51 / 63
第4章
第50話ーーレ○?ーー
しおりを挟む「もぉーっ!遅いよっオネェちゃん!」
早朝。バリューズからグローゲン砦へと二日遅れで戻ってきた菜倉を出迎えたのはご立腹とばかりに頬を膨らませて怒るミリナがいた。
「ごめんねぇ~、ちょーっと予定外な事があったから遅くなっちゃった」
「むぅ~~っ」
そんなミリナを抱きしめながら謝る菜倉だったが、許してもらえる筈もなくぷいっとそっぽを向かれてしまう。が、尻尾は正直なのか、抱きしめながら頭を撫でられているとフリフリと尻尾が左右に揺れてしまっている。
それを見て思わず苦笑というか、笑みを浮かべる菜倉だったが、早速取り掛かりたいこともあって立ち上がるとミリナの手を取って歩き出す。
「でも、遅れた分の収穫はちゃんとあったから安心してね♪ ミーちゃんにも手伝って貰いたいからさ」
「お手伝い?どこか行きたいの?」
「うん?まぁこれからちょこちょこ砦の中を巡ろうかと思ってたけど……」
ミリナの何気ない一言に菜倉は首を傾げてしまう。まるでミリナが遠い場所にでも連れて行ってくれるように聞こえたからだ。
それもその筈。
菜倉はまだミリナがほぼ無制限の長距離転移が行える事を知らない。というのも、転移魔法が使えることは知っていたが、それでも短い距離を瞬間的に使えるくらいにしか思っていなかったのだ。なので、ミリナの発言に思わず首を傾げてしまう。
そしてミリナ自身も手伝いと言われてこれまでやってきた事といえば、弓弦に頼まれて長距離転移する時や外敵を排除する時だけだったので、基本的に手伝いと聞かされて外敵もいない現状ではどこかに連れて行ってほしいのかと思ったのだ。
「そういえば聞いてなかったけど、ミーちゃんと弓弦って暗闇の樹海にいたんだよね?そこからどうやってここまで来たの?」
「んにゅ?えーっとね。途中まではどうくつから来て、お外に出たからピューンってお空飛んで、あの辺から一緒に歩いてきたよ?」
「あの辺って……バイク取り行ったところ?」
「うん!ホントはピュンッてきてワーッてさせたかったんだけど、パパがあそこがいいって言うからそこにしたの」
元気よく返事をするミリナとは対照的に菜倉は驚愕に目を見開いていた。
菜倉も転移魔法に関する知識は持っていた為、ミリナが転移魔法が使えると知った時は驚きはしたが、転移魔法の使い手はこれまで調べてきた歴史書の中には何人かはいたので『非常にレアだが、いない事はない』という認識だった。
それでも個人で扱える転移魔法は凡そ目の届く範囲内だけというのが通説だったのでミリナもその例に漏れず目の届く範囲内。正確には十数メートル圏内だけだと思っていたのだ。
だが、ミリナの言葉を信じるなら数キロも離れた距離を転移出来るといっているのだ。驚かない訳がない。
その事を確かめるべく菜倉はふと思いついた事を口にした。
「じゃ、じゃあこれから弓弦のとこに連れてってくれるって言ったら出来る……のかな?」
「んにゅ?パパのとこ?……ん~出来るけど、ダメー」
大きく腕をクロスさせバッテンを作って答えるミリナ。
それを見て菜倉はがっくりと肩を落としたが、内心わかっていたのか「だよねぇ~」と答えて項垂れた。
そもそも弓弦自身が今どこにいるのかも分からないのだ。それなのに連れて行ってもらえるとまでは流石の菜倉も思っていなかった。
……いなかったのだが、そこで菜倉はミリナの発言に引っ掛かりを覚えて思わず問い返してしまう。
「待って、今“出来る”っていわなかった?」
