飛ばなかった蟻 ~あるボクサーの哀歌~

コブシ

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和也の成長

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「すみません、プロの方ですか?」



集団の中でもリーダー格らしき男が勇二に問いかけてきた。



「はい、ブランクはありますけど、元プロでやっていました。」



「やっぱりそうですか!サンドバッグの音が全然違いますもん!」



リーダー格の男は嬉しそうに言った。



「よかったら、パンチの打ち方教えてもらえますか?」



「自分でよければ、いいですよ。」



「ありがとうございます!」



外見に似合わずといったら失礼かもしれないけれど、その集団は意外に礼儀正しかった。



勇二が教えるパンチの動作を皆食い入るように見ていた。



「おおーーー音が変わった!すげーーー!」



勇二の教えたコツを実践してサンドバックに打ち込む男たちが、子供のようにはしゃいでいた。



刺青をしている外見から、てっきり因縁をつけられるんじゃないかと思っていた。



同じ格闘技をしている人間同士、話すとわかりあえるものだと勇二は思った。



しばらくその集団にボクシングの打ち方のコツを教えていた。



「試合あるんすか?」



教えるのが一区切りついた時、リーダー格の男が勇二に問いかけてきた。



「はい、3か月後に。」



「え、そうなんですか!自分ら見にいきます!頑張って下さい!お先に失礼します!」



そう言い残して、男たちは去っていった。



そうか・・まだそこまで動きは鈍ってなかったか。



自分の動きを見て、プロと思ってくれた事に勇二は少し安心した。














翌朝、和也は約束の時間ちょっと前に公園に来ていた。



「おはようございます!」



「和也、おはよう!」



2人で準備体操をして、昨日よりも少し長く走った。



公園に戻り、和也に基本的なフォーム、パンチなどを教えた。



和也は目をキラキラさせて、勇二の言った事一つ一つを吸収していった。



次の日も、そのまた次の日も和也は練習に来た。



「和也、今日は少し実践的な事を教えるよ。」



本当は、ジムに入会すると、基本を1ヶ月くらいひたすら反復練習させられる。



しかし、和也には早く実践的な事を教えなければならないと勇二は思っていた。



奴らはこの間、勇二にやられた事を逆恨みして、和也に攻撃してくるだろうと思ったからだ。



「いいか、和也!俺が右左と交互にパンチを大振りでゆっくり打つから、そのパンチを潜るように避けて、同時に前足を斜め前に出して、お前の得意なピボットターンだ!」



素人が出すパンチは、だいたい振りかぶっての大振りパンチを打ってくる。



勇二がゆっくりと出したパンチをダッキングし、ピボットターン。最初はぎこちない動きの和也。



「そうそう、ガードを固めながら、頭を屈めてピボットターン!」



だんだんコツが掴めてきたのか、スムーズに出来るようになってきた。



徐々にスピードを上げていく。なかなか様になってきた和也。



翌日・・・



「じゃあ、今日は左右交互じゃなく、ランダムにいくからな!」



より実践的にレベルを上げていく。最初こそ勇二の出すランダムなパンチに戸惑っていた和也。



しかし、早く強くなりたい!と貪欲になっていた和也は、すぐにランダムなパンチにも反応していく。



心なしか最初の気弱そうな顔だった和也の顔つきが、日を追う毎に自信に満ち溢れてきたように感じた。



「よしっ!今日は攻撃も教えるからな!」



そう言って勇二は、避ける動きの後の攻撃を教えた。



「いいか!ピポットターンで回転した体を戻すと同時に鳩尾にパンチを出す!」



勇二が和也を敵役にして手本を見せる。



“鳩尾”



鍛えようのない急所。



勇二はかつて劣勢だった試合で、1発鳩尾に入れたパンチで逆転KO勝ちしたこともあった。



過去の逆転KOした試合の話を和也にして、いかに鳩尾が効果があるのかを説明した。



やはり、学ぼうと意欲のある人間は、吸収のスピードが早い。仕返しする為に復讐に燃えていたかつての勇二自身を見ているようだった。



その日の夕方。



「勇二!練習できるジムが決まったぞ!藤木ジム言うとこや!」



山本会長が交渉していたジムの調整がついたようだった。



後、3か月・・早く実戦の感覚を取り戻さなければ・・・



勇二は焦っていた。



翌日、山本会長に教えられた住所に行った勇二。



“藤木ボクシングジム”



ジムは2階立てで、なかなか立派なジムだった。1階はトレーニング機器が置いてあり、受付らしきカウンターに年配の女性がいた。



「山本ジムの山本会長からの紹介で来ました中井勇二です。」



「あぁ、山本会長から話は聞いています。2階に会長がいますので、どうぞ!」



年配の女性が案内してくれて、階段を登り2階に上がった。



縄跳びを飛ぶ音。



サンドバッグを打ち付ける激しい音。



汗と血が入り交じったような独特な匂い。



懐かしいな・・・



勇二は7年振りに故郷に帰ってきたような錯覚に陥った。



階段を上がるにつれて、熱気溢れるボクサーたちが目に入った。



「お願いしまーーす!」



入り口に立った勇二は、元気よく挨拶した。



「ちわーーす!」



おそらくどこのジムでも共通な挨拶のやり取り。



「おぉ、君か!山本会長から聞いてるよ。確か中井勇二君だったな?」



山本会長から藤木会長の話は聞いていた。



アマチュアボクシング界でミドル級3連覇という偉業を成し遂げた有名な選手だった。



ミドル級らしく大柄で、口ひげもあり厳つい風貌だった。



「君は昔、東京でプロだったんか?もしかして、あの騒動でマスコミに取り上げられていた中井勇二なのか?」



「・・・・はい、そうです。」



やはり藤木会長は知っていた。



7年前の勇二の過去・・・
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