上 下
63 / 63
第4章

第62話ーー動き出す転移者達ーー⑥

しおりを挟む


「んで、アキラに処理場を見せたのか」
「人聞悪いなぁ~、あたしは自由意思はちゃんと尊重してあげたぞ♪」
「誘導しといてよくいうぜ」

 元は執務室だったのだろう、ボロボロだが少し広めの一室には弓弦と菜倉の他に弓弦の膝の上でうたた寝しているミリナ以外誰もいない。
 そこで弓弦はアキラ・飛鳥・晴人の三人に話した内容を伝えたところで、弓弦は少しめんどくさそうな顔になった。

「あいつ絶対突っかかってくんじゃんめんどくせぇ~」

 あいつとは当然アキラの事だ。
 内容は間違いなくここにいた山賊達の事だろう。
 俺としては何も間違っていないというか、むしろ当然の処理をしたつもりだが、アイツの感性がそれを許すとは限らない。

 では一体何をしたのか。それは簡単に言ってしまえば処刑だ。それも即席で考えたにしては随分とエグい処刑方法である。

 串刺しの刑。
 直径十センチ長さ二メートル程の杭を肛門から刺し込み、右肩の鎖骨の隙間を縫うように貫ぬく処刑方法だ。
 普通ならそんな事をされたら即死してもおかしくないと思うだろう。だが実際は違う。
 確かに重要な内臓器官をズタズタにした挙句自重で貫かれ続けているのだから助かる見込みなど万に一つもない。だが左の肺は動いているし、心臓だって傷つかないように貫かれていると、人は簡単には死ねない。
 最悪なのは貫通していても貫いている杭は残ったままなので大量出血による失血死になるまで最低でも三時間から四時間は生き地獄を味わうことになるという点だ。
 そしてこの世界にはステータスがあり、レベルという概念まで存在する。
 それはどう言うことかというと、ただでさえ死に難い人間がより苦しむ結果になると言うことだ。

 正に悪魔の所業。人間のする事とは思えない外道の仕打ち……なんて言うのは頭が花畑の連中だけだと弓弦も菜倉も考えていた。
 これまで散々好き勝手やってきた奴が、そうそう簡単に許されるわけないだろうというごく当たり前の思考だ。
 それでも何て言う奴がいたら一度でも親兄弟、肉親や友人全てを目の前で惨殺されてレイプされ続けてきた人たちを見てから同じ事を言ってほしい。
 倫理観や道徳などは所詮平和な日常の中でしか生まれない空想の産物で、物語にある助け合いなんかは余程の奇跡が起きない限り起きはしないのだから。

 そんなわけで仮に今すぐアキラがこの部屋に怒鳴り込んできた際は彼女達の元に案内しようと弓弦は密かに考えていたりする。
 これでモノが言えたら奴は本物の“勇者”だ。
 同時に確実な決別することとなるだろうが。

「まぁいいや、それよりグローゲン砦に向かうのはやっぱ確定っぽいか?」
「というか、最初からそれが狙いみたいだね。あたしらが何か言っても予定は変わらないと思うよ」
「そうか……しゃーねぇ。予定よりちと早いがアイツらにはこの世界の一端でも知ってて貰って損はねぇだろ」
「何かするの?」
「いんや、特には何もしねぇよ。ただ研究所の場所くらいは教えてやろうと思ってな」
「あぁ~……それ教えるってなると魔法陣に気づくんじゃない?」
「それならそれで別にいいさ。自分達がどうやってきたのかを知るにはいいチャンスだろ。逆に気づかないようなら……まぁ所詮ガキの集まりだったってことだな」
「うわ鬼畜~♪こう言っちゃなんだけど、あたしは元々何かあると思って予め調べてたから庄吾もあたしも気づけたっていう偶然の産物なんだよ?それなのに何の下調べもなしに見つけるのはちょーっとキツいんじゃないかな?」
「俺も見つかるとは思ってねぇよ。ただ主人公補正っていうのか?アイツらが本物ならご都合主義的な何かで見つけれるんじゃねぇかっていう、ちょっとした期待だ。要は宝くじ感覚だな」
「ふふっ主人公探しの宝くじって♪」
「わかんねぇぞ~、誰が何を言おうとアイツのジョブは勇者なんだからな」

