呪われた村

加賀宮カヲ

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呪われた村

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「この女が例の巫女」

「ええ、恐山で有名なイタコだと」

 北関東にある村の貧乏屋敷。板の間が所々剥げ落ち、穴だらけ障子から雪交じりの風が吹きすさぶ。その部屋前に旅装束の美女が佇んでいた。

 出された茶碗は欠けており、中に入っているのは白湯ですらない。女は微笑みを浮かべると、凍えきった井戸水に唇をつけた。紅だけがやたらと赤く艶めかしい。

 村の長である一郎の弟が、腕組みをしながら女を品定めしていた。

「しかし、なんだってこの村に」

「それが、兄様に会わせろと言って聞かないのです」

 暮れ始めた日差しの中を粉雪が舞い上がった。

「私は恐山を出てから、国を行脚しております。ここも道すがらの一つ。どうにも気になった事があったものですから立ち寄らせて頂きました。殿

 障子の奥に居た一郎の弟、次郎が目を見開いた。同じ弟である末太郎の顔を見やる。しかし彼もまた、次郎の名を知ってる女に驚きを隠せない様子で鳥肌を立てていた。

「入れ、女。話を聞こう」

 次郎が女を部屋に招き入れる。彼女は、雪を見つめながら井戸水を飲み干した。

「して、話とは」

「単刀直入に申し上げます。この村には禍々しい空気が漂っております」

「ハッキリと言え、女」

 白湯を用意していた末太郎が、早くも痺れを切らして問い詰めた。

「この村は呪われております」

「呪い? 何の話だ。こんな寒村。日々食うのに精一杯な者しかおらぬ」

「いいえ、呪われているのです」

 小袖についた泥を見つめていた女が顔を上げる。その眼力に、二人の男は目を背けてしまった。代わりに顔を見合わせる。女は頭を下げると「それでは」と挨拶をして、そのまま村を去ってしまった。
 







 女が村を去って直ぐ、村の長である一郎の屋敷に親族が集まった。外は今にも吹雪になりそうだ。

「気持ちの悪い話だな。大体、イタコってのは婆さんと相場が決まってるんじゃないのか」

「けれど、女は次郎兄様の名前を知ってました」

 話を聞いていたツルと言う名の女が、湯気の立ち上る白湯に口をつけていた。彼女は、この屋敷で唯一の女だった。一郎の姉に当たる。

 この家は
 一郎
 次郎
 三郎
 末太郎
 そして、ツルの五人家族だった。

 既に全員、世帯持ち。
 長の屋敷は、長男である一郎がその後を継いでいる。

 父、嘉太郎の仏壇を見た三郎が不安げな声で呟いた。

「やっぱり、あの時の事を恨んでるんじゃ……」

「そんな訳ないでしょ。それより、冬の蓄えは万全なんでしょうね」

「蔵に米が備蓄してある。わしらの食い扶持には困らん」

 白湯を置いたツルが一郎にうやうやしく近寄った。

「やっぱり呪われてるかもしれないわ。分かるのよ、女の勘で」

「ツル、何が言いたい」

「いいえ、別に。うちにはまだ乳飲み子がいるもんですから」

「姉様、アレは事故だったのです」

「別に貴方方を疑ってるわけじゃ。ただ、うちには乳飲み子がいてねえ……」

 その時、強い風がビュッと吹いて部屋の明かりが消えた。障子が倒れ、仏壇が大きく揺れる。粉雪が吹きすさぶ部屋で、末太郎が最初に声を荒らげた。

「私はあの時、小作人を殺すなと言ったはずです! そんな事をして米を取り上げても意味がないと」

「兄様のご決断に文句があるのか?」

「さあ……何の話だ。わしは小作人を殺せと言った覚えはないが」

 次郎が愕然がくぜんとした表情で暗闇の一郎を見る。素知らぬ顔をした一郎は、いつまで経ってもこない使用人のウメに苛立ちを向けた。

「ウメ! 早く障子を直して火をもってこんか」

 しかし、屋敷はシンとしたままだ。微かに血の匂いが漂い始める。思わず顔をしかめた一郎に、焦った次郎が詰め寄った。

「兄様は私の独断でやったと仰りたいのですか」

「別にそうは言っておらん。ただ、殺せとも言った覚えはない」

「あら、本当なの? 私はてっきり二人で殺したんだと思ってたわ」

「ウメ! 早く来ないか!」

 しらを切り通そうとする一郎の代わりに、三郎が障子をはめ直した。倒れた拍子に破れてしまった隙間から、変わらず雪交じりの風が吹き付けている。

 三郎はその足で仏壇まで行くと、いきなり父である嘉太郎のはいはらった。

「不作続きだったこの村で、小作人の家から米を強奪したのは私です」

「ハァ?! じゃあ、あの小作人は何の罪もなかったと言うのか」

「兄様方は何も聞かなかったじゃないですか。だから答えませんでした。それに……」

 もったいぶった口調の三郎が、兄一郎と次郎を上から見下した。

「イタコが言った呪いとは村の事でしょう。この家じゃない」

 滅茶苦茶になった仏壇を見ようともしない家族達。そんな彼らを末太郎が信じられないと言った表情で見渡していた。

「それじゃあ、父上が死んだのって……」

 それまで強気だった一郎が、急に末太郎の方を向いた。不細工な作り笑いを必死に送ってみせる。隣の次郎は、勘違いで小作人を殺してしまったと分かり、呆けた面でくうを覗き込んだまま動けないでいた。

「父上の事は本当に何も知らないんだ。家に戻ったら死んでた」

「信じられないなあ」

「三郎! お前が言うか。わしらをめようとしたくせに!」

 一郎はぜんとした面持ちで立ち上がると、使用人ウメの名前を三度呼んだ。しかし、相変わらず屋敷は静まりかえっており、一切の明かりもない。積もり始めた雪のせいで、外の音までかき消されてしまった。

「一郎兄様、怖いのでしょう? 火なら私が持ってきますよ」

「三郎はそこで座ってろ。私が行ってくる」

「ちょっと、次郎。小作人を殺したのがそんなに都合悪い? 逃げ出さないでよ」

 先ほどから部屋の隅で腰を抜かしていた末太郎が、か細い声で問いかけた。

「でも、小作人の件があった翌日です。父上が井戸に落ちて死んだのは」

「だからあれは事故だと……」

「もういい! 今から庄屋様のところへ行って全部話してくる。あのお方は父の兄上だ。話せば分かって下さる」

 罪に耐えきれなくなった次郎が立ち上がる。足早に去ろうとした次郎に刃を差し向けたのは一郎だった。積もり始めた真白ましろに赤い花が咲く。縁側から転げ落ちた次郎は、そのまま動かなくなった。

「小作人が死んだ程度で正直に話す馬鹿がどこにいるんだ!」

「あーあ。兄様、殺しちゃった」

「三郎! お前が父上の事もやったんだな?」

 兄様の言うことに、今更耳を貸す必要などない。そう言いたげな三郎が、しゃがみ込んで末太郎の目を覗き込んだ。

「末太郎、お前が今から庄屋様のところへ行ってこい」

「……へ?」

「見てただろ。たった今、沙汰が起きた」

「三郎! 貴様!」

 まだ血の滴る刃が今度は三郎に向けられる。彼は肩をすくめると、一郎をちようしようしてみせた。

「私がしたのは強奪だけだ。米、麦、農作物……ああ、その中に女も入ってたかな」
 
 次郎が殺されても声一つ上げなかったツルの顔が強ばった。

「ちょっと待って、三郎。娘のミヨを夜道で襲ったのって。まさか」

「偶然です。私もミヨだと思っていませんでした」

 ブツリという音がして、今度は三郎が口から血を吐いた。障子に赤い花が飛び散る。しかし先ほど果てた次郎とは違い、ヘラヘラと薄笑いを浮かべたままだ。

「長男だか長女だか知らないけど、あんたら勘違いしすぎなんだよ。俺はやりたいようにやっただけだ」

「父上はお前のやったことを知ってたのか?」

「いいえ。そう言えば姉様。あの日、屋敷にいたのは貴方だけでしたなあ。聞いてますよ」

 三郎は心底おかしそうに笑うと、手当たり次第に障子を壊した。肩を押さえた一郎がとどめを刺す。三郎は笑ったまま、次郎の上に重なるようして事切れた。ついに部屋中が真っ赤に染まった。

 外では相変わらず冷たい雪が降り続いていた。

「本当なのか? ツル。父上を殺したというのは」

「姪を襲って平気な顔をしていたのよ、三郎は。そんな男の言うことを本当に信じるの? くだらない。末太郎、早く庄屋様の家に向かって。兄は重罪人だわ」

 しかし、末太郎は膝を震わせて呆然としていた。仏壇のあった場所を見つめたまま動かない。「使えない男」そうぼやいたツルの背後に一郎が立った。

「私を殺すのですか、一郎。貴方の姉ですよ」
 
「父上に何をした」

 ツルは振り返ると愚鈍な弟、一郎に本当の事を教えてあげた。

「うちの夫が信用できないっていうから、話し合いをしただけよ。その時、井戸に仏様を落としてしまって。少し手伝ってあげたら、落ちちゃった」

「なんてことを……貴様!」

 三度、刃が振り下ろされた。金切り声を上げたツルの着物が乱れる。それを自分の足で踏んでしまった彼女は、つんのめってふすまを突き破った。頭から外に転げ落ち、そのままあっけなく死んでしまった。

 イタコの言った「呪われている」
 この言葉で、三人の命があっという間になくなった。

 それまでずっと仏壇を見たまま動かなかった末太郎が、ようやく立ち上がった。ヨロヨロと歩き出した彼は、父嘉太郎のはいを抱いて泣き始めた。

「やっぱりこの村は呪われてるんだ!」

「落ち着け、末太郎。屋敷には誰もいない。今すぐ庄屋様のところへ行くんだ」

「今?」

「ああ、元々仲の良くなかった三人だ。勝手に殺し合った事にすればいい」

? 

「……え?」

 一郎の心臓に末太郎の小刀が深々と突き刺さっていた。がくぜんとした一郎が、小刀を抜き去ろうとする。しかし、その手を押し戻したのは末太郎であった。

 暗闇の中で末太郎は笑っていた。

「私は、あんたらと母親が違う。私の母親は使用人のだ」

 吹雪の中を始まりのイタコが現れた。積もった雪で顔を拭う。同時に結っていた髪も振りほどいた。染め粉が落ちて、白髪が姿を現す。一郎は女を見ておののいた。

 それもその筈、先ほどから呼び続けた使用人が目の前に立っていたのだから。

「お前らだったか、わしのおっとうを殺したんは」
 
「この村は呪われてる。清めなくてはなりませんね、母上」

「使用人の分際で偉そうにほざくな」

「残念です。父上は私、末太郎をとしてお認めになっています」

 一郎から小刀を奪い取った末太郎が笑顔で告げた。

「それでは、兄様。ご達者で」

 言い終わらないうちに、刃をのどぶえに突き立てる。のたうち回る一郎にとどめを刺したのはウメであった。

「さて、母上。これから私は庄屋様のところへ行って参ります。何かと仲の悪い兄姉でした。まさか、身内同士で殺し合いになるとは」

「ん。一郎はした。そうじゃな、末太郎。呪われた村は、新しい長が清めなくてはならんからの」

 末太郎は父嘉太郎のはいを、母ウメに渡した。「おっとう」そう呼びながら愛おしそうにはいを抱きしめるウメ。そんな母を見た末太郎は、庄屋を目指して吹雪の中に消えていった。




 -終-

 
 

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