力でも抑えておくことか?」
「……ほぉ。よく分かったな」
驚く素振りを見せながらも愉快そうに骸骨王は薄く笑った。
「バカにしてんのか?俺を小間使いにする理由を考えたらすぐに分かる」
「ふむ、そこから理解したか……貴様の言った通り、我らはこの地に留まり溢れ出る魔力溜まりを抑えておかねばならん。
数日程度なら問題はないが、離れないのならばそれに越したことはないからな」
「だろうな。俺の中にいる奴らもアンタをここから出すなって言ってるしな」
明確な亡者達の声は聞こえないが、頭の中で囁くように止めてくるのがあった。
幻聴かと思ったが、直感的にそれは確かなものだ感じ当たりをつけてみたが、どうやらそれはビンゴだったようだ。
「まぁ、どの道そろそろタイムアップだからな。アンタに言われなくてもグローゲン砦には行くつもりだ」
「たいむあっぷ?」
珍しく聞き返してくるが、どうやら言ってる意味が伝わらなかったらしい。
「時間がきたって意味だ。アグニスタへ奴隷狩りをしに来る人間が来ないように迷宮の一部を壊してきたが、それももう撤去されてるだろうからな。
迷宮内の魔物が増えてくれてたらいいんだが……まぁ世の中上手くいかねぇもんだしな」
魔物や魔獣の成長速度がいくら異常とはいえ、流石に数ヶ月程度では減った魔物の数が増えるとは考え辛い。
(そう考えればこの出発も遅いくらいだろうな……アグニスタに影響がなければいいが)
滞在していた期間が短いとはいえ、この世界に来てからは三番目に長く滞在していた地域でもあるからそれなりに愛着がある。
……それ以上に長く滞在していたのがダイラス迷宮と暗闇の樹海というのは何とも泣ける話ではあるが。当然愛着などない。
「我らとしては近年の状況だけ知られれば他はどうでも良い。餞別……というわけではないが、試練を乗り越えた褒美としてある程度の装備は用意してやろう」
「へぇ。そりゃ楽しみだ」
「プレゼントくれるの?やったーっ!」
浴槽から上がりながら残した骸骨王の言葉に幼女ミリナが両手を広げて喜ぶ。
子供そのものと言っていいその姿に元の姿を重ねてみるが、どうにも違和感が拭えないというか……まぁ微笑ましい光景ではあるので飲み込むとしよう。
「はぁ~……ままならねぇなぁ」
★
投稿が大変遅れて申し訳ありません。
この度所要で色々と忙しくなってしまい、しばらくの間不定期更新となってしまいますので予めご了承ください。
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