 クックックと意地悪い笑みを浮かべて弓弦は楽しそうに笑い、菜倉もまた同様の笑みを溢していた。
 その笑い声にうたた寝していたミリナ「ふみゅ?」と起きたが、すぐにまた寝入ってしまう。楽しそうならまぁいいかとでも思っているようだ。


 ☆


 結局アキラが部屋に突撃してくる事はなく陽も落ちた頃にクラスメイト達が野営している場所へと向かうとそこには一同が介して食事をしながら話し合いをしているところだった。

「よぉ、話はいい加減纏ったか?」

 何食わぬ顔で弓弦がそんな彼らの前に出てくると久しぶりに顔を合わせたせいかギョッとした様子を浮かべていたが、すぐに嫌悪の表情を浮かべていた。
 全員がそうとは限らないが、それでも好感の持てるものではないのは確かだ。

「葉山……」

 そんな中、明らかな怒りと憎悪の篭った瞳を向けてくるのがいた。もちろんアキラだ。
 それだけで弓弦としては減点ものではあるが、一応話だけは聞くとしようと応える。

「ん?なんだ?飯が不味過ぎて腹でも壊したのか?」
「ふざけるなっ!!」

 分かっていて軽く煽る程度のつもりだったが、余程腹に据えかねているのか持っていたお椀を投げ捨てて食ってかかってきた。

「お前っ!自分が何をしたのか分かっているのか?!彼らだって人間だぞ!!それをあんなっ!!」
「ちょっとアキラッ!やめなさいっ」
 
 今にも掴みかかってきそうだったアキラを飛鳥が手を出してそれを遮る。けれどアキラの表情からは憤怒の炎が湧き上がっているようで落ち着くどころか更に激昂しているようだった。

 そんな彼を見ながら弓弦は「はぁ……」とため息を零し、まるで興味なさげに耳をほじりながら問い返す。

「アレが人間?相変わらずギャグのセンスはまるでねぇな」
「なんだと?!お前がやってるのはただの人殺しだぞ!この狂人がっ!」
「アッハハハハッ!聞いたか菜倉?人殺しだとよ。思ったよりギャグセンあったか?」
「ふふっ確かに。今のは面白かったね」
「なっ……何がおかしいっ?!」

 突然笑い出す二人にアキラだけでなくその場にいた誰もが驚いた。
 普段自分たちを引っ張ってくれる頼り甲斐のあるリーダーがここまで感情を剥き出しにして激昂してるのはクラスメイト達にとっても中々みられるものではなく、そしてこの世界に来てから培われた経験によって今のアキラからは地球でのじゃれ合いのようなものではなく本物の殺意が放たれている事に気づき、一体どうしたのかと更に困惑したからだ。
 何より今のアキラの実力はこの世界においても相当なもので、そんな人間から殺意混じりに人殺しと言われようとも、まるで柳に風と言わんばかりに嘲笑する二人の存在が異質さに拍車をかけてくる。

「あ~笑った。笑ったついでに聞いてやる。今の言葉、もう一度言ってみ?あぁ、俺にじゃねぇぞ――彼女達にだ」
「なにを――ッ」

 そう言って弓弦が体を逸らすと、そこにいたのは囚われていた多くの年若い女性達だった。
 彼女達はその誰もがアキラが浮かべていた感情任せの怒りではなく本物の憎悪の籠った瞳だった。
 冷淡や冷酷なんてものじゃない、熟練の冒険者達ですら裸足で逃げ帰りそうなくらいの強い怒りの炎。
 それは言葉にする事も出来ないほどに恐ろしいもので、先程まで子供のように怒鳴り散らしていただけのアキラは口をパクパクと開閉させることしかできていなかった。

「何も……何も知らないくせに勝手なこと言わないで下さいっ!!」
「そうよっ!いくら勇者様でもユヅル様を悪く言わないでっ!!」
「アナタ達はこの方の何を知ってるって言うの?!」
「今さら来ておいて……勝手な事言わないでっ!!」

 女性達からあげられる言葉は全て非難の言葉。
 されどその言葉一つひとつには明らかな怒りと哀しみ、憎悪と憤怒が込められており、これまでこの世界に来てから向けられてきたものとは一切違う負の感情の嵐にアキラを含めたクラスメイト達はただただ困惑し尽くすことしか出来なかった。

「――そこまで。全員奥に戻れ」

 いつまでも止まないと思われた避難の嵐だったが、それを弓弦が片手を上げて制するとピタリと声は止んだが、それでも食い下がろうとする者もいた。
 
「だけどユヅル様ッ!」
「聞こえなかった?俺は戻れって言ったんだ。お前たちの言いたい事は分かるが、俺にとっちゃもう十分だ」
「……はい、分かりました」

 そんな彼女もそこまで言われてはこれ以上は弓弦に迷惑がかかると思い、項垂れながらもすぐに踵を返した。
 彼女達の姿が消えるのを確認してから向き直ると、呆然と立ち尽くすアキラへと声をかける。

「お前、何でアイツらが怒ってんのかまるで理解してねぇな?」
「……」
「黙りかよ。ガキは楽でいいよな……アイツらはな。自分達の村が焼き滅ぼされる間ずっとその光景を見てきたんだ。泣き叫び、声を引き裂くほどの絶叫を上げて助けを懇願した。
 目の前で首を切り落とし、晒されてる旦那の姿を。手足を切り落として玩具のように振り回される子供の姿を。じわじわと焼き殺されてくる友の姿を。
 アイツらはそれをレイプされながら見せつけられてきた。
 ここに来てからも牛舎小屋の家畜みてぇに全身を拘束されては便所として使われてきた」
「……」
「それなのにお前はその山賊共を人間扱いするような事をいいやがった。分かるか?仮にも勇者ともあろう人間がっ!畜生にも劣る扱いをしてきたゴミを人間だと言ったんだ。じゃあその畜生にも劣り、ただただ奪われ続けてきた自分は何なんだって話だよな?え?勇者さんよ」
「……お、俺は……ひ、人として……」
「人?お前の言う人ってのは何だ?おい飛鳥。それと他の女共っ!テメェらはそんな山賊どもを人間扱いするってのか?!自分がたまたま違ったからってあっさり許せるってのか?!」

 声を上げられビクリッと震える一同。だが先ほどのように俺に視線を向ける者は誰一人としていない。
 それはそうだ。彼ら彼女らの大好きな正義は今俺の味方をしているのだから。

「法によって裁かれるべき?!アホ抜かせっ!人道?!秩序?!この乱れ切ってる世界にテメェらは一体なに求めてんだ?!甘ったれてんじゃねぇぞクソガキ共がっ!一丁前に文句が言いてえなら相応のもんを見せやがれっ!それすら出来ねぇ奴は目と耳塞いで下だけ見てろっ!」

 その言葉は至極真っ当なもので、流石に世紀末のように無秩序が往来してる世の中というわけではないが、地球に比べると犯罪などやりたい放題な上にこうした山賊などが半ば放置された状態の世界なのだ。
 そんな世界で未だに現代社会の価値基準のまま話をされても「お前頭大丈夫?」と心配される世界なのだ。

 本来なら弓弦達ほど順応……というのは言い過ぎかもしれないが、清濁合わせ飲むような性格と価値基準を身に付けてるのが当然なのだが、生憎と勇者一行を含めたクラスメイト達がこれまでいた場所は安全な人間の生活圏。つまりは法の整備が行き届き、秩序や思いやりなんかがある程度行き渡っている場所で生活していた為、今回のような生々しすぎる現実を直視するのは殆ど初めての経験だったと言える。

 故に彼らは何も言い返せれない。というか出来ない。
 本当の搾取され続け、奪われ続けてきただけの本物の被害者達である彼女達の非難の言葉を彼らは覆せるだけの度胸も勇気も、そして何より覚悟がなかったからだ。

「……この世界を救って日本に帰る?随分と御大層な目標を掲げてるようだが、今のテメェらじゃ誰も救えねぇし、何も殺せねぇよ。強力なスキル?天賦の才を持つジョブ?ハッ。俺から言わせりゃだから何だって話だ」

