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第3章
第34話ーー恨み辛みーー
しおりを挟む「『怨霊(ナシ)対話(つけようや)』」
スキルを発動すると同時に周囲一帯を飲み込むように影が伸び、俺自身も包むようにドーム状へと展開される。
固有スキル・多彩視界を持っていても、ドームの中では完全な暗闇だけが映し出され、何も見えない。
けれど、その代わりと言ってはなんだが……。
『オオォオォォオンッ』
耳をつんざくような怨霊達の大合唱だった。
そこにいるだけで精神が蝕まれ、正気を失いそうになる叫び声が鮮明に聞こえてくる。
何も見えないはずなのに、死んだ獣人達の姿が目に移り脳内に直接殺された時の映像が焼き付いてくる。
激しい頭痛と吐き気に苛まれるが、歯を食いしばって目の前の怨霊達に向き直る。
「っテメェらそれだけでいいのか?ただ、嘆くだけでいいのか?」
『オオオオオォォォオッ!』
黙れと言わんばかりの甲高い悲鳴と雄叫びがあげられる中、俺はそれでも再度問いかけていく。
「勝手な理由で捕らえられ、陵辱された挙句に子は売られ、その最後には何も守れず何も救えず、ただ殺され……それなのにお前達はただそうやって嘆くだけでいいのか?」
悪霊・怨霊・亡霊・亡者……それらは地球じゃオカルトだと言われ世の中の大抵の奴らが信じていない。
けれど本当は何処にでも存在する。ただ見えないだけで、ただ何も出来ないだけで彼らは存在する。
彼らは死んだその瞬間から現実とは別の、鏡のような世界に飛ばされるだけだ。
それはまるで映し鏡のようで霊達は現実の世界をただ見ている事しか出来ない。
それが出来るのは霊感なんてあやふやなものを持つごく僅かな生者だけだ。故に彼らは多くの人々から信じられることなくオカルトだと鼻で笑われる。
俺も少し前まではそうだった。だがあの遺跡で。骸骨王に放り込まれたあの場所で亡者達と一つになって理解した。
彼らは実在し、この隔絶された世界で未来永劫呪詛を囁きながら存在し続けるのだと。強制的に理解させられた。
いや、いっそ思い知らされたと言っても良いだろう。
俺の使ったスキル『怨霊対話』は隔絶された霊達の住まう鏡の世界と現実世界を繋げる事が出来るスキルだ。
ここでは俺の言葉も霊達の言葉も通じ会える。
最も生者らしく言葉を交わし会えるわけじゃない。
霊とは言ってしまえば思念の集合体のようなものだ。
生前に沸き起こった強烈な怨みや憎しみ、怒りや憎悪といった負の感情によって現世に留まっているだけで、決して生前の記憶があるからといって知性的なものではない。
それは非常に不安定で不確かなものだ。故に“対話”が必要となる。
言葉を交わす事が出来なくとも感情という名の思念の集合体である彼らに煽りとも、扇動とも取れる言葉を投げかけることで不安定だった怒りと不確かであった憎悪を確固たるものにして己の意思を持たせる必要がある。
そうしなければ俺は彼らの憎悪に飲み込まれて自分を保てなくなってしまうから。だから俺は彼らに語りかける。
これまで見聞きしてきた時に感じた感情を全て吐き出すように。
「俺はこの世界に来てからまだそんなに長くねぇ。
誰かに何かされたわけでもねぇ。
あんたらみたいに猛り狂った憎悪を向ける相手すらいねぇ……けどな、ムカつくんだよ。
この世界の人間共がやってることが、連中の成すこと全てがムカついて仕方ねぇっ!」
『オオォォッ……』
我慢していた大地すらも焼き尽くすマグマのような怒りを、惜しげも無く爆発させて言葉を紡いでいく。
「だがな。それよりもムカつくのは、テメェらがこんなとこで喚く事しかしてねぇって事だっ!
ふざけんなっ!嘆くだけで連中が死ぬのか?!喚くだけで殺せるのか?!
そんなもんでテメェらは納得できんのか?!」
『…………』
彼らは黙した。
まるで何を言っているのかは分からないが、何を言われているのかは分かるように。
空気が張り詰め、震え立つような感情……その思念だけが伝わってくる。
「ただ死んだだけで終わったと思うなっ!誰かが復讐してくれると期待すんな!
殺されたのはテメェらだ!奪われたのもテメェらだ!
テメェらがケジメをつけねぇと連中はのうのうと生きてくぞ!
お前らが叶えられなかった幸せを、奪っていった連中は謳歌してくぞ!そんなもんを許してんじゃねぇぞっ!」
『オオオオオォォォオッ!!』
その言葉に反応するように霊達の雄叫びが空間全てを揺るがす程に絶叫の怨嗟を上げる。
そして、先ほどまでは何の姿も見えなかったが霊達の姿が徐々に輪郭を表していった。
形としては人型ではあるが、依然として影のような虚ろな存在感を放っている。けれど俺としては十分な成果であると思っていた。
全ての霊達の輪郭が見えるようになると俺は再び口を開いた。
「征くぞ。この砦の……テメェらを殺した連中を全ての人間は根絶やしだ」
『オオオオオォォォオッ!!』
☆
同時刻・養殖場内。
そこでは比較的人種との相性が良いとされる獣人の女達が鎖で繋がれ、横一列に首枷を嵌められた状態で二十四時間、休む事なく男達から犯され続けていた。
食事は目の前にバケツが用意され、中には腐りかけの肉やクズ野菜が乱雑に放り込まれた残飯のみとされ、それも犯されながらの食事となる。
反抗する精神を根本からへし折る為に定期的に媚薬だけじゃなく精神を蝕むとされる麻薬。それも混ざりものの多い粗悪品の麻薬を投与され続けることで、廃人になる者が多かった。
そんな劣悪な環境で飼育し続ける人間達の目的は、人種ととの間に産まれる子供であった。
獣よりの外見をした獣人のまま奴隷として売られるよりも、獣の耳や尻尾を残した人間よりのいでたちをした獣人の方が王侯貴族や大商人といった富豪達からの買い手が多いからだ。
普通なら元を取る前に赤字となって奴隷商売としては成り立たない。その筈だったが、ここ。グローゲン砦ではそれを国家事業の一つとしており、潤沢な資金の元で稼ぎを出していたのでこのような事業が成り立ってしまっていた。
地球でならこのような非合法・非人道的な行為は決して認められる行為ではないが、実はそういうわけでもない。
ここが異世界であるからというのもあるが、そうでなくても人間にとって獣人や亜人は文字通り家畜でしかない。
地球でも品種改良と称して様々な種を持つようになった犬や猫がいる。それと同じことだった。
科学の発展した地球では異種間交配も品種改良も当然の如く行われてきたことで、それを非道だと唱える者の数は圧倒的に少ない。
この異世界では偶々それが人の形をとった獣人というだけで、それ以外は何も変わらない。ただそれだけの事だった。
……そう、ただそれだけの事で許容できるか否かは別問題である。
「ん?……チッ。まーたくたばってやがる。おーい、誰か手の空いてる奴はいるか?」
一人の男が鎖で繋がれたままピクリとも動かない女獣人を見つけると、その女獣人が死んでいる事に気がついた。
瞳は虚ろになり、口からはだらりと舌が垂れ下がっている。
男は薬のせいか僅かながらに異臭も放っていた女獣人の死体から首輪を外すと、他の女獣人を犯していた男が来るのを待っていた。
「どーかしました?」
「おう、犬っころがまたくたばったからよ。外まで運ぶの手伝ってくれ」
「え~。そんなもん他の犬に任せりゃ良いじゃないですか」
「邪魔なんだよ。ただでさえ臭ぇってのに、このままにしてたら余計に臭くなんだろうが」
「はぁ、分かりましたよ。俺が上でいいっすか?」
「どっちでもいいさ。それよりさっさと運び出すぞ」
「へーい」
二人掛かりで女獣人の死体を外へと運び出すと、そこには四つん這いで荷車に繋がれた二人の少年の獣人とその側に鞭を持った男が佇んでいた。
荷車には既に八つの死体が積まれており、男達は死体をその荷車に無造作に放り投げていく。
「今日は随分と多いな」
「あぁ。何でも新薬を使ったらしいが、効果はあっても拒絶反応が強過ぎるんだとよ」
「おいおい、あんま数減らしちゃマズイだろ?」
「ガッハッハ!違いねぇ。だが、トンネルが開通したお陰で素材には事欠かねぇからよ。開発部の連中が浮き足立ってんだとよ」
「なるほどな。だが、開発部の連中もどうせ新薬作るなら精力剤の一つでも寄越せって言っといてくれ」
「あ、それ俺も欲しいっす。前くれたやつ効果あっても不味くて仕方なかったからどうにかしてほしいっすねぇ~」
「分かったわかった。伝えといてやるから、さっさと仕事に戻りな。まだノロマ達成してねぇんだろ?」
鞭を持つ男が二人に問いかけるが、二人とも肩をすくめて来た道を帰っていった。
「さ、てと。おい、裏までさっさと運んでこい!」
「ぎぃっ!?」
パァンッと爆ぜるような音を立てて少年の背中に鞭が振るわれた。
打たれた部分はそれだけで体毛が禿げ、赤くは血が滲んでいる。そんな傷跡が少年の身体にはいくつもあった。
ぷるぷると震える手足で二人の少年は五百キロを超える荷車をゆっくりと引いていった……荷車の前後を押しながら引いて歩いた方が早い上に楽なのにそうはさせず、馬のように引かせているのは単純に鞭を持つ男の嗜虐癖を満たす為だった。
その事に何かを言うものなどこの砦には存在しない。
そうあって当たり前な光景だからだ。
街中で犬の散歩をするときに首輪とリードを付けるように、荷車に少年であろうと女であろうと繋げて引かせるのは自然な光景でしかない。
だから何の粗相をしていなくとも鞭が振るわれ、少年が痛めつけられていても人々の関心は惹かれる事なくまた、良心も痛むことはない。
この世界の人間にとって人間以外の種族は家畜でしかないのだから。
ゆっくりとした足取りで巨大倉庫の裏手側。
廃棄場にたどり着くと、いつも通り死体となった獣人をに小山ほどに多くなった死体の山の中へと捨てていく。
少年たちの瞳からは感情などとっくに消え失せ、悲しみすらも湧くことはなくただただ作業的に荷車から死体を降ろしていった。
この廃棄場では月に一度だけ焼却処分が施されるのだが、最近では死体の数が増えた影響で、燃やす際に出る異臭を防ぐ手立てが確立されておらず死体が山となって積み重ねられる事となったのだ。
