54 / 131
第二章
第十三話 他愛もない話
しおりを挟む「これからの行動を確認しましょう」
リリエリは部屋の真ん中にあるテーブルに大きな布をひいた。やや傾いたテーブルだが、使う分にはさして支障はない。
次にバックパックから取り出されたのは小さな炭。リリエリはその炭を布地の真ん中に押し当て、バツ印を描いた。
「ここをシジエノとすると、エルナトはこの辺りです」
リリエリは等間隔に赤い印のついた麻紐を取り出した。麻紐の一端をバツ印の上に固定し、ピンと張った先――九つ目の赤い線の部分にもう一つバツ印を描く。布地の上方を北としたとき、おおよそ北西に位置する方向だ。
「私達の目的はシジエノ廃村周辺のマッピングです。つまり、この範囲」
言いながら、麻紐についた二つ目の印に炭を当て、紐ごとぐるりと回して黒線の円を描いた。
この布地は地図だ。これから二人で埋めていくための、白紙の地図である。
「ざっくり八方位に分けて、一日一方角。そうすれば八日でマッピングが終了します。それまでの間はここシジエノに滞在するつもりでいてください」
「この円はどれくらいの距離なんだ」
「ええと、ヨシュアさんの足だと、シジエノから円までは四時間程度でしょうか。往復八時間、周辺の探索を含めても、朝出て夜帰ることができると見込んでいます」
リリエリの足では片道で一日かけるところだ。ヨシュアの身体能力を勘定に入れだすと、ちょっと今まで出したことのない数字が出てきて困る。
なんだよ往復八時間って。自分で言っておきながら、リリエリは自分の推測を大いに疑った。だが不思議なことに、何度シュミレートしても似たような結果が返ってくるのだ。
「わかった」
「朝です。出発は。なるべく安全をとっていきましょう」
腰を浮かしかけたヨシュアを、リリエリは慌てて制した。
ヨシュアのこういう仕事ジャンキーみたいなところ、本当に良くない。なんでこんなに元気なんだろう、この人は。全体的にダウナー系っぽいのに。
リリエリは自分のことを華麗に棚上げしながらそんなことを考えた。残念だが、この場に仕事ジャンキーが二人揃っていることを指摘する人間はいない。
「なら、今日は何をするんだ。まだ日は沈まないだろう」
「今日のヨシュアさんはもうお休みです。ここまでずっとずっと運んでくださったんですから、細かいことは私に任せてゆっくりしていてください」
「……休む」
「……なんか横になって目を瞑るとか、自分の好きなことをするとか、そういうやつです」
まさか休むという意味を知らないことはないとは思うが、リリエリは一応説明した。あくまで念の為である。
■ □ ■
さて、ヨシュアには休めと言ったものの、リリエリにはまだまだやることがあった。というより、ここからがリリエリの本番である。
移動戦闘等フィジカル面はヨシュアが、その他のところはリリエリが頑張る。これが二人のパーティの基本スタンスであった。
「さーて、暗くなる前にやっちゃいますかね」
リリエリはバックパックからお目当ての品を取り出した。乾燥させたレッサーレッドの粉末――褪せた赤色の染料であった。それを亜毒竜の骨を煮出して作った膠と混ぜ合わせ、ギリギリまで水で薄める。即席顔料の完成である。
顔料を持って建物の外に出ると、後ろからのっそりとヨシュアがついてきた。てっきり散歩でもして余暇を過ごすのかと思っていたが、……なんかまだそこに立っている。
「あの、どうかしました……?」
「何をするんだ?」
「えと、紋章魔術の修復をしようかと。この建物に描いてあった紋章魔術、掠れていて効果を失っているみたいなので」
「あんたは紋章魔術も使えるのか」
「元々あった紋章魔術をなぞるだけです。一から組みあげることは私にはできません」
幾何学的な図形や古い言語を組み合わせることで発動する紋章魔術は、非常に繊細なルールに基づいて魔法を再現する技術である。素人が一朝一夕で扱えるものではない。
だがなぞるだけなら、学んだ経験のないリリエリにも可能だ。ある程度魔力を伝導する顔料を使用することで、掠れた紋章魔術を修復することができる。
粗製の顔料は雨や風にすら負けてしまうだろうが、一週間程度保ってくれればそれでいい。
「なるほど」
ヨシュアは納得したように頷いた。……なんかまだそこに立っている。じっとリリエリを見ている。
「あの…………?」
「見ていたら困るか」
「困りはしませんが、休憩になります? それ」
「なる」
それならば、とリリエリは目の前の掠れた幾何学模様に向き合った。なぞるだけだ。特別繊細な作業でもなければ、頭をつかう作業でもない。ヨシュアが隣にいても、何の問題もないだろう。
ちらりとヨシュアを見た。どこから見つけてきたのやら、背もたれの大きく壊れた木製の椅子を持ってきている。
特別繊細な作業でもなければ、頭をつかう作業でもない。つまり、他愛もない話をするのにピッタリだな時間だ、とリリエリは思う。
「ねぇヨシュアさん。エルナトに伝わる言い伝えって聞いたことあります?」
「知らないな」
「結構色々あるんですよ。立派な緋柳の下には死体が眠っているとか、火筒鳥の鳴き声は凶兆とか、それから……」
作業をしながら誰かとお喋りするのは初めてだ。普段は一人で黙々と行っていたから。
リリエリは毒にも薬にもならないような話を、頭に浮かんだままに適当に話した。その度に、ヨシュアは短く相槌を打ってくれる。
時折吹き込む少し冷えた風に、軋む椅子の音。廃墟の中心でなお、穏やかな時間であった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる