1 / 3
☆彡 前編
しおりを挟む
「イリーナ、君との婚約は続けられない。破棄させてもらう!」
サミュエルソン王立学園二年次に行われる社交界プレデビューパーティーにて突如響き渡った男の声。
発したのはイリーナの婚約者であるマリウシュ・ビルダウアー。その傍には笑みを浮かべるジョルジュ・オッフェルドの姿もある。もっともイリーナには彼女の笑みはどこか不気味なものを含んでいるように見えた。
イリーナ・ザビッカスとマリウシュ・ビルダウアーは幼い頃に婚約を交わした。政略的なものがあったことは否めないが、それでも彼女らは親交を深め互いに惹かれていったのだった。
やや緩く波打つ茶色というありふれた髪色に少し垂れた二重の瞳と際立った美しさはないものの、成長するにつれイリーナの容姿はより整ったものになっていき、マリウシュも青色の短い髪が似合う精悍さが出てきたものの、優しげな目は幼い頃から変わらないままで、それをイリーナは好ましく思っていた。
そんな二人はまず美男美女と言って差し支えなく、成長し更に仲を深めていった。
互いの関係が変化しだしたのはサミュエルソン王立学園に入学してしばらく経ってからだった。
マリウシュがある一人の女生徒とよく行動を共にするようになったのだ。
次第にイリーナとマリウシュの交流は無くなっていった。
そして今回のこの騒ぎである。
そうなる気はしていた。何人もの生徒が親切にもマリウシュ達のことを報せてくれていたし、マリウシュからも冷たい態度を取られていたからだ。
しかしそれが却ってイリーナを冷静にしていた。マリウシュの自身に向ける眼差しだけならまだしも、件の令嬢に対しても同じように鋭い眼を向けていたからだ。
そして婚約破棄を告げた今は、その双眸に深い哀しみを湛えているのが見てとれた。
「分かりました、謹んでお受けいたします」
おそらくこの場ではどうあっても覆らないであろうことを悟ったイリーナはそう告げると会場を後にした。背後から場を乱したことを謝罪する元婚約者の声を聞きながら。
それからの学園生活はイリーナにとってあまり快適なものではなかった。何せ婚約者を他の女に盗られた挙句婚約破棄を言い渡されたのだ。周囲からは当然傷物として見られていた。
だがそれも最終学年になってしばらく経ったころまでのことだった。突然マリウシュとジョルジュが学園を去ったのだ。
イリーナは父親から事のあらましを聞かされた。
どうやらマリウシュの家は叛逆と捉えられてもおかしくないような不正を行っていたらしく、偶然マリウシュがそれを見つけ王家に報告したということだ。
当然マリウシュの家は取り潰し。ビルダウアー家当主夫妻はじめ関わった人物はみな罪を問われ裁かれた。
マリウシュ自身は不正を暴いたことから恩赦を与えられ平民へ身分を落とされるだけで済んだというが、その後は国を出たらしい。
ジョルジュの家はビルダウアー家の不正を知り強請っていたらしい。それもマリウシュの告発で発覚し、オッフェルド家及び関係者は全員捕えられた。
私がマリウシュから破棄を告げられた時には既に事態は動き出していたのだろう。どうりで婚約破棄された時も父はあっさりした態度だったのね。
学園で流れている噂も概ね同じようなものだった。イリーナ達の仲を引き裂いたとされるジョルジュは、今となっては私利私欲のためにマリウシュに近づいた悪女との評判にすり替わっている。
でも、とイリーナは確信している。ジョルジュがそれだけの為にマリウシュに近づいた訳ではないことを。女の勘でしかないが、ジョルジュ自身もマリウシュに好意を寄せていたのだろう。だがそれに気づいた人間はイリーナ以外居なかった。
馬鹿ね、本当に馬鹿だわ。
それで私を守ったつもりだったのかしら。
もちろん、マリウシュの行動は理解出来る、納得は出来ないが。私が同じ立場ならおそらく同じ行動をとったはず。でも納得しない!
