上 下
1 / 2

しおりを挟む

家の近くの森へ出掛けるとき、母はいつも私に言うの。

「狼には気をつけなさい」

って。

でもね、おかしいのよ?

この森には、むかしから沢山の狼がいるわ。

私の家の庭先にも。

川を越えた花畑にも。

林道や山道、山の上にも。

彼等はみんな、昔からの顔馴染みなの。

私に食べられる木の実や花の在処を教えてくれたのも彼等よ?

それに母は知っているわ。

私達が仲良しだってことも。

ねぇ、おかしいと思わない?

なんで急に母がそんなことを言いだしたのか……。

「あぁ。そうだなぁ」

目の前の彼は静かに告げると、私の頬をベロリと舐めた。

「ちょっと、私は真剣に訊いているのよ?」

怒りを露わにすると、彼は笑って頭を撫でる。

「ハハハ…それはすまない」

「じゃあ貴方も真剣に考えて!ねぇ、どうしてだと思う?」

「…そうだな」

彼は少し考えた素振りをして私をチラリと見た後、口角を吊り上げながら呟いた。

「お前が……大きくなったからだろう」

「私が大きくなったから?」

「あぁ」

彼は私の頭を撫でると、鼻先を近づける。

「大きくなったらなんで気をつけなくちゃいけないのよ。それって子供に言うことでしょう?」

「そうだな。子供は拙くて脆いから……」

「でしょう?でも、私はもう16よ?」

銀色の毛並みを撫でながら告げると、彼は私の手に擦り寄り、甘える様な仕草をした。

「大人には大人の危険があるんだよ」

「大人の危険…?」

彼は私の瞳を見つめて静かに笑う。

「あぁ。女性は特に、だ」

月の様に輝く瞳は、私を捕らえて離さない。

「ねぇ、その危険って……?」

私は興味本意で聞いてみた。

「知りたいか?」

彼は鋭い牙をむき出して、私の首に歯を突き立てる。

「……えぇ、教えて…?」

私は目を瞑り、喉を鳴らした。

「フフフッ。どうなっても知らないぞ?」

彼は腹を空かせた狼の如く、私の躰を貪った。
しおりを挟む

処理中です...