「んにゅ?言ったよ~。でもダメー。おじちゃんが誰も連れてっちゃダメだって、ミーもおじちゃんと一緒じゃなきゃ死んじゃうからダメだって言われたの!」
「…………」
ミリナの言葉に菜倉は言いようのない怒りとも戸惑いともつかない苛立ちを覚えた。
その理由は以前最初にミリナと出会った頃に弓弦のこれまでの経緯を聞いた時に「パパとおじちゃんが居たからミーは生まれ変わったの!」という発言を覚えていたからだ。
流石にあの時は旅路での疲れやら弓弦と再会出来るという喜びから色々とぶっ飛んだ思考に至ってしまったが、冷静に考えればあの時の怒りは的外れ以外何物でもないというのはすぐに分かる。
だが、こうした重要そうなポイント。分かりそうで分からないときに必ずと言っていいほどに出てくる“おじちゃん”という存在に何ともいえない苛立ちが沸き起こってしまう。
「どうしたの?オネェちゃん」
「あっ……ごめん、ごめん。何でもないよ~」
急に黙ってしまった菜倉を心配してか、顔を覗き込んでくるミリナに、謝りながら菜倉は思考を切り替えて別のお願いをすることにした。
「ねぇミーちゃん。その“おじちゃん”に合わせてほしいって言ったら大丈夫かな?」
「おじちゃんに?うんっいいよ~♪」
どうやらそれはオーケーなようだ。
これでようやく謎の人物であった“おじちゃん”と対面できる、と同時にこれまで何一つ進展しなかった弓弦の手掛かりについて知ることが出来ると思っていると。
ガシッ。
「ん?」
「じゃ、いっくよ~っ!」
ーーピュンッ
「え?あっ………ちょっ……は?」
突然ミリナが腰に抱きついてきたかと思えば瞬きをした瞬間に視界が先程まで見えていた街並みとは全く違う場所にいた。
踏み鳴らされた土の道だった場所は大理石のような光沢のある地面へと変わり、晴天の中にそよ風が吹いていた風景は真っ白な壁と湯気が立ち昇り、湿気を帯びた空気が肌を……というかぶっちゃ風呂場だった。
しかも大浴場というよりか、懐かしのスーパー銭湯を彷彿させる浴室である。
衝撃の余り菜倉はしばし茫然と立ち尽くしているが、視線の先には鼻歌混じりに湯船に浸かる男が写っている。
「む?」
「あ……」
茫然としていると、風呂に浸かっていた男がこちらに気付いてバッチリと目が合ってしまう。
なんとも言えない空気が一瞬だけ漂ったが、それも次の瞬間には霧散してしまう。
「おじちゃーん!」
ーーザバンッ!
「……これミリナよ、風呂場では走ったり飛び込むなと言ったであろうに。転んだらどうするのだ?」
「えへへ ごめんなさーい♪」
いつの間にか着ていた服を脱ぎ捨て素っ裸になったミリナが浴槽にダイブを決めて目の前の金髪中年に飛びついていた。
「まったく……して、貴様はなんだ?またあの小僧の関係者か?」
「ふぇ?!あ、えっと。弓弦のことだったら、そうですけど……貴方は?」
余りの衝撃からか思わず普段使っている緩い感じの口調が崩れてしまっているが、外にいたはずなのに瞬きした瞬間に浴室にいたら気が動転してしまうのは仕方ないだろう。
「ユヅル……あぁ、そういえばそんな名であったな。
どれ暇潰しがてら色々と話してやろう、大方ここが何処で我らが何かも分かっておらぬのだろう?」
「あ、はい。そうしてもらえると、助かります」
(え?何?我ら?いや、まぁ説明してくれるってならホント助かるけど……その前に何この魔力?!めちゃくちゃ凄すぎなんだけど?!え?ホントなに?人間なのこの人?オーラとか圧とか凄すぎて怖いんですけど?!あっでも顔はタイプです!ハリウッドスターみたいでめちゃ好みです!ありがとうございます!)