「この山もとっとと燃やさねぇとな……はぁ、上に打診でもすっか。今なら、ん?」
上司への提案を呟いていると、二人の少年が死体を持ったままピタリと動きを止めて山の頂上を見上げている事に気付いた。
何かと思い、男も見上げてみるが暗くてよく見えず、特に何かあるようには思えなかったのでサボり出したのかと思い鞭を握る手に力が篭った。
「おいっ!何をサボってやがる!さっさと働かねぇか!このクズ共が!」
パァンッと再び空気が破裂する音と共に少年たちに鞭が振るわれるが、打たれた当人達は何事もなかったかのようにそのまま上を見上げ続けていた。
今までなら苦痛に顔を歪ませ、悲鳴を上げて怯えるような視線を向けていたにも関わらず少年たちの反応は全くの無だった。
その反応に気味の悪さを感じた男はそのまま二度、三度と鞭を振るい続けるが、少年たちに反応は全くなかった。
「はぁはぁっな、なんだってんだよ……?」
息を切らせながら男が鞭を握る手に力を入れ再び払おうとしたその時ーー。
「ッ?!」
少年たちがゆっくりとした動作で背後を、男の方へと振り返ったかと思えばその表情からは薄っすらと不気味な笑みをこぼしていた。
三日月のように口角を釣り上げ、瞳にはドロドロとした狂気のようなーーいや、狂気そのものといった光を宿して。
「ヒィッ」
何が起きたのかは分からない。何が起こったかも分からない。
けれど男にはハッキリとした何かを感じて、思わず尻餅をついて後ずさっていた。
少年たちのが男に何かする素振りは全く見せなかったが、それでも向けるのはただただ不気味な笑みだけだった。
「い、一体」
一体なんなんだ?そう言葉を漏らす前に男は異変に気付いた。目の前の死体の山から白い煙が止めどなく溢れ出てきていた事に。
一瞬死体に火でも放たれたかと思ったが、焼け焦げた臭いなどが一切なくただ真っ白な煙だけが死体の山から溢れ出ていたのだ。
「なん、ぐぎいいぃぃっ?!?!」
煙が自分の下まで来たと思ったら次の瞬間、男は喉を抑えて地べたを転げ回っていた。
どうしようもない息苦しさと嘔吐感、全身の体内を何かが這いずり回っていく不快感が男を苦しめたのだ。
訳もわからず男は助けを求めるように少年たちに視線を向けたが、男は思わず「ヒィッ!」と短い悲鳴を漏らした。
少年たちが男を見る視線が先ほどよりも邪悪に暗い笑みを浮かべており、薄っすらとだが少年たちの背後から煙が獣の頭蓋骨のような髑髏が無数に男へと襲いかかったからだ。
その余りの常識外の光景に男は息をするのも忘れて髑髏の形を成した煙に飲み込まれていった。
最後に聞こえたのは少年たちからの『バイバイ』という短い別れの挨拶だけとなった。
「まずは一人」
そう言って現れたのは少年たちを死体の山の上から見下ろすように腰掛けていた一人の白髪頭の青年だった。
そんな青年に少年たちは何も言わずに片膝を着き、跪くと名前も知らない青年へと敬意を表す。
青年は少年たちの行動に意味が分からないといった様子で首を傾げたが、特に何かを言うこともなく死体の山から少年たちの前まで降りていった。
その威風堂々とした姿はさながら地獄からの軍勢を連れてきた悪魔のようでもあり、自分たちを救ってくれる一人の王のようでもあると少年たちには見えたのだ。
「この砦の詳しい内情は知ってるか?」
青年からの問いかけに少年達は疑問を持つでも、顔を見合わせるでもなく淡々と答えていく。
「申しわ、げありま、ゼン。コのエリアノことしか僕ラは知りマゼん」
「それど僕ら、わ、回収ハンだ、がら外じかジラない、デス」
「言葉が辿々しいな。話辛いならアグニスタか部族間で使ってた言葉を使え」
青年の言葉に少年達は一瞬顔を見合わせたが、すぐに頷きあって言葉を漏らした。
「ありがとうございます。失礼ながら狼人族の言語を使わせてもらいます。僕はビズと言います」
「僕はバルズです」
狼人族の少年であったビズは黒よりも灰色に近い体毛をしており、バルズも同様に灰に近い色合いをしていた。だが、二人の少年は一目で狼人族とは分からないくらいボロボロの状態で、本来ふさふさだったであろう尻尾は半ばで切り落とされたり、耳の片方を切り取られたりしていて無残な姿だった。
その上、狼人族自慢の牙もその尽くが抜き取られている為に酷い有様をしていた。
「ビズにバルズか、俺はユヅルだ。他の獣人族がどこか一箇所に集められてる所は知らないか?」
視線をビズに向けながら問いかけるとビズは少し思案顔になりながら答えていった。
「……ありません。三つある巨大倉庫の手前側から第一・第二・第三区画になっていて、それぞれに獣人族と半獣人族の女が捉えられています。
僕らのような子供は隣の倉庫に押し込められているみたいですけど、開発部という建物の近くで何が行われてるのかは知りません」
脱走などの企てをさせない為に男はすぐさまオークションにかけられるか、バラバラに配置され子供は一箇所に集められているようだが、何が行われているかは分からないという。
「ふむ……第一から第三区画では何を?」
その質問にはバルズが答えた。
死体の回収を行うのにビズは手前の第一区画までしかいったことがなかったが、バルズは連れられて第二区画まで行ったことがあるからだ。
「第一区画では獣人や半獣人の女が常に犯されてます、第二区画だと子を孕んだ女が監禁され、第三区画だと……子供が球体の中に入れられていました……」
「……そうか」
当時のことを思い出してバルズの顔色が若干悪くなったようで、横でビズがバルズを慰めるように肩に手を置いていた。
その間も弓弦の頭の中では第三区画で行われていた事を思案するが、思案するまでもなく大体の予想はついていた。
獣人族の成長は人間よりも格段に早い。
出産してから凡そ一年で通常の二~三歳児ほどまで成長するのだから段違いといっていいだろう。
