RE スタート

ほしのしずく

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第3話 ハッピーバースデー

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年老いた父を見ながら、そんなことを感じていると、母が私に少し遅れて席に着いた。

でも、どうやら私に何か言いたいことがあるのか、父と顔を見合わせると声を合わせ私に告げた。

「凛……好きなことを見つけなさい」


――その一言を聞いた瞬間。


私の中で何かが砕けた音がした。

固まり動けなくなった私に向けて両親はまだ何かを語り掛けてきている。

何もワカラナイ。

ナニモリカイデキナイ。

言葉として私に響いてこない。

ことばを言葉として理解した時、私は感情の赴くまま語り続ける父と母へ言葉を投げ捨てた。

「なんで、なんで――っ! 今になってそんなことをいうの!」と。

そして、両親の静止を振り切り家を飛び出た。

その間の記憶はとても曖昧でよく覚えていない。

でも、気がついたら家の近くにある歩道橋を歩いていた。

幼い頃に通学路として使った道、今は通勤時に通る道。
思わず心の声が漏れた。

「今さら……。私にどうしろと……?」

道路を走る車の音で発した自分の声は聞こえない。

声なき声。今の自分にぴったりだ。

声に出したところで何も答えなんか出やしない。

ただ、母と父の言葉を聞いて感傷的になっただけ――。

だけど――。

その言葉を受けてもう本当に自分が何をしたいのか、わからなくなっていた。

頬を何かがつたう。

これは忘れていた。

何か。

涙だった。

私は泣いていた。

でも、なにが悲しいのかわからない。

ただ、夜の歩道橋で1人咽び泣いた。

その後、しばらく気持ちが落ち着くまで近所の公園に居座ることにした。

(取りあえず、ブランコだよね)

私は昔とは違い、明るくなった公園で1人ブランコを漕いだ。

(あはは……1人でブランコ漕ぐアラサー女子って痛いよね。しかも、こんなライトに照らされてさ。昔、無心で遊んでいた頃が懐かしいな)

周囲にブランコを漕ぐ音が響く。

(あの頃は、6歳までのあの日々は楽しかった……。
たくさん友達も居たし、こんな豆腐メンタルでもなかったのになぁ。皆……元気にしてるかな? あの時もっと一緒に遊んでいたら、今もずっと友達でいれたのかな?)

私はため息をつきながら、街灯を見上げてポケットに入れてきたスマホを取り出した。

(高校の時のあの子も元気にしているかな? 優しかったなー。ボランティアのこととか、自分の正義を語り続けるのにずっと目を輝かせて話を聞いているんだもん。連絡先、交換していれば良かったなー。なんで、こんなことになったんだろう? かなしいな……がんばっているだけどな。でも、こんなことで落ち込んでいても仕方ないよね)

少し落ち着きを取り戻した私はスマホをポケットにしまった。

(ここにいても何も解決しないね。明日も仕事だし、ちゃんとしないと課長にガミガミ言われちゃう)

「……あはは、帰ろう」

私は家に戻ることにした。

歩きなれたでもしっかりと時間の流れを感じるアスファルトで固められ綺麗に舗装された道。

(あはは、全部変わっていくな……)

私だけだった。ずっと変われないのは……。

そんなことを考えながらも、綺麗な道を歩き続けた。

幹線道路の近くにくるとさっきまで車通りの少ない道を歩いていたからだろうか?

それとも今の精神状態が良くないのか。

車のライトが行き交うこの道はいつもより眩しく感じる。

(だめだ。車の中にいる人達も楽しそうに見えてしまう。早く帰って寝よう……)

そして、さっき1人で泣いていた歩道橋を渡り、そのまま歩みを進めマンションに着いた。

ここが私が帰ってくる場所。

(やっぱり、帰ってきたって感じる……色んなことがあっても、ここが私の家なんだ)

私はそこから最近付いたオートロックを解除し、エレベーターに乗り、3階の1番手前にある家のドアノブに手をかけ扉をゆっくり開けた。

「た……だいま……」

バツの悪そうな態度をする私に対して両親は涙を流しながら、「ごめんね」と声を掛けてくれた。

だけど、私にはそれに応じる気力がなかった。

泣き続けて夜風にあたり過ぎたせいか頭も痛い。

自分にすがりつくように謝る両親を振りほどき、電気もつけず無言のまま自室に入った。

そして、ベッドになだれ込んだ。

すると、ふと頭に浮かんだ言葉を口にした。

「人生節目の年に、最低の誕生日。ハッピーバースデー、私」と。

そんな私の頭上に冊子? が落ちてきた。

「いたっ」と思わず声が漏れる。

暗闇の中、スマホの明かりを頼りにその冊子を照らす。

そこには見慣れた絵柄が描かれていた。

頭には羽をモチーフとした王冠、体には白を基調とした袖口が金色となっているローブ。

ローブの下には淡いピンク色のドレス。

冊子にはマジカル少女キラの主人公キラの10年後の姿が描かれていた。

懐かしい絵柄を目の当たりした私は思い出した。

マジカル少女キラになぜそこまで熱中できたのかを。

子供の時は両親に、「なぜ好きなんだ?」と言われても答えれなかったけど、今ならちゃんと言葉にできる。

彼女はいつも挫けなかった。

いつも笑顔だった。

いつも何かに夢中だった。

いつも仲間に囲まれていた。

とにかく大好きだったということ。

そして、もう一つ熱中した理由。

キラにとっても今日は特別な日だったからだ。

この冊子は、今日25周年を迎えたマジカル少女キラのその後を描いた特別読み切りの冊子。

たまたま仕事帰りに本屋へ寄った私がなにも考えず、懐かしさと思い出に浸る為手に取っていた物だ。

そんな不思議な偶然の重なりのおかげで悩んでいたことが自然と消えていた。

私はベッドで横になりながら、今日誕生日を迎えたもう1人に告げた。

「ハッピーバースデー、キラちゃん」と。

彼女のおかげで、からっぽだった心にほんの少しだけど、暖かいものがあるのを感じた。

泣きつかれたのか、心が暖かくなったのが原因かわからないけど、私は強烈な睡魔に襲われ意識が途絶えた。

誕生日を迎えたキラちゃんの冊子を枕元に置いて……。
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