それで婚約破棄?みくびらないで下さい

塩沢ぷじゃん

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☆彡 前編

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「イリーナ、君との婚約は続けられない。破棄させてもらう!」

 サミュエルソン王立学園二年次に行われる社交界プレデビューパーティーにて突如響き渡った男の声。
 発したのはイリーナの婚約者であるマリウシュ・ビルダウアー。その傍には笑みを浮かべるジョルジュ・オッフェルドの姿もある。もっともイリーナには彼女の笑みはどこか不気味なものを含んでいるように見えた。



 イリーナ・ザビッカスとマリウシュ・ビルダウアーは幼い頃に婚約を交わした。政略的なものがあったことは否めないが、それでも彼女らは親交を深め互いに惹かれていったのだった。

 やや緩く波打つ茶色というありふれた髪色に少し垂れた二重の瞳と際立った美しさはないものの、成長するにつれイリーナの容姿はより整ったものになっていき、マリウシュも青色の短い髪が似合う精悍さが出てきたものの、優しげな目は幼い頃から変わらないままで、それをイリーナは好ましく思っていた。
 そんな二人はまず美男美女と言って差し支えなく、成長し更に仲を深めていった。

 互いの関係が変化しだしたのはサミュエルソン王立学園に入学してしばらく経ってからだった。
 マリウシュがある一人の女生徒とよく行動を共にするようになったのだ。
 次第にイリーナとマリウシュの交流は無くなっていった。

 そして今回のこの騒ぎである。
 そうなる気はしていた。何人もの生徒がにもマリウシュ達のことを報せてくれていたし、マリウシュからも冷たい態度を取られていたからだ。
 しかしそれが却ってイリーナを冷静にしていた。マリウシュの自身に向ける眼差しだけならまだしも、くだんの令嬢に対しても同じように鋭い眼を向けていたからだ。

 そして婚約破棄を告げた今は、その双眸に深い哀しみを湛えているのが見てとれた。

「分かりました、謹んでお受けいたします」

 おそらくこの場ではどうあっても覆らないであろうことを悟ったイリーナはそう告げると会場を後にした。背後から場を乱したことを謝罪する元婚約者の声を聞きながら。



 それからの学園生活はイリーナにとってあまり快適なものではなかった。何せ婚約者を他の女に盗られた挙句婚約破棄を言い渡されたのだ。周囲からは当然傷物として見られていた。
 だがそれも最終学年になってしばらく経ったころまでのことだった。突然マリウシュとジョルジュが学園を去ったのだ。

 イリーナは父親から事のあらましを聞かされた。
 どうやらマリウシュの家は叛逆と捉えられてもおかしくないような不正を行っていたらしく、偶然マリウシュがそれを見つけ王家に報告したということだ。
 当然マリウシュの家は取り潰し。ビルダウアー家当主夫妻はじめ関わった人物はみな罪を問われ裁かれた。
 マリウシュ自身は不正を暴いたことから恩赦を与えられ平民へ身分を落とされるだけで済んだというが、その後は国を出たらしい。
 ジョルジュの家はビルダウアー家の不正を知り強請ゆすっていたらしい。それもマリウシュの告発で発覚し、オッフェルド家及び関係者は全員捕えられた。

 私がマリウシュから破棄を告げられた時には既に事態は動き出していたのだろう。どうりで婚約破棄された時も父はあっさりした態度だったのね。

 学園で流れている噂も概ね同じようなものだった。イリーナ達の仲を引き裂いたとされるジョルジュは、今となっては私利私欲のためにマリウシュに近づいた悪女との評判にすり替わっている。
 でも、とイリーナは確信している。ジョルジュがそれだけの為にマリウシュに近づいた訳ではないことを。女の勘でしかないが、ジョルジュ自身もマリウシュに好意を寄せていたのだろう。だがそれに気づいた人間はイリーナ以外居なかった。



 馬鹿ね、本当に馬鹿だわ。
 それで私を守ったつもりだったのかしら。
 もちろん、マリウシュの行動は理解出来る、納得は出来ないが。私が同じ立場ならおそらく同じ行動をとったはず。でも納得しない!
 私に何にも告げず自分だけが犠牲になればいいだなんて、それで誰が幸せになるというんだろう!
 恋する乙女の暴走力を甘く見ないでください!

 ズダンッ──!!

 と自室に備え付けられた木人もくじんの顔面部分に強烈な拳を叩き込む。顔部分にはもちろんにっくきジョルジュの顔を描いた絵が貼り付けられている。
 木人とは人の形を模した、遠い異国の武術の鍛錬器具であり、流浪の武術家シュウウ・オサフネがザビッカス家に流れ着いた際に伝えたものである。
 シュウウはイリーナの武術の師でもある。最初は護衛兼兵士の武術指南役だったのだが、婚約者マリウシュに引っ付く悪い虫ジョルジュにモヤモヤが収まらないイリーナの頼みで彼女にも指導することになった。
 イリーナの描く木人に貼り付けるジョルジュの顔絵が無駄に上達した頃には、彼女の武術の腕前も師であるシュウウの認めるところとなり、満足したのかシュウウは再び流浪の旅に出るのだった。



 マリウシュとジョルジュの評判が下がったことで、それまで遠巻きにしていた生徒たちは手のひらを返したようにイリーナに同情を寄せてきたり、或いは何人かの男子生徒たちから好意を寄せられ直接婚約を打診されたりもした。一旦傷物扱いされたことで他の令嬢より声が掛けやすかった所為もあり、あけすけな態度をとってくる男子生徒も現れた。
 その時になって、全く興味の無い異性から急に劣情をぶつけられる気持ちの悪さを知った。特にしつこく言い寄ってきた男子生徒にはつい手が出てしまいその家の後継問題にまで発展したと風の噂で聞いた。
 だってすごくいやらしくてものすごく不快だったんですもの。

 不躾に言い寄ってきていた一部の男子生徒は何故か前屈みになってとある部分を守りながら遠ざかっていったが、今まで通り仲良く接してくれる生徒たちも男女問わず居たし、新たに仲良くなった生徒も何人かできた。

 波風はあったものの、イリーナは無事学園を卒業したのだった。
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