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旅の始まり
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湖畔が月の光を反射し綺麗な場所だ。
「さてと、このぐらいで良いだろう相棒」
そう話しかけると相棒はこちらを振り返り、ホルスターの位置に手を置きいつでも取り出せるように構える。
「...おいおい、俺に早撃ちで勝てるとでも?」
「これも、家族のためなんだ相棒……」
満月の皓々とした月光は相棒の端正な顔立ちを照らす、相も変わらず惚れそうになりそうだ。
しばらくするがお互いに構えたまま佇んでいる、いつからこの状態か忘れたがそれなりに時間は経っているだろう
月明かりに照らされた湖畔の水面は、鏡の様に相対する二人を映し出している。
心地よい風が吹き、月が雲によって隠れ辺りが暗くなり、木々が揺れ木の葉が舞い湖畔に落ちる瞬間
俺たちは一気にホルスターから銃の魔道具を引き抜き
——湖畔の静寂を破るように乾いた銃声が二つ重なった。
—————————————————————————————————————
今この時、俺ことリアン・フェルノートはとてつもなく気分が悪く、黒い皮手袋にいつもの黒コートを羽織り下には皺がある黒スーツを着て特注の帽子を横の椅子に置き
カウンターに突っ伏している理由はとても単純で、店主の言うことも聞かずに酒を比喩ではなく浴びるほど飲んだからだ。
事故だかなんだか知らないがなんで酒の保管場が崩れて真下にいた酔っぱらって動けない俺に大量の酒が降ってくるんだよ。
「すみませんね、リアン君」
そう言いながらカウンターに座っている俺に水を渡してくれるのは、このさびれた酒場のマスターであるジェインさんだ
今日も変わらず歳は若くないが白髪のオールバックにキチっと皺が全く無いスーツを着込み、片眼鏡をかけ髭が邪魔にならない程度に整えられている。
傍から見ても、ジェインさん自身も思っているがまだまだ酒場を現役で働いているほど元気な店主だ。
「そういえば仕事の話は来ましたかね?」
ジェインさんはこちらを見ずに、絹の布でコップを拭きながら聞いて来たので答える。
「いや、来てないな」
葉巻を取り出し人差し指の先に火を出し点け、吸い込み煙とともに自分の心の膿を吐き出す。
「おや珍しいですね、果てまで追いかける者と言われている貴方が依頼無しとは」
「へっ、その通り名に恥じない仕事をしているはずなんだがねぇ?」
葉巻を吸っているとある程度気分の悪さが落ち着いたので軽めの朝食をジェインさんに頼む。
「新鮮な魚のカルパッチョならすぐにお出しできますよ」
「魚は久しぶりだな、それで構わねぇ」
この酒場はさびれてはいるが表では良い顔をされないどころか捕まって最悪の場合は死罪を言い渡される仕事を請け負う奴らが酒という癒しを求めてくる場所
分かりやすく言い表すと犯罪者共の隠れ場だ。
「はぁぁ…俺にも相棒がいたら違うのかねぇ」
煙を吐きながら愚痴ると。
「それはどうでしょうか、貴方に見合う相棒なんてあまりいないとは思いますがね」
疑問の声が聞こえ顔を上げると魚のカルパッチョが目の前に置かれる、どうやらもう出来たらしい。
……美味い。
ジェインさんが作ったカルパッチョをモソモソと食べながら依頼を探す手段を模索していると、ジェインさんが紙を横に置く…なんだ?
——依頼主『バーゲン・クレイマン』 指名『リアン・フェルノート』
今日中に劣等な民に宿り生まれ今もなおノコノコと暮らしている隠し子を始末してくれ
確認でき次第、薄汚い酒場マスターに金を渡す
殺した証拠として遺体をその酒場に持ってくること。
報酬:32金貨——
「32金貨?!」
いくら今日中なんて制限はあれど、今までの仕事は良くて金貨18枚に対してこの簡単な仕事で32金貨も貰えるだと?!
一瞬カルパッチョを吹き出しそうになったが寸でのところで抑え、飲み込む
——いや待て落ち着け、美味い話には必ずやばい事が潜んでいる。
「マスター、いくらなんでも怪しいぜこの仕事」
そう言いながら紙を置き直し、最後の一口を食べ終わると皿を横によける。
「いやね、君が依頼が無くて困っている所に丁度良くさっき『鳩』がこれを持って来てね? 丁度いいだろうと思ったんだが」
紙を取りしまおうとするジェインさんから紙を身を乗り出してひったくると座り直し、自分の前に置く。
「『受けない』なんて一言も言ってねぇ、『怪しい』と言っただけだぜ」
「流石ですね、依頼成功数がこの酒場の歴代記録を更新しただけあります」
当たり前だ、俺はどんな仕事でも大金を積まれりゃ引き受けるのが主義だ。
「今回の標的は『フェイ』と呼ばれる女性です、この標的は貴方の同業者ですね」
「救い手ねぇ、大層な名前なもんだ」
ん? 同業者……つまり俺と同じく『始末屋』か、それは確かに危険だな。
「なるほどねぇ、だからこの報酬か」
「おや怖気づきましたか?」
はは、俺が? ありえないな。
「そう見えるなら、その観察眼は間違いなく精度が落ちてるぜ」
せせら笑いながら葉巻を吸い終え灰皿に捨てると隣の椅子に置いてある帽子を取り、少し目深に被ると銀貨一枚を指で弾きジェインさんに渡す。
それをジェインさんは手の甲で受け取り落ちないようにもう片方の手を被せた後に、被せていた手を再び動かしどけると。
「ふむ、貴方にしては珍しい『表』ですか」
「はっ、それなら早めに終わらせて寝るかね」
その言葉を笑って返し、扉を開け裏路地に出る。
「さて、受けたのは良いがどうしたもんかねぇ」
顔を確認出来ていない標的を始末するのは初めてじゃないが、少々困難だな。
「はぁ…」
溜息を深呼吸替わりに吐き表通りに出る、その瞬間に光が広がり普通の日常が繰り広げられている
———眩しい。
「はは…似合わないなのは分かってるつもりなんだけどな」
一瞬だが小さい頃は過ごしていた温かい日常を思い出し、落ち込んでしまうが気を持ち直し足を再び動かし前へ進む。
喧噪に包まれた市場を歩きながらこことは別にある酒場に移動する、人が多いが歩きにくいわけでもないため予定よりは早く到着出来た。
「相変わらずここだけさらに騒がしいな」
片方だけ耳栓をしながら酒場の扉を開けると、冒険者や商人以外にも様々な職種の人たちが朝から酒を飲み騒いでいる。
酔っ払いや喧嘩しそうな雰囲気の所を避けながら奥へ進んでいく、喧騒に眩暈を感じながら歩き終えるとカウンターにたどり着きこの酒場のマスターを呼ぶ。
「ケニー!」
「おぉ、あんちゃん!どうしたんだい」
「『配達人』に会いに来た」
そう言った瞬間に愛想が良い笑顔が無表情になり顎を動かし入れと合図をする、その合図に従いカウンターに入り裏に行くと。
「仕事か『シリウス』」
「そうだな、『配達人』はいるかい」
「ああ、酒飲んで静かにしてる」
質問を返しながらケニーは床の仕掛けを動かし地下に続く階段が現れる。
「入れ、その先の安全は保障しないがな」
その言葉を聞きながら階段を少し下り、振り返る。
「へっ、俺が考えも無しに死ぬとでも?」
「それもそうか…」
ケニーは納得した顔で頷き扉を閉め直すと、暗闇が広がるがしばらくすると壁に備え付けられているランタンが次々に光り、下まで見えるようになる。
「いきなり光ると眩しいって前にも伝えたんだがなぁ」
仕方ないと溜息を吐くと葉巻を取り出しいつものように火を点けると咥え、吸った後にゆっくりと煙を溜まった愚痴と一緒に吐き出す。
吐き出した後に下り始め、この長い階段を下り終えると厳重な扉を開ける。
次の瞬間、一斉に今までいた先客達が自分に視線を向け冷や汗を流しはじめる。
「『シリウス』かよ……」
「おい誰か依頼したのか」
「標的にされた奴、いないよな?」
ざわざわと騒ぐ声を無視して奥のカウンターにいる『配達人』に向けて一直線に歩き、隣にいる奴にどいてもらうように合図して譲ってもらい座る。
「珍しいじゃないかリアン、何か困りごとかい?」
見た目は青年のように若いがその声は低く、地の底が唸っているような印象を今でも与えてくる。
目深に被っていた帽子を取り横に置くと、ここを担当しているマスターに酒を頼む。
「ああ、困りごとだ…前に依頼した『レイニール』の件を覚えているよな」
「冒険者殺しの事かい? ……まさか、またあの依頼みたいに顔が分からない標的を探しているのか」
酒を受け取り飲み干した後『配達人』の方に体を向けて頭を下げ頼む。
「その通りだ、頼んで良いか?」
「いやそれは問題ないけどね、その依頼の報酬は幾らだい?」
カウンターに向き直り葉巻を吸い、煙を吐いた後に答える。
「32金貨だ、中々の依頼主だろう」
「金貨32枚かい、それは太っ腹だねぇ」
そう言いながら地面が揺れているような笑い声をする『配達人』は、頷きながら親指と人差し指で円を作る
——引き受けてくれるのか。
「なんだい、少し驚いた顔をして」
「いや、またこんな依頼をしたのに良く引き受けてくれたな」
「君の依頼はやってて昔の事を思い出すから、好きなんだよ」
ひとしきり笑い終えた『配達人』は、一気に残っている酒を呷ると聞いてくる。
「それで標的の名は?」
「フェイだ」
その名を言った瞬間に場の空気が凍り付く、まるで時が止まったかのように皆が動くことをやめる。
「まさか、腕利きの始末屋『慈悲なき執行者』が標的なんてね」
冷や汗を流しながら『配達人』は紙を渡してくるので不思議に感じながら受け取る。
その紙には正確な場所を記すのと他に、絵が描かれていた。
珍しい黒に軽く赤茶の色が混じる短い髪型にきつい印象を与える琥珀色の目、端正な顔立ちをしている。
「なるほど? こいつがその『カイレン』か」
「この事は絶対に言わないでくれ、頼んだぞ」
念を押すように言ってくる『配達人』に頷き、帽子を取り再び目深かに被ると立ち上がり吸い終わった葉巻を灰皿に置くと、出口に向かい再び扉をくぐり階段を上り
変わらず長いと思いながら、床の仕掛けに辿り着くとどんどんと叩く。
すぐに仕掛けが開き、光が差し込む。
「『シリウス』無事だったか、絡まれなかったか?」
ケニーが真剣な顔で聞いてくる。
「こっちの奴ら俺を見て冷や汗流してたぜ、軟弱者しかいないのか?」
「あそこの別名を忘れたのか?」
「『情報保管庫』だろ」
「あそこは傭兵や始末屋だけじゃなくて『情報屋』が身を隠すためにあんだ、お前以外に知ってる奴は少ない」
別名以外は普通に忘れていた、ここを知ったのはジェインさんの紹介があってからこそだったな、感謝しかない。
腰の横にぶら下げている安物の魔道具を入れたホルスターの重みを再確認した後、ケニーに感謝を伝えて酒場を出る。
片耳に入れてあった耳栓を外し『配達人』から貰った紙を見る、再度確認するが端正な顔立ちだが近づきにくい目をしている女だと思いながら位置が記されている場所に移動すると
着いた頃には辺りは暗くなっており月の光しか頼りになるものが無くなる。
目の前に見えるガラクタの山が所々点在しており、ギリギリ隙間から小さな家の廃墟が見える広い敷地に入り少し進むと
--ッ!