何やら色々と混乱してる菜倉だが、とりあえずここが風呂場なのにいつまでも土足のままでいるわけにも行かず、許可を貰って一度退室することにした。
「ふあぁ~~っ♪」
が、すぐに装備や服を脱ぎ捨てて浴室に戻ると少し熱めの湯に浸かり、全身から力が抜けて歓喜の吐息を漏らしていく。
この世界の宿には一応風呂があるので野宿以外は毎日のように入っていた菜倉だが、こうした開放的で広々とした風呂はかなりランクの高い宿にしかない上に数も限られている。
その為、心身ともにここまで寛げるのは実に久しぶりのことだった。
まぁそれも金髪の中年……骸骨王が菜倉が来たことで魔力を抑えたからだが、それを除いても最初のインパクトからの立ち直りが早いのは流石というべきだろう。
肩までゆっくり浸かり一頻り堪能してから菜倉は骸骨王の方へと視線を向けた。
「それで、ここは一体どこなんですか?」
「む?もう良いのか?てっきり上がってからだと思って思ったのだがな」
「いえ、まぁ、そうしようかと思いましたけど、流石に色々気になりますし……あ、その前に自己紹介しますね。あたしは雲仙菜倉。さっき言った通り通り弓弦の親友です」
「ふむ……我らの事は、まぁ好きに呼べば良い。名はないからな。して、此処が何処かであったかだったな」
挨拶もそこそこに早速本題へと入っていく。
入浴効果もあってか、頭の中がすっかりクリアになった菜倉としては普段通りの口調で行こうかとも考えたが、何となくそれは不味いと思い少々畏まった口調で行くことにしたようだ。
「此処は貴様らのいう四大魔境の一つ『暗闇の樹海』その中間地点である我らの住処だ」
「……え?」
「ふむ。やはりその反応であるか……まぁ仕方のない事か。先に言っておくが、我らの言葉に嘘偽りはない。どう思うかは勝手ではあるが」
自分の居場所を知らされ信じられないといった表情になってしまった菜倉の反応は骸骨王から見たらやや見飽きたらしく嘆息混じりに肯定していく。
実際菜倉の反応は正直骸骨王が見飽きたといっても仕方がないものだった。
ここには既にグローゲン砦からやって来た多くの獣人や魔獣人が存在する。そんな彼ら彼女らの反応も等しく菜倉と同じように驚愕といった様子であったからだ。
唯一驚かなかったのは弓弦とミリナくらいのものだが、彼らは自分たちからレベリングと称して自らの意思で嘆きの森へと足を踏み入れて来たのだ。驚くも何もない話である。
「此処には我らが張った結界がある故に安全だが、外へ出ればどうなるかは言うまでもあるまい?」
そう言って忠告する骸骨王であったが、彼なりに気遣っているのだろう。現にグローゲン砦から連れてこられた獣人達が暮らしている事や、ここでのルールなどを説明していっている。
その様子は口調こそ高慢ではあるが、あくまでもそれっぽく聞こえるだけで菜倉的にはどこかの管理人のようだなとついつい思ってしまう程だった。
まぁ確かに管理人であることに間違いはないのだが……その場合規模が世界全体となるので今は話す必要のないことだと判断し省略している。
「以上がここでの取り決めとなる」
「何というか普通の村……みたいですね」
「貴様らのいう普通というのが我らには分からぬが、至極当たり前の事を決めるというのは集団での生活時には必要なものではないのか?」
「……まぁ、そうですね。そうなんですけど、何というか貴方みたいなまともな人の考えをこの世界に来てから初めて会ったので……その、ちょっと混乱中です」
隠しても仕方がないと思ったのか、思った事を素直に口にした菜倉だったが、それを聞いた骸骨王は一瞬きょとんとした顔になったかと思うとクツクツと笑い出した。
「クッハハハッそうか、そうだったな。生憎と我らは人ではない。風呂に入るのには肉があった方が心地良いからこの姿をとっておるが……」
「え?あ、え?」
目の前で頭部だけがみるみる消えていったかと思えば理科室の標本もビックリするくらいの白骨化した頭蓋骨が現れ、菜倉は目玉が飛び出さん勢いで見開き口でパクパクと驚愕を表に出してしまう。
「我らは普段こっちの姿のが多い。まぁ小娘といい外の連中といい、まだ人姿をとってる方が馴染みやすいのでな。最近はこの姿でいることも多々あるが」
そう最後に付け足すと、骸骨王は再び人の姿へと戻り湯船に浸かってしまう。
「……素直に、驚きました」
「で、あろうな。だが、卒倒することもなく会話が出来るだけ十分といえよう。小娘など殆ど気を失っておったからな」
