PEACE KEEPER

狐目ねつき

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The 3 days

46話 ハーティス食堂にて②

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 茜色に染まっていた空が徐々に暗さを帯びていき、沈んだ太陽から仕事でも引き継いだかのように、真ん丸とした黄白色の月が夜空を照らし始める。

 夜になっても賑わいが衰えを見せることのないドメイル市やグラウト市とは違い、住宅街が主となっているアーカム市は、21時台へ差し掛かってくると人通りも自然と少なくなっていく。
『ハーティス食堂』もディナーの時間帯を過ぎてしまえば閑古鳥が鳴くレベルにまで客足は遠退くのだが、今日だけは違っていた。

 なんと、ディナータイムを過ぎても客足は途絶えるどころか依然として大盛況のままだったのだ。
 いつの間にか満席となっていた食堂では、埃を被っていた予備のイスとテーブルまで使用する羽目に。
 ここまでの大盛況は老舗を誇るこの食堂の長い歴史を遡っても例を見なく、閉店時間をとうに過ぎているにも関わらず入り口には『closed』の札が掛かる事はなかった。
 ――というより、“店を閉めるタイミングを失った”と言うのが適切だろう。


「いやー、まさかウチの店に団士様が来店するなんてなあ」

 調理を行いながら、ブレットが感嘆の言葉を漏らす。
 次から次へと注文が殺到し、4つあるコンロには常に火が灯ったままの厨房。
 立ち食いをしている者も含めれば、既に客数は40人を優に超えていた。

「――おい、ライカ! この切り方だと鮮度が落ちやすいって何度も言ってるだろうが! 忙しいからって適当にやってたら張っ倒すぞ!」

「はい――!」

 先代から店を継いでからの20年間、下拵えから盛り付けまで全て一人で行ってきたブレット・ハーティス。
 そんな彼ですら、まだ学士である息子の手を借りなければ切り盛りできない程の繁盛ぶりだったのだ。

 その父からの怒声混じりの指摘を受けた少年――ライカは包丁を握り、モスウッドで出来たまな板の上で肉や魚、野菜などのありとあらゆる食材を相手に集中した姿を見せていた。

(クルーイルさんを亡くしたアウルがあれだけ頑張ろうとしてんだ。俺だって……!)

 手伝わされているライカ自身も普段の特訓の成果を発揮できる機会に恵まれたことにより、熱意をあらわにする――。



『第11団士のカレリア・アネリカが来店した』

 そのビッグニュースは店内を飛び出し、往来を行き交う人々にまで知れ渡る事となり、食堂の入り口前には数十人による行列が出来上がっていた。

「――ここアーカムでしょ? この時間にどうしてこんなに混んでるワケ?」

「――さあ、アタシもこの店には初めて来たからね」

 行列を見やった女性二人が、ハーティス食堂の前に立つ。

「ねえ、他の店にしない?」

「アタシは並んで待つよ。ここに来る約束もしたことだしな」

「マジ? ん……だったら」

 行列に並ぶのを躊躇った一人がそう言うと、列の先頭へと向かった。

「ねーえ、ちょっと……前いいかしら?」

 猫なで声で呼び、先頭で並ぶ男性の肩を叩く。
 男性は不快そうな顔つきで振り向いた。

「あぁ? 俺はもう一時間以上待ってんだ! いくら女だからって譲るわけには……」

 激昂気味に頑なとしていた男性。
 しかし声を掛けられた人物の顔を視認した途端、そのまましぼんでいくように絶句してしまう。

「何か言った?」

「いえ……お先に、どう……ぞ」

 傍目からだと男性は洗脳されたかの如く、あっさりと先を譲ったようにすら見えた。
 女性が行った交渉の一部始終を見ていた連れの方の女性も、やれやれと言った様子で一緒に先頭へと身を置く。

「全く……随分な力技ときたものだ」

「そんな野蛮な言い方しないで。を行使したまでよ」

「だから"力"技と言ったんだが」

「……なるほどね、一本取られたわ」


◇◆◇◆


「……カレリア様、今日こんにちまでゼレスティアを守って頂き、感謝しております。私のようなジジイめが生き永らえていられるのは団士様のお陰です」

 腰が"く"の字に曲がり、杖をついた老人。
 丸テーブルの席に座ったままのカレリアへ縋るように両手で握手を求め、彼女もそれに応える。

「もう、そんなかしこまんないでよぉ。私たちも頑張るからさ、おじいちゃんもその調子で長生きしてね?」

「おお……なんと有り難きお言葉」

 握手をしながら老人は涙を零し、感動と感謝の意を表した。

(そういえば……)

 目の前で泣く老人を見てアウルは、避難場所へ向かったあの日、階段を登るのに苦労していた老人の手助けをしたことをふと思い出す。

(……あのおじいちゃんも元気にしてるといいなあ)

 そう思いを馳せるアウルと、途絶えることなく客達から握手を求められていたカレリア。
 二人の本来の目的であった食事はとうの数時間前に済んでおり、既に頭の中では帰宅したい気持ちで一杯だった。
 しかし先程からこういったように客の一人一人がカレリアの元に訪れ、団士に対する日頃からの感謝の気持ちを言葉にして伝えてくることによって、帰るタイミングを失っていたのだ。

「かれりあちゃん。いつもぜれすてぃあをまもってくれてありがとう」

 お次はまだ学園にすら通う年端にも満たない、熊のぬいぐるみを抱えた幼女。
 拙い言葉ながらも、国の英雄に対しての感謝の言葉を述べた。

「あら、お嬢ちゃんありがとう。お姉ちゃん頑張るからねえ」

 営業スマイルならぬ"英雄"スマイルを振り撒きながら、幼女に応えるカレリア。

(まあ、こうやって感謝されること自体悪い気はしないんだけどさ……流石に人数が多すぎるのよね……。昼間歩きまくった疲れもまだ残ってるしさぁ……)

 表情にこそ出さなかった彼女ではあるが、そろそろ体力と気力に限界が見え始めていた。

「アウルくん、そろそろ帰ろっか?」

「いいの? まだこんなに順番待ってる人がいるけど……」

「いいの。キリがないんだもん」

 それだけを言うとカレリアは席から立ち上がり、眼鏡をかけ直す。
 アウルも仕方なくそれに続いて立ち上がる。

「あら、二人とも。もう帰っちゃうのかしら?」

 他の席に料理を運んでいたナタールが、席を後にしようとする二人を見て声を掛ける。
 ホールを一人で賄う彼女が一番激務である筈なのだが、汗の一筋すら流していない。

「ナタールさん、ごめんねぇ。お代はここ置いとくね。お料理も紅茶も美味しかったし、また来るね」

 上質な牛革で出来たロングウォレットを、おそらくは同じブランド物であるショルダーバッグから取り出し、トーカ紙幣を何枚かテーブルに置くカレリア。

「なんだいカレリアちゃん。帰っちゃうのかい?」

 赤らめた顔色の酔っ払った中年客に続き、他の客からも帰りを惜しむ声がしきりに聞こえてくる。
 アウルと手を繋いだカレリアは申し訳なさそうな笑顔で応え、人混みを縫うように入り口まで足を運ぶ。

「みんなごめんね。また来るから――」

 最後にそう告げてドアノブに手を掛けたところで、ドアが外側から開かれ、ベルがカランコロンと音を立てた。

「えっ……?」

 扉が独りでに開いたかのように錯覚をするカレリア。
 反射的に店の外へと目を向けると、そこには――。


「……なんでアンタがこんな店にいるのよ?」

「げっ!?」

 外からドアを開き目の前に立っていた人物は、カレリアと僚友でもある第15団士のオリネイ・メデュープ。

「なんだオリねえ、知り合いでもいたのか」

(えっ、なんでこの人がここに……?)

 オリネイの背後から店内を一瞥しようと姿を現した女性に、今度はアウルが驚く。

 その女性の正体は、グラウト市を活動拠点とする女鍛治士――エレニド・ロスロボスだった。

「エレン、この女よ! アタシのシャルロアたんを壊したのは!」

 後ろに立つエレニドを愛称で呼び、カレリアの眼前へ向けてビシッと指を差すオリネイ。

「ちょ、オリネイちゃん! 急に何言って――」

「ほう……。アタシの作品をあんな姿にしたのは、オマエだったか」

 オリネイが誇るグラマラスな肢体から身を乗り出し、カレリアの前へと立ちはだかるエレニド。
 女性ながら170アインクを超える身長を持ち、左目に眼帯を掛けた黒髪の女。
 あらわとなっている方の眼から放たれる鋭い眼光を、カレリアに放つ。

(なんなのこの子……怖いよぉ。ジェス助けてぇ!)

 年下の女性に因縁を付けられ、怯えるカレリア。


(……うーん、これはまだまだ帰れそうにないかなぁ)

 そのカレリアと手を繋いだままのアウルが、脳内でそう嘆く。

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