突然殺気を感じ咄嗟に横に飛び転がりながら遮蔽物に隠れる、乾いた銃声が鳴り響いたと思えば先ほど立っていた場所に魔弾が命中しており地面がほんの少し欠けている。
危ねぇ……数秒でも遅れていたら風穴空いてたぜ。
可能な限り辺りを確認したが位置が分からないな、どこから撃ちやがった。
仕方ねぇ、古典的な方法だが手鏡を使い月の光を頼りに辺りを確認することにしよう。
「今日はいつもより光が少ねぇな、くそが」
悪態をつきながら手鏡を引っ込めようとすると、再び乾いた銃声が聞こえたと思えば手鏡が吹き飛ばされる。
「まじかよ、正確に撃ち抜きやがった」
着弾の衝撃で痺れる手を見ながら苦笑いする、あんなことする奴が俺以外にもいたのかよ。
初めて対峙する自分と対等の実力の相手に賞賛し、その傍ら心躍っている自分に呆れながらも納得する。
「そうだな、確かに楽しいな…はは」
覚悟を決めホルスターから魔道具『魔力を射出する物』を取り出し遮蔽物を飛び出す、心当たりの場所に撃ちこみながら前にジグザクに動きながら前にある遮蔽物に移動する。
「ふぅ……」
深呼吸をしながら自分の魔力残量を確認し把握すると、再び飛び出し同じことを繰り返しながら近づこうとするが
——嘘だろ、そこに移動していたのか
月に照らされ見えた見当違いの方向に確認出来た人影を確認した後に、体を捻り回避しようと試みたものの肩に着弾し軽く吹き飛ばされるが即座に動き遮蔽物に隠れる。
「チッ、これだから『表』の日は嫌なんだ」
魔道具を持っている腕の方や急所で無いだけ運はまだ良い方だろう、クソッこの気持ち悪い痛みの感覚は苦手だ。
痛みに慣れてきた瞬間に飛び出し先ほど見えた場所にいないのは分かり切っていたので、音を頼りに別の見当がついている方向に撃つ。
「がぁっ」
呻く声が聞こえたということはどこかしらに着弾したのか、そう思っていると再び乾いた銃声が鳴り左足に被弾する。
まじかよ、撃たれながらも正確に機動力を奪いに来てやがる。
残り魔力残量からして撃てるのは残り10発か、流石に移動する時にばら撒きすぎたか。
動かしずらくなった左足を引きずりながらなんとか相手の近くにある遮蔽物までたどり着く。
「おい!お前は残り何発なんだよ!」
大声で話しかけると相手も大声で返してくる。
「10発だ!」
同じ残弾か、しかしあいつ焦って頭が働いていないな? 先ほどの返事で大体どこにいるのか大雑把だが把握出来た、後は始末するだけだ。
「覚悟しろよッ!」
飛び出した後に動きずらくなった左足を無理やり動かし相手に向かって走る。
「くっ!」
反撃されるが弾道を予測し、同じ位置に魔弾を撃ちこみ弾く。
「そんなッ?!」
最後の一発の所でお互いの姿を見せあう状況になる。
「『シリウス』…まさか貴方ほどの人間を使って私を消すために依頼するなんて」
「『カイレン』だっけか、俺のこと知っているなんてな…光栄だぜ」
顔は見えないが驚いた顔をしているであろうフードを被っている女性はどうやら俺のことを知っているらしい。
「ええ、いきなり裏社会に現れそのセンスで一瞬にして『死の代弁者』と言われている貴方は私以上と、昨日始末した奴が恨み言のように言ってたわ」
「俺はお前の事を知らなかったな、腕利きだと聞いたばかりだ」
確かに紙に書いていた通り、正確性や位置を変える判断力は本物だった。
「最後に一発、早撃ちで勝負を決めないか」
「恨み事は無しの『決闘』ね、始末屋同士がぶつかるときにやる儀式…まさか貴方が相手だなんて、運がないわ」
お互いホルダーに魔道具をしまうと、構える。
「死ぬかもしれない私の独り言を聞いてくれるかしら」
「……あぁ、聞いてやるよ」
「貴方の依頼主は私の家族を人質にして、私にあいつの邪魔になる奴らを始末させていたの」
「人質か、そりゃ気の毒に」
「貴方は選ばれたのよ、あいつの新しい飼い犬にね」
「それは聞き捨てならねぇな、依頼主の飼い犬になったら報酬は貰えるのか」
そう聞くと悲しい表情で器用にも鼻で笑い答える。
「出るわけないじゃない」
「それは勘弁だ、お前を始末して金を貰ったらトンずらするぜ」
「無理ね、貴方も家族を奪われるわ」
家族ね、もし居たらこいつみたいに焦るんだろうが。
「残念だが俺には家族なんて言える奴なんて、いない」
「それでもよ、貴方が入り浸っているあの酒場のマスターが殺されるわ」
ジェインさんが? それは困る、あそこが無くなれば落ち着ける場所がなくなってしまう…が、困るだけでそこまで大切でもないような…複雑な気分になる。
しかしこいつを生かしたところで何になる? 結果が変わるとは思えない
——どうする。
頭を普段より使い考える、もっとも合理的な考えを導き出せ…さもなくば飼い殺しか見殺しにするしか選択肢が無くなる。
「『カイレン』」
「な、何かしら『シリウス』」
何故か動揺する『カイレン』を気にせずに言い放つ。
「お前を家族に会わせてやるよ」
「…そう、分かったわ」
お互いに深呼吸をして覚悟を決める。
そこから静寂が続くがどのくらい経ったのかなんて気にしない、気にした様子を見せた瞬間に死ぬ、これだけは確定事項だ。
月が俺達を照らし強い風が吹き、どこからか落ちてくるガラクタが落ち音を立てた瞬間に
——!
お互いに自分が今持てる速さと判断で同時に抜き、俺は咄嗟に体を横に傾けながら撃つ。
「そん…な嘘…」
頬を魔弾が掠り、血が滲み出る感覚を感じるが気にせずに驚いている『カイレン』を見つめる、胸から血を流し口からも血を吐き出し呆然とこちらを見つめ返してくる。
「ほんの少しだけ俺より先読みが甘いかったのが敗因だ、今は寝て反省してな」
両膝をつき、力無く手を下ろし首が項垂れ死んだかのように見えるが、ギリギリ急所を外し今から応急手当をすれば死なない、一時的にだが仮死状態にはなるだけだ。
わざと少量の魔力で魔弾を放ち、余裕を持たせていた残り少ない魔力を流し込み、小さな魔弾による傷を塞ぐと担ぎあげていつもの酒場に向かう。
この技はあまり使いたくなかった、下手したら本当に死なせちまうからな。
巡回している衛兵に見つからないように秘密の裏道などを使い、多少回り道などして時間はかかったがなんとか辿り着く。
「マスター、いるか」
「ええ、いますとも……あと依頼主も」
マスターの横にいる筋肉質の爺さんを見た瞬間に確信する、こいつ…目が腐ってやがる何人使い捨ての道具にしたらこんな目になるんだ、想像もつかない。
「ほら、あんたが望んでいた標的の遺体だ、綺麗に殺してやったぞ」
少し雑に近くのテーブルに寝かせ、証明する。
「ふん、下種にしてはやるではないか気に入った、お前を駒にしてやろう」
「そりゃあ——」
俺に向かって一歩動こうとした瞬間、素早く魔道具を抜き頭に魔弾を一発だけ撃ちこむ。
「勘弁だな」
「ぁ………?」
前のめりに倒れ床を血で染める死体となった依頼主をみた後、ジェインさんを見て頭を掻く。
「あちゃぁ、久しぶりに酒場で始末してしまったぜ、すまん」
わざとへらへら笑いながら謝ると、怒りと安堵といった感情が混ざり合い複雑な表情を見せたジェインさんを置いてとりあえず『カイレン』を地下にある隠し部屋へ運びベットに寝かせ
ジェインさんの所に戻り、処理を手伝う。
長い時間がかかったようだがあらかた始末の処理を終わらせると、珍しくジェインさんと共に葉巻を吸い一服する。
「いつぶりかだな、こうやって一緒に葉巻吸うの」
「久しぶりです、ストレスが溜まって消化の為に一緒に吸うのは」
静かに怒ってはいるが、俺にぶつけて良いはずの怒りを煙と一緒に吐き出して言わないジェインさんは、優しさと共に頼もしく見えた。
その後は隠し部屋に戻り、ソファーに横になり顔に帽子を乗せてしばらく寝ることにした。
「ぃ…ぉ…おーい」
んん……気持ちよく寝ていたのに誰だよ、起こしたやつは。
帽子を顔からどかし、起こしてきた原因を確認すると気怠そうに俺を揺する『カイレン』ことフェイだった。
「なんだ、起きたのか『カイレン』」
「ええ起きたわよ、あり得ないことにね」
はは、確かに普通ならあり得ないだろうな。
そんなことを思いながら俺はソファーに横になったまま答える。
「ありゃパニックボタンって技術でな、あえて味方を撃ったり人質を撃って相手を納得させ騙す技だ」
——下手したら死ぬけどな。
寝足りないので帽子を再度顔に乗せて寝ようとするが、帽子が取られる。
「なんで私を殺さなかったの」
「俺と同じくらいの腕の奴が死ぬのはもったいない、なにより…」
「なにより? なに」
「気に入ったからな、俺の早撃ちに追いつける奴なんて初めて見たぜ」
そう言った後に帽子を返してもらい顔に乗せ、今度は二度寝を遂行する。
「酔狂な人」
「今がチャンスなのに、寝首かかねぇ奴に言われたくないな」
あらかた話終えたのか『カイレン』が隠し部屋から出ていく音が聞こえる。
—————————————————————————————————————
私は貴族に捨てられた母の子だ、母は何を思ったのか私に救い手なんて大層な名前を名付け、10になる頃に恨みながら死んでいった。
孤児になった私は最初は表のように温かい日常で過ごしていたが、それも長く続かず気が付けば泥にまみれながらも必死に生きる『裏』の人間になっていた。
最初のころは力もなかった私はおとぎ話みたいな話を聞いた、私より5ぐらい先の青年なのに突然裏社会に現れ、次々に標的を『必ず』仕留める奴がいると
——あり得ない。
この時の話は信じてなかった、信じれなかった。
弱かった私はその青年に憧れ、ある老人に頼み込み裏社会での生き方や、『始末屋』としての技術を叩きこまれた、特に力を入れられたのが魔道具の扱い方だ
《いいですか? この魔道具は貴女の命を守ってくれますが、それ以外の命を奪うものでもあります…自分に害がない者に向けてはいけませんよ》
口うるさく言われたっけか、懐かしい事を思い出してしまった。
隠し部屋を出てカウンターに座り、背中を向けているマスターに注文をする。
「マスター、ワインをボトルごと頼む」
「分かりましたよ、フェイ君」
——え、この呼び方
「久しぶりですね、元気そうでなによりです」
ワインのボトルを上の棚から取り出しこちらに振り返り渡してくるのは、紛れもなく私を鍛えてくれた老人だ。
「お、お久しぶりです…えっと、ジェインさん」
「覚えてくれていましたか、光栄ですね」
片眼鏡を外し絹の布で優しく拭きながら微笑むジェインさんは、昔と全く変わっていなかった。
「『シリウス』には挨拶してきましたかね?」
「はい、しています」
「彼の名前は『リアン』です、覚えてあげてくださいね」
「守護者ですか、カッコつけた名前ですね」
あの自分勝手なのが守護者? 似合わないわ。
「その名に恥じぬ功績ではありませんが、効果はありますよ」
一息吐き、落ち着かせた後にジェインさんは言う。
「彼のおかげで、この国の犯罪発生率は極限まで低下しているのですから」
そう言いながら片眼鏡をかけなおし、こちらに追加のワインボトルを渡してくる。
「唐突ですが貴女にお願いがあるのですが」
「なんですか、ジェインさん」
「リアン君の相棒になってあげてください」
思わず飲んでいたワインを吹き出し纏っているフードを汚したが気にせずに、慌ててジェインさんの目を見るとそこには揺ぎ無い意志を感じた。
「なんであいつの相棒なんかやらないといけないんですか!」
「不服ですかね? 君が小さなときに憧れた人物の相棒は」
「それは…」
不服とは言えなかった、おとぎ話の人物のような定まらない『何か』の背中を追いながらも自分の実力を研鑽して行き、もし会った時のためにと努力してきた。
だけど、彼は私自身を普通じゃ出来ない魔法のような技術で一回殺した後、生き返らせた……あんな技を見せられるどころか、あまつさえ体験してしまうと
まだ彼に追いついていないみたいで虚しくなる。
「どうするも君の自由だから、君自身で決めて彼に伝えなさい」
そう言い残して裏に行くジェインさんの背中は大きく見えた。
私は飲み終えたボトルを置き、まだ飲みかけのワインボトルの方を片手に、隠し部屋に戻る。
—————————————————————————————————————
ソファーに横になりながら先ほど来たばかりの手配書一覧を見ていると、ワインボトル片手にフェイが入ってくる。
「おいおい、帰ったんじゃないのかよ」
「帰る場所なんてないし、そもそも家族に会わせてやるなんて言ったのは貴方でしょう? リアン」
即座に立ち上がりながらホルスターから魔道具を取り出し、フェイに銃口を向ける。
「マスターからか? 聞いたのは」
「ええ、そうよ」
ホルスターに魔道具を入れ直し、ソファーに座り葉巻を取り出し口に咥える。
すると近くまで来たフェイが人差し指から小さく火を出し、葉巻に点けてくれる。
「お、感謝」
「ええ、感謝しなさい」
そう言いながら俺の隣に座り、手を差し出す。
「なんだ、お前も吸うのか」
最後の一本を取り出すと火を点け渡す。
「これでチャラだな」
「ええ、そうだけど…貴方に提案したい事があるわ」
真面目な顔で唐突に、そう言ってくるフェイの言いたいことはあらかた分かる。
「「貴方の相棒になりたい」」
「やっぱりそうか」
フェイの目に視線を合わせながら質問する。
「きつい事だってあるぞ、大金積まれたらなんでも引き受けるからな」
「問題ない、私も元々はそうやって依頼を選別していた」
お互いに吸った後に煙を吐く、俺は立ち上がりフェイの方を向き手を伸ばす。
「この手を取れば、時折だが地獄みたいな生活を送ることになるぜ」
その言葉を聞いてもなお、立ち上がり手を握り返すフェイを見て俺の方が根負けしてしまった。
「なら相棒として同じ服と帽子が必要だな、これからは俺と同じ格好をすることになるぞ」
そう伝えながら隠し部屋の金庫に近づき、金庫のロックを空け二丁の銃の魔道具を取り出し見せる。
「いいか? 今からこの魔道具に俺の魂を半分入れる」
白い銃の魔道具にに自分の魂を吸わせ保管する、大きい疲労感が襲ってくるが気にせずにそれをフェイに渡す。
「温かい感覚がする…」
そう言っているフェイに黒い銃の魔道具も渡し、指示する。
「この黒いのにお前の魂を半分入れろ」
「待って、そもそもこれはなに?」
戸惑いながら質問してくるフェイに説明をする。
「この銃の魔道具は元々『王の執行官』と言われていた貴族の一族が、代々受け継いできた物だ」
そう聞き、白と黒の二つの魔道具を見るフェイを気にせずに続ける。
「この銃の魔道具は先祖代々、所有者が決めた『相棒』がいないと使えなくてな、お互いの魂の半分を背負いあう儀式をしないとそもそも起動すらしないんだ」
今まで使えなかったが、これで使えるようになる。
「悪影響とかあるわよね?」
「あるぞ、相手の記憶とかが流れ込んできて、性格や口調が少し変わったりする程度だがな」
「結構大変なものじゃない」
そう言いながらも黒い銃の魔道具に魂を入れるフェイに少し驚く。
「なんだ、その驚いた顔」
少し口調が変わったフェイに答える。
「いや、悪影響を聞いてもやるんだな」
「言い出しっぺは私だ、やらないといけないだろう?」
黒い銃を受け取り、お互いの古い魔道具をお互いに金庫に入れ閉じる。
ホルスターに入れようとした時、黒い銃身と持ち手に赤い線が走り模様と紋章が浮き上がる。
「この紋章は?」
俺のとは違い、青い線が走り模様と紋章が浮き上がっている白い銃の魔道具を見つめているフェイに教える。
「寝た時に見るかもしれない、口で説明するのは少し辛いから勘弁してくれ」
さらに疲労感が襲ってきたのでフェイにベットを使って良いと伝え、自分はソファーで寝る事にする。
—————————————————————————————————————
目を開けると、昔住んでいた小屋にいた。
「やっと…か」
そう声をかけてくるのは、俺と同じ服装をした親父だ。
「お前に『相棒』が出来るとはな」
「意外だったか? 親父」
少し動揺しているのを表に出さないようにしながらそう返すと、親父は横に首を振り俺に抱き着く。
「良かった…お前はずっと孤独なんじゃないかと思って」
「おいおい、男が泣いてはいけないって言ったの誰か忘れたのかよ」
気恥ずかしくなり軽く突き放しながら笑う。
「そうだったな…お前を苦労させたのは俺の実力不足と教育のせいだったな」
「それはもう言わないでくれ、親父」
苦笑いをする親父に笑い返す。
「お前の『相棒』がここに来るだろう?」
「あぁ、教えてもらったのが確かならだけどな」
そう話していると小屋の扉が開き、フェイが入ってくる。
「ここはどこだ?」
首をかしげながらこちらに質問してくるフェイに親父が答える。
「ここは死と生の狭間にある空間でね、ここに留まっている理由はただ単に仕来たりを教えるためだよ、終われば死の空間に向かうつもりだついてきなさい」
そう言いながら帽子をさらに目深に被り、外に出るのをついていく。
「さて、ここなら十分に戦えるね」
「親父、まさか仕来りってのは」
「前代所有者に力を証明すること、だ」
親父は一気に二丁の魔道具を引き抜き、虚空に向かって白い銃の魔道具を放り投げる。
「っと、相変わらず君は危なっかしいね」
それを突然現れた男が受け取った、俺や親父と同じ服装をしている男は優しそうな顔をしている。
「さて、俺の事を覚えているのかな?」
手を軽く振り笑顔で質問してくる男は、叔父だ。
「覚えてるって顔だね、良かった」
「さて、時間がない…話はここまでだ」
そう言いながら親父と叔父はホルスターに魔道具を入れ構える、それにならい俺達も早撃ちをするために構える。
「親父は俺が撃つ、フェイ、お前は叔父を任せる」
「分かった、信じる」
なにもないこの空間で四人が一人ずつ対面で睨みあう。
「このコインが落ちた瞬間に、全てが始まる」
親父はそう言って空高くコインを弾く、その瞬間に一気に空気が変わる。
コインを目で追いながらいつでも抜けるように、あえて強張っている腕の力を抜く。
極限にまで集中し、コインが地面に落ち、音が響こうとした瞬間。
俺とフェイは素早く後ろに倒れながら抜き、撃つ。
親父たちは少し遅れ放つが、お互いに俺たちの帽子を掠るだけで終わる。
「これは…君より強くなったものだね」
「全くだ、まさか敗北を二回も感じる事になるなんてな」
親父と叔父は撃たれたが倒れずに、帽子を目深に被ると砂のように体が崩れ始める。
「さて、これで後悔は無い」
「親父……」
佇む親父は、ただ淡々と喋る。
「この黒い銃魔道具は【リスティア】 白い銃魔道具は【ノーシュ】だ」
叔父はその言葉に続き、話す。
「【リスティア】はどんな装甲でも貫通出来るが、その分一発に込める魔力が多く必要になり連発が出来ない」
「【ノーシュ】は重厚な装甲は貫通出来ないが弾道を思念操作が出来る、一発に込める魔力は変わらないが連発が可能だ」
「そして、この二つには共通点がある」
「それは……『発射するには相手に敵意を持ってないと発射されない』ことだ」
親父たちはそう話しながらどんどん砂のように崩れていく。
「あと、浮かび上がっている紋章は我ら『フェルノート家』を示す由緒あるものだ」
「お前はともかく、フェイさんには話しておいた方が良いだろう」
親父は咳をわざとらしくすると、また喋りはじめる。
「我々『フェルノート家』は『王の執行官』と呼ばれる立場にいた、簡単に表すと王の汚れ仕事を代わりに行う始末屋もどきみたいなものだな」
「そして、我らの国はクーデターと同時に他国から宣戦布告され、国の総人口が8割も死んだ」
親父はそう言った後、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「その中には我々も含まれていた、リアンだけは強制転移…それしかなかったけど、死ぬ確率が高い方法だったがね、遠くの何処かも分からない国に逃がしたんだ」
「転移魔法が使えた妻が最後の力を使い切ってくれたんだ、時間稼ぎしか出来なかった俺に文句も言わずに最後まで優しかった」
そういえば、母の姿を見ないがもう行ってしまったのだろうか。
「ああ、妻はもう行ったよ」
微笑みながら懐かしむような表情をする親父は、小さく見えた。
「国の名称は『ファルコム』元は小さな村だったが突然現れた初代の王が戦場で手柄を取りまくって、近隣の土地を買って大国から権利を奪い取って出来た国だ」
「そのせいか敵が多くてな、いつも暗殺者や間者が王宮内に入り乱れてた」
「その対処をしていたのが『王の執行人』を任された我々『フェルノート家』だ」
「さて、そろそろ時間か…他の疑問点は息子に聞いてくれ」
「美人さんの相棒を逃すんじゃないぞ、ほんとに」
親父はともかく、叔父はなんてことを言うんだ。
「おいおい、俺達『フェルノート家』は相棒には手を出さない決まりがあったはずだぜ」
「それは先々代の掟だ、お前の代は関係ない」
「そうだとしても、相棒は相棒だ…手は出せないぜ」
そう言っていると二人とも完全に消え去り、静かな時間が訪れる。
「さて、最後に言っておくが…これからは二つ名も名前も一部以外では禁止だ」
「なんて呼べば良いの」
「相棒、こんな感じだ」
「名前で呼ばれてないのに、自分が呼ばれているのが分かる不思議な感覚」
「お互いに半分の魂を預けあってるからな、それのおかげだ」
そう伝えると、視界が一気に暗転していく。
「そろそろ起床の時間だ」
「分かった、行動はそのあとに話し合おう」
