龍の呪いの殺し方

中島とととき

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第二章

第二十六話 エピローグ

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 しばらくの後、ヨシュアは何事もなかったかのように目を覚ました。

 外は昼間と夕暮れのちょうど境に位置している。今の時刻であればギリギリ、夜になる前にシジエノ廃村に戻れるだろう。
 周辺の調査をしていく余裕はなさそうだが、逃亡生活の目的は既に失われている。今までに取得してきた情報だけでも、依頼の達成に不足はないだろう。

 あとはエルナトに戻るだけ。
 十数日間の壁外生活も、じきに終わりを迎える。

「はぁ、ようやく帰れそうですね。今回の冒険は長かったなぁ」
「アンタがこんな面倒な依頼を受けなけりゃあ、俺様もこんな遠くにわざわざ来る必要もなかったんだがな」
「元凶がなにかほざいてますねぇ……」

 レダはリリエリの恨めしげな声を無視しながら、木の陰になっている場所から小さな荷物を取り出して背負い込んだ。どうやらこのままリリエリ達についてくる算段のようだ。

「じゃ、シジエノまで案内よろしく」
「レダさんもいらっしゃるんですか……」
「当然。俺様野宿嫌い。安全で整った場所があるんなら、利用しない手はないだろうが」
「まぁ、構いませんけども」

 じゃあヨシュアさんお願いします、とリリエリはいつものようにヨシュアの背に乗った。そしてさぁ走り出すぞというところで、グッと後方にバックパックが引っ張られた。
 ぐぇ、というリリエリの情けない声にヨシュアが咄嗟に足を止めなければ、リリエリはバックパックごと引き剥がされていたことだろう。危ない。

「なにするんですか!」
「それはこっちの台詞だ。ヨシュアに全力で走られたらついていけるはずがねぇだろ! 合わせろ」
「宮廷魔術師様ならなんとか出来るんじゃないですか? あんまりゆっくりしてると、シジエノに戻るまでに日が暮れちゃうんですよ」
「ヨシュアと同等のフィジカルを、ただの人並み外れて優秀なだけの宮廷魔術師様に求めるんじゃねぇよ!」

 それに、とレダはその方向を見もせずに杖を右後ろの樹の幹にぶち当てた。ガンという音が響くと同時に、まるで火を灯したかのように視界がパッと明りに満ちる。

「日暮れ程度は障害にならない」

 だから俺様に合わせろ、とレダは言う。仙才鬼才にして傍若無人。マジのガチで面倒くさいタイプの人間だ、とリリエリは呻いた。が、

「二人が仲良くなってくれたようで、嬉しい」

 などとヨシュアが呟いたので、まぁいいかと思うことにした。リリエリ自身もただヨシュアに乗っている立場であるし、そもそもレダを置いていくつもりは端からなかったわけだし。

 歩くと走るの中間程度の速度で、三人は進む。先程の狂乱の影響か魔物に襲われることも殆どなく、ただただ沈むような静けさの森をかき分けていく。
 もとより一度は通った道。そこまで気負うことなく、しかし念の為警戒を続けていたリリエリの耳に、不意にヨシュアの声が届いた。独り言にも似た小さな声は、きっとレダには聞こえていないだろう。

「すまなかった」
「……なにがです?」
「本当は自分が邪龍に変わりつつあることを知っていたのに、隠していた。知られたら、……もう、続けられないと思って」

 なにを、とまでは明らかにしなかったが、リリエリにはヨシュアの言わんとしていることが十分に理解できた。

「そうですねぇ。今回は三回くらい死を覚悟しましたよ」
「……うん」
「でも、レダさんに頼まれてしまいましたし」
「レダは、いつも無茶を言うから」
「ヨシュアさんはソロでは生きていけないようですし」
「否定は、できない」
「それに、私もソロでは冒険できませんからね」

 現に今も、とリリエリは笑った。ろくな紋章魔術も付与されていない木っ端杖一本でこんな森の中にいれるのが、一体誰のおかげなのか。ヨシュアは正しく理解しているのだろうか。

「今はまだ、どうにか止められているけど。いつかは」

 ヨシュアの言葉は最後まで続かなかった。途切れた会話の隙間に、規則正しいヨシュアとレダの歩行音が挟まる。
 リリエリはヨシュアに背負われているから、彼の表情はわからない。でも、背負われているからこそ分かるものもある。リリエリと同じリズムで刻まれる鼓動の音、ほんの少しだけ低い体温。

 リリエリは何も言わなかった。
 いつかは、まだだ。それまでの間、二人は変わらずパーティであり続ける。いつかを迎えないために奮闘する人間が、二人もいることを知っている。

 リリエリはヨシュアに回している手にほんの少しだけ力を込めた。
 憂いのない未来の存在を、リリエリは強く信じている。

「ヨシュアさん」
「うん」
「私、まだ行きたいところがあるんです。海をこの目で見てみたいし、未踏の洞窟にも挑戦したいし、霊峰アテライ・ナヴァで採取するまでは死ねません」
「……前に、言っていたな」
「一緒に行きましょう。まだまだ沢山冒険しましょう。私一人では無理なんです。ヨシュアさんがいないと叶えられない。……付き合ってくれますか?」

 ヨシュアは少しの間、何も言わずに淡々と進み続けていた。でも、リリエリは少しも不安を覚えなかった。

 西の空に落ちていく太陽が、木々の隙間を縫って赤く強い光を届けている。乾いた風が吹いているが、寒さは感じない。まだ夜は来ていない。夜が来たって、リリエリたちは進むことができる。 

 強い風に抗うように、ヨシュアが息を吸ったのがわかった。続く言葉は、リリエリが最も望む言葉であった。


 第二章 完
____________
これにて第二章完結となります。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

二章閑話、短編(未定)を挟んで第三章を投稿できればと考えております。書き溜めのための時間をいただくと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします。
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