クックッと喉を鳴らすように笑う骸骨王に一体誰のことを言っているのかと思ったが、それよりも現状自分がいる場所を聞けたことに概ね満足した菜倉は次の質問。
というより、ここに来て最も気になることを質問することにした。
「それで、弓弦は今どうしてるんですか?」
「ふむ……どうしておる、か」
骸骨王は目蓋を閉じると顎に手をやりしばらく思案すると徐に片手を中空へとかざして右から左へと流れるような動作で手を振ると、そこには暗く澱んだ正しく死の大地と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。
「これって……」
その余りにも禍々しい風景に映像だけとはいえ菜倉は小さく息を飲み声を震わせる。
映像は流れ、山のように。見方によっては聳え立つ塔のような巨大な岩石の麓を映し出すとそこには巨大な繭のような黒い塊が見えた。
何となくそれが幼少の頃みた怪獣映画で登場してくる蝶の繭を脳裏に彷彿させたが、遠近感があるせいで多少の狂いはあるだろうが大凡その映画と違いはないサイズだと分かってしまう。
「ふむ、どうやらようやく休眠状態に入ったか……多少ズレたが、まぁ概ね予定通りか」
映像を見ながら骸骨王がその黒い繭を見ると安堵の声と共にそう呟いたのを菜倉は聞き逃さなかった。そしてその言葉の意味を何となくだが菜倉は察してしまう。
「まさか……」
「うむ。アレが貴様の知りたかった今の小僧だ……最も今は見ての通り繭に包まれておるがな」
「そんな……一体弓弦に何があったんですかっ」
淡々と告げられる事実に冷静であろうとしながらも菜倉は語気を荒げてしまう。
当然だ。もう手の届くところまで探し続けてきた者の姿が見れると思っていたのに実際には巨大な黒い繭に包まれている光景しかみられないのだ。
無事であるのは分かっていた事とは言え心情穏やかとまでは流石にいかない。
「落ち着け、あの状態になれば寧ろ安心して良い。詳しくはあとで小娘にでも話させるとして……そうだな、早ければ後数日もすれば迎えにいくとしよう」
ザバッと映像を消しながら湯船から上がる骸骨王はこの件についてはとりあえずもう話す気はないようでそのまま出入り口へと向かってしまう。
「ミリナよ、小娘もあとで連れてくると良い。そろそろ倒れている頃合いだからな」
「はーい!」
「続きは小娘の話を聞いてから話してやろう」
それだけ言い残して骸骨王はその名の通り骨の姿になりながら浴室を出て行ってしまった。
……ちなみに骸骨王との会話の最中ミリナが何をしていたかというと、タオルをお湯につけてぶくぶくさせてり、湯船に潜って息を止めてたりと実に子供らしい遊びをしていたのはここだけの話である。
「小娘って……誰?」
再び謎の人物が登場したことに頭を抱えたくなった菜倉だが、それは思っている以上に早く解決する事となる。
何故ならもうここにはミリナがいないのだから。
☆
「あ~、もう……それにしたって色々ぶっ飛びすぎでしょ?!何をどうやったらそんなことになるのさ!」
「全くだよ。まだまだ言いたい事とか話したい事が沢山あったのに……当の本人は仕方ないとは言え更に遠くに行っちゃうしで、ホント大変だったんだから!」
そう言って菜倉と肩を並べて浴室で盛大な愚痴大会を開催しているのはこの世界に来てから色々と育ち、優しいだけの少女から少しだけ凛々しさも伴ってきたクラスの上位カースト間宮結奈であった。
彼女はつい数分前に菜倉の頭上からミリナと共に全裸となって落ちてきて一頻り再会を喜んだり、驚いたり、騒いだりした後、こうして近況報告をしながらいつの間にか愚痴大会へと発展している最中であった。
一応菜倉は性別的には男であるが、八割くらいは女子のようなものなので「菜倉くんなら別にいいかな?」的な感じで男女の壁は非常に薄い。
どのくらい薄いのかというと、学校の水泳の授業などで使われる更衣室が菜倉だけ女子更衣室内の専用個室を学校が用意するレベルである。
ちなみに水着はワンピースタイプの競泳水着・男子用をしているため、男子の中では「あいつ実は本当は女じゃね?」というリアル『はなだん』疑惑も上がっていたのだが、今となっては果てしなくどうでもいい事である。
何せ今の菜倉は変身スキルを駆使すれば男の象徴すら隠し、割れ目を作ることなど造作もないことなのだから最早性別云々など本当に些細な問題でしかないのだ!
