噛ませのプライド

コブシ

文字の大きさ
1 / 10

出会い

しおりを挟む
「・・・7~!8~!9~!10っ!」


レフリーが両手を交錯してゴングが打ち鳴らされる。


「弘、お前もう辞めた方がいいんじゃないか。」


男の名は中村弘。連敗中の嚙ませ犬ボクサー。


控室でバンテージを外しながら、トレーナーは呟くように哀れんで弘に言った。もう何度このセリフを聞いたのかさえもカウントしたくなかった。負けることに何の感情も抱かなくなってきている。


初めて負けた時。悔しくて涙が止まらなかった。いつからかな・・・あんなに燃えるように練習していた自分が無気力になってしまったのは・・


「へ~ボクサーやってるんだ。」


人からこう言われたい。


ただこの言葉を言われたいだけでしがみつくように続けているのかな?


でも、戦績は恥ずかしくて言えない。戦績2勝(2KO)5敗。


リアルアンパンマンみたいに腫れ上がった顔のまま電車に乗って家に帰る。好奇の目で見てくる乗客にも馴れていた。車窓から見える夜の景色をボーっと眺めていた。


自宅のアパートがある駅に着く。歩いて20分。


また、負けちゃったか・・・


いつも試合が終わり、打たれ過ぎて頭が朦朧としながらも、帰趨本能があるのか自宅までの道をオートマチックに帰っていた。弘が駅前の繁華街をオートマチックに歩いていた時。


「ちょっと!止めて下さい!」


女性の怒気を含んだ悲痛な叫び。弘は声のする方を見た。若い女性が2人組のチャラそうな男たちに絡まれていた。行き交う人はいたけれど、皆、関わりたくないのか素通りしていた。


「・・あの。」


オートマチックに弘は近付いて声を掛けた。


「あ?何だよ!文句あんの・・な、何だコイツ!顔化け物みたいじゃん!」


そう言ってチャラそうな男たちは弘の顔を見て気味悪がり逃げていった。


「あ、ありがとうございます!あの男たちスゴくしつこかったんです!」


気の強そうなサラリとした長い髪の毛が印象的な美しい女性だった。


「いや、僕は何もしてないんですけどね。僕の顔見て逃げていっただけですから・・」


弘は殴られて腫れた顔でうまく喋れず、女性がキチンと聞き取れたか心配だった。


「・・で、でも、どうしたんですか、その顔?」


「あ、ぼ、僕、ボクサーなんです。今日、試合だったんで・・」


女性は笑っていた。


「僕ボクサーなんですって、ダジャレですか?」


意図せずダジャレを言っていた事に気付いた弘。このシリアスなタイミングでのダジャレに女性は笑いのツボにハマったのか笑い続けていた。


「・・おもしろい人!え、ボクサーなんですか?今日試合だったんですか?」


「はい、でも試合は負けました・・」


「そうなんですか・・・。あ、あの~私、何かお礼がしたいです!失礼ですけど試合終わって食事されたんですか?」


「いえ、まだですけど・・」


「じゃあ、よければご馳走させて下さい!私、父がボクシングジムの会長なんです!だからボクサーが減量で大変なの小さい頃から見てきたからよくわかるんです!お腹空いてるんじゃないですか?」


「え、そ、そうなんですか?」


思いがけない女性の言葉に驚いたけれど、弘に断る理由はなかった。近くのファミレスに入った2人。


「父のジムは藤本ジムって言います。聞いた事ありますか?」


藤本ジム?確か会長はアマチュアの世界で有名な方で、アマチュアで実績があるプロ選手が何人かいたなぁ・・・


「1つの事に打ち込んでいる人って、すっっっごく尊敬してるんです!私が中途半端で続かない人間だから・・」


弘は“っ”の部分が可愛いなと思った。


女性はすごく綺麗な方で、笑うとまた違った美しさをかもし出す不思議な魅力があった。


「でも、僕は負け続けの情けないボクサーなんです・・」


「そんな事ないです!ボクサーをやってる時点で尊敬します!じゃあ!私が勝利の女神になってあげます!そしたら本当のお礼になるでしょ?食事だけではお礼した気がしないんで!」


「・・・え?」


「だって、誰も助けてくれなかったのに、あなただけが助けてくれたんだもん!だから次の試合が決まったら教えて下さい!私、応援に行きます!これ私の名前と連絡先です!」


弘は減量が終わり、食べたかったカルボナーラを食べた。


初めて出会った女性に食事をご馳走になる。


非日常の出来事。


女性は藤本美里。歳は弘よりも3つ下の22歳。


美里さんか・・・


思いがけない出会い。


綺麗な女性だったな・・・勝利の女神・・か。でも、お父さんが藤本ジムの会長してるって言ってたなぁ・・


今までの負け続けの自分。


俺、今日で何連敗だっけ・・・1,2,3・・5連敗か。


18歳で小さな手に大きな夢を握りしめ大阪から上京。19歳でプロデビュー。2連続KO勝ちして、スポーツ新聞の小さな記事になった事もある。


いつからこんなんなったのかな・・そりゃ引退勧告されるよな・・・


でも、女性の為に次は勝つんだ!って、何か動機が不純だよな・・・


若干の後ろめたさを感じつつ眠りについた弘。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...