龍の呪いの殺し方

中島とととき

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第二章

第十六話 明日の予定といつかの約束

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 それから数件の建物を回り、二人は数枚の衣服と寝具、少量の塩、大きな金属タライに数日分の薪を手に入れた。
 外はすっかり暗くなっており、冷えて乾いた風が朽ちつつある建物の間を吹き抜けている。二人は戦利品を魔物避けのある建物に運び込み、ようやく一息ついたところであった。

「今日はありがとうございました。結局手伝ってもらっちゃいましたが、休憩になりましたか?」
「十分休めた。明日以降は任せてくれ。移動も、戦闘も」
「もちろんそのつもりです。私にできないことは、よろしくお願いしますね」

 そしてヨシュアにできないことはリリエリがやる。例えば、食事の準備など。
 リリエリは早速夕食の準備に取り掛かった。しっかり毒抜きしたネズミヒユを刻み、大麦とよく煮込む。ここに先ほど見つけた塩を少量加えれば完成だ。
 塩を見つけられてラッキーだったとリリエリはほくそ笑んだ。塩があるだけで食事のレベルはぐっと上がる。この場所が寒冷乾燥な地域でなければ残っていなかっただろう。
 折角だから今日は干し肉もつけてしまおう。無事にシジエノに拠点を構えられた祝いである。

「煮込みに少し時間がかかりますから、その間に明日の予定を共有しますね」

 部屋の隅の椅子に腰掛けてぼんやりとどこかを見ていたヨシュアは、その声に腰を上げた。部屋の中央のテーブルには大きな布がひかれたままである。シジエノ廃村と小都市エルナトのみが記された、白紙の地図だ。

「シジエノ周辺を八方位に分けて、一日一方位ずつ調査する話はしたと思います。明日はエルナト方面――北西に向かいます」
「大体森になっていた辺りだな。北の方では川が流れていたと思うが、先に川を確保しなくてもいいのか」

 シジエノまでの道中、二人は方角を見失い遠回りをしていた。そのため北西からではなく、おおよそ北側からシジエノ廃村に辿り着いていた。
 ざっと見ただけ限りでは、北側は草原や川などが広がっていて、調査がしやすそうな地域ではあったが。

「有事の際には任務を放棄しエルナトに帰還しますから、まず帰り道を調査しておこうと思いまして」
「なるほどな」
「草原付近は翌日以降に。北から順にまわりましょう。南の方は山が見えていますから、大変かも」
「あれくらいの地形なら移動に問題はない、と思う。あんたの指示に従う」
「では、まず北西に。よろしくお願いしますね」

 リリエリはばさりと白地図を畳んだ。真面目な話はこれにて終了だ。さぁ食事にしましょうとリリエリはテーブルを離れた。
 背後ではヨシュアはまともに役割を果たしてくれそうな椅子を選定し、テーブルの周りに移動してくれている。

 ネズミヒユと大麦のスープに干し肉、堅パンに数粒のエハの実をつけて。
 いくつかの食べ物が並んだ食卓に、リリエリはここが壁外であることを忘れてしまいそうな気分だった。
 十分な準備に魔物避けの結界、それからヨシュアという存在。……安心感がありすぎて気を抜いちゃいそうだ。たぶんこれはとても幸運なことなのだろう。

「如何ですか、ネズミヒユのスープは。ここでしか食べられない味がするでしょう」
「……叶うなら、二度と食べたくないな」
「エハの実は割と平気そうだったのに、不思議ですねぇ」

 思いの外強い意志をヨシュアが見せたため、リリエリはついつい笑ってしまった。
 きっと今のヨシュアに嫌いな食べ物を尋ねたら、すぐにネズミヒユだと答えることだろう。
 少し前のヨシュアでは答えられなかったかもしれない。自分の好きな食べ物でさえ言い淀む彼の姿を、リリエリは未だ忘れていない。

 それを思えば。嫌いな食べ物があるだなんて、なんて人間らしいことだろうか。

 例えば女神を眺める姿を。例えば嫌いな食べ物に眉をひそめる姿を。

 リリエリはそんなヨシュアを見るたびに、やっぱり彼は人間なのだと確信するのである。

「機会があったらまた食べましょうね」
「その、…………わかった」
 
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