—————————————————————————————————————
「おはよう相棒」
「おう、おはよう相棒」
顔に乗せていた帽子を取りながらソファーから起き上がり、ベットからすでに出て酒を呷っている相棒(フェイ)に手を伸ばすと酒を受け取る。
寝起きの酒は体に悪いとは聞くがそんなことを気にしていたら死ぬのが余計に怖くなってしまう、死ぬ前にやるべきことは先にやっておくことだ。
「これからどうするんだ、相棒」
「お偉いさんを殺したからなぁ、当分はここを離れて別の地で仕事をするしかないな」
「相棒…」
「分かってる、家族のことは助ける」
「いつやるんだ?」
そうそわそわしながらも、ちゃっかりと酒を飲み干し新しいのを飲み始める相棒相棒を見ながら頭を働かせる。
「めんどくさいな、どうせ指名手配はされているしな…」
「そうだな、それならもう正面から?」
「そうしよう、考えた所で想定外は起こるものだしな」
っと、そのまえに相棒に同じ服と帽子、ホルスターを渡さないとな。
「さて、そのために必要な物を取りに行くか」
「ん、分かった」
生活魔法を使い体と服の汚れを取り除いているとフェイがこちらを見ている。
なんとなく理解し生活魔法をフェイにかけながら外に出るために隠し部屋を出て、ゆっくりとカウンターの席に座る。
「マスター、適当になにか食べれるものを」
「おはようございますリアン君、今日は最後の注文で良いのですね?」
「あぁ…当分はここには帰れないだろうからなぁ」
そう言いながらジェインさんに葉巻を取り出してもらい受け取った後に火を点けると、少し長めに吸い吐き出す。
「今日はビーフシチューです、君が好きな物を用意しましたよ」
「おぉ、マスターは気が利くな」
隣に座る相棒も同じくビーフシチューを頼み葉巻を受け取ったので、人差し指に小さな火を出し点けてやる。
「ん、感謝」
「おう、感謝しな」
それからはお互いに喋らずに葉巻を吸いながらマスターが待っている間にと渡してきた酒を呷り、静かにビーフシチューを待つ。
「はい、温めて来ましたよ二人とも」
「お、来た」
「わりぃなマスター」
相棒は早速食べはじめる、よほど空いていたのだろう。
自分も食べ始めると、初めてマスターの手料理を食ったのを思い出す。
「初めて食べたのもこれだったなぁ」
「あの時のリアン君は野菜スープの方が好きでしたがね」
なんて話していると皿を空にした相棒が「おかわり」と小さく言うのを聞いて笑う、恐らく本当にあの時からなにも食べてなかったのだろう。
「マスター、俺もおかわりだ」
「多めに作っておいて正解でしたね」
すぐにまたビーフシチューを持ってきてくれたマスターに感謝し、食べ始める。
「この後にあれを頼めるか、マスター」
「…分かりました」
そう言いながらマスターは裏に行ったあとに、俺と同じ服とコート、そしてホルスターを相棒の近くに置く。
「それが必要な物だ、隠し部屋で着替えてこい」
「分かった、丁度食べ終えたところ」
慌てて荷物を持ち隠し部屋に行く相棒相棒を横目に、マスターに謝る。
「すまねぇ、これからこの辺りの治安と依頼は受けれない」
「いえ、構いませんよリアン君」
そんな話をしていると、隠し部屋から出て来た相棒は随分と俺と同じ服装と帽子が似合っていた。
「ん、意外にサイズがぴったり」
「自動的にサイズを合わせるからな」
この服は俺が持たされた物の一つだ、ホルスターも含まれる。
「これ、しっくりくる」
「そうか」
笑いながら酒場の扉を開け外に出る、いつもながら暗い裏路地だな。
「さて、どこだ?」
「道案内する、任せて」
先に歩く相棒についていきながら、やがて表通りに出ると人の流れが激しく一瞬見失うがすぐに見つける。
しばらく歩くと貴族が住んでいる区域に到着する。
「この先にいる、特に警備に関係する注意点は無い」
「分かった、それじゃ行きますかね」
区域を隔てている門を叩き、門番が出てくるのを待つ。
ある程度待つと門が開き中から門番が二人出てくるので、素早くホルスターからリスティアを引き抜き両足を撃ち抜く。
「ぐぁ!」
「なっ!?」
その次に両肩をノーシュで相棒が撃ち、動けなくすると門を閉じることはせずに目的地まで歩く。
「あいつの屋敷はどこだ?」
「少し奥にある趣味が悪いのが目的地」
「ぅげ、本当に趣味悪いな」
その屋敷は金色の色を放ち輝いており、目がチカチカするので相棒に黒い眼鏡を渡すと自分も黒い眼鏡をかける。
…それでも少し眩しいが気にせず屋敷の敷地に入ろうとすると、周りを衛兵に囲まれる。
「何人だ?相棒」
「15人」
相棒がそう言いながらノーシュをホルスターから取り出し撃ち始める、俺のとは違い連射が出来るノーシュは次々と衛兵の足を撃ち抜き倒す。
呻き声を上げながら倒れ蹲っている衛兵たちを見ながら、一言だけ相棒に言う。
「一応肩も撃っておけ」
「そうする」
ホルスターに収めようとした動作をやめて、肩を撃ち抜き終わるとホルスターにしまう。
「さて、この屋敷のどこだ?」
「あの小屋」
「おお、まともな色で安心したぜ」
南京錠のようなものがされていたが、適当に引きちぎるとドアを蹴破る。
「お邪魔するぜー」
「おい、家族が怪我したら許さないから」
「あーあー、分かった分かった」
耳を引っ張られ痛いが適当にあしらい、奥に進んで寝室らしき部屋のドアの前に立つと魔力を波状に放つ。
「ヒット、標的は二人だ…家族の数はこれで合ってるか?」
「合ってる」
ドアが施錠されているので仕方なく、出来るだけ優しめに蹴破るとベットで身を寄せ合っている二人の子供を見つける。
「あ?」
相棒と子供二人を見比べる、全然似てない。
「姉ちゃん!」
男の子がベットに近づいた相棒に抱き着くと相棒は頬を緩ませ頭を優しく撫でる。
「おい、俺にまで抱き着かないでくれ…苦手なんだ」
「いい匂い…優しい人の匂いがする」
女の子がいつの間にかこちらに抱き着くので仕方なく持ち上げ、雑に荷物を抱えるように持つと外に出るために引き返す。
「乱雑にしないでくれ相棒」
「あ? ならお前が持ってくれ相棒…子供は苦手なんだ」
「両手が塞がると撃てないからやめておく」
仕方なくと言わんばかりの溜息を吐くと、窓に向かってノーシュを引き抜いて5発撃つ。
外でうめき声をあげ、倒れる音が聞こえる。
「ん、大体使い方が分かった」
「そうか」
外に出ると次々に市民らしき人たちが武装してなだれ込んでいるのを見て、少し安堵する。
「なんだ? この状況」
相棒が少し唖然としているのを無視して敷地を出ると、恐らく衛兵だった者達が殺されていた。
「反乱軍か、開けておいて正解だったか」
「門を閉めなかったのはそういう意味なのか」
「この後はどこに?」
「『配達人』が手配してくれた馬車で隣の国『ハメワ』まで行く」
「分かった、家族も同行で良い?」
「駄目だ、弱みになるものを傍に置くわけにはいかない」
「私達以外に守れる?」
真顔で聞いてくる相棒を見つめ考える。
「こいつら、戦闘経験は?」
「ない、そんな物を教える暇が無かった」
「相棒、お前が教えるなら連れて行っていも良い…お前らもその条件で良いか?」
「うん、大丈夫」
「分かった」
仕方ない、そこまで言うなら連れて行くがもし邪魔になったらその時は相棒ごと安全な所に隠そう。
それにしても酷い有様だな、この国の王が嫌われ者なのは俺も同意するがここまで犠牲者を出して革命を起こして意味があるのだろうか。
反乱軍や衛兵の死体を時たま踏みながら歩く、うめき声も聞こえないので生きている奴はいないだろう。
そんなことを考えながら門に着くと、反乱軍の一員らしきやつらが剣を持ちこちらに斬りかかってくる。
「見境なし…か」
リスティアを抜き、頭を撃ち抜くと次々に出てくる反乱軍を見て呆れる。
「おいおい、些か血の気がありすぎねぇか?」
「相棒こいつら操られてる」
よくよく見ると首になにか模様らしきものが浮かんでいる、あれは……幻影魔法か。
「おい、俺たちは『始末屋』だが討伐依頼はされてねぇ…どうにかして逃げるぞ」
そう言いながら周りを見ると『配達人』が良く使う信号玉が空に撃ちあがるので、その方向を見ると馬車に乗った『配達人』を見つける。
「相棒あの馬車が見えるか?」
「余裕」
相棒にリスティアを見せながら説明する。
「これで無理矢理道を作るからこいつら連れてあれに乗れ」
「相棒はどうする」
「馬車をこっちに向かって走らせろ、あの馬車は『配達人』御用達だ、何人轢こうが問題が起こらないぐらいには頑丈に作られている」
「分かった、出来るだけ負傷はするな相棒」
「善処する」
リスティアに魔力を出来るだけ注ぎ、充填させると引き金を引く。
その瞬間とてつもない轟音を鳴らしながら衝撃波と化した魔弾が、囲んでいる反乱軍の一部を吹き飛ばし道が出来る。
「行け!」
そう言いながらまた塞がっていく道を開けるようにもう一発放つ、相棒(フェイ)は二人を抱えると一気に加速して道を駆け抜けると馬車まで着く。
「っち!」
四方八方から剣や槍の攻撃が繰り出される、上手く敵の一人を掴み盾にして、使えなくなればまた一人掴みまた盾にする。
それでも攻撃は続くのでリスティアを撃ちながら退けさせ時間を稼ぐ。
「相棒!」
鉄が擦れ道を壊している音を鳴らしながらこちらに来る馬車が反乱軍を時折ミンチにしながら突撃してくる。
「今だ! 乗りたまえ!」
「分かった!」
『配達人』が手を差し出されたのを反射的に掴み馬車に乗る、ちゃんと全員いる事を確認した後に再び馬車は動き出し門を抜け一気に城壁まで駆ける。
「おい、このまま突き破るつもりか?」
「君がもう一回あれを撃ってくれたら楽なんだけどねぇ!」
そう言われたので再び城壁の門に着くまでにリスティアに魔力を詰め込める。
溜息を吐く前に葉巻を取り出すと火を点け少し長めに吸うと、溜息を煙と共に吐き出しさらに魔力を込める。
心臓があるかのようにリスティアに浮き上がっている紋章が鼓動しているかのようになり、脈をうつ。
「今だ、放て!」
その瞬間引き金を城壁の門に向かって撃つと、馬車全体が大きく揺れるほどの衝撃を放ち魔弾が放たれ…一瞬にして門を破壊する。
「ぐっ…」
吐き気と途方もない頭痛が襲ってくる、体全ての筋肉と骨が悲鳴を上げ慌てて馬車の中に向かって倒れ葉巻を吸い血と混じらせるように煙を吐く。
「相棒?!」
「お兄さん!」
「っ!」
「大丈夫か?!」
煩いなと自分勝手な事を思いながら葉巻を相棒に渡した後に、帽子を顔に乗せて寝ることにする。
こうして反乱軍によって制圧された国を出た俺達は新しい国に向かって当てのない旅をすることになる。
「さてと、このぐらいで良いだろう相棒」