なのでこうして一緒に肩を並べてお風呂に入るどころか、洗いっこなどしても二人。特に結奈からしても修学旅行で友達とお風呂に入ってるくらいの羞恥心しか芽生えていないのである。
まぁそれで菜倉に対して「それでいいのか!一応男だろ!」と言いたくなるかもしれないが、彼のストライクゾーンは弓弦一択もしくは渋いおじさんなのでそんな事を言われても「愛には色んなカタチがあるんだよ♪」の一言で終わってしまう。
ある意味本当に性別の垣根を超えた新たな領域を全力疾走し続けているのだ。問うだけ無駄である。
さて、そんなわけで現在二人が話している内容はどうして菜倉・結奈がここにいるのか等ではなく弓弦に一体何があったのかである。
本当は他にも色々と気になることはあるし、根掘り葉掘り聞き出したいことはあるのだが、それではいつまでも本題に近づけないということで、菜倉が真っ先に切り出したのである。
その結果。菜倉が既に知っている事は省略して、弓弦が大勢の人間を食い散らかした結果膨大なエネルギーを手にしてしまい破裂寸前だったので、元の容量を大きくする為に魔力濃度の濃い地で強大な魔物や魔獣を取り込むことで強制的に容量大きく……いや、自己進化を果たそうとしているという話を終えたところであった。
「そりゃ色々予想はしてたよ?弓弦の事だからこの世界の人間に対して憎悪するのも無理ないだろうなぁとか、人間やめて化物くらいにはなってるだろうとか、これまでの旅路をミーちゃんから聞いてたからある程度の覚悟はしてたさ。
でもだよ?な・ん・で!人間なんか食い散らかしてんのさ!しかもそれで容量オーバーして自己崩壊しかけたから進化してパワーアップしようとしてんのさ!漫画か!今時“俺TUEEE!!”系でも滅多に見ないよ!行き当たりばったりすぎでしょ!」
「本当だよ……私も骸骨さんから話を聞くまで信じられなかったっていうか、信じたくなかったっていうか……とにかく処理が追いつかなくてようやく最近飲み込めたくらいだからね……ハハ。あ、でも繭になって安定はしたんだよね?」
「うん?あぁ、うん。さっき骸骨の人が見せてくれた時に数日もすれば迎えに行くって言ってたよ」
「そっか……それなら……うん、まぁ良かった、かな」
結奈のその言葉からは心からの安堵を覚えたような、安心して緊張の糸がようやく切れたかのような気の抜けた声が漏れ出した。
どうやらこれまでの間、本当に心から弓弦のことを心配していたのだろう。その証拠によく見ると目の下には薄いクマが出来ていたり、表情が記憶の中にある彼女のものと比べてみると暗かったりと色々と苦悩し続けていたようであった。
そんな彼女に気を使ってか、菜倉はそっと並べる肩を近づけてそっと頭を抱き寄せていった。
「よしよし、これまでよく頑張ったね。何にも出来なくて辛かったでしょ」
「……うん」
「たった一人で考えて、行動して、仲間を……親友を見捨てるような真似をしてまで決断してきたのに、再会出来たと思ったら倒れられちゃって」
「……うん」
「すごく心配して、でも自分には何も出来なくて、近くにいるのに何も出来い無力感に苛まれて」
「ぅくっ……うんっ」
「それなのに自分がこれまでしてきた裏切りとか罪悪感とかが顔を出してきて、悪い方向にばっか考えがいっちゃってたんだよね」
「うんっ……うんっ……ひっく」
「でも良かったよ、結奈っちが潰れることなくいてくれて……本当に良かった。これまでよく頑張ったね。偉いぞ!」
「う、うぁあああああああああんっ!!」
その瞬間、これまで留めていた感情がせきを切ったかのように津波となって流れだした。
恥も外聞もなくまるで幼子のように結奈は菜倉に抱きついて盛大に泣き出してしまったのである。
「おー、よしよし。頑張った頑張った♪」
そんな結奈を菜倉はバカにすることもめんどくさがることもなくただ親身に、姉が妹を慰めるように優しく抱きとめて、その震える背中をトントンと撫でさすっていく。
(うーん、おっかしぃなぁ。こういうのってホントは弓弦の役なんだけどなぁ~……まぁいっか!大して女の子に興味ないけど、役得ってことで♪)
ただその思考はというか、趣向は男としては非常に残念な方向だったのは……まぁ菜倉らしいといえばらしいので良しとしておこう。
0
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる