龍の呪いの殺し方

中島とととき

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第二章

第十三話 他愛もない話

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「これからの行動を確認しましょう」

 リリエリは部屋の真ん中にあるテーブルに大きな布をひいた。やや傾いたテーブルだが、使う分にはさして支障はない。
 次にバックパックから取り出されたのは小さな炭。リリエリはその炭を布地の真ん中に押し当て、バツ印を描いた。

「ここをシジエノとすると、エルナトはこの辺りです」

 リリエリは等間隔に赤い印のついた麻紐を取り出した。麻紐の一端をバツ印の上に固定し、ピンと張った先――九つ目の赤い線の部分にもう一つバツ印を描く。布地の上方を北としたとき、おおよそ北西に位置する方向だ。

「私達の目的はシジエノ廃村周辺のマッピングです。つまり、この範囲」

 言いながら、麻紐についた二つ目の印に炭を当て、紐ごとぐるりと回して黒線の円を描いた。
 この布地は地図だ。これから二人で埋めていくための、白紙の地図である。

「ざっくり八方位に分けて、一日一方角。そうすれば八日でマッピングが終了します。それまでの間はここシジエノに滞在するつもりでいてください」
「この円はどれくらいの距離なんだ」
「ええと、ヨシュアさんの足だと、シジエノから円までは四時間程度でしょうか。往復八時間、周辺の探索を含めても、朝出て夜帰ることができると見込んでいます」

 リリエリの足では片道で一日かけるところだ。ヨシュアの身体能力を勘定に入れだすと、ちょっと今まで出したことのない数字が出てきて困る。
 なんだよ往復八時間って。自分で言っておきながら、リリエリは自分の推測を大いに疑った。だが不思議なことに、何度シュミレートしても似たような結果が返ってくるのだ。

「わかった」
「朝です。出発は。なるべく安全をとっていきましょう」

 腰を浮かしかけたヨシュアを、リリエリは慌てて制した。
 ヨシュアのこういう仕事ジャンキーみたいなところ、本当に良くない。なんでこんなに元気なんだろう、この人は。全体的にダウナー系っぽいのに。
 リリエリは自分のことを華麗に棚上げしながらそんなことを考えた。残念だが、この場に仕事ジャンキーが二人揃っていることを指摘する人間はいない。

「なら、今日は何をするんだ。まだ日は沈まないだろう」
「今日のヨシュアさんはもうお休みです。ここまでずっとずっと運んでくださったんですから、細かいことは私に任せてゆっくりしていてください」
「……休む」
「……なんか横になって目を瞑るとか、自分の好きなことをするとか、そういうやつです」

 まさか休むという意味を知らないことはないとは思うが、リリエリは一応説明した。あくまで念の為である。


■ □ ■


 さて、ヨシュアには休めと言ったものの、リリエリにはまだまだやることがあった。というより、ここからがリリエリの本番である。
 移動戦闘等フィジカル面はヨシュアが、その他のところはリリエリが頑張る。これが二人のパーティの基本スタンスであった。

「さーて、暗くなる前にやっちゃいますかね」

 リリエリはバックパックからお目当ての品を取り出した。乾燥させたレッサーレッドの粉末――褪せた赤色の染料であった。それを亜毒竜の骨を煮出して作った膠と混ぜ合わせ、ギリギリまで水で薄める。即席顔料の完成である。

 顔料を持って建物の外に出ると、後ろからのっそりとヨシュアがついてきた。てっきり散歩でもして余暇を過ごすのかと思っていたが、……なんかまだそこに立っている。

「あの、どうかしました……?」
「何をするんだ?」
「えと、紋章魔術の修復をしようかと。この建物に描いてあった紋章魔術、掠れていて効果を失っているみたいなので」
「あんたは紋章魔術も使えるのか」
「元々あった紋章魔術をなぞるだけです。一から組みあげることは私にはできません」

 幾何学的な図形や古い言語を組み合わせることで発動する紋章魔術は、非常に繊細なルールに基づいて魔法を再現する技術である。素人が一朝一夕で扱えるものではない。
 だがなぞるだけなら、学んだ経験のないリリエリにも可能だ。ある程度魔力を伝導する顔料を使用することで、掠れた紋章魔術を修復することができる。
 粗製の顔料は雨や風にすら負けてしまうだろうが、一週間程度保ってくれればそれでいい。

「なるほど」

 ヨシュアは納得したように頷いた。……なんかまだそこに立っている。じっとリリエリを見ている。

「あの…………?」
「見ていたら困るか」
「困りはしませんが、休憩になります? それ」
「なる」

 それならば、とリリエリは目の前の掠れた幾何学模様に向き合った。なぞるだけだ。特別繊細な作業でもなければ、頭をつかう作業でもない。ヨシュアが隣にいても、何の問題もないだろう。

 ちらりとヨシュアを見た。どこから見つけてきたのやら、背もたれの大きく壊れた木製の椅子を持ってきている。

 特別繊細な作業でもなければ、頭をつかう作業でもない。つまり、他愛もない話をするのにピッタリだな時間だ、とリリエリは思う。

「ねぇヨシュアさん。エルナトに伝わる言い伝えって聞いたことあります?」
「知らないな」
「結構色々あるんですよ。立派な緋柳の下には死体が眠っているとか、火筒鳥の鳴き声は凶兆とか、それから……」

 作業をしながら誰かとお喋りするのは初めてだ。普段は一人で黙々と行っていたから。

 リリエリは毒にも薬にもならないような話を、頭に浮かんだままに適当に話した。その度に、ヨシュアは短く相槌を打ってくれる。

 時折吹き込む少し冷えた風に、軋む椅子の音。廃墟の中心でなお、穏やかな時間であった。
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