コブシ文庫(ピンク)

コブシ

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何もしてないのに-5キロ 

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私が20歳の頃の話。

 19歳でプロボクサーになり、デビュー戦を1RKOし、そのままの勢いで新人王トーナメントへ。

 連勝を重ね、準決勝戦で初黒星。

その頃の私は、連戦のダメージで、パンチを打つ度に腰に激痛が走るという最悪の状態。

 腰の治療の為、半年間ブランクを作った。

そして、腰の具合も回復してきたので、再起戦が決まった。

 名古屋で行われる世界タイトルマッチの前座。

 相手は地元の負けなしのホープ。

 私みたいな雑草ボクサーには、再起戦で無難な相手を当ててくれる事はない。

でも、考えようによっては、負けなしの相手を喰えば、一気に名前が売れる。

もちろん、私も喰う気満々だった。

その再起戦の1ヶ月程前。

 私のツレが、初黒星でショックを受けているだろうからと、女の子を紹介してくれた。

ツレがナンパした女の子の友達との事だった。

 私は試合が決まれば、1ヶ月前から減量に入るし、禁欲生活に入る。

つまり、1ヶ月間、ヌカない。

なんか、ヌイてしまうて、最後の最後で投げてしまうと自分でわかっていた。

だから、ツレからは女の子の電話番号だけ聞いていた。

まだ、携帯電話がない時代。

 固定電話で、練習が終わると毎日、1、2時間喋っていた。

 女の子の名前はMちゃん。

 歳は同い歳だった。

 私は、すぐにでもMちゃんに会いたかった。

でも、次の試合は自分にとっても正念場。

 欲望をぐっとこらえて、話だけで我慢した。

Mちゃんとは、試合が終わったらデートすると約束していた。

そして、試合前夜。

 「コブシちゃん、怪我しないでね・・・。」

 心配そうな声でMちゃんが言ってくれた。

 「俺、必ず勝つから!」

そう言って最後の電話をきった私。

でも、本当は不安でたまらなかった。

 世界タイトルマッチという大舞台。

おまけに、向こうは地元のホープで、世界チャンピオンのスパーリングパートナーもつとめているくらい期待されている選手。

そして、試合当日。

 結果は、またしても負けてしまった。

 私は、連敗のショックで3日間ほど、電話線を引っこ抜いて、引きこもっていた。

Mちゃんとの約束なんて、すっかり忘れていた。

 数日して、いつまでも、こんなんじゃダメだと、気持ちを切り替えて、電話線を繋げた。

すると、しばらくすると、電話が鳴った。

 「コブシちゃん!もぅー!心配してたんだから・・・。」

そう言って、Mちゃんは泣き出した。

 「私、今からコブシちゃんとこ行くっ!」

Mちゃんは、私が住んでいた駅から数駅先に住んでいた。

 時間は終電間際。

 「コブシちゃん!ついたよ!」

 小1時間して、Mちゃんが駅に着いた。

 私の自宅から駅まで、15分だった。

 電話では、約1ヶ月話していたけれど、どんな顔かはわからなかった。

ドキドキしながら、駅に向かった。

深夜の駅・・・

ポツンと立っている女の子。

田舎の駅なので、Mちゃんの存在はすぐにわかった。

「あ、俺・・・コブシやけど・・・。」

振り向いたMちゃん。

緊張のご対面。

(めっちゃ可愛い!)

ブサイクだった時の事も想定していた私の心配など、ぶっ飛ばすくらいの可愛さだった。

間違いなく、私が今まで出会った中で、ぶっちぎりに可愛い!

本当に、ツレに感謝した。

私は試合が終わって間もないので、顔がボコボコでモンスターのように腫れ上がっていた。

「俺、試合終わったばっかりやから、顔ボコボコやで・・・。」

「そんなん気にならないよ、それより体は?」

Mちゃんはよっぽど私の事が心配だったらしく、連絡のつかない3日間、家の近くまで見に来たらしい。

「コブシちゃん!」

そう言って、Mちゃんはモンスターみたいな顔の私に、抱きついてきた。

「もぅーっ!本当に心配だったんだから・・・。」

なんか、初めて会っているんだけど、1ヶ月話しをして、Mちゃんの中身は、だいたいわかっている。

でも、顔を見るのは初めて。

なのに、いきなり抱きつかれている。

なんか、変な感覚だった。

「コブシちゃん、今日、泊まっていい?」

「え・・・あ・・・べ、別にかまんけど、部屋汚いよ。」

「私が掃除してあげる!」

初めて会って、この急転直下の展開。

私は試合の1ヶ月前から禁欲している。

正直、我慢できる自信がなかった。

途中、コンビニによって、飲み物等を買った。

はたから見たら、とても初めて会ったカップルとは思えないだろう。

それくらい、Mちゃんは積極的に私に密着してきた。

もうこの時点で、私は我慢できないなと自覚していた。

まぁ、Mちゃんも泊まるという時点で、そのつもりなんだろう。

部屋に入ると、先ほどまで、キャッキャッ言っていた二人がモードが変わったかのように静かになった。

やっぱり、Mちゃんもそのつもりで来ていたのか、私が抱き寄せると、すんなりしなだれかかってきた。

そして、当然のようにそういう関係になった。

「今日、安全日だから、中でいいよ。」

Mちゃんの言葉で、私は初めて着けずにしてしまった。

その日から、Mちゃんは私の家で1週間ほど泊まっていた。

家の掃除やら食事、夜は毎晩❤。

そして、ある晩、Mちゃんの言葉で、私はどん底に突き落とされる事になる。

「コブシちゃん、話があるんだけど・・・。」

 毎晩の恒例行事となっていた一戦が終わった後、神妙な面持ちでMちゃんが話し始めた。

 「実はね・・・もう、生理が来なきゃいけないのに、こないの・・・。」

 「えっ・・・。」

なんか、ドラマとかで聞いたセリフが、自分に向けられている事が信じられなかった。

(という事は妊娠しているかもって事か・・・。)

Mちゃんの、「安全日だから大丈夫だよ。」という言葉を信じ、中出しを続けていた自分を激しく後悔した。

 「それとね・・・。」

(え、それとね・・・って、他にも?)

「私のお父さん、ヤクザの組長なの。お父さんが決めた結婚相手がいて、それが嫌で家出してたの私。」

 「エエっっーーーっ!!」

 妊娠よりも、こっちの方が衝撃的だった。

 「お父さんが決めた相手って、ヤ、ヤ、ヤクザ?」

 「うん。」

(なんて日だっ!!)

ホント、バイキングの小峠じゃないけど、アクション付きで言いたい気分だった。

 「Mちゃん・・・ちょ、ちょっと考えさせてくれる?」

 私は即答できなかった。

そして、次の日、憔悴しきった私を残して、帰っていったMちゃん。

その日から、アイドル並みの可愛さだったMちゃんとの夢のような日々から一転。

 食欲を微塵も感じない、地獄のような日々に突き落とされた私。

 子供、ヤクザ、子供、ヤクザ・・・。

この2つの言葉がグルグル、私の頭ん中を駆け巡った。

 途中、駆け巡り過ぎて、「子供ヤクザ」とかなって、普通だったら、「なんでやねん!」とか、突っ込みながら笑えるんだけど、今の私にそんな余裕はない。

Mちゃんが言っていた組の名前。

もしかしたら、実在しない組、ウソなんじゃないか?

もしかしたら、筒持たせ的な詐欺なんじゃないか?

 私は僅かな望みにかけて

 アウトロー情報に詳しいツレに聞いてみた。

 「え、B組?あそこ、めっちゃ武闘派やで!」

 私の僅かな望みは、木っ端微塵に打ち砕かれた。

 子供を中絶・・・やっぱ、できないよな・・・でも、生むとなると・・・ヤクザにならなければならない・・・。

 結局、3日間、考えに考えぬいて、私が出した結論。

 子供を生んでもええし、ヤクザになる!

 気が付くと、私は5キロ痩せていた。

 私は試合が決まると、8キロ減量する。

そして、試合が終わり、減量から解放された数日の間に、普段の体重である63キロに戻る。

だから、Mちゃんと会って、私の体重は63キロ・・・いや、幸せ太りからもうちょっと増えてたかもしれない。

それが、Mちゃんが帰ってからの数日で、-5キロ。

 試合に臨む過程の第2段階くらいまで体重が落ちていた。

そして、私は意を決してMちゃんに電話した。

 「Mちゃん・・・子供できてたら、産んでエエし、俺・・・ヤクザに・・・」

 「あ、その話ならもういいの!あれは、コブシちゃんを試したの!」

 「へ・・・?」

 「あの時、コブシちゃんが即答してくれてたら、私、コブシちゃんの事選んでた!だから、もういいの!じゃあ~ね~!」

 「へ・・・・・・。」

 私は、しばらく切れてしまった受話器を持ったまま、放心状態だった。

ヤクザにならなくて、良かったんだか、悪かったんだか・・・。

 後日談・・・。

それから、1年後。

 新しい彼女と同棲していた私。

 夕方、一本の電話。

 「コブシちゃん!久し振り!元気してた!」

Mちゃんだった。

 「私ね、また、家出したの!でね、独り暮らしする為に、お金かせがなきゃならないから、手っ取り早く、水商売しようと思うの!でね、不安だからコブシちゃん一緒についてきて!」

 私は、あの可愛いMちゃんと、また会えるという事と、もしかしたら・・・。

という下心満載で、今の彼女に黙って行こうと思った。

でも、できたとしても、絶対に中出しはしない。

そう固く心に決めていた。

そして、1年振りに会うMちゃん。

やっぱり、ぶっちぎりに可愛いかった。

また、Mちゃんと××できる!

そう考えるとニヤケが止まらなかった。

 面接するスナックの店は、私の住んでいる駅の近くだった。

 都合の良いことに、その近くにラブホテルが数件あった。

どこのホテルにしようかな~?なんて、のんきに考えていた私。

 「じゃあ、行ってくるねーっ!」

 明るくMちゃんは、店の中に入っていった。

 小一時間、外で待っていた。

すると、Mちゃんが、手をダメダメという風に振りながら出てきた。

 「ダメ!パパが手をまわしてる!」

 聞くと、面接してくれた店長がMちゃんに言った。

 「B組組長のお嬢さんですよね ?お家に帰られた方が・・・。」

と、言われたらしい。

ってか、どんだけのネットワーク力やねん!

ホンマ、つくづく妊娠させなくてよかったと思った。

 「あ、そうや、Mちゃん、今夜、あの、その・・・どっか泊まってく?」

 「え~、コブシちゃん、今、彼女いるんでしょ!ダ~メっ!」

 「は~い・・・。」

あえなく撃沈。

って、自分は婚約者おって、私と遊んだのに、それはえ~んかいっ!

ホンマ、女って勝手。
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