だが、それほどに早くともその段階では商品にはならない。
手間のかかる乳幼児を敢えて購入するものなどそう多くはないからだ。
故にバルズが言った第三区画での球体が、成長を異常なまでに促進させる培養槽なのではないかと当たりをつけていた。
おまけにすぐ隣には開発部という倉庫があるのでまず間違いなく当たりだろうと思っていた。
「……大体分かった。ミリナ」
「はーいっパパ!」
「「?!?!」」
突如として現れた幼女にビズとバルズが驚きを露わにして全身の毛を逆立てるが、弓弦はそんな事など意に介さず虚空から現れたミリナを抱きとめて言葉を交わす。
「コイツらを安全な場所に連れてってくれ。そしたらまた戻って来い」
「はーい!じゃあ行くね♪」
「え?」
「あ、ちょっと」
ミリナはビズとバルズの手を取ると有無を言わさずピュンッと姿を消して数秒後再び姿を現した。
☆
「ただいま~」
「おう。ちゃんと安全な所に置いてきたか?」
「うん!だいじょうぶ!」
「そか、それじゃ適当な人間……そうだな。ここに来る前にいた二人組の門番。アイツらを連れてきてくれ」
「殺していーい?」
「あぁ。ただ血が残るのはマズイから首をヘシ折るくらいにしとけよ」
「はーい」
一体どこに置いてきたのかは敢えて聞かない。
とりあえずミリナが大丈夫といったのだから大丈夫なのだろう。きっと……。
それはさておき、ミリナを見送ると鞭を振るっていた男の死体に近づき片手を翳してただ一言「入れ」と呟いた。
その瞬間、周囲一帯を包んでいた霊達が男の死体へと入り込んでいく。
ビクビクと既に死んでいるはずの男の身体が痙攣すると、その後なんの予備動作もなくムクリと立ち上がった。
虚ろな瞳で棒立ちする男からは一切の生気が感じられず、顔は涙や鼻水でドロドロに汚れたまま次の指示を待つようにしている。
「よし、上手く入れたな。それじゃ俺の合図があるまで適当にぶらついててくれ」
そういうと男は何の反応も見せないまま一歩、また一歩と覚束ない足取りで何処かへと去っていった。
そして、それと入れ替わるように二人の男の首根っこを掴んだミリナが現れた。
猫のように首根っこを掴まれた男たちは口から泡を吹いていたり、首が変な方向に向いていたりとパッと見た感じから既に死んでいることが分かった。
その死体も先ほどと同じように「入れ」と言って霊達を男の死体へと憑依させる。
「パパ何してるの?」
「霊達に死体の中に入ってもらってんだ」
「むぅ。そうじゃなくて、何でそんな事するの?」
「気になるか?」
「気になる!」
無邪気に問いかけるミリナは目をキラキラさせてくるが、どうしようかと少し考えるとすぐに答えた。
「でかい花火を打ち上げるんだよ。ここだと近すぎて分からないだろうから後で一緒に観にいくぞ」
「はなび??うん!みる!」
「そんじゃもう少し時間がかかるからここで待っとけ」
「はーい♪」
そう言い残すと二人の元死体・現アンデッドと化した男を二人従えて門の外へと向かっていった。
☆
フードを目深に被ったまま養殖場の第一区画までやってくると出入り口の方から数人の男達が中から出てくるのが見えた。
行きの時はミリナがいた事と誰かと出くわして騒ぎになるのが嫌だったので慎重に裏手側まで進んでいったが、今はもうその必要がない。
何せ 『怨霊対話』によって霊達とコンタクトが取れ、今はその復讐の為に協力してくれているから俺の目的はもう半分以上が達成している。
ここで騒ぎになろうが、どうなろうとももう止まらないし誰にも止められない。
仮に勇者である獅堂アキラがいても精々逃げ惑うか、自分の身を守りながら退却する事しか出来ないだろう。
だから隠れて移動することもなくこうして堂々と歩いているわけだが……。
(ホント。堂々とし過ぎてると逆に目立たないもんだなぁ。だーれも気に止めやしねぇ)
第一区画から出てきた連中も俺の姿を見ても気にも止めなければすれ違った衛兵なんかは「お疲れさん」とかいって挨拶してくる始末だ。
(ここって一応あれだろ?地球でいうとこの国境警備隊とかが配置されてる重要拠点だろ?いいのか、こんな緩くて……)
想像を絶するほどに緩すぎる環境下に呆れを通り越して逆に心配になるレベルだったが、同情はしない。
ここにいる連中にとってここが国境沿いであろうとなかろうと全く関係ないのだろう。
『自分たちは狩る側で相手はただの家畜でしかない』
そういう認識を信じて疑わないというのが根付いているからこんな体たらくを晒しているのだろう。
若干そんな腐った連中の相手をしなきゃならんというのが悲しくなってくる。
「はぁ……まぁいいや。それじゃお前は第一区画に入ったら人目のつかないとこで待機しててくれ。お前はそのまま付いて来い」
付き従う男達に命じて俺たちは第一区画へと入っていった。
「ん?おい、あんたらどこのもんだ?」
中に入ってすぐ門番……というより受付?のような男から声をかけられた。
ここまで来て初めて声をかけてきた奴が現れたからか何故か安堵感を覚える。
「あぁ。開発部の連中が第三区画の様子を見て来いってウルセェんだよ」
とりあえずテキトーな出まかせを言ってみると男は「そうか」といって道を譲ってきた。
……….バカなの?返せよ俺の謎の安堵感。
結局何にも止められる事も怪しまれる事もなくほぼフリーパスで通って奥へと入っていくのだが。
「…………」
言葉が出なかった。
いや、出せなかった。
そこにある光景が余りにも信じられなくて、一瞬頭の中が真っ白になる。
全身を丸裸にされた女獣人が横一列に並ばされ、ただひたすらに犯され続けていた。
それだけじゃない。
四肢を落とされ精肉でも扱うような鋭利な鉤爪で両肩から吊るされている者や、両目を抉られている者など明らかに拷問と呼べる光景が広がっていたのだ。
言いようのない不快感。
