頭にきたから異世界潰す

ネルノスキー

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第4章

第45話ーーやるべき事ーー

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ーーこぽ……こぽぽ……

「…………」

ーープシッ……シューー……

「………」

 薄暗い室内。
 聞こえる音は水球の中から気泡が弾ける音と謎の機械から漏れ出る音。そしてカリカリとその水球の中に入った少年少女達を観察する庄吾がバインダーを片手に常に何かを書き続けるペン先の音だけが鳴り響いていた。

『一番から十番まで異常なし。ただし七番と九番の呼吸及び脈拍に不審なブレがありますね』
『ペトロシンの投与を落とした方がいいんじゃない?ショウゴ』
『いえ……とりあえずこのまま様子をみましょう。もしこれ以上安定しないようならペトロシンの投与を中断してアルグリンを投与します』
『分かったわ』

 側から見たら怪しい研究施設でマッドサイエンティストが少年少女をバイオプラントにぶち込み、怪しい薬品を投与し続けている様子に見えなく……というか、まんまその通りの光景である。

 そして実際やってる事はバイオ◯ザードでお馴染みの遺伝子操作に加えて肉体の急速成長を促進・安定させる人体実験なのだから言い逃れのしようもない事なので、仮にここで正義感の強い人間が現れでもしたら悪・即・斬を敢行されても文句の言いようがない。

 しかしそんな怪しすぎる光景であっても、百万人が満場一致で犯罪者の烙印を押しそうな状況であっても、信じられないことに彼。浜屋 庄吾とそれに取り憑くシャーリーが行ってることは善行……それも幼子の命を救おうという試みなのだから驚きだ。

 一応補足としていうならば、これまでの会話は全てアイズを通した庄吾とシャーリーの会話であって第三者がいたら無言のままバインダーに挟まれた用紙にカリカリカリカリとペンを走らせる庄吾の姿しかいない。
 薄暗い照明しかないこともあって、はっきりいって不気味である。

『それにしても、未だに信じられないわ。この子たちが本当に生まれたばかりなんだって』
『僕も同じ気持ちですよ。いくら魔法だなんだがあるとはいえ、遺伝子や細胞を弄りここまで安定させるなんて……正直この目で見るまで信じられませんでしたからね。一体どうやってこれほどの成果を挙げたのか、実に興味深いです』
『そうね。でも、その顔はやめた方がいいわよ。ちょっと人に見せられないくらい危ないから」

 そう言って庄吾を嗜めるシャーリーの言葉通り、今の庄吾は食い入るように、いや寧ろ喰らい尽くす勢いで目の前の子供達を凝視しているものだから「お前絶対犯罪者だろ!」といわれても擁護のしようがないほどに眼が血走っていた。
 それが庄吾に激甘のシャーリーでさえけっこう引いているのだからその異様さが分かるだろう。
 心なしか意識がないのにも関わらず視線の先にいる少年の顔色が若干悪くなったような気がするが……気のせいだと思いたいところだ。

 それはさておき、水球のバイオプラントの中で囚われている少年少女達は見た目こそ十歳前後のように見えるが、実際はつい先日。ほんの数週間前に生まれたばかりの赤子なのだ。
 それはいくら人間に比べて成長速度が早いと言われる獣人族の血を受け継いでいるからといって、たった数週間でそこまで成長するのはこの世界の理の中でも常軌を逸していた。

 それがどうしてたった数週間という短い期間の内にそこまでの急速成長を成し遂げたかというと、それはイカれたマッドサイエンティストが成魔薬という魔物や魔獣から採取される血液を媒介に作り上げられた肉体を急速成長させる極めて危険な薬品を改良し、投与し続けることで成し遂げたのである。

 しかしそんなものを使って肉体を急速成長させられた子供の身体は当然まともなわけがない。
 肉体だけは大きくなっても心は赤子同然であり、時間が経つにつれて早い個体であれば二週間。どんなに長くとも二ヶ月と保たずにその肉体は崩壊し、文字通り崩れていく。