私に何にも告げず自分だけが犠牲になればいいだなんて、それで誰が幸せになるというんだろう!
恋する乙女の暴走力を甘く見ないでください!
ズダンッ──!!
と自室に備え付けられた木人の顔面部分に強烈な拳を叩き込む。顔部分にはもちろん憎きジョルジュの顔を描いた絵が貼り付けられている。
木人とは人の形を模した、遠い異国の武術の鍛錬器具であり、流浪の武術家シュウウ・オサフネがザビッカス家に流れ着いた際に伝えたものである。
シュウウはイリーナの武術の師でもある。最初は護衛兼兵士の武術指南役だったのだが、婚約者に引っ付く悪い虫にモヤモヤが収まらないイリーナの頼みで彼女にも指導することになった。
イリーナの描く木人に貼り付けるジョルジュの顔絵が無駄に上達した頃には、彼女の武術の腕前も師であるシュウウの認めるところとなり、満足したのかシュウウは再び流浪の旅に出るのだった。
マリウシュとジョルジュの評判が下がったことで、それまで遠巻きにしていた生徒たちは手のひらを返したようにイリーナに同情を寄せてきたり、或いは何人かの男子生徒たちから好意を寄せられ直接婚約を打診されたりもした。一旦傷物扱いされたことで他の令嬢より声が掛けやすかった所為もあり、あけすけな態度をとってくる男子生徒も現れた。
その時になって、全く興味の無い異性から急に劣情をぶつけられる気持ちの悪さを知った。特にしつこく言い寄ってきた男子生徒にはつい手が出てしまいその家の後継問題にまで発展したと風の噂で聞いた。
だってすごくいやらしくてものすごく不快だったんですもの。
不躾に言い寄ってきていた一部の男子生徒は何故か前屈みになってとある部分を守りながら遠ざかっていったが、今まで通り仲良く接してくれる生徒たちも男女問わず居たし、新たに仲良くなった生徒も何人かできた。
波風はあったものの、イリーナは無事学園を卒業したのだった。
サミュエルソン王立学園二年次に行われる社交界プレデビューパーティーにて突如響き渡った男の声。
発したのはイリーナの婚約者であるマリウシュ・ビルダウアー。その傍には笑みを浮かべるジョルジュ・オッフェルドの姿もある。もっともイリーナには彼女の笑みはどこか不気味なものを含んでいるように見えた。
イリーナ・ザビッカスとマリウシュ・ビルダウアーは幼い頃に婚約を交わした。政略的なものがあったことは否めないが、それでも彼女らは親交を深め互いに惹かれていったのだった。
やや緩く波打つ茶色というありふれた髪色に少し垂れた二重の瞳と際立った美しさはないものの、成長するにつれイリーナの容姿はより整ったものになっていき、マリウシュも青色の短い髪が似合う精悍さが出てきたものの、優しげな目は幼い頃から変わらないままで、それをイリーナは好ましく思っていた。
そんな二人はまず美男美女と言って差し支えなく、成長し更に仲を深めていった。
互いの関係が変化しだしたのはサミュエルソン王立学園に入学してしばらく経ってからだった。
マリウシュがある一人の女生徒とよく行動を共にするようになったのだ。
次第にイリーナとマリウシュの交流は無くなっていった。
そして今回のこの騒ぎである。
そうなる気はしていた。何人もの生徒が親切にもマリウシュ達のことを報せてくれていたし、マリウシュからも冷たい態度を取られていたからだ。
しかしそれが却ってイリーナを冷静にしていた。マリウシュの自身に向ける眼差しだけならまだしも、件の令嬢に対しても同じように鋭い眼を向けていたからだ。
そして婚約破棄を告げた今は、その双眸に深い哀しみを湛えているのが見てとれた。
「分かりました、謹んでお受けいたします」
おそらくこの場ではどうあっても覆らないであろうことを悟ったイリーナはそう告げると会場を後にした。背後から場を乱したことを謝罪する元婚約者の声を聞きながら。
