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第三章
第四十話 龍の呪いを解く方法
しおりを挟むリリエリはステラの所業に対して中途半端な笑いを返すに留まったが、彼女にとってはそれで十分のようだった。
「どうでしょう、少しは落ち着かれましたか?」
「あ、」
言われて、リリエリは気がついた。つい先程まで燃える火のようにリリエリを責め立てていた焦燥感は、今では燻る煙程度のものとなっている。
予断を許さない状況に変わりはない。だが転移結晶の再起動に約三日かかる以上、闇雲に暴れても仕方がない。それを理解し自分を抑えることができるくらいに、リリエリは落ち着きを取り戻していた。
「……すみません。私、気が動転していました」
「動転するのも無理はありませんよ。……それほどの事態、ということです」
「……はい」
シジエノ廃村に異常な魔物が出現していること。ヨシュアがその魔物と共にシジエノに取り残されていること。転移際にヨシュアが腐敗の霧を顕現する様を見たこと。
これらの事態は依然としてリリエリ、そしてステラの目の前に深刻な問題として横たわったままだ。
ヨシュアは今どうしているのか。祈ることしか出来ない自分の無力に、リリエリがぎゅっとかけられていた毛布を握り締めた。
「ヨシュアさん、…………」
「少なくとも、魔物に後れを取ることはないでしょうね。ヨシュアは何を切られても相手の骨を断つような男です。むしろ問題は、……」
ステラは笑顔を引っ込めて、悩むように口元に手を当てた。笑みの無くなった彼女の顔は、強い憂いが殊更際立って見える。
むしろの続きをリリエリは容易に想像することが出来た。黒い霧を纏い始めたヨシュアがその後にどうなったか。大蜘蛛に囲まれた森の中で見た光景は、疎ましい程にリリエリの記憶に焼き付いている。
「この話は、皆が揃った時にした方が良いでしょうね。そうは思いませんか。…………レダ」
ステラの尖った声色が、静かな部屋の中に響いた。その視線は真っすぐに部屋のドアへと向けられている。リリエリもまた彼女の目の先を追った。カチャリと最低限の音を立てて、ドアノブが動くところが見えた。
なんの装飾も無い木製のドアが、叱られた子どものような軋みを上げてゆっくりと開いていく。その向こう側に、見知った顔の男が立っていた。
ステラと共に邪龍の呪いを解除する術を探し求めている男。リリエリとヨシュアがシジエノで待ち続けていた、現状を打破する解決策。
シンプルな紺のローブを目深に被ったいかにも怪しげなその男は、間違いなく宮廷魔術師レダその人であった。
「レダさん!」
「帰ってきたのならさっさと姿を見せてください。貴方、少し前からそこに立っていたでしょう」
「アテライ合金が千切れ飛んでく現場に突入したくねぇんだよ」
な、おっかない女だろう。とレダは肩をすくめながら言った。同意を求めるような響きであったが、リリエリはとても同意は出来なかった。……否定もしなかったが。
レダは背負っていた沢山の荷物を乱雑に床に置き、自身も部屋に据えられた椅子の一つにどっかりと座り込んだ。ちょっと前までは人気のない大聖堂のような静けさすらあったというのに、なんだかいきなり騒がしくなったような錯覚を覚えた。
「話は盗み聞きした。ヨシュアとやべー魔物がシジエノに取り残されてて、ついでに呪いが進行してそうってことだな」
「はい。レダさん、お願いです。ヨシュアさんを助けてくれませんか。ヨシュアさんは今一人でシジエノにいるんです、転移結晶が使えなくて。それから黒い霧が出ていて、」
「あぁ、落ち着け落ち着け」
ばんとレダはテーブルの天板を叩いた。と同時にリリエリの顔面にそこそこの強さの風が吹き荒れた。痛みは全くないが、リリエリの頭を冷やすのには十分であった。
レダは傲岸不遜と傍若無人の間から生まれたような人間であるが、S級冒険者を経て宮廷魔術師に登り詰めるほどに魔法に長けた超のつくほど優秀な男でもある。
そんな彼ならばきっとヨシュアを呪いから解放する手段を見つけてくれただろうと、ついつい見えた一筋の希望に飛びついてしまった。
それを窘められたことが恥ずかしくなり、リリエリはぐしゃぐしゃになった前髪を手櫛で整えるふりをして表情を隠した。
「すみません……」
「別に構わねぇよ。俺様は寛大な男だからな。ところで、アンタに色々話をする前に確認しておきたいことがあるんだ」
レダは組んだ足を入れ替え、許可を求めるような視線をステラに向けた。それを受けてステラは頷いた。いや、ただ顔を俯かせただけなのかもしれない。何かから逃げるみたいに、じっと板張りの床を見ていた。
「確認、ってなんですか」
「降りるなら今だけど、どうする」
おりる?
言葉の意味が分からなくて、リリエリはまじまじとレダの顔を見た。普段の軽率な雰囲気をどこに落としてきたのか、レダは見定めるような視線でリリエリを眺めるばかりであった。
「俺達と別れてからもヨシュアが人間らしくあれたのは、間違いなくリリエリのおかげだ」
「……話の流れが、見えないのですが」
「危険な目にも遭ったろうに、アンタはよくやってくれた。だがこっから先は今までよりずっと酷な道だよ」
「それがなんですか」
「後は俺とステラに任せて、アンタはここでやめてもいいってことだ」
ふざけるな、と叫びそうになった。リリエリがそれをしないで済んだのは、レダの表情からこちらを慮る気持ちを読み取ることが出来たためであった。
咄嗟に大きく吸い込んだ息を、リリエリは努めてゆっくりと吐き出した。思考を整えるための時間稼ぎだった。
「やめません。私に出来ることがあるなら、全部やります。出来ることがないなら出来るようになります。私はヨシュアさんの助けになりたい」
真っすぐに、心の内をすべて吐き出すような気持ちで口にした。この気持ちを一片も欠くことなくレダに伝えたかったのだ。
今までずっと助けられてきた。リリエリがこうして無事にエルナトに戻ることが出来たのもヨシュアのおかげだ。
それを返したい。助けられた分だけ助けて、助けた分だけ助けられるような関係でありたい。
リリエリにとって、ヨシュアはとっくに無二の相棒なのだから。
「あー……、まぁ、そう言うとは思ったよ」
「泥水を啜ってでもついていきますよ、私は」
「覚悟はできてるってことでいいんだよな」
「……そのつもりです」
「わかった。それじゃあ今後の話をしようか」
言っておきながら、レダは難題に直面した研究者のような表情でがりがりと自分の髪をかき混ぜた。視界の端では俯いたステラが微動だにせず固まっている。
楽しい話になる雰囲気ではなかった。それでもリリエリが自分の選択を後悔することはない。例えヨシュアを助ける方法が自身の犠牲を求めるものだとしても構わないと思った。
堅実、実直、忍耐。自分にできることであれば、リリエリはどんな苦労も厭わない。リリエリの強みは、物事を成すための強い助けになるだろう。
「残念だが、邪龍の呪いを解く手段はない」
最も、そんな方法があればの話である。
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