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ヴィヴィアンの婚約
ヴィヴィアンは素朴な疑問を抱いた
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「父さん…」
「ギル……これは、夢か?」
「夢じゃないかって僕も思うけど、ちゃんと生きてるよ」
アーチバル・グリッドは、長男のそばにいる三男夫婦にも気づいた。
「ユアンとメアリー、無事だったか」
「うん。僕たちみんな、ウィステリア嬢に救われたんだけど……父さん、顔、どうしたの?」
アーチバル・グリッドの頬には、赤い手形がついていた。
「あー、少しばかり呆けていたらしくてな、淑女の方々に起こしていただいたらしい」
「長年の重い御心労のせいですわね」
「そうだな。ビンフィル医師の手を煩わすことになり、誠にすまなかった」
「ねえスカーレット、トンチキな人の心労には電撃チョップだけじゃなくて張り手も効…」
「あっ、そうだわヴィヴィアン!」
空気を読まないヴィヴィアンの質問を、スカーレットは途中で叩き落とした。
「なに?」
「私のお昼ご飯、作ってくれてたわよね!」
「うん、お腹空いたよね。ここで食べる?」
「とりあえず、いま、受け取っておくわ」
「分かった」
ヴィヴィアンが帆布カバンからワッパーウェアを取り出してスカーレットに手渡すのを、グリッド兄弟は微妙な表情で眺めていた。
(手形、多いな…)
(父さん、何発引っ叩かれたんだ?)
「さて、グリッドのご子息たち、その薬壺の正体については、どこまで把握できてるの?」
イルザ・サポゲニンの質問に、まずギル・グリッドが応じた。
「僕が薬壺の中にいた間に知ったことは、大体話しました。先祖のことや、父さんがずっと戦っていたことや、僕の弟たちが呪いに操られていたことなどです」
ユアン・グリッドが、後に続いた。
「僕は、メアリーを助けようとする気持ちにつけ込まれ、ウィステリア嬢を陥れようとしていました。さっき目覚めてから、少しづつ色々思い出してきて……自分が弱いせいで、こんなことになったんだって、分かりました」
「弱かったのは僕もだし、セイモアもだよ、ユアン。父さんはすごく強かったから、もう少しで薬壺に勝てるところまで行けた。でも、目の前で母さんを失って、父さんは少しだけ弱くなってしまったんだ。そうだよね、父さん」
「ああ、その通りだ。弱さのために油断して、私は負けた…すまなかった」
「父さん、ギル兄さん…」
「呪術の家門が、長い間ずっと呪いに負け続けて、より弱いものを搾取して苦しめ続けた。僕らは、その罪と向き合う必要がある。一緒に強くなろう。なんとしても僕らの力で、薬壺の呪いから家門を解放するんだ」
「ギル、そうだな」
「兄さん、僕も頑張るよ」
「セイモアも正気に戻れば、きっと一緒に戦ってくれると思う」
家族の絆を結び直すグリッド家の父子たちに、柔らかな眼差しを向けていたイルザ・サポゲニンは、これから彼らに厳しい宣告をしなければならないことに、彼女らしくもない心の痛みを覚えていた。
けれども、後回しにしても仕方がないことだと割り切り、口を開いた。
「ごめんなさい。いまから嫌な話をするわ……病院で保管している禁呪の記録に、その薬壺と同じタイプの被害についての記述があったのを、うちの人が思い出したの。特定の家系に取り憑いて、精神汚染を仕掛けながら、何代にも渡って搾取を繰り返す……グリッド家の長であるアーチバルさんは、たぶんお気づきだったと思うけれど、その薬壺の解体……呪いの完全抹消には、嫡流の命の代償が、どうしても必要になるのよ」
「命の代償って、トンチキ壺を壊すために、誰かが死ぬ必要があるということ?」
「そうよ、ヴィヴィアン。忌々しい話だけど、そいつの本体に宿るその魂は、たとえ薬壺を破壊しても、呪っている一族から隔離しても、別の器に乗り換えて、永遠に呪い続ける。そいつは、そういう性質の古代呪具なのよ。そうでしょ、アーチバルさん」
イルザ・サポニゲンの言葉に、アーチバル・グリッドは小さく頷いた。
「だから私は、薬壺を破壊せず、我が家門の者に呪いをかける手立てのみ奪おうとしたのだ。妻を害する肉蝿を倒した後は、薬壺を厳重に封印し、精神に干渉させぬように処置をして、二度と世に出さぬつもりだった。けれども、妻を失った刹那に、私は薬壺に屈服し、支配下に置かれてしまった。そのために封印ができないまま、ギルを失い、家族を破滅に向かわせた」
「薬壺は強力で狡猾だから、人の手による封印など、決して許さない。だけど薬壺は、とある条件を提示されれば、自ら呪いを解く可能性がある。アーチバルさん、そのことは知っていた?」
「いや、初めて聞いた」
「そいつの望みは、人の身体を得て、人として蘇ることなのよ。なにしろ、元が生身の人間だからね。ギル・グリッド、中にいたあなたなら、薬壺の魂に気づいていたんじゃない?」
「うっすらとは。直接声を聞いたことはなかったけど、うちの母たちの他にも、誰かがいるような気配はありましたね。僕らを守ろうとする母たちの片鱗とは全然違っていて、ただただ怒りに満ちた母性っていうのかな」
「そう。その薬壺は女性だったのね」
「たぶん、そうです。その誰かは、自分の『息子』を執拗に求めていたみたいでした」
「もしかしたら、呪いの核に、息子を失った母を使ったのかもしれないわね。古代の呪術師は、ほんと、悍ましい禁呪を編み出したものだわ」
「ギル……これは、夢か?」
「夢じゃないかって僕も思うけど、ちゃんと生きてるよ」
アーチバル・グリッドは、長男のそばにいる三男夫婦にも気づいた。
「ユアンとメアリー、無事だったか」
「うん。僕たちみんな、ウィステリア嬢に救われたんだけど……父さん、顔、どうしたの?」
アーチバル・グリッドの頬には、赤い手形がついていた。
「あー、少しばかり呆けていたらしくてな、淑女の方々に起こしていただいたらしい」
「長年の重い御心労のせいですわね」
「そうだな。ビンフィル医師の手を煩わすことになり、誠にすまなかった」
「ねえスカーレット、トンチキな人の心労には電撃チョップだけじゃなくて張り手も効…」
「あっ、そうだわヴィヴィアン!」
空気を読まないヴィヴィアンの質問を、スカーレットは途中で叩き落とした。
「なに?」
「私のお昼ご飯、作ってくれてたわよね!」
「うん、お腹空いたよね。ここで食べる?」
「とりあえず、いま、受け取っておくわ」
「分かった」
ヴィヴィアンが帆布カバンからワッパーウェアを取り出してスカーレットに手渡すのを、グリッド兄弟は微妙な表情で眺めていた。
(手形、多いな…)
(父さん、何発引っ叩かれたんだ?)