それからの学園生活はイリーナにとってあまり快適なものではなかった。何せ婚約者を他の女に盗られた挙句婚約破棄を言い渡されたのだ。周囲からは当然傷物として見られていた。
だがそれも最終学年になってしばらく経ったころまでのことだった。突然マリウシュとジョルジュが学園を去ったのだ。
イリーナは父親から事のあらましを聞かされた。
どうやらマリウシュの家は叛逆と捉えられてもおかしくないような不正を行っていたらしく、偶然マリウシュがそれを見つけ王家に報告したということだ。
当然マリウシュの家は取り潰し。ビルダウアー家当主夫妻はじめ関わった人物はみな罪を問われ裁かれた。
マリウシュ自身は不正を暴いたことから恩赦を与えられ平民へ身分を落とされるだけで済んだというが、その後は国を出たらしい。
ジョルジュの家はビルダウアー家の不正を知り強請っていたらしい。それもマリウシュの告発で発覚し、オッフェルド家及び関係者は全員捕えられた。
私がマリウシュから破棄を告げられた時には既に事態は動き出していたのだろう。どうりで婚約破棄された時も父はあっさりした態度だったのね。
学園で流れている噂も概ね同じようなものだった。イリーナ達の仲を引き裂いたとされるジョルジュは、今となっては私利私欲のためにマリウシュに近づいた悪女との評判にすり替わっている。
でも、とイリーナは確信している。ジョルジュがそれだけの為にマリウシュに近づいた訳ではないことを。女の勘でしかないが、ジョルジュ自身もマリウシュに好意を寄せていたのだろう。だがそれに気づいた人間はイリーナ以外居なかった。
馬鹿ね、本当に馬鹿だわ。
それで私を守ったつもりだったのかしら。
もちろん、マリウシュの行動は理解出来る、納得は出来ないが。私が同じ立場ならおそらく同じ行動をとったはず。でも納得しない!
私に何にも告げず自分だけが犠牲になればいいだなんて、それで誰が幸せになるというんだろう!
恋する乙女の暴走力を甘く見ないでください!
ズダンッ──!!
と自室に備え付けられた木人の顔面部分に強烈な拳を叩き込む。顔部分にはもちろん憎きジョルジュの顔を描いた絵が貼り付けられている。
木人とは人の形を模した、遠い異国の武術の鍛錬器具であり、流浪の武術家シュウウ・オサフネがザビッカス家に流れ着いた際に伝えたものである。
シュウウはイリーナの武術の師でもある。最初は護衛兼兵士の武術指南役だったのだが、婚約者に引っ付く悪い虫にモヤモヤが収まらないイリーナの頼みで彼女にも指導することになった。
イリーナの描く木人に貼り付けるジョルジュの顔絵が無駄に上達した頃には、彼女の武術の腕前も師であるシュウウの認めるところとなり、満足したのかシュウウは再び流浪の旅に出るのだった。
マリウシュとジョルジュの評判が下がったことで、それまで遠巻きにしていた生徒たちは手のひらを返したようにイリーナに同情を寄せてきたり、或いは何人かの男子生徒たちから好意を寄せられ直接婚約を打診されたりもした。一旦傷物扱いされたことで他の令嬢より声が掛けやすかった所為もあり、あけすけな態度をとってくる男子生徒も現れた。
その時になって、全く興味の無い異性から急に劣情をぶつけられる気持ちの悪さを知った。特にしつこく言い寄ってきた男子生徒にはつい手が出てしまいその家の後継問題にまで発展したと風の噂で聞いた。
だってすごくいやらしくてものすごく不快だったんですもの。
不躾に言い寄ってきていた一部の男子生徒は何故か前屈みになってとある部分を守りながら遠ざかっていったが、今まで通り仲良く接してくれる生徒たちも男女問わず居たし、新たに仲良くなった生徒も何人かできた。
波風はあったものの、イリーナは無事学園を卒業したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる