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業務日誌(二冊目)
(13)新規開拓
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デミグリッド国で起きた突然の軍事クーデターは、周辺国家を驚かせたけれども、臨時政権がほぼ一日で国内全域を掌握したばかりか、驚くほど短期間で政治を立て直したために、混乱が生じることがなかった。
某帝国の第三皇子や、どこの誰とも分からない謎の組織が暗躍していたからこその無血革命だったけれども、それを知る者はいない。
クーデターの三日後、元国王が療養する別棟に、襲撃があった。
ネイトたちに取り押さえられた襲撃犯人たちは、圧政で国民を苦しめた王を糾弾するのだと息巻いていたけれども、執事長たちによる丁寧な取り調べによって、デミグリッド国民ではないことと、誰かに植え付けられた記憶に操られて帝国に送られてきたことが判明した。
また、襲撃の陰に隠れて、城内に呪具を仕掛けようとしていた者たちも、防衛班と庭師組によって、ことごとく捕縛された。
「二度も同じ手を食うかよ」
「呪具も変わり映えしないな。これなら仕掛けられても、庭に設置した対抗魔具で無効化できてたよ」
捕まえた者たちは、植え付けられた記憶を消去した上で、コソ泥や、城に不法侵入した酔っ払いとして、警察部隊に引き渡した。
「一応監視はつけとくが、たぶん無意味だな。高い魔力を持つものがいなかったし、ありゃ使い捨ての手駒だろう。回収せずに、新しい奴を用意するだろうな」
料理長のゲイソンは、昼食の支度を自分の人形に任せて、襲撃に対応したアルダスや防衛班の者たちと打ち合わせをしていた。
「ケルベロスに齧らせていた者たちには、まんまと逃げられましたね」
「あれは不覚だった。何かに吸い込まれるように消えたんだが、術の痕跡がないんだよな」
魔力が使われれば、多かれ少なかれ残滓が出るものなのだが、鋭敏な感覚を持つゲイソンや厨房組が調べても、一切何も見つからなかった。
防衛班を取りまとめているルーベンは、渋い顔で話を聞いていた。
「吸い込まれるように、か。それと同じことを、この城の中でやられる可能性もある。対策が絶対に必要だが、どう防げばいいのか見当もつかん」
ゲイソンも苛立たしげに続けた。
「あの三人は、屋外でいきなり消えたんだ。消えた場所は三人ばらばらだったが、それなりに人通りの多い街中で、消える前後に怪しい動きを見せたものもいなかった」
「仕掛けた者が見当たらず、呪具や魔具もなく、魔力の残滓もない、か。でも、お嬢を部屋ごと飛ばしたあれは、呪術だったんだよな」
「ええ。はっきりと残滓もありましたから、行き先を追うのも簡単でしたね」
魔導学では、自分の魔力と術式によって発動するのが魔術であり、自分以外の力を核として利用し、術式と組み合わせて発動するのが呪術だとされている。
呪術の核とされるものは様々だけれども、他者の命や肉体などを不当に利用するものは禁術とされて、どの国でも厳しく取り締まられている。
ローザを部屋ごと誘拐した呪術には、複数の人間の命か魂が使われた形跡があった。
「一連の攻撃や仕掛けが、ほとんど呪術系だったのも、気になるところです」
「そういえばそうだな。手掛かりが何もない状況だが、吸い込むように人を消す手口も、強力な呪術だと仮定して、徹底的に対抗策を取るしかないか…」
ルーベンの言葉に、ゲイソンも頷いた。
「呪術の盛んな国に人をやって、そういう禁呪が存在しないか、探らせてみる」
「皆、くれぐれも用心してください。万が一にも私たちに何かあれば……お嬢様の身が危ういのですからね」
使用人たちは、ローザの前世が邪神だということは聞かされていない。
彼らが知っているのは、ローザが世界を飲み込むほどの虚無を抱えていることと、虚無の暴走を止めるために、ローザが簡単に自分を消す選択をしてしまうということだった。
そしてローザの虚無は、大切に思う者たちを失ったり、傷つけられたりすることで、たやすく暴走してしまうのだという。
ローザを守るためには、全員が無事でいなくてはならないと、使用人たちは肝に銘じていた。
「調査には、厨房の連中の人形のほうを送らせるか…」
「その方が良いでしょうね」
「俺らも外回りでは気をつけるよ……命をかけさせてくれねえ主っていうのも、難しいもんだね」
苦笑いするルーベンに、アルダスは心外そうな顔で言った。
「だからこそ、尽くし甲斐があるのではないですか。精進しないといけませんな」
「分かってる。絶対に悲しませるもんか」
その頃アレクシス皇子は、呪術の残滓を搾り出してヨレヨレになった身体を、とある国に飛ばしていた。
「術者をたどって飛んだつもりだけど……場所が分からないな。どこだ?」
皇子は、視界に入った大きな門に近づいた。
「王都ベヌレス病院……?」
門の向こうの敷地には、大小さまざまな建築物が群れ並び、それぞれをつなぐ通路は、大勢の人々で賑わっていた。沿道には店なども立ち並んでいるようで、病院というよりも、大きな街のようにも見えた。
「ずいぶんと流行っている病院だな……んー、ベヌレスって、有名な魔術学院のある街だったっけ。帝国からはだいぶ遠いし、ここから僕に記憶操作の術をかけたっていうのは、いくらなんでも無理があると思うんだけど。それに、なんで病院なんだろう…ベヌレス、ベヌレス…うーん、何かひっかかるんだけど、出てこないな」
しばらく考えこんでいたけれども、結論が出そうにないと思った皇子は、一度帰国することにした。