そう話しかけると相棒はこちらを振り返り、ホルスターの位置に手を置きいつでも取り出せるように構える。
「...おいおい、俺に早撃ちで勝てるとでも?」
「これも、家族のためなんだ相棒……」
満月の皓々とした月光は相棒の端正な顔立ちを照らす、相も変わらず惚れそうになりそうだ。
しばらくするがお互いに構えたまま佇んでいる、いつからこの状態か忘れたがそれなりに時間は経っているだろう
月明かりに照らされた湖畔の水面は、鏡の様に相対する二人を映し出している。
心地よい風が吹き、月が雲によって隠れ辺りが暗くなり、木々が揺れ木の葉が舞い湖畔に落ちる瞬間
俺たちは一気にホルスターから銃の魔道具を引き抜き
——湖畔の静寂を破るように乾いた銃声が二つ重なった。
—————————————————————————————————————
今この時、俺ことリアン・フェルノートはとてつもなく気分が悪く、黒い皮手袋にいつもの黒コートを羽織り下には皺がある黒スーツを着て特注の帽子を横の椅子に置き
カウンターに突っ伏している理由はとても単純で、店主の言うことも聞かずに酒を比喩ではなく浴びるほど飲んだからだ。
事故だかなんだか知らないがなんで酒の保管場が崩れて真下にいた酔っぱらって動けない俺に大量の酒が降ってくるんだよ。
「すみませんね、リアン君」
そう言いながらカウンターに座っている俺に水を渡してくれるのは、このさびれた酒場のマスターであるジェインさんだ
今日も変わらず歳は若くないが白髪のオールバックにキチっと皺が全く無いスーツを着込み、片眼鏡をかけ髭が邪魔にならない程度に整えられている。
傍から見ても、ジェインさん自身も思っているがまだまだ酒場を現役で働いているほど元気な店主だ。
「そういえば仕事の話は来ましたかね?」
ジェインさんはこちらを見ずに、絹の布でコップを拭きながら聞いて来たので答える。
「いや、来てないな」
葉巻を取り出し人差し指の先に火を出し点け、吸い込み煙とともに自分の心の膿を吐き出す。
「おや珍しいですね、果てまで追いかける者と言われている貴方が依頼無しとは」
「へっ、その通り名に恥じない仕事をしているはずなんだがねぇ?」
葉巻を吸っているとある程度気分の悪さが落ち着いたので軽めの朝食をジェインさんに頼む。
「新鮮な魚のカルパッチョならすぐにお出しできますよ」
「魚は久しぶりだな、それで構わねぇ」
この酒場はさびれてはいるが表では良い顔をされないどころか捕まって最悪の場合は死罪を言い渡される仕事を請け負う奴らが酒という癒しを求めてくる場所
分かりやすく言い表すと犯罪者共の隠れ場だ。
「はぁぁ…俺にも相棒がいたら違うのかねぇ」
煙を吐きながら愚痴ると。
「それはどうでしょうか、貴方に見合う相棒なんてあまりいないとは思いますがね」
疑問の声が聞こえ顔を上げると魚のカルパッチョが目の前に置かれる、どうやらもう出来たらしい。
……美味い。
ジェインさんが作ったカルパッチョをモソモソと食べながら依頼を探す手段を模索していると、ジェインさんが紙を横に置く…なんだ?
——依頼主『バーゲン・クレイマン』 指名『リアン・フェルノート』
今日中に劣等な民に宿り生まれ今もなおノコノコと暮らしている隠し子を始末してくれ
確認でき次第、薄汚い酒場マスターに金を渡す
殺した証拠として遺体をその酒場に持ってくること。
報酬:32金貨——
「32金貨?!」
いくら今日中なんて制限はあれど、今までの仕事は良くて金貨18枚に対してこの簡単な仕事で32金貨も貰えるだと?!
一瞬カルパッチョを吹き出しそうになったが寸でのところで抑え、飲み込む
——いや待て落ち着け、美味い話には必ずやばい事が潜んでいる。
「マスター、いくらなんでも怪しいぜこの仕事」
そう言いながら紙を置き直し、最後の一口を食べ終わると皿を横によける。
「いやね、君が依頼が無くて困っている所に丁度良くさっき『鳩』がこれを持って来てね? 丁度いいだろうと思ったんだが」
紙を取りしまおうとするジェインさんから紙を身を乗り出してひったくると座り直し、自分の前に置く。
「『受けない』なんて一言も言ってねぇ、『怪しい』と言っただけだぜ」
「流石ですね、依頼成功数がこの酒場の歴代記録を更新しただけあります」
当たり前だ、俺はどんな仕事でも大金を積まれりゃ引き受けるのが主義だ。
「今回の標的は『フェイ』と呼ばれる女性です、この標的は貴方の同業者ですね」
「救い手ねぇ、大層な名前なもんだ」
ん? 同業者……つまり俺と同じく『始末屋』か、それは確かに危険だな。
「なるほどねぇ、だからこの報酬か」
「おや怖気づきましたか?」
はは、俺が? ありえないな。
「そう見えるなら、その観察眼は間違いなく精度が落ちてるぜ」
せせら笑いながら葉巻を吸い終え灰皿に捨てると隣の椅子に置いてある帽子を取り、少し目深に被ると銀貨一枚を指で弾きジェインさんに渡す。
それをジェインさんは手の甲で受け取り落ちないようにもう片方の手を被せた後に、被せていた手を再び動かしどけると。
「ふむ、貴方にしては珍しい『表』ですか」
「はっ、それなら早めに終わらせて寝るかね」
その言葉を笑って返し、扉を開け裏路地に出る。
「さて、受けたのは良いがどうしたもんかねぇ」
顔を確認出来ていない標的を始末するのは初めてじゃないが、少々困難だな。
「はぁ…」
溜息を深呼吸替わりに吐き表通りに出る、その瞬間に光が広がり普通の日常が繰り広げられている
———眩しい。
「はは…似合わないなのは分かってるつもりなんだけどな」
一瞬だが小さい頃は過ごしていた温かい日常を思い出し、落ち込んでしまうが気を持ち直し足を再び動かし前へ進む。
喧噪に包まれた市場を歩きながらこことは別にある酒場に移動する、人が多いが歩きにくいわけでもないため予定よりは早く到着出来た。
「相変わらずここだけさらに騒がしいな」
片方だけ耳栓をしながら酒場の扉を開けると、冒険者や商人以外にも様々な職種の人たちが朝から酒を飲み騒いでいる。
酔っ払いや喧嘩しそうな雰囲気の所を避けながら奥へ進んでいく、喧騒に眩暈を感じながら歩き終えるとカウンターにたどり着きこの酒場のマスターを呼ぶ。
「ケニー!」
「おぉ、あんちゃん!どうしたんだい」
「『配達人』に会いに来た」
そう言った瞬間に愛想が良い笑顔が無表情になり顎を動かし入れと合図をする、その合図に従いカウンターに入り裏に行くと。
「仕事か『シリウス』」
「そうだな、『配達人』はいるかい」
「ああ、酒飲んで静かにしてる」
質問を返しながらケニーは床の仕掛けを動かし地下に続く階段が現れる。
「入れ、その先の安全は保障しないがな」
その言葉を聞きながら階段を少し下り、振り返る。
「へっ、俺が考えも無しに死ぬとでも?」
「それもそうか…」
ケニーは納得した顔で頷き扉を閉め直すと、暗闇が広がるがしばらくすると壁に備え付けられているランタンが次々に光り、下まで見えるようになる。
「いきなり光ると眩しいって前にも伝えたんだがなぁ」
仕方ないと溜息を吐くと葉巻を取り出しいつものように火を点けると咥え、吸った後にゆっくりと煙を溜まった愚痴と一緒に吐き出す。
吐き出した後に下り始め、この長い階段を下り終えると厳重な扉を開ける。
次の瞬間、一斉に今までいた先客達が自分に視線を向け冷や汗を流しはじめる。
「『シリウス』かよ……」
「おい誰か依頼したのか」
「標的にされた奴、いないよな?」
ざわざわと騒ぐ声を無視して奥のカウンターにいる『配達人』に向けて一直線に歩き、隣にいる奴にどいてもらうように合図して譲ってもらい座る。
「珍しいじゃないかリアン、何か困りごとかい?」
見た目は青年のように若いがその声は低く、地の底が唸っているような印象を今でも与えてくる。
目深に被っていた帽子を取り横に置くと、ここを担当しているマスターに酒を頼む。
「ああ、困りごとだ…前に依頼した『レイニール』の件を覚えているよな」
「冒険者殺しの事かい? ……まさか、またあの依頼みたいに顔が分からない標的を探しているのか」
酒を受け取り飲み干した後『配達人』の方に体を向けて頭を下げ頼む。
「その通りだ、頼んで良いか?」
「いやそれは問題ないけどね、その依頼の報酬は幾らだい?」
カウンターに向き直り葉巻を吸い、煙を吐いた後に答える。
「32金貨だ、中々の依頼主だろう」
「金貨32枚かい、それは太っ腹だねぇ」
そう言いながら地面が揺れているような笑い声をする『配達人』は、頷きながら親指と人差し指で円を作る
——引き受けてくれるのか。
「なんだい、少し驚いた顔をして」
「いや、またこんな依頼をしたのに良く引き受けてくれたな」
「君の依頼はやってて昔の事を思い出すから、好きなんだよ」
ひとしきり笑い終えた『配達人』は、一気に残っている酒を呷ると聞いてくる。
「それで標的の名は?」
「フェイだ」
その名を言った瞬間に場の空気が凍り付く、まるで時が止まったかのように皆が動くことをやめる。
「まさか、腕利きの始末屋『慈悲なき執行者』が標的なんてね」
冷や汗を流しながら『配達人』は紙を渡してくるので不思議に感じながら受け取る。
その紙には正確な場所を記すのと他に、絵が描かれていた。
珍しい黒に軽く赤茶の色が混じる短い髪型にきつい印象を与える琥珀色の目、端正な顔立ちをしている。
「なるほど? こいつがその『カイレン』か」
「この事は絶対に言わないでくれ、頼んだぞ」
念を押すように言ってくる『配達人』に頷き、帽子を取り再び目深かに被ると立ち上がり吸い終わった葉巻を灰皿に置くと、出口に向かい再び扉をくぐり階段を上り
変わらず長いと思いながら、床の仕掛けに辿り着くとどんどんと叩く。
すぐに仕掛けが開き、光が差し込む。
「『シリウス』無事だったか、絡まれなかったか?」
ケニーが真剣な顔で聞いてくる。
「こっちの奴ら俺を見て冷や汗流してたぜ、軟弱者しかいないのか?」
「あそこの別名を忘れたのか?」
「『情報保管庫』だろ」
「あそこは傭兵や始末屋だけじゃなくて『情報屋』が身を隠すためにあんだ、お前以外に知ってる奴は少ない」
別名以外は普通に忘れていた、ここを知ったのはジェインさんの紹介があってからこそだったな、感謝しかない。
腰の横にぶら下げている安物の魔道具を入れたホルスターの重みを再確認した後、ケニーに感謝を伝えて酒場を出る。
片耳に入れてあった耳栓を外し『配達人』から貰った紙を見る、再度確認するが端正な顔立ちだが近づきにくい目をしている女だと思いながら位置が記されている場所に移動すると
着いた頃には辺りは暗くなっており月の光しか頼りになるものが無くなる。
目の前に見えるガラクタの山が所々点在しており、ギリギリ隙間から小さな家の廃墟が見える広い敷地に入り少し進むと
--ッ!