それに拍車をかけるが如く耳からは助けを求めて泣き叫び、懇願の悲鳴をあげる声が聞こえてくる。
ただそれは言葉というよりも本当に何の意味も含まれていない叫び声で、嗚咽だけが届いてくる。
それが余計に響いてくる。
バキバキと両の掌を開閉するたびに指の関節が音を鳴らし、無意識の内に全身の筋肉と骨格を戦闘モードに切り替えていると。
「おい、どうかしたのか?」
背後から先ほどの男が入り口前で立ち止まってしまった俺たちに声をかけてきたのだ。
その声でハッと我に返ると俺は振り向きもせず「何でもない」とだけいって通路の先へと歩いていった。
第一区画を抜けるまでの間、正直言って反吐が出る思いだった。
鳴り止まない悲鳴と雄叫び。それからドラッグ特有の異臭と空気に若干飲み込まれそうな程精神的に来るものがあった。
怨霊達の怨嗟の声よりもある意味精神的に来たかもしれない。
最もあれはあれでまた違うベクトルのものだが、それでもキツさで言えばいい勝負だろう。
主にガチギレしそうになる憤怒に堪えるのに。
そうしてやってきたのは第二区画。
そこでは数人の白衣っぽい服を着た男達が鎖に繋がれたまま孕った女達の容態をチェックしていた。
点滴のようなチューブを腕に通され、虚ろな眼差しのまま呆然とした獣人の姿は薬物中毒者そのもので意味のない単語を呻きながら漏らしている。
(ここにいる連中は相当イカれてやがるな……何だよこれ。これが人間のすること……いや、愚問だったな。人間しかこんなことやらねぇか)
余りの非人道的行いにちょっとだけ常識人っぽい事を考えてしまったが、そもそも人間以外にこんな事をやる生物はまずいない。
自然界では生きる為に獲物を殺して食らうのは当たり前だが『生きる為に』ではなく『より良い環境で過ごす為に』生物を殺し、食らう事もせず命を弄ぶのは人間しかいない。
その事を思い出して改めて目の前の惨状を見ると……。
(うん、やっぱり反吐が出るな)
受けた印象は変わる事なく寧ろ悪化していく。
これ以上ここに留まっていたら怒りでどうにかなりそうだったので、俺は足早に第三区画へと向かっていった。
第二区画では誰かに呼び止められる事もなく素通り状態だったが、途中で物置部屋のような場所を見つけたので連れてきていたアンデッド擬きの怨霊がぎっしり詰まった動く死体を一体そこに入れておいた。
そしてもう一体を連れたまま第三区画へと足を踏み入れたのだが……。
「なんだ、こりゃ……?」
そこは一言で言えばSF映画に出てくるバイオプラントのような場所だった。
予めバルズから聞いていたが、ガラスもない世界のはずなのに目の前には透明な球体に入れられた半人半獣の少年少女がチューブやら酸素マスクやらに繋がれた状態で放置されていた。
数は全部で十人。
近づいて球体を見てみると、どうやら水魔法で作られた物らしく触れると波紋が広がる。
水球の中にいる少年少女達は目を閉じて眠っているようだが、どうもただ寝ているわけではないようだ。
微かではあるがバキ……バキ……っと骨が鳴る音が聞こえてくる。
恐らく急激な成長を促す薬。成魔薬(せいまやく)が原因だろうと当たりをつけ、ならばすぐにでも出してやった方が良いかと思い腕を伸ばすが……。
「それ以上、その水球に触れるのはよした方がいい」
「っ?!」
突然かけられた声に反射的にその場から飛び退くと室内の暗闇で見えなかった場所から一人の老人が姿を現した。
薄汚れた白衣に身を包み、髪も髭も伸び放題といった老人は更に言葉を続けた。
「知っての通り、水魔法は何もない場所からでも水を発生させることが出来るが、元々あるものを利用すれば魔力消費を抑える事が出来る。まぁその分制御力には難があるようだが、それはあくまでも術者の技量の問題だ。
ここにある設備を使えば術者は魔法を発動させればあとは魔道具が制御してくれるから何の問題もない。
さて、話を戻すとその水球はね。特殊な薬品によって作られた特別製なんだ。
常人が必要以上に触れれば腐り落ちてしまうかもしれない極めて危険な代物だ。だからそれ以上触れない方がいい。
無論彼らを水球から出そうとするのもだ。そんな事をすれば彼らは瞬く間に腐ってしまうだろうからね」
聞いてもいないのに老人はまくし立てるように喋り続けながらコツコツと杖を片手に徐々に暗闇から姿を現した。
対して俺はそんな老人の学者気取りの口調で話してくる内容を聞きながら老人への警戒度を最大限にまで上げていた。
何故ならここに来るまでの間、いくらザル過ぎる警備と間抜け過ぎる衛兵だらけだったとはいえ一応は敵地のど真ん中なのだ。
警戒はしていて当然だった。第一からこの第三区画に来るまでも普通に歩いてはいたがそれでも次の区画に入る時は出来るだけ気配は消していたし、逆に音や匂いで気配を索敵していたのに、この老人がいたという気配が全く感じられなかったからだ。
警戒度を上げるのは当然といえよう。
「あぁ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ここには私と君しかいないし、この私はとても弱いからね。そんなに畏まらずとも何の問題も……あぁそうか、私の気配が感じられないから警戒しているのだね?ふふ。
いや、失礼。自分の成果がこうして成功したのを見ると嬉しくてね。
続けて言おう。私は君と事を構えるつもりなどないんだ。いや、構えるどうこうの前に構える事も出来ずに終わってしまうのが目に見えているからね。
それと君が私の気配を感じ取れなかったのは仕方がない事なのだよ。何せここにいる私はただの人形なのだからね」
最後の言葉に一瞬驚くが、すぐに気を取り直して視線をゆっくり老人の足元から見上げていくがその佇まいはどこからどう見ても人間にしか見えない。
けれど、今一度観察した事で本来絶対にある筈のものが全くしない事に気付いてしまった。
(このジジイッ……心臓が動いてない?!)
