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第2章 聖女と聖獣
第32話 蠢動
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エルヴィンは苛立っていた。
通称南の砦に着いて早一週間、ある程度は覚悟していたとはいえ、ルーフェン王国との交渉が全く進まない。こちらは王太子自ら出向いて来ているというのに、のらりくらりと躱すだけで、一向に埒が明かない。
どうやら時間稼ぎに徹しているようだが、何を待っているのやら。だが向こうが時間を与えてくれるなら、こちらも準備する時間が取れる。
「将軍、増援の一個師団はいつ頃到着する?」
「はっ! 一両日中には到着する予定です」
王都からここまで馬車で約三日、歩兵を含む部隊の移動にしては早い方だろう。援軍が到着すれば、例え開戦することになってしまったとしても、すぐに蹂躙されてしまうということにはならないはずだ。
それでも、開戦しないに越したことはないので、もう何度目になるかも分からない不毛な交渉に向けて、準備を始めるエルヴィンだった。
◇◇◇
リシャールは執務室で兄エルヴィンからの報告を、厳しい目付きで睨んでいた。
『南の砦にてルーフェン王国と開戦の兆しあり』
(今度は南か...北からの報告がまだ上がって来ていないこの状況でタイミングが悪過ぎるな...しかもなんだか仕組まれているような嫌な感じが...)
リシャールは頭を振って、まずはしっかり現状を把握しなければと思い、
「レイモンド、諜報部隊からの報告はまだ来ないか?」
「まだです。そろそろ来てもいい頃なんですが...」
もう一週間になる。さすがに遅過ぎると思った。何か起こっているのかも知れない。
「念の為、騎士団を召集しておいてくれ」
「いつでも出られるよう準備してます」
「流石だな」
南は兄が居る限り大丈夫だろう、自分は北で何かあった場合、いつでも動けるように備えておこう、リシャールはそう決意した。
◇◇◇
その日、エインツの町は朝から異様な雰囲気に包まれていた。宿屋の一室、仮の前線本部で自分の部下である諜報部隊員達の報告に目を通していたグレンは、日に日に濃くなって行く瘴気に頭を悩ませていた。
頭痛と吐き気に絶えず襲われ、油断すると意識を持って行かれそうになる。何とか歯を食いしばって耐えていられるのは、部下達も同じ苦しみを耐えているに違いなく、隊長たる自分だけが弱音を吐く訳にはいかないという矜持のみである。
瘴気の発生元を早急に突き止めないと、そして神官かあるいは聖女を派遣して貰って瘴気を祓って貰わないと、町の住人達がバタバタ倒れてしまうだろう。
連絡を絶った修験者や冒険者達の安否も気になるが、まずはこの瘴気を何とかしないと、痛む頭を抑えながら隊長は報告書を認めていた。その時、
「隊長、大変ですっ!」
部下の一人が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。
「どうしたっ!?」
「帝国軍が山の中腹に布陣してますっ!」
「なにぃ! 規模はどのくらいだっ!?」
「詳細は不明ですが、恐らく一個大隊は下らないかと」
「なっ!」
最早、悠長に報告書を書いてる場合じゃないっ! グレンは緊急通信用の魔道具を引っ張り出して王宮に連絡を入れた。
この魔道具は高価な上に一回きりの使い捨てなので、余程の緊急事態じゃない限り使われる事はないが、今回はそれに該当するだろう。
連絡を終えたグレンが部下に今後の指示をしようとした時、
「な、なんだ!?」
嘗てない程の激しい揺れがエインツの町を襲った。
◇◇◇
神殿の一室、タチアナの部屋にある大きなベッドの上でクロウは微睡んでいた。その隣ではタチアナが静かに寝息を立てている。
「っ!」
急にクロウが飛び起きた。
「っどうしたの?」
その気配にタチアナが目を覚ます。
「...」
タチアナの問いに答える事なく、じっと北の方を向いている。
その赤い瞳は爛々と輝いていた。
通称南の砦に着いて早一週間、ある程度は覚悟していたとはいえ、ルーフェン王国との交渉が全く進まない。こちらは王太子自ら出向いて来ているというのに、のらりくらりと躱すだけで、一向に埒が明かない。
どうやら時間稼ぎに徹しているようだが、何を待っているのやら。だが向こうが時間を与えてくれるなら、こちらも準備する時間が取れる。
「将軍、増援の一個師団はいつ頃到着する?」
「はっ! 一両日中には到着する予定です」
王都からここまで馬車で約三日、歩兵を含む部隊の移動にしては早い方だろう。援軍が到着すれば、例え開戦することになってしまったとしても、すぐに蹂躙されてしまうということにはならないはずだ。
それでも、開戦しないに越したことはないので、もう何度目になるかも分からない不毛な交渉に向けて、準備を始めるエルヴィンだった。
◇◇◇
リシャールは執務室で兄エルヴィンからの報告を、厳しい目付きで睨んでいた。
『南の砦にてルーフェン王国と開戦の兆しあり』
(今度は南か...北からの報告がまだ上がって来ていないこの状況でタイミングが悪過ぎるな...しかもなんだか仕組まれているような嫌な感じが...)
リシャールは頭を振って、まずはしっかり現状を把握しなければと思い、
「レイモンド、諜報部隊からの報告はまだ来ないか?」
「まだです。そろそろ来てもいい頃なんですが...」
もう一週間になる。さすがに遅過ぎると思った。何か起こっているのかも知れない。
「念の為、騎士団を召集しておいてくれ」
「いつでも出られるよう準備してます」
「流石だな」
南は兄が居る限り大丈夫だろう、自分は北で何かあった場合、いつでも動けるように備えておこう、リシャールはそう決意した。
◇◇◇
その日、エインツの町は朝から異様な雰囲気に包まれていた。宿屋の一室、仮の前線本部で自分の部下である諜報部隊員達の報告に目を通していたグレンは、日に日に濃くなって行く瘴気に頭を悩ませていた。
頭痛と吐き気に絶えず襲われ、油断すると意識を持って行かれそうになる。何とか歯を食いしばって耐えていられるのは、部下達も同じ苦しみを耐えているに違いなく、隊長たる自分だけが弱音を吐く訳にはいかないという矜持のみである。
瘴気の発生元を早急に突き止めないと、そして神官かあるいは聖女を派遣して貰って瘴気を祓って貰わないと、町の住人達がバタバタ倒れてしまうだろう。
連絡を絶った修験者や冒険者達の安否も気になるが、まずはこの瘴気を何とかしないと、痛む頭を抑えながら隊長は報告書を認めていた。その時、
「隊長、大変ですっ!」
部下の一人が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。
「どうしたっ!?」
「帝国軍が山の中腹に布陣してますっ!」
「なにぃ! 規模はどのくらいだっ!?」
「詳細は不明ですが、恐らく一個大隊は下らないかと」
「なっ!」
最早、悠長に報告書を書いてる場合じゃないっ! グレンは緊急通信用の魔道具を引っ張り出して王宮に連絡を入れた。
この魔道具は高価な上に一回きりの使い捨てなので、余程の緊急事態じゃない限り使われる事はないが、今回はそれに該当するだろう。
連絡を終えたグレンが部下に今後の指示をしようとした時、
「な、なんだ!?」
嘗てない程の激しい揺れがエインツの町を襲った。
◇◇◇
神殿の一室、タチアナの部屋にある大きなベッドの上でクロウは微睡んでいた。その隣ではタチアナが静かに寝息を立てている。
「っ!」
急にクロウが飛び起きた。
「っどうしたの?」
その気配にタチアナが目を覚ます。
「...」
タチアナの問いに答える事なく、じっと北の方を向いている。
その赤い瞳は爛々と輝いていた。
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