突然殺気を感じ咄嗟に横に飛び転がりながら遮蔽物に隠れる、乾いた銃声が鳴り響いたと思えば先ほど立っていた場所に魔弾が命中しており地面がほんの少し欠けている。
危ねぇ……数秒でも遅れていたら風穴空いてたぜ。
可能な限り辺りを確認したが位置が分からないな、どこから撃ちやがった。
仕方ねぇ、古典的な方法だが手鏡を使い月の光を頼りに辺りを確認することにしよう。
「今日はいつもより光が少ねぇな、くそが」
悪態をつきながら手鏡を引っ込めようとすると、再び乾いた銃声が聞こえたと思えば手鏡が吹き飛ばされる。
「まじかよ、正確に撃ち抜きやがった」
着弾の衝撃で痺れる手を見ながら苦笑いする、あんなことする奴が俺以外にもいたのかよ。
初めて対峙する自分と対等の実力の相手に賞賛し、その傍ら心躍っている自分に呆れながらも納得する。
「そうだな、確かに楽しいな…はは」
覚悟を決めホルスターから魔道具『魔力を射出する物』を取り出し遮蔽物を飛び出す、心当たりの場所に撃ちこみながら前にジグザクに動きながら前にある遮蔽物に移動する。
「ふぅ……」
深呼吸をしながら自分の魔力残量を確認し把握すると、再び飛び出し同じことを繰り返しながら近づこうとするが
——嘘だろ、そこに移動していたのか
月に照らされ見えた見当違いの方向に確認出来た人影を確認した後に、体を捻り回避しようと試みたものの肩に着弾し軽く吹き飛ばされるが即座に動き遮蔽物に隠れる。
「チッ、これだから『表』の日は嫌なんだ」
魔道具を持っている腕の方や急所で無いだけ運はまだ良い方だろう、クソッこの気持ち悪い痛みの感覚は苦手だ。
痛みに慣れてきた瞬間に飛び出し先ほど見えた場所にいないのは分かり切っていたので、音を頼りに別の見当がついている方向に撃つ。
「がぁっ」
呻く声が聞こえたということはどこかしらに着弾したのか、そう思っていると再び乾いた銃声が鳴り左足に被弾する。
まじかよ、撃たれながらも正確に機動力を奪いに来てやがる。
残り魔力残量からして撃てるのは残り10発か、流石に移動する時にばら撒きすぎたか。
動かしずらくなった左足を引きずりながらなんとか相手の近くにある遮蔽物までたどり着く。
「おい!お前は残り何発なんだよ!」
大声で話しかけると相手も大声で返してくる。
「10発だ!」
同じ残弾か、しかしあいつ焦って頭が働いていないな? 先ほどの返事で大体どこにいるのか大雑把だが把握出来た、後は始末するだけだ。
「覚悟しろよッ!」
飛び出した後に動きずらくなった左足を無理やり動かし相手に向かって走る。
「くっ!」
反撃されるが弾道を予測し、同じ位置に魔弾を撃ちこみ弾く。
「そんなッ?!」
最後の一発の所でお互いの姿を見せあう状況になる。
「『シリウス』…まさか貴方ほどの人間を使って私を消すために依頼するなんて」
「『カイレン』だっけか、俺のこと知っているなんてな…光栄だぜ」
顔は見えないが驚いた顔をしているであろうフードを被っている女性はどうやら俺のことを知っているらしい。
「ええ、いきなり裏社会に現れそのセンスで一瞬にして『死の代弁者』と言われている貴方は私以上と、昨日始末した奴が恨み言のように言ってたわ」
「俺はお前の事を知らなかったな、腕利きだと聞いたばかりだ」
確かに紙に書いていた通り、正確性や位置を変える判断力は本物だった。
「最後に一発、早撃ちで勝負を決めないか」
「恨み事は無しの『決闘』ね、始末屋同士がぶつかるときにやる儀式…まさか貴方が相手だなんて、運がないわ」
お互いホルダーに魔道具をしまうと、構える。
「死ぬかもしれない私の独り言を聞いてくれるかしら」
「……あぁ、聞いてやるよ」
「貴方の依頼主は私の家族を人質にして、私にあいつの邪魔になる奴らを始末させていたの」
「人質か、そりゃ気の毒に」
「貴方は選ばれたのよ、あいつの新しい飼い犬にね」
「それは聞き捨てならねぇな、依頼主の飼い犬になったら報酬は貰えるのか」
そう聞くと悲しい表情で器用にも鼻で笑い答える。
「出るわけないじゃない」
「それは勘弁だ、お前を始末して金を貰ったらトンずらするぜ」
「無理ね、貴方も家族を奪われるわ」
家族ね、もし居たらこいつみたいに焦るんだろうが。
「残念だが俺には家族なんて言える奴なんて、いない」
「それでもよ、貴方が入り浸っているあの酒場のマスターが殺されるわ」
ジェインさんが? それは困る、あそこが無くなれば落ち着ける場所がなくなってしまう…が、困るだけでそこまで大切でもないような…複雑な気分になる。
しかしこいつを生かしたところで何になる? 結果が変わるとは思えない
——どうする。
頭を普段より使い考える、もっとも合理的な考えを導き出せ…さもなくば飼い殺しか見殺しにするしか選択肢が無くなる。
「『カイレン』」
「な、何かしら『シリウス』」
何故か動揺する『カイレン』を気にせずに言い放つ。
「お前を家族に会わせてやるよ」
「…そう、分かったわ」
お互いに深呼吸をして覚悟を決める。
そこから静寂が続くがどのくらい経ったのかなんて気にしない、気にした様子を見せた瞬間に死ぬ、これだけは確定事項だ。
月が俺達を照らし強い風が吹き、どこからか落ちてくるガラクタが落ち音を立てた瞬間に
——!
お互いに自分が今持てる速さと判断で同時に抜き、俺は咄嗟に体を横に傾けながら撃つ。
「そん…な嘘…」
頬を魔弾が掠り、血が滲み出る感覚を感じるが気にせずに驚いている『カイレン』を見つめる、胸から血を流し口からも血を吐き出し呆然とこちらを見つめ返してくる。
「ほんの少しだけ俺より先読みが甘いかったのが敗因だ、今は寝て反省してな」
両膝をつき、力無く手を下ろし首が項垂れ死んだかのように見えるが、ギリギリ急所を外し今から応急手当をすれば死なない、一時的にだが仮死状態にはなるだけだ。
わざと少量の魔力で魔弾を放ち、余裕を持たせていた残り少ない魔力を流し込み、小さな魔弾による傷を塞ぐと担ぎあげていつもの酒場に向かう。
この技はあまり使いたくなかった、下手したら本当に死なせちまうからな。
巡回している衛兵に見つからないように秘密の裏道などを使い、多少回り道などして時間はかかったがなんとか辿り着く。
「マスター、いるか」
「ええ、いますとも……あと依頼主も」
マスターの横にいる筋肉質の爺さんを見た瞬間に確信する、こいつ…目が腐ってやがる何人使い捨ての道具にしたらこんな目になるんだ、想像もつかない。
「ほら、あんたが望んでいた標的の遺体だ、綺麗に殺してやったぞ」
少し雑に近くのテーブルに寝かせ、証明する。
「ふん、下種にしてはやるではないか気に入った、お前を駒にしてやろう」
「そりゃあ——」
俺に向かって一歩動こうとした瞬間、素早く魔道具を抜き頭に魔弾を一発だけ撃ちこむ。
「勘弁だな」
「ぁ………?」
前のめりに倒れ床を血で染める死体となった依頼主をみた後、ジェインさんを見て頭を掻く。
「あちゃぁ、久しぶりに酒場で始末してしまったぜ、すまん」
わざとへらへら笑いながら謝ると、怒りと安堵といった感情が混ざり合い複雑な表情を見せたジェインさんを置いてとりあえず『カイレン』を地下にある隠し部屋へ運びベットに寝かせ
ジェインさんの所に戻り、処理を手伝う。
長い時間がかかったようだがあらかた始末の処理を終わらせると、珍しくジェインさんと共に葉巻を吸い一服する。
「いつぶりかだな、こうやって一緒に葉巻吸うの」
「久しぶりです、ストレスが溜まって消化の為に一緒に吸うのは」
静かに怒ってはいるが、俺にぶつけて良いはずの怒りを煙と一緒に吐き出して言わないジェインさんは、優しさと共に頼もしく見えた。
その後は隠し部屋に戻り、ソファーに横になり顔に帽子を乗せてしばらく寝ることにした。
「ぃ…ぉ…おーい」
んん……気持ちよく寝ていたのに誰だよ、起こしたやつは。
帽子を顔からどかし、起こしてきた原因を確認すると気怠そうに俺を揺する『カイレン』ことフェイだった。
「なんだ、起きたのか『カイレン』」
「ええ起きたわよ、あり得ないことにね」
はは、確かに普通ならあり得ないだろうな。
そんなことを思いながら俺はソファーに横になったまま答える。
「ありゃパニックボタンって技術でな、あえて味方を撃ったり人質を撃って相手を納得させ騙す技だ」
——下手したら死ぬけどな。
寝足りないので帽子を再度顔に乗せて寝ようとするが、帽子が取られる。
「なんで私を殺さなかったの」
「俺と同じくらいの腕の奴が死ぬのはもったいない、なにより…」
「なにより? なに」
「気に入ったからな、俺の早撃ちに追いつける奴なんて初めて見たぜ」
そう言った後に帽子を返してもらい顔に乗せ、今度は二度寝を遂行する。
「酔狂な人」
「今がチャンスなのに、寝首かかねぇ奴に言われたくないな」
あらかた話終えたのか『カイレン』が隠し部屋から出ていく音が聞こえる。
—————————————————————————————————————
私は貴族に捨てられた母の子だ、母は何を思ったのか私に救い手なんて大層な名前を名付け、10になる頃に恨みながら死んでいった。
孤児になった私は最初は表のように温かい日常で過ごしていたが、それも長く続かず気が付けば泥にまみれながらも必死に生きる『裏』の人間になっていた。
最初のころは力もなかった私はおとぎ話みたいな話を聞いた、私より5ぐらい先の青年なのに突然裏社会に現れ、次々に標的を『必ず』仕留める奴がいると
——あり得ない。
この時の話は信じてなかった、信じれなかった。
弱かった私はその青年に憧れ、ある老人に頼み込み裏社会での生き方や、『始末屋』としての技術を叩きこまれた、特に力を入れられたのが魔道具の扱い方だ
《いいですか? この魔道具は貴女の命を守ってくれますが、それ以外の命を奪うものでもあります…自分に害がない者に向けてはいけませんよ》
口うるさく言われたっけか、懐かしい事を思い出してしまった。
隠し部屋を出てカウンターに座り、背中を向けているマスターに注文をする。
「マスター、ワインをボトルごと頼む」
「分かりましたよ、フェイ君」
——え、この呼び方
「久しぶりですね、元気そうでなによりです」
ワインのボトルを上の棚から取り出しこちらに振り返り渡してくるのは、紛れもなく私を鍛えてくれた老人だ。
「お、お久しぶりです…えっと、ジェインさん」
「覚えてくれていましたか、光栄ですね」
片眼鏡を外し絹の布で優しく拭きながら微笑むジェインさんは、昔と全く変わっていなかった。
「『シリウス』には挨拶してきましたかね?」
「はい、しています」
「彼の名前は『リアン』です、覚えてあげてくださいね」