ミリナと比べればまだまだ劣るが、それでも常人とはかけ離れた聴覚と技能を有する俺が僅か数メートル先にしかいない老人からする筈の心音が聞こえない事に驚愕をあらわにしてしまった。
それだけじゃない、よく見れば身体の起伏も無い事から恐らく呼吸すらしていないのだと推測できた。
俺の索敵能力は言ってしまえば視覚・聴覚・嗅覚の五感の内三つに頼った技術だ。
漫画のような『気配感知』などというスキルも技能も持っていない。習得出来ないわけではないだろうが、その方法を俺は知らないし、単純に索敵や気配を感じ取るだけなら先の三つを強化していれば事足りるので必要性が感じられなかったのもある。
……まぁ単純に思いつかなかったというのもあるが。
それはさておき、今はこのジジイだ。
老人は愉快そうに「ふふ」と小さく笑うと再びそのマシンガンのような口を開いた。
「確認が取れたようだね。それでどうして私がこのような事をしたのかというと君に一つ頼みがあってね。その前払いのようなものだ」
「……続けろ」
「理性的で助かるよ。頼みというのは至極単純なものだ。あぁ、先に言っておくが命乞いなどという無様なものではないから安心してくれたまえよ。
私が頼みたい事は一言で言えばこの子達を完成させてやりたいのだよ。それさえ出来ればあとはこの身を焼こうが刻もうが好きにしてくれて構わない。
あぁ、紛らわしいようだが刻むのは勿論この私ではなく本体の方だよ」
「……何?」
てっきり自分だけは見逃せとか助けてくれなどという戯言かと思いきや、老人の言葉からは予想だにしない言葉ばかりが飛び出してきた。
「そのままの意味だよ、私はね。この子達を完成させてやりたいんだよ。今の私にはそれしか望みも願いもない。
何より折角これまで積み上げてきた研究の成果があと一歩というところで終わりを迎えてしまうのは研究者として引くわけにはいかないのだよ。
それにこれは君にとっても悪い話ではないと思うのだがね」
「…………」
「君はこの子達をこの水球から引き摺り出そうとしたね?そんな事をしたらどうなるか、答えは簡単だ。
急速に肉体は崩壊を迎え、生きながら腐って死ぬこととなってしまう。それはどれ程の苦痛を味わうことになるのだろうね。
治癒魔法は一切効かず、あらゆる薬草を用いようとも腐敗は止まることなく一刻と持たずに死んでしまう……そんな恐怖を君はこの子達に与えようとしたのだよ」
その口調はまるで俺を責め立てるような言い方だった。
確かに俺は水球から子供を引き摺り出そうとした。それは間違っていない。否定もしない。
もし目の前の老人が現れなかったら俺は間違いなくそんな末路を子供達に歩ませていたのだろうから、タイミングを見計らったかのような老人の登場にはある意味感謝すべき事かもしれない。だが。
「……よく回る口だな。そもそもテメェみたいなクソ野郎が、いや。人間そのものがいなけりゃこんな事にならなかったってのに、面の皮が厚いにも程があんだろう」
「私自身、言っていてそう思うよ。だがね、それが人間というものだよ少年。我々人間は常に自身の欲を忠実に満たしていかなければ生きていけないのだよ。
……君がどういう理由でここに現れたのかは知らないが、君は私を、いや。ここにいる全ての人間を殺すつもりで来たのだろう?
