PEACE KEEPER

狐目ねつき

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Beauty fool monster

89話 試された彼女と戸惑う少年

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 ――アルセア教会、内部。

 上位魔神クィンの特性によって全身が真上から押し潰され、変わり果てた姿で転がるアダマスの遺体。
 その惨憺さんたんたる有り様は当然、如何なる手段を用いても手の施しようがなく、一目で絶命したと確信できよう。
 そんな彼の体温が抜け切った冷たい唇へ、何を血迷ったか、ジェセルがそっとくちづけたのだ。
 やや離れた位置で見守っていたフェリィは、ジェセルのその突然の奇行に絶句する。
 たった今目にしたは、命を懸けた戦いの最中において到底、有るまじき行為と言えよう。

(一体何をやって……!)

 瓦礫に埋もれてはいるが、敵はまだ生存している。
 ジェセルの窮地を救うため、フェリィが放った土術。
 不意を衝き、当てることは出来たが、の攻撃では上位魔神を仕留めることなど到底できない。彼女もそれは当然理解していた。
 ならばせめてもと思い、ジェセルをこの場から逃がす為に、フェリィは体内に残された僅かなマナをかき集めて術を放ったのであった。
 結果として時間稼ぎには成功した。ジェセルが逃げ果せる為のいとまは充分に作り出せたはずだ。
 だが彼女はなぜ、既に足手まといにしかならない自身を治癒し、この期に及んでまで斯様かような行動をしたのか――。

(流石に理解に苦しみます……ジェセル様……!)

 尽くした努力が、これではあぶくとなって散ってしまう。
 彼女の愚挙に対しそう捉えたフェリィは、胸の内にて苦言をこぼした。

「えっ……?」

 しかし、訝しげな視線を注いでいたフェリィの目が、一転して点となる。
 ジェセルが唇を這わせ、触れ合った途端、ひしゃげきったアダマスの肉体がたちまちと修復されていくのであった。その様はまるで、時間でも巻き戻しているかのようだ。

「こんな事って……」

 有り得るのか。いや有り得ないだろう。
 こんな治癒術は見た事がない。と、フェリィは眼前にて起こった光景を疑ってかかる。
 確かにジェセルは治癒術のエキスパートだ。ともすれば、魔術講士である自身ですら知り得ないとっておきと言える術を修得しているのかもしれない。
 だが、彼女は術を唱えるような所作を微塵も見せていなかった。
 そう、魔術ではないのだ。そして更に言えば、アダマスの容態は仮に上位魔神が持つ驚異的な自己治癒力を以てしても、絶対に修復は不可能な程に深刻だった筈だ。

(まさかあの行為キスが……? いや、そんなバカな……)

 そのあまりにも非現実的な現象に味方ながら、フェリィは声には出さずに不可解を訴えるばかりであった――。


◇◆◇◆


「――と、俺がという事は……クィンヤツを倒したのか、ああ」

 頭が煮上がりそうになっているフェリィが眺める中、アダマスは悠然とジェセルの横に立ち、聖堂内をぐるりと見渡す。
 つい数秒前まで死んでいたとはとても思えない程に、堂々とした立ち振る舞いだ。

「……残念ながらあそこの中よ。まだ生きているわ」

 左手に握った杖剣ウィルムーンの先端で瓦礫の山を指し、ジェセルが戦況を伝える。

「それよりアダム、アナタ攻撃を受けたわね?」

 彼女が翠緑色の瞳でアダマスをめ付ける。
 アダマスはそれに対し素知らぬ顔で、手を広げたジェスチャーで応えた。

「さて、なんの事だか」
「とぼけたって無駄よ。魔神を相手に私が一人で戦えるかどうか、試したのよね」

「どうだかな、ああ」

「試すのは結構よ……。ただ、今回はアナタですら手に余る上位魔神あいてなのよ? 私一人でどうにかなる訳ないじゃない。フェリィの助けが無ければ、アナタも石床そこで息絶えたままで、二度と立ち上がることなんてできなかったのよ?」

 ジェセルは切実に訴え、問い詰める。

「そうだな、ああ」
「“そうだな”、じゃなくて――」
「だが現に俺はこうしているし、お前もいる。そうだろ?」

「……そうだけど」

 結果だけを突き付けられ、ジェセルは上手く言い包められてしまう。
 これ以上追及するのは蛇足であると自己判断したのだ。

「……マナはまだ残っているのか?」

 敵が埋まっている方角へアダマスは視線を戻し、横で構えるジェセルへ問う。
 
「五割……ってところかしら」

 ジェセルも向き直り、概算にてマナの残量を答えた。

「ああ、いけるな」

 口角を目いっぱい吊り上げる戦闘狂アダマス

(ようやくね……遂にココまで来た)

 彼との初めての共闘。
 杖を持つ手が震える。
 だがこれは恐れではない。
 “昂ぶり”だ。
 試金石は既に研がれ、磨かれた。
 あとはその輝きを、彼の隣で存分に放つだけだ――。


◇◆◇◆


 ――グラウト市、東門前広場。

「エリスはここでじっとしてて。痛いだろうけど……我慢して」

 ピリムからはやや離れた広場の隅。アウルはいたたまれない表情で、エリスへと語りかける。

「うん……。アウル、大丈夫なの?」

 痛みに歯を食い縛りつつ、エリスは心配を返す。
 切断された腕の断面は既に血が止まっていた。
 エリスが人間であれば、数十分と持たず失血死が待っていただろう。
 魔神であるからこそ、耐えうることが可能だったのだ。

「大丈夫、後は任せて」

 アウルは無理に口元を綻ばせて、安心を与えた。
 そして再び、ピリムが待つ広場の中心へと覚悟を携えて歩んでいく。

「…………」

 一方でピリムは、石畳に尻餅をついた体勢のまま、硬直している。
 表情も無く、まるで生気が宿っていなかった。
 エリスを仕留めきれずにいた以降、ずっとこの状態のままだったのだ。

(エリスにはああ言ったけど、正直これ以上どうすれば良いかわかんないな……)

 そのピリムへと少しずつ距離を縮める中で、アウルは不安を胸に抱く。
 戦友であり、幼馴染みのピリム。好きと訴えられ、自らの想いもきちんと曝け出し、伝えた。
 それでも、彼女は改心することなく、殺意をエリスにぶつけてきた。

 ――ピリムには既に、人の心はないのだろうか?
 

(やるしか……ないのか?)

 人を手に掛けたことはない。
 いや、あった。
 厳密には無意識の内に、だが。
 かつて魔神に精神を乗っ取られた第16団士、ビスタ・サムエレス。
 彼に兄であるクルーイルを殺された時、自らも内に眠る魔神エリスへと身も心も明け渡し、狂気のままに殺害をしてしまった。
 数ヶ月が経った現在いまとなっても、視覚を介した当時の嫌な映像が、夢に出てくることもある。
 しかしいくらその経験があったとしても、殺人などもってのほかだ。

(ダメだ……! 出来るわけが……ない)

 胸が痛いほどに締め付けられる。

(ピリムは、俺の仲間だ、友達だ……!)

 もう、大切な人を失いたくない。

(でもっ、どうすれば……)

 胃痛に似た痛みをなんとか堪える。
 頭には悩みが幾重にも連なる。

(……あれ?)

 だが、そこでふと、アウルは事実に思いを馳せる。

(そういえば俺の腕……)

 肘と肩口の中間辺りを、アウルは視界の中心に据える。
 自身がやむを得ず切断したエリスの左腕の、切り口となる部位。
 本来であれば、エリスが受けた『痛み』はアウルにも伝達される筈。
 しかしどうだ、全くと言っていい程に痛くなかったのだ。

(どういうこと……? これって――)

 その疑問に、思いを巡らそうとしたアウルだったが。


「――げぼっ」

「えっ?」

 突如聴こえたのは、ひどく濁音が混じった咳。
 その不快な音がした方へ反射的に目を向けると、そこには大量の血を吐き散らすピリムの姿があった。
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