奴隷が戦場で幸せになる二つの方法

きみつね

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この世界は歪んでいる。

火薬と魔法の発展がも齎したのは、太古より続く争い——すなわち戦争であった。
何がその始まりだったのか、今となっては誰も知らない。だが確かなことは、この世界に戦火が満ちあふれているということだ。

東の王国は自国民保護の大義名分のもと、小さな国々を次々と飲み込んでいく。
西の帝国は世界征服を公然と宣言し、侵略の手を緩めない。
北の連合は資本主義の極限において、人命さえも金銭で売買する。
南の連邦は神の名を借り、戦乱の種を蒔き続ける。

──この世界は、確かに歪んでいる。

かつて神々の住処とされていた天空の島「セレスティア」が地上へ落下して以来、世界は魔法と科学が融合した特異な発展の道を歩み始めた。
天上の民が遺した高度な技術は、地上の人々によって解明され、やがて兵器へと姿を変えていった。

魔法を組み込んだ大砲。
魔力を増幅する小銃。
大空を往く鉄の艦。

そして最も畏怖すべきは──生命そのものを創造する技術……「ジェネシス・テクノロジー」。

東西南北の強国はそれぞれ独自の道を進みながらも、互いを警戒し、軍事力の増強を競い合った。
その究極の結実として誕生したのが「ジェネシス・クリエイター」——人工的に生み出された生命体たちである。
彼らは人間の姿形を持ちながらも、人としての権利は与えられない。ただ命令に従い、戦場に立ち、役目を終えれば廃棄される存在。
大量生産され、消費される兵器として扱われる悲しき造物。

その中で最も悲惨な運命を背負うのは、若い姿を与えられたモデルたちであった。成人型に比べ製造コストが低く、より従順な設計がなされているがゆえに、最も大量に消費される哀れな存在。
その姿かたちは少年少女——まだ大人への階段を昇りきれぬ子供の姿をしていた。

そんな歪みきった世界の中央に位置する、東の王国と西の帝国が互いを牽制する国境地帯。
地図上では一本の直線に過ぎぬその境界線は、実際には幅数キロメートルにも及ぶ死の帯だ。
大地を蛇のごとく這い回る無数の塹壕がその土地を覆い尽くし、かつての緑の草原は、泥と血に染まった茶色の荒地と化していた。

塹壕は縦横無尽に張り巡らされ、迷宮のように複雑に入り組んでいる。
雨が降れば壁からは常に水が滲み出し、底には膝まで達する泥水が溜まっている。兵士たちは汚水の中で生活し、食事し、眠り……そして死んでいった。

ここは、まさに死の大地。

砲撃が飛び交い、魔法が降り注ぎ、無防備に身体を曝け出そうものならば、一瞬にして肉塊になる——
 
その名を、セルファス・ラインと言った。

この地で戦端が開かれてから八年、この地に送り込まれた兵士の生存率は一割にも満たない。
砲弾の破片で切り裂かれた者、魔法の炎で焼かれた者、疫病で膿んだ傷口から命を落とした者、狙撃手の一撃で息絶えた者。
何十万もの命が、この大地に眠っている。多くの死体は回収されることなく、無人地帯で腐敗し、雨に溶け、泥と一体化していった。この大地そのものが、巨大な墓場なのだ。

そんな長引く塹壕戦の最前線において、一人の兵士と一人の人造少年の物語が静かに始まろうとしていた。



♢   ♢   ♢



雨が降り注ぐ塹壕の中、ゼルは狭い部屋で、昏睡状態の少年の傷の手当てをしていた。
天井からは絶え間なく水が滴り、床は湿った泥で覆われている。わずかな明かりは、古い魔法ランプから漏れる青白い光だけだった。
ゼルはその光の下で、昏睡状態の少年をベッドに寝かせていた。
銀髪の少年——彼の首に刻まれた「GC-7734」という番号以外には、名前すらない存在。
彼は東の王国軍、つまりゼルと同じ側に所属するジェネシス・クリエイターの兵士……いや、道具。

「外傷はほぼなし、か」

ゼルは少年の白い制服を慎重に脱がせ、その裸体を露わにした。
その身体には墜落時についたであろう打撲の跡が点々とあり、特に背中と脇腹の辺りは青紫色に変色していた。しかし、それ以外に目立った傷はなかった。
ゼルは少年の体を丁寧に拭きながら、思いを巡らせた。もし、魔法で撃ち抜かれていたら無事ではすまなかっただろう。