 そんな欠陥だらけ、穴だらけの鬼畜を通り越して外道という他ない所業をし続けていた理由は『人間寄りの容姿をした獣人を作り上げる為』であった。

 獣人や亜人の奴隷は人間の領域では高値の値段で取引される事が多い。
 元々の個体数が少ないというよりも、捕獲できる数に限りがあり、人間では取得し得ない技能やスキルなどが数多く存在するからだ。
 ただここで造られた半人半獣人の子供達はそういった能力面を買われるのではなく、ド変態の趣味をした成金貴族や豪商たち玩具として買われていく。
 
 それは例え僅かな期間でしか生きられないと分かっていても、そこに至るまでの製作コストや手間を覆すだけの富をもたらす事もあり、成魔薬を使った半人半獣人の子供は造られ続けてきた。
 
 そんなイカれてるとしか言いようのない人体実験を行ってきた研究者はというと、今は子供達の残りの寿命を延ばす為の研究をしていた。

「君の考案したペトロシン。その経過はどうかね?」

 コツコツと薄暗い室内の奥から杖をついてやってきたのは例のイカレた研究者ーーシャガル・モルドレイであった。
 薄汚れた白衣に枯れ木のような皺がれた細い体躯。伸び放題な白髪の髪と髭は然ながらどこかの賢者のようにも見えるが、その実は賢者とは縁遠い狂人である。

 庄吾はそんなシャガルに子供達のメディカルチェックを行なっていたバインダーを手渡して経過は今のところ順調であることを知らせる。

「ふむ……気になる点はあるが、これだけではなんともいえないか。引き続き経過観察をしてくれたまえ、それと君の考案したホムンクルスの応用実験だが、上手くいきそうだ」

 その言葉を聞いて庄吾は安堵のため息を漏らした。

 元々理論上では成魔薬を使った実験体の寿命は調整方法を間違わなければ最低三年、長ければ五年は生きられる計算であった。
 しかし、そこに至るまでの製作コストや時間を考慮した結果本来の方法とは全く別の急造な上に粗悪といっていい手法を用いられることになった。

 すぐに造れるが、すぐに壊れる。しかしそれ故にレアものとしての箔が付く。
 
 そんなクソのような思想の元で造られてしまった子供達にいくら調整を施したところで長く生きられる保証がない。しかしそれを覆す方法を庄吾は即座に提案したのだ。
 彼は既にカンスト状態となった『鑑定』スキルを駆使することで本来なら人間ドックなどで使われるような精密機器を通さなければ分からない事を瞬時に見抜き、的確な処置方法を探り当て尚且つ自身で独自研究をしていたホムンクルスの応用実験が出来ないかを提案したのである。

「君は本当に見どころのある少年だ。
 まさか生きている生命体を命無き生命体であるホムンクルスに作り替えようとは私とて思いつかない事だったというのに、それを独学で学んだ知識でここまでの理論をたった数時間で作り上げるなど……ふふ。化物の少年といい君といい、本当に長生きはするものだね」

 そう言って朗らかに笑うジャガルであったが、それに対して庄吾は首を横に振ってみせた。

『買い被り過ぎです。僕と貴方では元からある前提知識に大きな差がありますし、思想も思考も一から身につけてきた貴方には到底及びも付きません。ですが、これまで育ってきた環境の違いのせいで貴方が考えない事を僕は思いついているだけです』
「環境の違いか……確かにそうかもしれんな。だが、それでも私には例え同じ環境で育っていても君と私は同じものだというのはよく分かるよ」

  ジャガルは手にしたバインダーを返しながらその樹木のように枯れた顔を庄吾に近づけて言葉を続けた。

「我々は異端者だ。同じ人の皮を被ってはいるが、君と私は同じ人種であり、他者と分かり合えず、それでも尚己の欲を貫いてきた紛れもない狂人なのは決して環境どうこうで変わるものではないよ」
『……否定はしません。現に僕は貴方のやってきた事を鬼畜だとは思いますが、行ってきた成果に関しては高く評価していますからね』

 言葉の通り、庄吾はジャガルの事を高く評価していた。
 やっていることは鬼畜だ外道だと罵られ蔑まれる行為であっても成魔薬を使ったこの狂った人体実験は必ず医療分野に目覚ましい発展を告げさせる行為なのだから、庄吾にとっては憤りよりも興奮が先にきてしまうのだ。
 その事を分かっていたからか、ジャガルは満足そうな笑みを浮かべたかと思うとくるりと踵を返して自分の持ち場へと戻っていった。