「さて、グリッドのご子息たち、その薬壺の正体については、どこまで把握できてるの?」
イルザ・サポゲニンの質問に、まずギル・グリッドが応じた。
「僕が薬壺の中にいた間に知ったことは、大体話しました。先祖のことや、父さんがずっと戦っていたことや、僕の弟たちが呪いに操られていたことなどです」
ユアン・グリッドが、後に続いた。
「僕は、メアリーを助けようとする気持ちにつけ込まれ、ウィステリア嬢を陥れようとしていました。さっき目覚めてから、少しづつ色々思い出してきて……自分が弱いせいで、こんなことになったんだって、分かりました」
「弱かったのは僕もだし、セイモアもだよ、ユアン。父さんはすごく強かったから、もう少しで薬壺に勝てるところまで行けた。でも、目の前で母さんを失って、父さんは少しだけ弱くなってしまったんだ。そうだよね、父さん」
「ああ、その通りだ。弱さのために油断して、私は負けた…すまなかった」
「父さん、ギル兄さん…」
「呪術の家門が、長い間ずっと呪いに負け続けて、より弱いものを搾取して苦しめ続けた。僕らは、その罪と向き合う必要がある。一緒に強くなろう。なんとしても僕らの力で、薬壺の呪いから家門を解放するんだ」
「ギル、そうだな」
「兄さん、僕も頑張るよ」
「セイモアも正気に戻れば、きっと一緒に戦ってくれると思う」
家族の絆を結び直すグリッド家の父子たちに、柔らかな眼差しを向けていたイルザ・サポゲニンは、これから彼らに厳しい宣告をしなければならないことに、彼女らしくもない心の痛みを覚えていた。
けれども、後回しにしても仕方がないことだと割り切り、口を開いた。
「ごめんなさい。いまから嫌な話をするわ……病院で保管している禁呪の記録に、その薬壺と同じタイプの被害についての記述があったのを、うちの人が思い出したの。特定の家系に取り憑いて、精神汚染を仕掛けながら、何代にも渡って搾取を繰り返す……グリッド家の長であるアーチバルさんは、たぶんお気づきだったと思うけれど、その薬壺の解体……呪いの完全抹消には、嫡流の命の代償が、どうしても必要になるのよ」
「命の代償って、トンチキ壺を壊すために、誰かが死ぬ必要があるということ?」
「そうよ、ヴィヴィアン。忌々しい話だけど、そいつの本体に宿るその魂は、たとえ薬壺を破壊しても、呪っている一族から隔離しても、別の器に乗り換えて、永遠に呪い続ける。そいつは、そういう性質の古代呪具なのよ。そうでしょ、アーチバルさん」
イルザ・サポニゲンの言葉に、アーチバル・グリッドは小さく頷いた。
「だから私は、薬壺を破壊せず、我が家門の者に呪いをかける手立てのみ奪おうとしたのだ。妻を害する肉蝿を倒した後は、薬壺を厳重に封印し、精神に干渉させぬように処置をして、二度と世に出さぬつもりだった。けれども、妻を失った刹那に、私は薬壺に屈服し、支配下に置かれてしまった。そのために封印ができないまま、ギルを失い、家族を破滅に向かわせた」
「薬壺は強力で狡猾だから、人の手による封印など、決して許さない。だけど薬壺は、とある条件を提示されれば、自ら呪いを解く可能性がある。アーチバルさん、そのことは知っていた?」
「いや、初めて聞いた」
「そいつの望みは、人の身体を得て、人として蘇ることなのよ。なにしろ、元が生身の人間だからね。ギル・グリッド、中にいたあなたなら、薬壺の魂に気づいていたんじゃない?」
「うっすらとは。直接声を聞いたことはなかったけど、うちの母たちの他にも、誰かがいるような気配はありましたね。僕らを守ろうとする母たちの片鱗とは全然違っていて、ただただ怒りに満ちた母性っていうのかな」
「そう。その薬壺は女性だったのね」
「たぶん、そうです。その誰かは、自分の『息子』を執拗に求めていたみたいでした」
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