「守護者ですか、カッコつけた名前ですね」
あの自分勝手なのが守護者? 似合わないわ。
「その名に恥じぬ功績ではありませんが、効果はありますよ」
一息吐き、落ち着かせた後にジェインさんは言う。
「彼のおかげで、この国の犯罪発生率は極限まで低下しているのですから」
そう言いながら片眼鏡をかけなおし、こちらに追加のワインボトルを渡してくる。
「唐突ですが貴女にお願いがあるのですが」
「なんですか、ジェインさん」
「リアン君の相棒になってあげてください」
思わず飲んでいたワインを吹き出し纏っているフードを汚したが気にせずに、慌ててジェインさんの目を見るとそこには揺ぎ無い意志を感じた。
「なんであいつの相棒なんかやらないといけないんですか!」
「不服ですかね? 君が小さなときに憧れた人物の相棒は」
「それは…」
不服とは言えなかった、おとぎ話の人物のような定まらない『何か』の背中を追いながらも自分の実力を研鑽して行き、もし会った時のためにと努力してきた。
だけど、彼は私自身を普通じゃ出来ない魔法のような技術で一回殺した後、生き返らせた……あんな技を見せられるどころか、あまつさえ体験してしまうと
まだ彼に追いついていないみたいで虚しくなる。
「どうするも君の自由だから、君自身で決めて彼に伝えなさい」
そう言い残して裏に行くジェインさんの背中は大きく見えた。
私は飲み終えたボトルを置き、まだ飲みかけのワインボトルの方を片手に、隠し部屋に戻る。
—————————————————————————————————————
ソファーに横になりながら先ほど来たばかりの手配書一覧を見ていると、ワインボトル片手にフェイが入ってくる。
「おいおい、帰ったんじゃないのかよ」
「帰る場所なんてないし、そもそも家族に会わせてやるなんて言ったのは貴方でしょう? リアン」
即座に立ち上がりながらホルスターから魔道具を取り出し、フェイに銃口を向ける。
「マスターからか? 聞いたのは」
「ええ、そうよ」
ホルスターに魔道具を入れ直し、ソファーに座り葉巻を取り出し口に咥える。
すると近くまで来たフェイが人差し指から小さく火を出し、葉巻に点けてくれる。
「お、感謝」
「ええ、感謝しなさい」
そう言いながら俺の隣に座り、手を差し出す。
「なんだ、お前も吸うのか」
最後の一本を取り出すと火を点け渡す。
「これでチャラだな」
「ええ、そうだけど…貴方に提案したい事があるわ」
真面目な顔で唐突に、そう言ってくるフェイの言いたいことはあらかた分かる。
「「貴方の相棒になりたい」」
「やっぱりそうか」
フェイの目に視線を合わせながら質問する。
「きつい事だってあるぞ、大金積まれたらなんでも引き受けるからな」
「問題ない、私も元々はそうやって依頼を選別していた」
お互いに吸った後に煙を吐く、俺は立ち上がりフェイの方を向き手を伸ばす。
「この手を取れば、時折だが地獄みたいな生活を送ることになるぜ」
その言葉を聞いてもなお、立ち上がり手を握り返すフェイを見て俺の方が根負けしてしまった。
「なら相棒として同じ服と帽子が必要だな、これからは俺と同じ格好をすることになるぞ」
そう伝えながら隠し部屋の金庫に近づき、金庫のロックを空け二丁の銃の魔道具を取り出し見せる。
「いいか? 今からこの魔道具に俺の魂を半分入れる」
白い銃の魔道具にに自分の魂を吸わせ保管する、大きい疲労感が襲ってくるが気にせずにそれをフェイに渡す。
「温かい感覚がする…」
そう言っているフェイに黒い銃の魔道具も渡し、指示する。
「この黒いのにお前の魂を半分入れろ」
「待って、そもそもこれはなに?」
戸惑いながら質問してくるフェイに説明をする。
「この銃の魔道具は元々『王の執行官』と言われていた貴族の一族が、代々受け継いできた物だ」
そう聞き、白と黒の二つの魔道具を見るフェイを気にせずに続ける。
「この銃の魔道具は先祖代々、所有者が決めた『相棒』がいないと使えなくてな、お互いの魂の半分を背負いあう儀式をしないとそもそも起動すらしないんだ」
今まで使えなかったが、これで使えるようになる。
「悪影響とかあるわよね?」
「あるぞ、相手の記憶とかが流れ込んできて、性格や口調が少し変わったりする程度だがな」
「結構大変なものじゃない」
そう言いながらも黒い銃の魔道具に魂を入れるフェイに少し驚く。
「なんだ、その驚いた顔」
少し口調が変わったフェイに答える。
「いや、悪影響を聞いてもやるんだな」
「言い出しっぺは私だ、やらないといけないだろう?」
黒い銃を受け取り、お互いの古い魔道具をお互いに金庫に入れ閉じる。
ホルスターに入れようとした時、黒い銃身と持ち手に赤い線が走り模様と紋章が浮き上がる。
「この紋章は?」
俺のとは違い、青い線が走り模様と紋章が浮き上がっている白い銃の魔道具を見つめているフェイに教える。
「寝た時に見るかもしれない、口で説明するのは少し辛いから勘弁してくれ」
さらに疲労感が襲ってきたのでフェイにベットを使って良いと伝え、自分はソファーで寝る事にする。
—————————————————————————————————————
目を開けると、昔住んでいた小屋にいた。
「やっと…か」
そう声をかけてくるのは、俺と同じ服装をした親父だ。
「お前に『相棒』が出来るとはな」
「意外だったか? 親父」
少し動揺しているのを表に出さないようにしながらそう返すと、親父は横に首を振り俺に抱き着く。
「良かった…お前はずっと孤独なんじゃないかと思って」
「おいおい、男が泣いてはいけないって言ったの誰か忘れたのかよ」
気恥ずかしくなり軽く突き放しながら笑う。
「そうだったな…お前を苦労させたのは俺の実力不足と教育のせいだったな」
「それはもう言わないでくれ、親父」
苦笑いをする親父に笑い返す。
「お前の『相棒』がここに来るだろう?」
「あぁ、教えてもらったのが確かならだけどな」
そう話していると小屋の扉が開き、フェイが入ってくる。
「ここはどこだ?」
首をかしげながらこちらに質問してくるフェイに親父が答える。
「ここは死と生の狭間にある空間でね、ここに留まっている理由はただ単に仕来たりを教えるためだよ、終われば死の空間に向かうつもりだついてきなさい」
そう言いながら帽子をさらに目深に被り、外に出るのをついていく。
「さて、ここなら十分に戦えるね」
「親父、まさか仕来りってのは」
「前代所有者に力を証明すること、だ」
親父は一気に二丁の魔道具を引き抜き、虚空に向かって白い銃の魔道具を放り投げる。
「っと、相変わらず君は危なっかしいね」
それを突然現れた男が受け取った、俺や親父と同じ服装をしている男は優しそうな顔をしている。
「さて、俺の事を覚えているのかな?」
手を軽く振り笑顔で質問してくる男は、叔父だ。
「覚えてるって顔だね、良かった」
「さて、時間がない…話はここまでだ」
そう言いながら親父と叔父はホルスターに魔道具を入れ構える、それにならい俺達も早撃ちをするために構える。
「親父は俺が撃つ、フェイ、お前は叔父を任せる」
「分かった、信じる」
なにもないこの空間で四人が一人ずつ対面で睨みあう。
「このコインが落ちた瞬間に、全てが始まる」
親父はそう言って空高くコインを弾く、その瞬間に一気に空気が変わる。
コインを目で追いながらいつでも抜けるように、あえて強張っている腕の力を抜く。
極限にまで集中し、コインが地面に落ち、音が響こうとした瞬間。
俺とフェイは素早く後ろに倒れながら抜き、撃つ。
親父たちは少し遅れ放つが、お互いに俺たちの帽子を掠るだけで終わる。
「これは…君より強くなったものだね」
「全くだ、まさか敗北を二回も感じる事になるなんてな」
親父と叔父は撃たれたが倒れずに、帽子を目深に被ると砂のように体が崩れ始める。
「さて、これで後悔は無い」
「親父……」
佇む親父は、ただ淡々と喋る。
「この黒い銃魔道具は【リスティア】 白い銃魔道具は【ノーシュ】だ」
叔父はその言葉に続き、話す。
「【リスティア】はどんな装甲でも貫通出来るが、その分一発に込める魔力が多く必要になり連発が出来ない」
「【ノーシュ】は重厚な装甲は貫通出来ないが弾道を思念操作が出来る、一発に込める魔力は変わらないが連発が可能だ」
「そして、この二つには共通点がある」
「それは……『発射するには相手に敵意を持ってないと発射されない』ことだ」
親父たちはそう話しながらどんどん砂のように崩れていく。
「あと、浮かび上がっている紋章は我ら『フェルノート家』を示す由緒あるものだ」
「お前はともかく、フェイさんには話しておいた方が良いだろう」
親父は咳をわざとらしくすると、また喋りはじめる。
「我々『フェルノート家』は『王の執行官』と呼ばれる立場にいた、簡単に表すと王の汚れ仕事を代わりに行う始末屋もどきみたいなものだな」
「そして、我らの国はクーデターと同時に他国から宣戦布告され、国の総人口が8割も死んだ」
親父はそう言った後、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「その中には我々も含まれていた、リアンだけは強制転移…それしかなかったけど、死ぬ確率が高い方法だったがね、遠くの何処かも分からない国に逃がしたんだ」
「転移魔法が使えた妻が最後の力を使い切ってくれたんだ、時間稼ぎしか出来なかった俺に文句も言わずに最後まで優しかった」
そういえば、母の姿を見ないがもう行ってしまったのだろうか。
「ああ、妻はもう行ったよ」
微笑みながら懐かしむような表情をする親父は、小さく見えた。
「国の名称は『ファルコム』元は小さな村だったが突然現れた初代の王が戦場で手柄を取りまくって、近隣の土地を買って大国から権利を奪い取って出来た国だ」
「そのせいか敵が多くてな、いつも暗殺者や間者が王宮内に入り乱れてた」
「その対処をしていたのが『王の執行人』を任された我々『フェルノート家』だ」
「さて、そろそろ時間か…他の疑問点は息子に聞いてくれ」
「美人さんの相棒を逃すんじゃないぞ、ほんとに」
親父はともかく、叔父はなんてことを言うんだ。
「おいおい、俺達『フェルノート家』は相棒には手を出さない決まりがあったはずだぜ」
「それは先々代の掟だ、お前の代は関係ない」
「そうだとしても、相棒は相棒だ…手は出せないぜ」
そう言っていると二人とも完全に消え去り、静かな時間が訪れる。
「さて、最後に言っておくが…これからは二つ名も名前も一部以外では禁止だ」
「なんて呼べば良いの」
「相棒、こんな感じだ」
「名前で呼ばれてないのに、自分が呼ばれているのが分かる不思議な感覚」
