記憶の先で笑うのは

いーおぢむ

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始まりはきっとこの時から

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「ねぇ、どこ?"ルクス"は、どこにいるの?」

「またその話?それは夢の話でしょ?そんな子はどこにもいないわ」


幼い頃、まだ父も母も仲が良く、世間一般的な"家族"というものを成せていた頃から、俺は頻繁にそう聞いていたらしい。


「いるよ!ルクスはね、いつもおれといっしょにいたんだ!」

「いつ?何処で?」

「...わからない。でもほんとうにいるんだ!」


会ったこともない、恐らくは息子の架空の友人の話に、最初のうちは笑って流していた父も母も、俺がこの話をする度に顔を顰めるようになっていった。


「少し、気味が悪いわ」


ある夜、正確な時間までは覚えていないが、皆が寝静まった後、夜遅く、何故か目が覚めてしまった幼い俺は、水を飲もうとリビングへ向かうその足を止めた。
光の溢れる先では、両親が向かい合って座り、何やら話していた。その内容が暗いものだということは、会話の声音で分かる。良くない話だ。


「...お前の育て方が悪いから、リールは嘘ばかり吐くようになったんじゃないのか」

「何よそれ...!私の所為だって言うの?」


そこで、漸く俺は理解した。

「これ以上、あの人達の前で彼女の話をしてはいけないんだ」と。

そうして、当初の目的を達成できぬまま部屋へ戻り、ベッドに入る。けれど、それでもやっぱり寝られなくて、カーテンと窓を開けて夜空を眺めれば、心地良い夜風と星空。


「...ねぇ、きみはどこにいるの?あいたいよ、ルクス。おれは、きみにあいたいんだ」


誰も答えてくれる筈ない。でも、月にでも星にでも、願わずにはいられなかった。それくらい、心から逢いたいと願っていた。

そしてその夜、結局は寝られたらしい俺は夢を見る。勿論、彼女の夢だ。
二人で堤防の様な物の先に並んで座り、水を蹴って遊んでいる。

海にいるのか。

隣に座る彼女、ルクスは、本当に楽しそうにバシャバシャと水を蹴る。


———ああ、ずっと聞いていたい。ルクスの笑っている声を聞くと、本当に落ち着くんだ。


"ねえ、プレーナ!私、また歌を考えたのよ!聞いてくれる?"


そう。夢の中で、君はいつも俺をプレーナと呼ぶんだ。
俺の名前は"リール"なんだ。なのに、"プレーナ"という名前に、不思議と懐かしさを感じる。

俺は「いいよ」とでも言ったのだろうか、彼女が歌いだす。
...いや、歌っているのは分かるのに、その旋律が聴こえてこないんだ。ただ、隣で歌う彼女の顔がとても楽しそうだから、時折此方を見て微笑むから、音がない歌でも、俺は満足で。

ルクスが笑って歌うから、彼女は歌が好きなんだという事。

水飛沫を上げて楽しそうに浜辺を走るから、海が好きなんだろうという事。

他にも沢山、夢の中で知ることの出来た彼女の好きであろう物や、苦手であろう物を知っている。

それに今夜の夢はラッキー過ぎる。だっていつもは、遠くからただルクスを眺めているだけだったり、ルクスが俺を呼んでいるから駆け寄ろうと走っているのにその途中で目が覚めたり、こんなに傍に君を感じられた夢は久しぶり。
でも、彼女と俺自身が話せた事は一度もないんだ。夢の中の俺と、彼女が話しているのを、夢の中の俺の中から感じてるだけ。でも、どんな形であれ俺はルクスの傍にいられているから、何より、幸せだからどうってことないんだよ。

次の日には、昨晩の両親の話なんて、どうでもよくなっていた。
正確には、この日から徐々に、自分にとっての両親が、どうでもよい存在になっていったんだ。

でも、唯一の理解者がいてくれた。それが祖父と祖母。いつも俺に優しくて、結果的に両親からより多くの愛情を貰った。俺が夢の話をしても、二人はずっと楽しそうに耳を傾け、沢山頷いてくれた。

そんな時、爺さんと婆さんが教えてくれたんだ。誰にも言ってはならない、言ったところで誰も信じないであろう秘密の話を。

遠い昔、このドラッヘ大陸には二つの国が存在した。竜の両翼の様な形をしたドラッヘ大陸の中央を境目に、左側には「ルーナドラッヘ王国」、通称「月の国」が、右側には「ソルドラッヘ王国」、通称「太陽の国」があった。

ルーナドラッヘを治める王族の名は「ゼゼ」、ソルドラッヘを治める王族の名は「イシュッタ」。

ここまでは、この大陸に住む者なら知らない者はいない歴史の話だ。

しかし、重要なのは当然そこではない。

この両国の王族は竜の血を引いた竜の末裔であり、偉大にして崇高な存在である竜の血を受け継ぐ王族のみに与えられた名が、「クレヴァス」。

俺には神名があり、その名が———



"リール・ゼゼ・クレヴァス・ルーナ"



だという話を。

両国の王族が竜の血を引いている、という部分は、最早神話的な領域で、信じている者も、そうでない者もいる。信じている者達は、祖父母のような高齢者か、信仰深い者達だろう。

けれど、祖父母が俺の話を信じてくれるように、俺も信じようと思った。「きっといつか必ず逢えるだろうよ」と、頭を撫でてくれる二人の話に、俺からしてみれば、嘘偽りなんて有り得ない。

両親にもこの話をした事があるのか、と聞いたら、爺さんも婆さんも寂しそうに笑うだけだった。



————————————————————————



" お前は誇り高き王族の血族じゃ。

…近々儂は死ぬだろう、そうすればお前はもしかしたらゼゼ王家最後の血筋になるかもしれぬ。

原型姿のままの魔獣と話せる力を持つのは、クレヴァス王族の中でも稀であり、貴重な存在じゃ。

同時に、濃い王族の血がその身に流れておるとも言える。

しかしそれ故に敵も多いかもしれぬ、絶対に他言するなよ。
お前には、剣の指南も丸腰であった場合の戦い方の指南もしたな。

お前は強くなった。お前の父よりもずっと強く。だから儂は何も思い残す事なく逝ける。

しかし、お前を「一人」にしてしまう事に不安があるのだ。お前にだけは孤独というものを味合わせたくはなかった。

…すまない。どうか、幸せになってくれ、リールよ。"







―――… …分かる。

これはあの日の夢を見てるんだ。

爺が死んだあの日の夢を。

ベッドに横たわる逝ってしまった爺の手を握る俺の震える背中を、俺は見ていた。

懐かしい。

俺はもうとっくに立ち直ったはずなのに、俺はもう一人ではないのに、こんな夢を見るなんて最近疲れが溜まっているのかもしれない。

明日は武術の稽古を休むか…?

自分の夢の中で自分を冷静に分析するなんておかしな気分だ。

俺が一人になる?
いや、まぁ実際、祖父母が亡くなってから何年かは確かに一人だったな。

それでも、俺には"ルクス"がいた。物心ついた時から、...いや、つく前からか、彼女と俺との関係すら分からない、唯一確実に知ってるのは外見だけなのに、俺は"ルクス"という人物だけを求めていた。



――すると、目の前の爺と俺の涙のお別れシーンが煙のようにスーッと消えた。...かと思えば、次に俺は一人、緑美しい広大な草原に立っていた。

何処までも続く、蒼く澄み渡る空に心地良いこの風は、まるで夢の中とは思えない現実味があり、さっきの、第三者から見れば「お涙頂戴シーン」のような爺と俺の別れも、最初から無かったかのように心が落ち着く。



――― チリーン… …



と、後ろから透き通った鈴のような音が聞こえた。振り返れば、そこに居たのは、キャラメル色の髪をもつ少女。全体的にウェーブがかったその髪に、くるりとカールした毛先は、恐らく天然なのだろう。

既視感。

あまりにも酷似したその姿に、震えて声が出ない。

ずっと、もうずっとずっと求めていた彼女が目の前にいるのに、何故俺は駆け寄らないんだ?

こんなにゆったり歩み寄っている?

早く、早く...っ!!



「...る、くす?」



ある程度近付いてから、俺がその少女に声を掛ければ、少女は此方を向いて目を丸くした。
その反応に俺も驚く。だって、彼女と話せている。俺と彼女が直接会話を交わしている!
こんな事は初めてだった。

少女は、俺が知っている彼女と寸分違わずとても愛らしい顔をしていて、これが俗に言う美少女なのだと改めて強く感じた。髪と同じ色をしたキャラメル色の長い睫毛の下にある金色の瞳が、此方をジッと見つめる。


「るくす...って?
ビックリした。私以外にも人がいるなんて…、妙にリアルだし。今日の私の夢、何か変」

アンタの夢?俺の夢だと思うんだけど… …

「アナタの夢…?」


しまった。声に出ていたらしい。


「…本当、変な夢」



そう言って笑った少女の顔から目が離せなかった。さっきは愛らしいと感じたのに、今の笑顔はとても美しく感じた。

…けれど、どこか儚くも感じた。


「… …あ。
イゥが呼んでる。もう起きなきゃ」

「イゥ?」

「…私の一番大切な人」


そう言って笑った少女の体は、徐々に透けていく。

そんな彼女に焦ってその手を掴めば、彼女は目を見開いて「何?」といったように俺の顔を怪訝に見る。


「俺のこと...、分からないのか?知らない?」

「え?...ええ」

「...本当に?見覚えもない...のか?」

「あるわけない。だって初対面でしょ?夢の中で初対面って言うのか分からないけれど」


クスクスと穏やかに笑う彼女が徐々に透けていき、掴んでいた手もすり抜けてしまった。このままじゃ———


「…名前っ!アンタの名前、教えて欲しいんだ!!」


絶対に、彼女はルクスだという確信があった。でもそう呼んだ時、彼女は自分の名前を呼ばれたという認識はしていないようだった。ならば、彼女が今の彼女として呼ばれている名前だけでも聞いておきたい。咄嗟にそれだけを思った。


「トヴァ」


彼女はそう一言だけ呟くように言うと、タイムリミットが来たかのように目の前から消えた。


「トヴァ…」


草原に寝転んでさっき教えてもらった名前を口にしてみれば、なんとも言えない感覚に陥った。

そのうち、うとうとしてきたので目を瞑れば、次に目が覚めたのは普段と同じ俺の家のソファの上だった。


「何か飲みますか、陛下」


俺の眠っていたソファの向かい側にあるソファに座り、珈琲を飲みながら本を読んでいた俺の従者は、俺が目を覚ましたことに気付くと、そう尋ねてきた。


「まだ陛下じゃない」

「では殿下」

「…正しいが時代じゃない」


声を掛けてきた従者は、片眉をピクリと僅かに動かした後、微笑んだ。

…これは、「いちいち煩いですね、殺しますよ?」という意を含んでいる。


「お前、俺の騎士ナイトだろう」

「時と場合によっては反旗を翻します」

「怖いこと言うな」

「...何か、嬉しそうですね」

「分かるか!?」

「はい、時折緩む顔が気色悪かったので」

「言い方!」


いつもみたいな軽い冗談を言い合う。なんてことない平凡な日常。

けれど、この日から夢の中の少女【トヴァ】の存在が、常に俺の中にいたルクスという存在を塗り替えた。

きっと、この日からレールは既に敷かれていた。

アンタと俺が出逢って、この腐った国を変える為のレールが―――… …


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