 弓弦はポケットからタバコもどきのスモッグを取り出すと口に咥えて指先から火を灯してから一服する。
 吐き出された紫煙が風に流され空に消えるのを見届けてから鋭い眼光を持って目の前に対峙する勇者へと向ける。

「いくら便利で最強の玩具があっても結局それを使うのはいつだって人間で、いつだってテメェの覚悟だ。それすら持ち合わせてねぇお前らにとやかく言われる筋合いはまるでねぇよ」

 そこまで言ってこれ以上話す事はないと踵を返そうとした時、弓弦は思い出したように声をかける。

「あぁ、お前らに一つだけアドバイスだ。もし俺達が何をするのか知りたかったらグローゲン砦をよく調べるこった。そしたら何か分かるかもしんねぇぞ」

 それだけ言って弓弦達はその場を去って行った。
 
 残された一同は聞こえているのかいないのか、ただその場で黙して膝を折るしかなかった。

「くふふふっ、いやぁ~まさか本当に食ってかかってくるなんてねぇ♪」

 砦内を歩きながら菜倉が楽しそうに話しかけ、弓弦もまた「そうだな」と返事をしながらもその口元が緩んでいた。

「まぁこれで坊ちゃん方も多少はマシになんじゃねぇか?」
「向こうには飛鳥ちゃんもいるし、意外と芯の通った子もいるからたぶん大丈夫じゃないかな?何せ初めて聞く生の声ってやつだからね♪」

 歩きながら話をする二人にとって先ほどの起こった事は全て想定の範囲内だった。
 勇者だなんだとチヤホヤされて二年近くもこの世界にいるのに地球での価値観を未だに引きずってる連中には良いお灸になったことだろう。

 何せ弓弦達の目的は彼らの現状認識の甘さを修正させることにあったのだ。
 いくつものダンジョンをクリアしようと、数々の戦闘を繰り広げていようと、所詮そこで培われるのは戦闘経験のみだ。
 それは選択肢の幅を広げるには必要不可欠な力となるが、自分達の立場や環境を認識するには微妙なラインだ。
 今の彼らは端的に表すなら会社で大した出世欲もなく現状維持を好むうだつの上がらないサラリーマンそのものと言える。
 上から命令されたことにただ従い、それに疑いもなくついて行き、魔物討伐なんて仕事をしてるだけの存在。
 弓弦達から見たらどうして勝手に召喚してきた連中の話に従っているのか心底不思議なのだが、ある程度の環境を約束された人間にとってそこから抜け出そうとするのは非常に困難な話だ。

 彼らの心情からすると「召喚されたけど、それなりに良くしてくれるし、待遇も悪くない。尊敬もされている。地位や名誉なんかも与えられる。そんな人たちからの義理や信頼を裏切りたくない」と言った所だろうが、弓弦達からするとそう思うように仕向けられ、まんまとハマってる間抜けにしか見えないが。

 故に今回彼らにはその認識から外れるようにわざと煽って本物の被害者である彼女達の生の声を届けさせたのである。
 同時にグローゲン砦に残されたものを調べることで少しでも疑念の種が撒けたのなら御の字だろう。

「兎も角これでようやく事態が動き出すのは確かだ。最初は何でいんのか不思議だったが、ちょうど良いっちゃ良いタイミングだったし、一先ずは事態の行く末を見ておくとしよう」
「だね♪あ、でも彼女達はどうするの?もう連れてく?」
「あぁ。アイツらも今更勇者なんぞといたくはねぇだろうからな。ミリナ、頼めるか?」
「も~まんたい♪」
「んじゃ俺らも一旦拠点に帰るか」
「え?飛鳥ちゃん達が出てくまでいなくていいの?」
「どーでもいい。それに砦には庄吾が監視システムを構築してんだろ?ならそれでいいだろ」

 グローゲン砦にある物質などは既に根こそぎ骸骨王の拠点へと移されているが、そこで何が行われていたかなどの機密情報はコピーをとって残されている。
 一つでも外部に流出すればそれだけで国民に動揺を走らせ国が揺らぎかねないものばかりだ。
 故に国はグローゲン砦の陥落の報を受け、すぐに対処しようとしたが、その全ては俺や獣人の戦士達が処分していた。
 だからこその勇者達を派遣したのだろうが、アイツらの受けた指示はグローゲン砦の調査ということだったので、安全に砦へとたどり着けるかの確認をさせるだけのつもりなのだろう。