(まぁ、だからといって弓弦が彼を許すとは考えられませんが……それでも口添えくらいはしておきましょうかね。彼の知識と演算能力は惜しいですからね)

 そんな事を考えながら庄吾もまた別の作業へと移って行った。

 ちなみに庄吾たちが行ってる研究をざっくり説明すると成魔薬によって成長した子供たちの肉体をホムンクルス化させてしまおうという試みだ。
 薬漬けとなった元々の素体ではどれだけ安定させようとしてもそう長くは保たない。それならばそっくりそのまま造り替えてしまおうというのがことの発端だ。

 この世界のホムンクルスは一から肉体を人の手によって造り上げるものというより、地球でいうクローン技術を応用したものに近い。
 親となる遺伝子の一部をコピーし、それを繰り返し行ってくことで全く同じものを再現していく。それがこの世界のホムンクルスになる。

 それに対して庄吾達が行っているのは人体の重要器官。つまりは臓器の改造であった。
 ホムンクルスを造る際の遺伝子コピーを使って肝臓であればそれを一つ新たに生み出し、元々あった肝臓は切除或いは別の用途に使おうとしているのである。

 先ほどの会話の中でも出てきた『ペトロシン』はクローン……新たな臓器を生み出すのに身体が拒絶反応を示すか否かを調べるものであった。
 本当なら何十人何百人の専門知識を持った学者達が長い年月をかけて地道に計算しながら用法を確立していかなければならないが、庄吾の持つ『鑑定』スキルによってその手間は一気に省かれることとなった。

 この世界の住民が持つ『鑑定』スキルははっきりいってそこまで万能ではない。
 例えば一つの鉱石を鑑定した際に得られる情報はその鉱石の名称や特性といったものしか得られないのが一般的だ。
 それはスキルレベルがカンストしていても大差はなく鉱石から特定の人物を鑑定してもその者のスキルや技能を含めたステータスが見れるだけしか分からない。

 勿論それだけでも十分といえばその通りなのだが、庄吾はそれ以上の事を調べる事が出来た。
 それは例えば相手の体温や心拍数・脳波といった精密機器でも使わなければ到底分かりようなないことまで詳細に知る事が出来たのだ。
 では何故そんな事が出来るのかというと、それは単純にこの世界の住民が持つ知識と庄吾達の持つ知識に大きな差があるからだ。

 この世界の人にとって自分の体温を知ったところで「へぇ~……で?」となるだけだが現代社会の人たちに見せたらそれが平熱よりも高ければ体内に菌やウイルスが入り込み、悪い菌を殺そうと体温を上げていると理解できる。

 そういった小さな元々持っている知識量の差から鑑定スキルで得られる情報が段違いになってくるのだ。
 これにより庄吾はたった一人で本来ならいくつもの精密機器を使って調べ上げる時間の手間を省き、何をどうこうすればどうなるのかというのを読み取る事が出来ていた。

 まさにチート。とんでもない狡である。
とはいえ、同じ転移者達の中にも一応何人かは庄吾と同じ『鑑定』スキルの所持者はいるが、庄吾と同じものが見れるかというとそうではない。
 そうではない。寧ろ大半はこの世界の住民と同じ相手のステータスを見抜く程度しか出来ない。だが、それはある意味当然とも言えることだった。

 庄吾は地球にいた頃より異世界もののラノベや漫画・アニメなどをこよなく愛していたが、同時に最早定番ともいえる『鑑定』スキルについてはどの作品もステータス面しか見る事が出来ない仕様だった事に疑問を持っていた。

 一体なぜ?相手の情報を読み取る分析系ならばそれ以外のものも読み取れて良いはずなのにどうして基本ステータスしかみれないんだ?と。

 前提としてゲームのような、とある時点でそれは当たり前といえば当たり前だが、現実に異世界にやってきた身としては……何よりずっと疑問に思っていた『鑑定』スキル保持者としては調べてみたいという欲求に抗う事ができなかった。
 その結果として、庄吾は『鑑定』スキルのレベルが上がるにつれ、見る事が出来る項目が次々に増え、詳細に物事を知る事が出来る様になった。
 詰まるところ、庄吾と他の『鑑定』スキル持ちとの差は前提知識もそうだが"意識してるか否か"それだけの違いで同じスキルであっても中身が全く違うものになってくるのだ。

