災禍の令嬢ヴィヴィアンは、普通に無難に暮らしたい

ねこたまりん

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ヴィヴィアンの婚約

ヴィヴィアンの斥候たちは、見た

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 病院長の執務室では、赤黒い薬壺やっこを持った男が、薄笑いを浮かべて立っていた。

 男の足元には、サポゲニン病院長が、目を見開いたまま、仰向けに倒れている。怪我をしている様子はないが、呼吸の気配もない。

「王都病院を統べる人間が、こうもあっさりとボクに殺られるとはね。昔からずっと、この国の上の奴らは、救い難いほど人を見る目がないよね」

 男は、左の手のひらに載せている薬壺を、右手でやさしく撫でながら、愛おしげに見つめた。

「ねえ、母様。そう思うでしょ。こいつはここには、相応しくない」

 男はサポゲニンの肩のあたりを、つま先で軽く蹴った。

「屍鬼のくせに病院で働くとか、人助けとか、結婚までしちゃうとか、ほんと馬鹿だよね、サポゲニン。ボクの邪魔ばっかりしてくれてさ。ずっと目障りだったよ」

 蓋が外されている薬壺からは、細かな泡がはじけるような音がしている。それは、男の言葉に応える囁き声のようでもあった。

「でも今日からは、この部屋はボクと母様のものさ。病院もね」

 男は執務机に近づくと、そこにあった書類に目をとめた。

「自己魔力不全症候群の根治治療……ね」

 薬壺をそっと机に置いて、椅子に腰掛けた男は、目にかかっていた青紫色の髪の毛をかき上げながら、書類を手に取って読み始めた。

 それは、病院の事務員たちが超人的な処理能力で仕上げた、蛇鞭の特許出願書類と、ヴィヴィアンが関係する医療活動への特別予算を王都の議会に求める書類だった。

「なるほど。ヴィヴィアン・ウィステリアが、また余計なことをしたわけか」

 薄笑いを浮かべる男の顔に、微かな苛立ちが過ったけれども、直ぐに消えた。

「昨日のうちに殺せるはずだったんだけど、馬鹿な弟がしくじるから、一日伸びちゃったよ。でもまあ、こんなこともあるよね、母様」

 男は書類を机に置くと、手のひらに薬壺を載せて、椅子から立ち上がった。

「さて、病院中の人間からにあげる魔力を吸い取る術式は、全部仕掛け終わったことだし、あとは病院長の死体をボクの傀儡にすれば、今日のお仕事は終了だね」

 病院長のそばにしゃがんだ男は、ゴミを見るような目を向けた。

「こんな奴に母様の命を注ぎたくないなあ。腹が立つよね。でも、ボクのためだもの、許してくれるよね」

 病院長の胸の上で傾けられた薬壺から、ぽたり、ぽたりと黒い液が滴り落ちた。

「一か月で、全てをボクに引き継ぐように手配すること。あ、給料は今より増やしておいてね。終わったら、自分で焼却炉に入ってね。片付けは大事だから、忘れないでよね」

 男は立ち上がると、窓辺に寄って外を見た。 

「昨日みたいに変な虫が湧いたら鬱陶しいと思って、虫を狂わせる用意をしてきたけど、いらなかったみたいだね」

 病院前の広場には、警察部隊員が何人か立っているが、男の呪術によって意識を支配されているので、邪魔される心配はない。

「傀儡が起動するまで、もう少し時間ががかるかな。ああそうだ、せっかくだから、馬鹿な弟と、目障りな父様を、今日のうちに始末しておこうか。ふふふふふふふ。楽しいねえ、母様」


 屍術師セイモア・グリッドは、薬壺に頬を寄せて、心から楽しそうに笑った。




 一部始終をドアの隙間から見ていた親虫たちは、薬壺の男に酷評を加えていた。

──なんとも、気持ちの悪い人間じゃのう。食わずに埋葬したくなったわい。

──確かにの。あんなもの食ったら、腹がおかしくなりそうじゃ。

──あやつを見ておると触覚がゾクゾクするんじゃが、あのおかしな紫色の髪の毛、なんぞ毒でも持っとるのかのう。

──それよりもあの器じゃ。どうも奇妙な気配があるぞい。何かこう、地の底まで逃げ出したいほど恐ろしいのに、命懸けで吸い付きたいほど懐かしいような…

──それよ! あのフェロモンもどきに、どこかで嗅いだことがある匂いが混じっておるような、いや、ないような、知りたいような、やっぱり知りたくないような…

 四匹の親虫たちは、しばし無言で見つめあってから、心を合わせて恐るべき真実に向き合った。

──わしらの愛しき番たちが、間違いなく、あの壺のなかに、捕まっておる…




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