「テオにも早く帰れって言われてるし、ローザのことも心配だ。ベヌレスは一応のヒントということで、執事長たちにも知らせておこうかな。あ、そうだ、ローザにお土産買って帰ろう」
アレクシス皇子は、病院内で一際賑わっている売店に、いそいそと足を向けた。
某帝国の第三皇子や、どこの誰とも分からない謎の組織が暗躍していたからこその無血革命だったけれども、それを知る者はいない。
クーデターの三日後、元国王が療養する別棟に、襲撃があった。
ネイトたちに取り押さえられた襲撃犯人たちは、圧政で国民を苦しめた王を糾弾するのだと息巻いていたけれども、執事長たちによる丁寧な取り調べによって、デミグリッド国民ではないことと、誰かに植え付けられた記憶に操られて帝国に送られてきたことが判明した。
また、襲撃の陰に隠れて、城内に呪具を仕掛けようとしていた者たちも、防衛班と庭師組によって、ことごとく捕縛された。
「二度も同じ手を食うかよ」
「呪具も変わり映えしないな。これなら仕掛けられても、庭に設置した対抗魔具で無効化できてたよ」
捕まえた者たちは、植え付けられた記憶を消去した上で、コソ泥や、城に不法侵入した酔っ払いとして、警察部隊に引き渡した。
「一応監視はつけとくが、たぶん無意味だな。高い魔力を持つものがいなかったし、ありゃ使い捨ての手駒だろう。回収せずに、新しい奴を用意するだろうな」
料理長のゲイソンは、昼食の支度を自分の人形に任せて、襲撃に対応したアルダスや防衛班の者たちと打ち合わせをしていた。
「ケルベロスに齧らせていた者たちには、まんまと逃げられましたね」
「あれは不覚だった。何かに吸い込まれるように消えたんだが、術の痕跡がないんだよな」
魔力が使われれば、多かれ少なかれ残滓が出るものなのだが、鋭敏な感覚を持つゲイソンや厨房組が調べても、一切何も見つからなかった。
防衛班を取りまとめているルーベンは、渋い顔で話を聞いていた。
「吸い込まれるように、か。それと同じことを、この城の中でやられる可能性もある。対策が絶対に必要だが、どう防げばいいのか見当もつかん」
ゲイソンも苛立たしげに続けた。
「あの三人は、屋外でいきなり消えたんだ。消えた場所は三人ばらばらだったが、それなりに人通りの多い街中で、消える前後に怪しい動きを見せたものもいなかった」
「仕掛けた者が見当たらず、呪具や魔具もなく、魔力の残滓もない、か。でも、お嬢を部屋ごと飛ばしたあれは、呪術だったんだよな」
「ええ。はっきりと残滓もありましたから、行き先を追うのも簡単でしたね」
魔導学では、自分の魔力と術式によって発動するのが魔術であり、自分以外の力を核として利用し、術式と組み合わせて発動するのが呪術だとされている。
呪術の核とされるものは様々だけれども、他者の命や肉体などを不当に利用するものは禁術とされて、どの国でも厳しく取り締まられている。
ローザを部屋ごと誘拐した呪術には、複数の人間の命か魂が使われた形跡があった。
「一連の攻撃や仕掛けが、ほとんど呪術系だったのも、気になるところです」
「そういえばそうだな。手掛かりが何もない状況だが、吸い込むように人を消す手口も、強力な呪術だと仮定して、徹底的に対抗策を取るしかないか…」
ルーベンの言葉に、ゲイソンも頷いた。
「呪術の盛んな国に人をやって、そういう禁呪が存在しないか、探らせてみる」
「皆、くれぐれも用心してください。万が一にも私たちに何かあれば……お嬢様の身が危ういのですからね」
使用人たちは、ローザの前世が邪神だということは聞かされていない。
彼らが知っているのは、ローザが世界を飲み込むほどの虚無を抱えていることと、虚無の暴走を止めるために、ローザが簡単に自分を消す選択をしてしまうということだった。
そしてローザの虚無は、大切に思う者たちを失ったり、傷つけられたりすることで、たやすく暴走してしまうのだという。
ローザを守るためには、全員が無事でいなくてはならないと、使用人たちは肝に銘じていた。
「調査には、厨房の連中の人形のほうを送らせるか…」
「その方が良いでしょうね」
「俺らも外回りでは気をつけるよ……命をかけさせてくれねえ主っていうのも、難しいもんだね」
苦笑いするルーベンに、アルダスは心外そうな顔で言った。
「だからこそ、尽くし甲斐があるのではないですか。精進しないといけませんな」
「分かってる。絶対に悲しませるもんか」
その頃アレクシス皇子は、呪術の残滓を搾り出してヨレヨレになった身体を、とある国に飛ばしていた。
「術者をたどって飛んだつもりだけど……場所が分からないな。どこだ?」
皇子は、視界に入った大きな門に近づいた。
「王都ベヌレス病院……?」
門の向こうの敷地には、大小さまざまな建築物が群れ並び、それぞれをつなぐ通路は、大勢の人々で賑わっていた。沿道には店なども立ち並んでいるようで、病院というよりも、大きな街のようにも見えた。
「ずいぶんと流行っている病院だな……んー、ベヌレスって、有名な魔術学院のある街だったっけ。帝国からはだいぶ遠いし、ここから僕に記憶操作の術をかけたっていうのは、いくらなんでも無理があると思うんだけど。それに、なんで病院なんだろう…ベヌレス、ベヌレス…うーん、何かひっかかるんだけど、出てこないな」
しばらく考えこんでいたけれども、結論が出そうにないと思った皇子は、一度帰国することにした。
「テオにも早く帰れって言われてるし、ローザのことも心配だ。ベヌレスは一応のヒントということで、執事長たちにも知らせておこうかな。あ、そうだ、ローザにお土産買って帰ろう」
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