──あの対空砲火の中を潜り抜け、この程度で済んだのは、奇跡だ。

現に、この子以外のジェネシス・クリエイターはみんな……。
ゼルの脳裏に、昼間の曇り空から降り注ぐ血の雨の光景が浮かんだ。バラバラになった少年少女の体。炎に焼かれ、真っ黒になった肉体。魔法の光に貫かれた小さな影。
何百、何千という若い命が、一瞬で消し飛んだあの光景。
タオルを水に浸し、少年の額に乗せながら、ゼルは何故自分がこのような行動をしたのか、改めて考えていた。
同じ側の兵器とはいえ、ジェネシス・クリエイターは壊れれば捨てられ、新しいものが補充されるだけの存在だ。負傷した個体を無断で持ち帰り、私的に治療するなど軍規違反の可能性もある。

だが、あの墜落した瞬間に見た少年の顔。雨に濡れ、かすかな陽の光に照らされたその表情には、「何か」があった。
ゼルは、確かにその「何か」を感じて──

「うぅ……ん……」

突然、少年の身体が微かに動いた。指先がわずかに震え、眉が痛みに反応するように寄せられる。

「!」

ゼルは息を呑んだ。彼は少年の側に膝をつき、その顔を覗き込んだ。まだ意識は戻っていないようだが、確かに反応はある。生きている。

「……」

しかし、少年はまだ目を覚まさない。時折、眉を寄せたり、唇が小さく動いたりするが、意識が戻る兆候はない。あどけない寝顔は、戦場にいるはずのない平穏さを湛えていた。長い銀色の睫毛が頬に影を落とし、わずかに開いた唇からは静かな寝息が漏れている。
ゼルはふぅと長い息を吐きながら、少年の体から泥や血の汚れを拭き取っていった。濡れたタオルで丁寧に、まるで壊れ物に触れるかのような優しさで。

「まだ、子供じゃないか」

呟きが漏れる。確かに、この少年は一人では生きていけないほどの幼児ではない。しかし、青年と少年の間に位置する、どこか不安定な年頃だ。
細い手足は成長の途中にあり、骨ばった肩や鎖骨には少年特有の華奢さが残っている。顔立ちは整っているが、頬にはまだ幼さの名残があり、無防備な寝顔は年齢よりも若く見せた。
泥や血が拭き取られると、その下からは雪のように白い肌が現れる。不自然なほどに完璧な肌。傷跡ひとつない、まるで生まれたばかりの存在のようで──。

「これが、ジェネシス・クリエイターか……」

ゼルは今年成人した、二十歳の青年だ。彼の故郷では、十八歳までは「子供」として扱われ、保護される。学校に通い、遊び、少しずつ大人の責任を学んでいく。そして二十歳で完全な大人として社会に出る。
ゼル自身も、この年になるまで様々な経験や失敗を重ねてきた。両親や教師、地域の大人たちに見守られながら成長してきたのだ。

だが、目の前にいる存在にはそのような経験はない。ジェネシス・クリエイターは特殊な施設で「製造」され、必要最低限の知識と戦闘技術だけを埋め込まれる。
彼らに与えられる「教育」とは、命令に従い、戦い、死ぬための訓練だけだ。そして、銃を持つことができ、人を殺せるようになった時点で、一人前の「兵器」として前線に送られる。

「……」

ゼルはタオルを水に浸し、固く絞った。

──兵器。消耗品。道具。

そんな言葉で片付けられる存在が、今、彼の目の前で静かに息をしている。顔を覗き込めば、まるで眠っている弟のようにも見える少年。
ゼルの胸の奥に、熱いものが込み上げてきた。怒りか、悲しみか、それとも憐れみか。その感情に名前をつけることはできなかったが、確かに何かが彼の内側で渦を巻いていた。

そうして、少年の身体を拭き終えたゼルは一息吐くと、立ち上がろうとして──

「おやおや、可愛い少年の裸体を堪能するなんて、ゼル坊、随分と優雅な趣味に目覚めたじゃないか」
「!?」

突然の声に、ゼルは飛び上がるように振り返った。
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