見た限り少年は我々と同じ人族のようだが、ふふ。中身はまるで違う別物のようだね。これでも数多くの被験者を相手に様々な“目”を見てきたつもりだったが、少年のはそのどれとも違うようだ。
まるで御伽噺に出てくる“鬼”のようだ。実に興味深い……が、話を戻そう。
私はこの子達を完成させたい。完成させられるまでの間は暫くかかるだろうが、長くとも三ヶ月はかかるまい。容態が安定し次第その後は煮るなり焼くなり好きにするといい。さて、どうするかね?」
分かりきっている答えを待つように老人は嫌らしい笑みを浮かべて再度尋ねてくる。
はっきり言ってこんな老人は今すぐに殺すべきだろう。
こんなイカれた爺いを生かしておいても害にしかならない。なので殺すべきなのだ。
……だが、この爺いを殺せば水球で囚われている子供達を殺すのと同意義になってしまう。
それじゃ本末転倒もいい所だ。俺はここに住まう人間達が苦しみながら絶望に打ちひしがれた姿がみたいのであって、これまで家畜以下の扱いを受けていた獣人。ましてや生まれたばかりの子供が死にいく姿など見たくないのだから。
ギリッと衝動的に込み上げてくる殺意を噛み殺しながら俺は老人の問いに答えることにした。
「……分かった、テメェはまだ殺さねぇでいてやる。だが楽に死ねると思うなよ」
「元よりそのつもりだよ。私は研究者となったその時から君のような怪物に殺される事を望んでいたのだからね」
妙に引っかかる言い方をしてきたが、これ以上言葉を交わしていると抑えている殺意が溢れ出しそうだったので必要な事だけを聞いて退散しようとする。
「それでテメェの本体とやらはどこにいる」
「ふふ。流石にそれを教えるわけにはいかないよ。途中で殺されては堪らないからね。だが安心してほしい、必ずこの子達を完成させたら居場所を教えよう」
「それを信じろと?」
「信じる必要などないさ。仮に私が命惜しさに本体の居場所を教えなかったとしても、君は必ず私を見つけ出して殺しに来るのであろう?それほどの執念が君からは感じるからね。
その証拠に見た前、本来最低限の五感しかないこの体が鳥肌を立てている。恐らく今この部屋には物理的な重圧を感じてしまうほどの殺気が立ち込めているのだろう?ふふ。
研究者である私がさっきなどとあやふやなものを口にする日が来ようとは、実に愉快だよ」
「チッ……最後に一つ。テメェここから動けねぇのか」
「あぁ、無理だね。本体との接続が効率よく繋がるギリギリの距離だから私はここを動くことが出来ない。
それでも多少は離れることは出来るが、この子達をここから動かす事は絶対に出来ない。もし動かしてしまえば簡単に計算が狂い、あっという間に彼らは死んでしまうからね」
柔和な笑みを浮かべていた老人の表情が一転して水球に囚われている子供を見ながら真顔で答えた。
それに対して俺は「分かった」とだけ答えると背後に控えていたアンデッドに向き直り、肩に手を置いて念じるように話しかけてみた。
(話は聞いていたな、このジジイを殺せばガキどもが死ぬ。だからこのジジイ以外の全ての人間に取り憑け)
(コクリ)
意図が伝わったらしく、アンデッドが一つ頷いてみせた。
念のため俺は老人の側まで来ると「始めろ」と言ってみせた。
「一体何を始めるのかね?実に興……み、なんだね。あれは……?」
ここに来てようやく驚愕の表情を浮かべた老人の視線の先には付いてきていたアンデッドの口から天に向かって無数の霊達が飛び出していく姿だった。
『『『『オオオオオォオォオオオオオッ!!』』』』
飛び出して来る霊達は怨嗟にも似た叫び声を上げて壁をすり抜け、生きていた人間達に有無を言わさず取り憑いていく。
「ぎゃあああっ!!」
「な、なんだっ?!なんなんだ?!」
「た、たす、助けてくれぇぇっ!!」
「痛いっ!いたいいたいたいたいっ!あ、あ、あ、あたまがぁっ」
すぐ隣の第二区画からは取り憑かれた人間が突然の事にパニックになりながらも問答無用で精神を直接苛む苦痛に転げまわり、口から泡を吹くものやのたうち回る者で溢れていた。
だが、それはこの倉庫内に留まらず外を歩いていた者たちにも霊達が憑依して叫び声が聞こえてきていた。
老人が慌てた様子で外へと通じる扉を開くと薄暗い中でもはっきりと分かるように転げ回っている男達の姿が見て取れた。
「あれが何か、だったか?」
俺はそんな老人に語りかける。
「ありゃな、アンタが今まで殺してきた……研究材料として見てきた獣人達の成れの果てだ」
「………」
「あんたみてぇな研究者気取りにはわかんねぇだろうが、相手が死ねば自分にどうする事も出来ないと本気で思ってたんだろ?残念だったな。アテが外れて」
先ほどまでの意趣返しとばかりに俺は老人に寄りかかりながら言葉を続けた。
「さっきの口ぶりから自分がいつか研究していたものによって殺されるって分かってたんだろ?けど、死んだ後までどうなるかなんて考えたことすらなかったろ」
「死んだ、後……?」
「俺はあくまでも代理人だ。代弁者と言ってもいい。テメェら人間がやってきた事が気にくわねぇ。だから徹底的に叩き潰す。死んだ奴らに代わってテメェらを全員を殺し尽くしてやる。けど、俺がやれるのはそこまでだ。
……テメェが死んだ後、魂だけとなった時に怨霊達がどこまでやるのか、見ものだな」
「っ……!」
そこまで言って俺は老人から離れ、来た道を戻るように第一区画から外へと出ていった。
外に出ると、そこには取り憑かれた人間達が生気を感じさせない瞳で待っていた。
その数は百に届くくらいだろうか。この砦を潰すには数がまだまだ足りないが、問題ない。
取り憑かれている人間の中には怨霊達が大量に入り込んでいるのだから。
一人の人間に一つの怨霊しか入らない……そんなわけない。
身体なんてのな所詮ただの入れ物でしかない。だから容量いっぱい入っていてもなんら問題ない。
「さーて、それじゃ適当に運ぶとすっかねぇ。ミリナ」
「はーい♪」
どこからともなく姿を現わすと耳と尻尾をピコピコ動かして抱きついてきた。
俺はそんなミリナに軽く頭を撫でてやりながら指示を出す。
「悪いが、何体かコイツらをばら撒いてきてくれないか?出来れば城壁の上にいるところと、出入り口のメインの門に」
「はーい♪ じゃあ半分?くらいの人達落ちないようにしっかりお手て繋いでてね~~」
そういうとミリナはアンデッド化した男たちの腕を絡ませながら指示を出していく。その姿は子供の遊びに付き合う大人たちのようで、ちょっとだけ微笑ましかったが……何するんだ?