 こんなん手玉に取ってくれと言ってるようなものだ。
 国はもっと考えるべきだった。どうして陥落した砦に誰も近寄れないのか、どうして勇者達を派遣しようと考えたのかをもっと考えるべきだったのだ。

 今のグローゲン砦は確かに無人の廃墟と化してるが、庄吾によって砦内のあちらこちらに監視カメラを設置し、ほぼリアルタイムでの通信も可能となっている為誰がいつ来ようとも対応することが可能だ。
 惜しむ楽は未だにスマホのような通信システムが構築できていないので、拠点に戻った時にしか状況を知らせる手段がないということなのだが……まぁそれも既にある程度の目処はたってるようなので時間の問題だろう。

「そんなことより、拠点に戻ったら女達の面倒は見てやれ。俺は獣人の方を見ておくからよ」
「りょーかい♪」
「か~い♪」
「ミリナは……まぁいいか。明朝には王都に向かいたい。それまでに準備しといてくれ」

 そう言って弓弦達の姿は囚われていた村娘達と共に拠点へと戻っていった。

 廃砦に残された勇者一行はその事に気づく事もなく翌日になって弓弦達がいない事を知り、ひと騒動あったのは言うまでもない事だった。

 
 ☆


「87…88…89…なぁ、アイツら、結奈さん、見つけれたかな?」
「94…95…96…さぁ、なっ。でも、無理だろっ!ひゃくぅ!」
「だぁ~っ疲れたぁ~……まぁそうだろうな」

 王城にある訓練所で二人の男がそれまでやっていた懸垂の下で大の字になって倒れながら交わす会話。
 言わずもがなの居残り組の岡田信二と富田知幸である。
 二人はそれぞれの仕事を終えた後はこうして体力作りも兼ねて筋トレをするのが日課であった。
 
 騎士でもないのに何故そんな事をと思うかもしれないが、二人の実力は知る者は殆どいないが並の騎士どころかクラスメイトの中でも上位に食い入るほどだったりする。
……常にダンジョンやら魔獣が生活する森の中で命懸けの戦闘をするクラスメイトたちを差し置いてである。
 一体どこでそんな実力をつけたのかと甚だ疑問ではあるが、今はその話は置いておこう。

 二人……正確には遠藤夏菜子と天音友香を入れて四人が遠征と間宮結奈の捜索隊から外れて王城へと残ったわけだが、その間何もしていなかったわけではない。
 考えたくもないことだが、間宮結奈の捜索はまず間違いなく失敗するだろうというのが四人の共通認識であった。
 最も戦闘から離れた地で最もこの世界の危険性を外側から常に見続けて来た四人にはとてもじゃないが間宮結奈が生存しているとは到底思えなかったからである。

 それに対して捜索に挑んだ他のクラスメイトは彼ら彼女らからすると現実が見えていない、或いは現実を受け入れられない可哀想な人たちに見えて仕方なかった。
 それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが、残った四人は紛れもない現実主義者なのは間違いないだろう。

 だから二人の会話はすぐに次の話題へと変わっていく。

「それで、手引きの方は順調になのか?」
「今のところ問題はない。あるとしたら……」
「――先生の方か」

 岡田の質問に簡潔に答える富田であったが、二人の表情は憂いを帯びていた。

「今は友香が調合したアロマとかで精神を落ち着けさせてるけど、それももう限界に近そうだ」

 遠藤夏菜子は現在過度なストレスにより自室で眠らされていた。
 突然の異世界、そして来て早々の三人の生徒の離脱に続いて魔物の被害にあって一人は行方不明。
 生徒たちは自分の言葉など聞かず常に命の危険のある戦地に国からの指示で自らの意思のように赴き続け、果ては戦争の一役を担わされる。
 それを止められる立場にありながらも自分の言葉を聞かれることもなく出ていかれ……今は毎夜の如く消えていく生徒の呼び声を夢に見るにまで至ってしまった。

 普通の人間ならもうとっくの昔に投げ出しているだろう。
 そんなに好き勝手にやりたいなら好き勝手にやって自分の知らないところでくたばってくれと喚き散らしていても良いだろう。
 だが遠藤夏菜子は最後に突き放すような言葉を投げかけても一人の人間である前に一人の教師だった。
 無力で人を惹きつけられるカリスマ性がなくとも生徒を教え導く立場の教師だった。
 そこから遠藤夏菜子が逃げ出すことはどうしても出来なかった。その結果が過度なストレスによって心を壊しかけているのだからどうしようもない。

 だから彼らは決断した唯一彼女のことを心から慕う三人の残った生徒は否が応でも出ていった……勇者たちの情報が一切入ってこない場所へと彼女を逃がす為に立ち上がったのだ。

「……信用……できるんだよな?その手引きしてくれる奴らって」
「……するしかねぇよ。少なくともここにいるよりかはマシなはずだ」
「あぁ……そうだな」

 富田は心痛な面持ちで答え、岡田も今更だと分かっていても確認せずにはいられない言葉を投げかける。
 料理人である富田はその天職を活かして様々な貴族との繋がりを得て強力なコネを作り上げていた。
 その力は権力闘争の激しい王都の中でも無視できないほどの力となり、今では様々な有力貴族が少しでも富田に近づこうと日夜画策している程だ。
 そんなコネを活かして今回力を貸してくれたのはとある辺境の領地にある伯爵位の大貴族。
 貴族の中では変わり種で権力や道楽には興味がなく自領の発展だけに力を注ぐ所謂温和派と呼ばれる貴族であった。

 そんな伯爵様からとある王都で開かれたパーティで富田にこう言ったのだ。
『友人から君達が困っていたら少しだけ助けてあげてほしいと言われた。私の大切な友人だ。だから本当に困った事があったら私に連絡をしてくれ。言われた通り、少しだけ手を貸そう』と。
 その時の富田は単なる社交辞令かと思ったが、既に様々な貴族を見ていて目が肥えていた富田は彼が本当に自分たちには興味がなく、その友人の頼みだからという理由だけで自分に話をしてきたのだと分かってしまった。

 その事がどうにも気がかりになった富田は岡田と天音にこのことを相談し、自分たちの戦闘の師匠でもある王家直轄の暗殺部隊にもいたユーグから学んだ情報収集能力を活かして徹底的にその伯爵に関する情報を集めた。
 もちろん同時期にはカモフラージュとして別々の変わり種と言われる有力貴族から木端貴族なども集め情報撹乱も同時並行していた。
 その結果その辺境領主様は後ろ暗いことなど一切ない善人であると同時に無情な決断も下せる冷酷な一面もあるが、良識人と言われる部類の人間だと分かった。

 何度も三人で話し合いをし、時には論争が激化することもあったが、三人が慕う教師がもう限界に近いと悟って今回王都を抜け出す手引きを頼んだのである。

「シンジー!トモー!」

 不意に二人を呼ぶ声が聞こえてそちらに振り返るとバスケットを持った天音友香がこちらへと歩いてきていた。

「何してるの?二人揃って辛気臭い顔して」
「何でもねぇよ。それより水くれ水。喉カラカラなんだわ」
「はいはい」

 友香の問いかけに信二が適当に答えるが、表情から二人がそれまで何の話をしていたのかは察している友香であったが、わざわざ掘り返さずともいい話なのでスルーする事にした。
 バスケットの中身は水の入った瓶が二本と昼食のサンドイッチが入っており、二人は礼を言いながらそれらを食べ進めていく。

「先生の容体はどうだ?」
「相変わらず良くも悪くもって感じね。今は薬で眠らせてユーグさんに護衛を頼んでるわ」
「そうか……団長さんは?」
「午前中にお見舞いに来たけど、部屋の中には入って来なかったわ。立場的に推薦したのはあの人何だから後ろめたいんでしょうね」
「まぁそれもそうだよな……あーぁ、もうちょい上手い事いってたらあの人が支えになってくれるかと期待したんだが――世の中そう上手くはいかねぇもんだな」
「言ってもしょうがないでしょ。団長さんの立場からしたら間違ってないんだし。それよりトモ、これ先生の夕食に混ぜといてあげて」
「何これ?」

 信二との会話を打ち切ると友香はポケットから小さな小瓶を取り出して知幸に渡す。

「頭がふわふわするお薬」
「言い方」
「冗談よ、ちょっと強めの睡眠導入剤とビタミン剤。一応無味無臭には作ったけど、先生は調合師だからね。出来るだけ分からないようにしてあげて」
「……了解」
「そんな顔しない!私だって好きで作ってるわけじゃないんだからやめてよね」
「……だな、すまんかった。料理の方は任せろ。絶妙な加減で夢見心地にさせてやる」
「アンタがそういうとホントにヤバそうなもんになるから不思議だわ」
「調合師とか薬師の方が危ない薬作りそうなのに料理のがヤバいってのも変な話だがな」
「お前ら、いい加減その麻薬の売人みたいな言い方やめねぇか?」
「いや、売人じゃなくて製造元なんだからそれよりヤバいだろ」
「しかも実績としていろんな貴族との繋がりもあるしね」
「ぐっ……地味に否定できねぇ」

 どんな食材でも最高級の料理に変えてしまう料理人。その中でも天職が料理人の作る料理はあらゆる薬物をも凌ぐ中毒性の極めて高い料理を生み出す。
 一時の快楽を得られる薬物?いやいや、食べれば全身の細胞という細胞が活性化しバフ魔法をかけられたが如く自己強化が出来る。
 人体に悪影響?そんなものはない。人体に不足しがちなビタミンや栄養素を即座に摂取でき、料理にもよるが代謝を良くして血液の循環効率も高めてくれるので美容にも良い。
 過食によるその後の健康被害?そもそも過食するだけ食べられる人間がいない。パーティで料理を大量に出すにしてもその場の全員が社交も忘れて喰らいにいくので一人一皿分の量しか得られないし、二皿食べられたら幸運と言っていいほどだ。
 更に言えば料理人が作るパンなどの主食は見た目や食感以上に栄養素が豊富に含まれているので日本でいうコッペパン一つで、どんぶり二杯分の密度がある。
 つまり物理的に過食そのものが不可能なので健康被害もクソもない。
 それが天職・料理人の作る富田知幸の料理なのだ。ある意味勇者よりもチートでヤバい男である。

 そんな会話をガヤガヤとしていたが、やがて話題が落ち着いてくると次第にしんみりとした空気が流れ出した。

「……いよいよ明日だな」

 信二がそう言葉を切り出すと先ほどまで笑っていた空気は何処へやら。真剣な面持ちとなって二人もそれに同意する。

「必ず成功させるぞ。どんな障害があっても、もう先生をここにはいさせられねぇ」
「おう」
「そうね」

 三人は決意の固まった瞳でこの城から抜け出す覚悟を口にして頷き合う。

 この選択が正しいか否かは三人にもわからない。だが、このまま城の中に半ば囚われているままでは何か重大なミスを……それも取り返しのつかない出来事が起こるのではないかと予感していたのだった。


 
 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(11件)

バタ子の右腕

更新楽しみにしてます。

解除
バタ子の右腕

ハマりました。ありがとうございます。

解除
セルジ
2023.05.21 セルジ

お、久しぶりね
まだ読んでませんが

ネルノスキー
2023.05.21 ネルノスキー

長らくお待たせして申し訳ありませぬぅーーorz!
スランプ気味だったんですけど、突然書けるようになったのでちょこちょこやって来たいと思います!

解除
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,062pt お気に入り:4,073

ちーちゃんのランドセルには白黒のお肉がつまっていた。

ホラー / 完結 24h.ポイント:213pt お気に入り:15

【R18】聖女様は自分の性欲を天からの啓示か何かと勘違いしている

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:84

離婚してくださいませ。旦那様。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:84

決められたレールは走りません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:42

魅了堕ち幽閉王子は努力の方向が間違っている

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:188

ある国の王の後悔

恋愛 / 完結 24h.ポイント:773pt お気に入り:98

盗賊とペット

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:98

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。