 大抵の人間は初めて見聞きしたものに疑問を覚えない。見たままのものを受け入れる傾向が強いせいだ。
 しかしその事に疑問を持つ者あるいは気付く事が出来る者を人は『天才』と呼ぶ。
 固定化された概念を打ち砕き、説明されたら"なるほど"と納得してしまう理論武装。
 
 庄吾のやっていることは正にそれだった。
 
……それだったのだが、生憎と庄吾自身にその自覚は全くというか一切ない。せいぜい地球での知識を活かせれたらなぁ~と思っている程度に過ぎない。
 実際やってることはその通りだし、その考えも間違ってはいないのだが、もう少し自信持てよと言ってやりたい。
 まぁその役目はシャーリーという恋人兼地縛霊……いや、取り憑いているから悪霊だろうか?それとも新種の恋霊とかだろうか。ともかくそちらがフォローするので問題はないだろう。






 庄吾とシャーリーが色々と怪しい実験を繰り返している間菜倉はというと……。

「ふっ……くぁ……ッッ」
「オ、オネェちゃん……」
「ッ……ハァハァ……だ、だい……じょぶ、だから……まだまだ、イクよ」
「う、うん」

 気遣わしげに問いかけてくるミリナの声を背に菜倉は何とか笑みを作って答えるが、その額からは大量の脂汗をかいているせいで無理をしているのはアリアリと分かってしまう。

 それでも前を、いや。正確には上を見上げると普段見せるお気楽そうな表情からは想像も出来ないくらいに真剣な顔つきになって手や足の指先に力を込める。

 セリフだけ聞いた人は思ったことだろう。
「え?いきなり修羅場ってる?」もしくは「またエロリスト発動か?!」と……だが違う!
 今の菜倉はガチもガチ!真剣そのものといった様子で高さ百メートルもある城壁を素手でよじ登っているのだ!

 プルプルと震える指先を石垣の隙間や出っ張りに引っ掛け、少しずつ上へ上へと登っていく姿はさながら麦わら帽子を被った青年のような表情を連想させてしまう。
 だから決して……そう決っっっしてやたら艶のある色っぽい声と聞いているだけで男を惑わしそうな吐息が聞こえたとしても如何わしいことなど一切ないのだ!

 しかしそれはそうと、どうして菜倉がミリナを背負って命綱なしの城壁登りをなんかをしているのかというと、大した理由ではない。
 いや、寧ろ一周回ってイカれてるとしか言いようのない理由だ。

 ミリナからの伝言で弓弦からグローゲン砦を守るよう言われた菜倉であったが、別段攻め入ってくる人間がいるわけでも怪しい人影……どころか砦の周辺には精々野ウサギが草原をぴょんぴょん跳ね回ってるだけで人っ子一人いない平和な風景が広がっているだけで警戒云々の前に警戒すべき相手すらいない状況だった。

 それでも午前中は隠していたバイクを回収したり、それに跨ってミリナと遊びまわったりして過ごしていたのだが、異世界産のオフロードバイクの燃料は魔力で動かしている為いくら平和だからといって遊び全てに魔力を使い果たすわけにはいかない。

 そうなると午後は魔力回復の意味も込めて休息した方がいいのだが、やることがないというのはどうにも落ち着かない。
 と、いうわけで最近鈍り気味の体を動かす事を決めた菜倉はいくつかのルールを決めて訓練をする事にしたのだ。それがこれだ。

 ルールその一。
魔力を使ってはいけない。ただし緊急時のみは可。

 ルールその二。
ミリナを安全に城壁上まで運ぶ。

 ルールその三。
制限時間は一時間とする。

 以上が菜倉が取り決めた城壁登りでのルールとなる。
 
……はっきり言おう。馬鹿すぎて何をどうツッコめばいいのか分からない。
 訓練なので魔力を使わないというのはまだ飲み込めるが、ミリナを背負うことに一体どんな意味があるのだろうか。そして一時間で高さ百メートルもある城壁を素手で登るなどプロのロッククライマーであってもまず不可能だ。

 確かに自然に出来たものより人の手によって作られた城壁ならば継ぎ目の隙間など上手く利用すれば登れなくはない。
 が、その前に『城壁』なのだ。人の手によって作られたからこそ一見登れなくはない隙間があってもそれはあくまでもそう見えるだけで、その先にあるのは継ぎ目が一切ないツルツルの壁だ。
 それは洞窟でいうところの行き止まりとなる場所なので頑張ってどうこう登れる場所ではない。にも関わらずどうして菜倉はこのような危険な行為をするのかというと、それは単純に暇だからだ!

 長々とくだらないウンチクを垂れ流していても結局のところは暇を持て余して退屈していたので「それなら暇潰しがてらスリルを味わいながらトレーニングすれば良くね?」と思いついた行動であった。

 最早ぶっ飛んでるとか、イカれてるとかの問題じゃない。一体どこの世界に暇潰し感覚で命を張るトレーニング方法があるというのか。
 控えめに言っても狂気(クレイジー)なのは間違いないだろう。

 とはいえ、流石になんの安全対策もしていないわけではない。
 菜倉の現在のステータスや取得しているスキルに技能を駆使すれば百メートルの壁など殆ど無いも同然。それこそスパ◯ダーマンのように壁に張り付いて登る事からどこぞのヴァンパイアのように水平二足歩行まで出来てしまうのだから危険という程でもない。
 まぁ側から見たら正気を疑う行為ではあるが……そして、だからといってやはり安全という訳でもない。現に今も。

ーーヒューーンッ。

「うあっ?!と、ととっ!」
「うにゅ?!」

 菜倉達が今いるのは地上から凡そ八十メートル。高層ビルで例えると大体二十五階分くらいの高さだ。
 流石にそれほどの高さともなれば左右だけでなく下から上がってくる風に煽られてしまうのも無理はなかった。
 おまけにここにはグローゲン砦以外は見渡す限り遮る物のない平原しかないので、砦の壁に当たって上昇してくる気流は菜倉とミリナ。二人合わせても百キロない体重では簡単に揺さぶられてしまう。

「う、うーん流石にこれはまずいかなぁ……しょうがない。ホントは道具もあんまり使いたくなかったけどミーちゃん落としちゃシャレにならないからね」
「オネェちゃん?」

 素手での壁登りはこれ以上危険だと判断したのか、菜倉は服の裾に隠していた長さ十数センチの暗器。日本でいう棒手裏剣を両手に一本ずつ持つと、継ぎ目の隙間に差し込んで身体を安定させ次いで靴をトントンっと打ち合わせると爪先からジャキッと三本の鉤爪が現れて同じく壁の隙間に足を引っ掛けた。

「オォーッ!オネェちゃんそれすごいっ!カッコいい!」
「フッフー♪ お姉ちゃん特製の秘密道具だからね♪」
「ミーもっ!ミーも欲しいっ!ジャキンッてしたい!」

 どうやら靴のギミックが大そうお気に召したようで背中で瞳をキラッキラさせながら興奮したようにミリナがせがむが。

「ダーメ。言ったでしょ、お姉ちゃんの秘密道具なんだって♪」

 ニッコリスマイルを浮かべて答える菜倉にミリナは「ぶぅー」っと不服さをアピールするが、折れるつもりはないようだった。

 菜倉の持つ武装は殆どが暗器や特殊なギミックが施された道具が多い。
 棒手裏剣や鉤爪が仕込まれた靴などはまだいいが、それ以外にも使い方を間違えれば自身を傷つけかねない物も多いようで、興味本位に貸し与えようとは思えなかったのだ。

 ちなみにそれら全て作ったのはいうまでもなく庄吾である。
 庄吾の錬金術ならば余り細かなものでなければ設計図さえあればあっという間に作り上げる事が出来るからだ。
 最もその設計図やなんかは菜倉が手掛けたものなので正確にいえば合作ということになるだろう。

「さて、それじゃこっからはスピードあげてくよぉ!」

 そういってサクサクと登り始めていく速度は道具を使う前に比べて格段に上がり、風の影響にも耐えれるようになったがそこで一つの問題がおきた。

「んにゅ?」
「ん?どうかしたの?」

 城壁の見張り台まであと少しというところで背中に背負われてるミリナが突如そわそわし出した。
 尖った三角耳を仕切にぴょこぴょこと動かし辺りを見回す様はなんとも愛くるしさを誘うが、音の方向性が定まったのかある一点のみを見つめだす。

 気になった菜倉も同じ方向を見ようとするが何ぶん場所が悪いので上手く見えず、仕方なく腰のポーチから鉤縄を取り出すとそれを使って一足飛びに城壁の上へと駆け上がっていった。

「よっと……それで何か見つけたの?ミーちゃん」
「ん!あそこにね、キラッてしたの見えたよ!」

 そう言ってミリナの指さした方向は街道なら先にあるちょっとした林の中だった。
 距離があり過ぎるせいでよく見えないが、腰のポーチから単眼鏡を取り出すと身体強化の魔法を使って視力を重点的に上げてから覗き込むと。

「……あ~、お客さんっぽいね」

 そこに見えたのは複数の人影だった。
動き易さを重視した軽装で身を固め、風景と同化する為か黒っぽいマントを羽織っている。
 
「殺す?」

 ポツリとそう呟いたのはミリナだった。
彼女は幼さの残る表情のまま、まるで天気でも伺うように聞いてくるものだから一瞬呆気に取られた菜倉だったが、すぐに苦笑を浮かべてクシクシと優しい手つきでミリナの頭を撫でてやる。

「焦んない、あせんない。まだ攻めてくる様子もないんだし、殺す前に色々お話しないとダメだよ」
「お話?何のお話しするの?」

 コテンっと首を傾げながら聞いてくるミリナに微笑みを向けると、視線を再び林の方へと戻して答える。

「どうして未だにこの砦に人を送ってくるのか~とか、来るとしたらどのくらい来るのか~とか、そういうお話だよ。
……キューネから聞いたんだけど、あたし達が来る前にも結構な人間がやってきたんだよね?」
「うん!みんなお空にぴゅーんってして、ペチャってなったよ!」
「わぁ、お姉ちゃん今すごく生々しい話を聞いた気がするよぉ……まぁ、それで皆んな返り討ちにあってるのにどうしてそこまで躍起になって人を寄越すのかって気にならない?」
「んにゅ?んー……ん~?……わかんない!」
「だよねぇ~。ミーちゃんにはちょっと難しかったよねぇ~」

 案の定ミリナはそう言った裏読みというのを全く考えていなかった。
 それは単純に『人間=敵』という方程式が彼女の中で確立されており、一部の例外を除いては人間絶対殺すウーマンと化しているからだ。

 その事を察した菜倉は人間と獣人の関係性とこのグローゲン砦で行われてきた事を考えれば悪・即・斬ならぬ人・即・斬になっても仕方ないと思い苦笑いを浮かべるしかなかった。

(それにしても何でこんなに人を寄越してくるんだろ……魔王軍との戦争も近いっていうのに、奴隷以外大した旨味もないこの地にそこまで人を派遣する意味ってあるのかな?)

 グローゲン砦は基本的に特産物といったものが特にない土地だ。強いて挙げるなら人間や亜人といった奴隷がそれに該当するが、人間そのものもいなくなり廃墟と化した今のグローゲン砦には正直なんの旨味もない。

 確かに原因を突き止め、解決しなければならないのは確かだが、それにしては調査あるいは討伐にやってくる人間の数とその期間が短過ぎる。

 人を動かすにも金がかかる。軍隊を編成するにも時間と物質がかかるし、冒険者を雇い入れて調査を行わせようとしてもそれなりの資金がかかってしまう。
 それなのにキューネからの話では砦を占領してから約一ヶ月の間に既に三回も人間の集団がやってきたという。

 最初と二回目は揃いの装備から軍隊または騎士団がやってきて、三回目はバラバラの装備だが動きの良さから冒険者であろうと推測されていたが、その時点でやってきた人間の数は優に二百近かったそうだ。
 その数は確かに大国であるスルグベルト公国としては大した損失にはならないのだろうが、それでも損失は損失だ。
 
 特に軍隊ならまだしも騎士団の場合一人一人の育成にかかってくる費用はバカにならない。
 定期的に支払われる賃金もそうだが、一人前と呼ばれる段階に至るまでに投資される額はそれだけで金貨が何枚も飛んでいく。

 つまりそれほどの投資を行なって投入された人材の尽くが何の成果も上げられずに返り討ちに合い、あまつさえ敵の情報が一つも手に入らないという状況は以下に大国であっても頭の痛い問題といえる。

 それならばまだ十分な戦力が整うまで問題となるグローゲン砦は監視だけ行い、様子を見て一気に殲滅した方がまだ賢い。
 その事は国の重鎮達も分かっているはずなのに、何故か悪戯に金と戦力を減らしていくような順次投入的作戦を取ってる行動が菜倉には不思議で仕方がなかったのだ。

 菜倉自身決して優秀な学生ではない。確かに頭の回転は速く、人の心理状況を見破る眼は誰よりも優れているが、それでもただの高校生に過ぎなかったのは間違いない。
 そんな彼でもこの世界に来てから多少軍事行動といった概念について学んだからといって、ちょっと考えただけで分かるようなお粗末ともいえる行動を国が執り行ってるのが謎でしかないのだ。

(何かを焦ってる?でも何に?この砦にそんな焦る程の価値があるの?あるとしたらそれは何?)

 様々な疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えてを繰り返す答えは出てこない。
 それでも可能性としてこの砦にまだ価値があるとしたら獣人の子供を実験台として使っていたあのマッドサイエンティスト。ジャガルくらいなものだが、それにしたって異常なのは間違いない。

 確かに庄吾のあの反応を見た後ではジャガルの価値は非常に高いものだと伺えるが、あくまでもそれだけだ。
 とても多大な費用をかけてまで確保しようとする意図が分からない。となれば、彼らが躍起になる理由は他にあるということになる。

「うーん……やっぱり情報が一切無いのってのも不安だなぁ。あー、でも弓弦にも会いたいしぃ……うー……はぁ、仕方ない。出かけるとしよっか」
「?オネェちゃんお出かけするの?」
「うん。ちょっと情報収集してくるね。一応これまでに集めた情報はこれに書いてあるから弓弦が来たら渡してあげてね♪」

 そう言って菜倉は腰のポーチから少し厚みのある手帳を取り出すとそれをミリナに渡して出す。
 赤い表紙のその手帳は使い込まれているのがよく分かるほどに少し薄汚れていたが、ミリナはそれを受け取ると大切そうに両手で胸の前に抱え込む。

「それじゃ、十日後くらいにまた戻ってくるからまた会おうねミーちゃん♪」
「うにゅ………絶対くる?」
「勿論!お姉ちゃんとの約束だよ♪ あ、庄吾にどこ行ったか聞かれたらバリューズって伝えておいてね!」

 それだけ言い残すと菜倉は城壁の上から勢いよくジャンプして飛び出した。

「うーっ絶対だからねオネェちゃん!!」

ーーバサッ

「も~ち~ろ~んさぁ~~~……っ!」

 飛び降りると同時に菜倉の着る服がムササビのように広がるとそのまま遠くの方へと滑空して過ぎ去っていった。
……間延びした返事がどこか間抜けさを醸し出してはいるが、空を自在に飛び去っていく菜倉の姿を見送るミリナはというと。


「何あれっすっごい!!」

 今日一番で瞳をキラッキラさせて心の中で絶対に次はあれに乗せてもらおうと誓ったのであった。





 
 
 投稿が遅くなり、大変申し訳ありません。
楽しみにして下さってる方々には本当に頭の下がる思いですが、今後もまだまだ続いていきますので、どうか長い目で見守って下さい!

 そして今更気づいたことなのですが、よくよく読み返してみると進捗がカメどころかナメクジよりも遅いスピードなのでもう少し展開を早めて行きたいと思いますorz

 次回の投稿は未定ですが、恐らく今回ほど遅くはならないと思いますので、どうかご容赦ください。

 あと感想・意見などございましたらお気軽にコメント下さると作者の励みになりますのでドシドシ来て下さい、よろしくお願いします!
 
 


 
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街風
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「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

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