「じゃあ行ってきま~す♪」
「ん、んん?何するんだ?ってもういねぇ……ん?」
本当に何する気か分からず尋ねようとしたが、既にミリナと腕を繋ぎ合わせられたアンデッド五十人がその場から一瞬にして姿を消した……消したのだが。
「あ……あー。そういうことか」
数十メートル先の外壁の上空から何かが落ちて行くのが見えた。
それは等間隔で落ちて行き、何が起こってるのか分からなかったが、落下しているものを凝視するとそれが人型の何だと分かった。
恐らく上空転移→落下→移動→上空転移を繰り返し行っているのだろう。MPの消費なしでほぼ無限に転移できるミリナだからこそできる御家芸なんだろうが、落下した死体は当然スプラッタは免れないだろう。
というか、どんだけ気に入ったんだよ。スカイダイビング。いや、最早スカイダイビングと言っていいのか分からんが。
「まぁ、いっか。入れ物がいくら壊れようが直ぐに取り憑ければ問題ないしな。さて、それじゃ俺もやるかね」
俺は右肩をぐるぐる回しながらアンデッドの一体の胸ぐらを掴み上げ。
「そー、りゃあっ!!」
『オォオォォォ…………』
割と本気で掴んだアンデッドを商業エリアの方へとぶん投げた。
心なしか、取り憑かれた時の涙やら鼻水やらを飛ばしながら飛んで行ったアンデッドが涙目だった気がしないでもないが……だいたい予想通りの場所に落下していったので問題なし。
その後も次々と商業エリア・労働者エリア・貴賓エリアとぽいぽいと投げ飛ばしていく。
当然、貴族を中心とした貴賓エリアにはちょっと多めにアンデッドを投げ飛ばしたのはご愛嬌だ。
「ラァストォーー!」
「おぉ~、パパすごーい」
「ん?おぉ。ミリナか、そっちも終わったか」
「うんっ!」
いつのまにかすぐ側にいたミリナがパチパチと手を叩いていた。
「そんじゃ仕込みも終わったからどっか見晴らしのいいとこ……あそこのてっぺんに行くか」
「はーい♪」
ミリナが俺の手を握ると一瞬コマの描写が飛んだように視界が先ほど指差したこの砦の中で最も高い場所。教会の塔の上にたどり着いた。
(本当転移魔法ってのは便利だな……しかもこれが距離とか関係なくほぼ無制限にやれるってんだからチート過ぎだろ)
ミリナの使う転移魔法。正確には魔法ではな固有スキルなので誰かが取得しようとして出来るものじゃない。
固有スキルは言ってしまえば体質みたいなものなのだから得ようと思って得られるものじゃない。
それでも固有スキルは後天的に得られる物もあるので絶対とは言い難いが、それでもミリナの夢幻顕在は無理だろう。
こんなのがほいほい得られるのであれば、この世界の流通とか防衛設備とか半端ない事になるからな。
まぁそんなことは今はどうでもいいか。
「それじゃ、始めるぞ」
「うんっ!」
俺は街並み全体を見渡しながら、何となくカッコつけで指をバチンッと鳴らしてみた。
その瞬間、砦のあちらこちらで無数の白煙……怨霊達が雄叫びと共に死体から飛び出していった。
『『『『『オォオォォォオォオォォォオォオォォォンッ!!』』』』』
城壁の上にいた衛兵達はどこからともなく現れた死体に群がっていた為に被害を真っ先に受け、一拍遅れて街の中ではさまざまな悲鳴や怒声の阿鼻叫喚が聞こえてくる。
「あっははは!これが本当の自爆霊ってな。すげぇ~、寝てた奴らも飛び起きてんぞ」
「おぉ~、パパ。あれ見て!追っかけっこしてるよ!裸で!」
「そりゃそう……え?おぉ、マジだ。ってあんなの見んじゃねぇよ!」
どうやら商業エリアにある娼館から逃げ出した男がアンデッド化した女に追いかけ回されているようだったが、ミリナの教育上あんな薄汚い汚ッサンの全裸など見せるものではないとすぐさま視線を変えさせた。
「スゲェなぁ~、考えてなかったがこりゃ完全にリアルバ◯オだな」
「りあるばい◯?なーにそれ?」
「あんな感じにゾンビ……アンデッドに追っかけ回されるゲームだ。中々楽しかったな~」
「追いかけられるのに楽しーの?」
「ん?あー……そういや、何で楽しかったんだ?」
改めてそう純粋に聞かれると困る。
あのゲームは昔から好きでよくやってたが、面白要素をこの世界の住人であるミリナに伝えようとすると中々に言葉が詰まる。
おまけに追いかけられて楽しいのかと問われると、正直微妙な部分だ。
だいたい大量のゾンビに追い回される時は制限時間を設けられてたり、反撃や殲滅が出来にくい仕様になってたりするのだからスリルはあっても楽しいのかと問われると……まぁスリルも楽しさの一つであるのは間違いないんだが。
目の前の惨状を見ていると楽しそうとは思えない。
それでも襲われている人間達の姿を見ていると、自然とそれまで積み重なっていた負の感情が洗い流されていくようにスッキリした気持ちになってくのだから不思議なものだ。
「まぁいっか。もうちょっと鑑賞したら捕らえられた獣人達を助けにいくぞ」
「みんな襲われてないかな?」
「そりゃ大丈夫だ。なんせ、連中の恨み辛みは全部人間に向いてて、同族だった獣人には向いてないからな」
「じゃあもうちょっと見てたい!」
「あいよ。気が済むまで見てていいぞ~」
そういって俺も人間達の作り上げた阿鼻叫喚の地獄絵図に視線を戻したのだった。
★
投稿が遅れていてすみません。
次回は弓弦君の話をした後、ちょこっと閑話を挟もうと思っています。
いつ投稿できるかは不明ですが、出来るだけ今週中に投稿していこうと思いますので応援の程よろしくお願いします。
「これが本当の自爆霊(地縛霊)」
↑どうしてもこれだけが言いたかった。元ネタは特にないです。
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