「お互いに半分の魂を預けあってるからな、それのおかげだ」
そう伝えると、視界が一気に暗転していく。
「そろそろ起床の時間だ」
「分かった、行動はそのあとに話し合おう」
—————————————————————————————————————
「おはよう相棒」
「おう、おはよう相棒」
顔に乗せていた帽子を取りながらソファーから起き上がり、ベットからすでに出て酒を呷っている相棒(フェイ)に手を伸ばすと酒を受け取る。
寝起きの酒は体に悪いとは聞くがそんなことを気にしていたら死ぬのが余計に怖くなってしまう、死ぬ前にやるべきことは先にやっておくことだ。
「これからどうするんだ、相棒」
「お偉いさんを殺したからなぁ、当分はここを離れて別の地で仕事をするしかないな」
「相棒…」
「分かってる、家族のことは助ける」
「いつやるんだ?」
そうそわそわしながらも、ちゃっかりと酒を飲み干し新しいのを飲み始める相棒相棒を見ながら頭を働かせる。
「めんどくさいな、どうせ指名手配はされているしな…」
「そうだな、それならもう正面から?」
「そうしよう、考えた所で想定外は起こるものだしな」
っと、そのまえに相棒に同じ服と帽子、ホルスターを渡さないとな。
「さて、そのために必要な物を取りに行くか」
「ん、分かった」
生活魔法を使い体と服の汚れを取り除いているとフェイがこちらを見ている。
なんとなく理解し生活魔法をフェイにかけながら外に出るために隠し部屋を出て、ゆっくりとカウンターの席に座る。
「マスター、適当になにか食べれるものを」
「おはようございますリアン君、今日は最後の注文で良いのですね?」
「あぁ…当分はここには帰れないだろうからなぁ」
そう言いながらジェインさんに葉巻を取り出してもらい受け取った後に火を点けると、少し長めに吸い吐き出す。
「今日はビーフシチューです、君が好きな物を用意しましたよ」
「おぉ、マスターは気が利くな」
隣に座る相棒も同じくビーフシチューを頼み葉巻を受け取ったので、人差し指に小さな火を出し点けてやる。
「ん、感謝」
「おう、感謝しな」
それからはお互いに喋らずに葉巻を吸いながらマスターが待っている間にと渡してきた酒を呷り、静かにビーフシチューを待つ。
「はい、温めて来ましたよ二人とも」
「お、来た」
「わりぃなマスター」
相棒は早速食べはじめる、よほど空いていたのだろう。
自分も食べ始めると、初めてマスターの手料理を食ったのを思い出す。
「初めて食べたのもこれだったなぁ」
「あの時のリアン君は野菜スープの方が好きでしたがね」
なんて話していると皿を空にした相棒が「おかわり」と小さく言うのを聞いて笑う、恐らく本当にあの時からなにも食べてなかったのだろう。
「マスター、俺もおかわりだ」
「多めに作っておいて正解でしたね」
すぐにまたビーフシチューを持ってきてくれたマスターに感謝し、食べ始める。
「この後にあれを頼めるか、マスター」
「…分かりました」
そう言いながらマスターは裏に行ったあとに、俺と同じ服とコート、そしてホルスターを相棒の近くに置く。
「それが必要な物だ、隠し部屋で着替えてこい」
「分かった、丁度食べ終えたところ」
慌てて荷物を持ち隠し部屋に行く相棒相棒を横目に、マスターに謝る。
「すまねぇ、これからこの辺りの治安と依頼は受けれない」
「いえ、構いませんよリアン君」
そんな話をしていると、隠し部屋から出て来た相棒は随分と俺と同じ服装と帽子が似合っていた。
「ん、意外にサイズがぴったり」
「自動的にサイズを合わせるからな」
この服は俺が持たされた物の一つだ、ホルスターも含まれる。
「これ、しっくりくる」
「そうか」
笑いながら酒場の扉を開け外に出る、いつもながら暗い裏路地だな。
「さて、どこだ?」
「道案内する、任せて」
先に歩く相棒についていきながら、やがて表通りに出ると人の流れが激しく一瞬見失うがすぐに見つける。
しばらく歩くと貴族が住んでいる区域に到着する。
「この先にいる、特に警備に関係する注意点は無い」
「分かった、それじゃ行きますかね」
区域を隔てている門を叩き、門番が出てくるのを待つ。
ある程度待つと門が開き中から門番が二人出てくるので、素早くホルスターからリスティアを引き抜き両足を撃ち抜く。
「ぐぁ!」
「なっ!?」
その次に両肩をノーシュで相棒が撃ち、動けなくすると門を閉じることはせずに目的地まで歩く。
「あいつの屋敷はどこだ?」
「少し奥にある趣味が悪いのが目的地」
「ぅげ、本当に趣味悪いな」
その屋敷は金色の色を放ち輝いており、目がチカチカするので相棒に黒い眼鏡を渡すと自分も黒い眼鏡をかける。
…それでも少し眩しいが気にせず屋敷の敷地に入ろうとすると、周りを衛兵に囲まれる。
「何人だ?相棒」
「15人」
相棒がそう言いながらノーシュをホルスターから取り出し撃ち始める、俺のとは違い連射が出来るノーシュは次々と衛兵の足を撃ち抜き倒す。
呻き声を上げながら倒れ蹲っている衛兵たちを見ながら、一言だけ相棒に言う。
「一応肩も撃っておけ」
「そうする」
ホルスターに収めようとした動作をやめて、肩を撃ち抜き終わるとホルスターにしまう。
「さて、この屋敷のどこだ?」
「あの小屋」
「おお、まともな色で安心したぜ」
南京錠のようなものがされていたが、適当に引きちぎるとドアを蹴破る。
「お邪魔するぜー」
「おい、家族が怪我したら許さないから」
「あーあー、分かった分かった」
耳を引っ張られ痛いが適当にあしらい、奥に進んで寝室らしき部屋のドアの前に立つと魔力を波状に放つ。
「ヒット、標的は二人だ…家族の数はこれで合ってるか?」
「合ってる」
ドアが施錠されているので仕方なく、出来るだけ優しめに蹴破るとベットで身を寄せ合っている二人の子供を見つける。
「あ?」
相棒と子供二人を見比べる、全然似てない。
「姉ちゃん!」
男の子がベットに近づいた相棒に抱き着くと相棒は頬を緩ませ頭を優しく撫でる。
「おい、俺にまで抱き着かないでくれ…苦手なんだ」
「いい匂い…優しい人の匂いがする」
女の子がいつの間にかこちらに抱き着くので仕方なく持ち上げ、雑に荷物を抱えるように持つと外に出るために引き返す。
「乱雑にしないでくれ相棒」
「あ? ならお前が持ってくれ相棒…子供は苦手なんだ」
「両手が塞がると撃てないからやめておく」
仕方なくと言わんばかりの溜息を吐くと、窓に向かってノーシュを引き抜いて5発撃つ。
外でうめき声をあげ、倒れる音が聞こえる。
「ん、大体使い方が分かった」
「そうか」
外に出ると次々に市民らしき人たちが武装してなだれ込んでいるのを見て、少し安堵する。
「なんだ? この状況」
相棒が少し唖然としているのを無視して敷地を出ると、恐らく衛兵だった者達が殺されていた。
「反乱軍か、開けておいて正解だったか」
「門を閉めなかったのはそういう意味なのか」
「この後はどこに?」
「『配達人』が手配してくれた馬車で隣の国『ハメワ』まで行く」
「分かった、家族も同行で良い?」
「駄目だ、弱みになるものを傍に置くわけにはいかない」
「私達以外に守れる?」
真顔で聞いてくる相棒を見つめ考える。
「こいつら、戦闘経験は?」
「ない、そんな物を教える暇が無かった」
「相棒、お前が教えるなら連れて行っていも良い…お前らもその条件で良いか?」
「うん、大丈夫」
「分かった」
仕方ない、そこまで言うなら連れて行くがもし邪魔になったらその時は相棒ごと安全な所に隠そう。
それにしても酷い有様だな、この国の王が嫌われ者なのは俺も同意するがここまで犠牲者を出して革命を起こして意味があるのだろうか。
反乱軍や衛兵の死体を時たま踏みながら歩く、うめき声も聞こえないので生きている奴はいないだろう。
そんなことを考えながら門に着くと、反乱軍の一員らしきやつらが剣を持ちこちらに斬りかかってくる。
「見境なし…か」
リスティアを抜き、頭を撃ち抜くと次々に出てくる反乱軍を見て呆れる。
「おいおい、些か血の気がありすぎねぇか?」
「相棒こいつら操られてる」
よくよく見ると首になにか模様らしきものが浮かんでいる、あれは……幻影魔法か。
「おい、俺たちは『始末屋』だが討伐依頼はされてねぇ…どうにかして逃げるぞ」
そう言いながら周りを見ると『配達人』が良く使う信号玉が空に撃ちあがるので、その方向を見ると馬車に乗った『配達人』を見つける。
「相棒あの馬車が見えるか?」
「余裕」
相棒にリスティアを見せながら説明する。
「これで無理矢理道を作るからこいつら連れてあれに乗れ」
「相棒はどうする」
「馬車をこっちに向かって走らせろ、あの馬車は『配達人』御用達だ、何人轢こうが問題が起こらないぐらいには頑丈に作られている」
「分かった、出来るだけ負傷はするな相棒」
「善処する」
リスティアに魔力を出来るだけ注ぎ、充填させると引き金を引く。
その瞬間とてつもない轟音を鳴らしながら衝撃波と化した魔弾が、囲んでいる反乱軍の一部を吹き飛ばし道が出来る。
「行け!」
そう言いながらまた塞がっていく道を開けるようにもう一発放つ、相棒(フェイ)は二人を抱えると一気に加速して道を駆け抜けると馬車まで着く。
「っち!」
四方八方から剣や槍の攻撃が繰り出される、上手く敵の一人を掴み盾にして、使えなくなればまた一人掴みまた盾にする。
それでも攻撃は続くのでリスティアを撃ちながら退けさせ時間を稼ぐ。
「相棒!」
鉄が擦れ道を壊している音を鳴らしながらこちらに来る馬車が反乱軍を時折ミンチにしながら突撃してくる。
「今だ! 乗りたまえ!」
「分かった!」
『配達人』が手を差し出されたのを反射的に掴み馬車に乗る、ちゃんと全員いる事を確認した後に再び馬車は動き出し門を抜け一気に城壁まで駆ける。
「おい、このまま突き破るつもりか?」
「君がもう一回あれを撃ってくれたら楽なんだけどねぇ!」
そう言われたので再び城壁の門に着くまでにリスティアに魔力を詰め込める。
溜息を吐く前に葉巻を取り出すと火を点け少し長めに吸うと、溜息を煙と共に吐き出しさらに魔力を込める。
心臓があるかのようにリスティアに浮き上がっている紋章が鼓動しているかのようになり、脈をうつ。
「今だ、放て!」
その瞬間引き金を城壁の門に向かって撃つと、馬車全体が大きく揺れるほどの衝撃を放ち魔弾が放たれ…一瞬にして門を破壊する。
「ぐっ…」
吐き気と途方もない頭痛が襲ってくる、体全ての筋肉と骨が悲鳴を上げ慌てて馬車の中に向かって倒れ葉巻を吸い血と混じらせるように煙を吐く。
「相棒?!」
「お兄さん!」
「っ!」
「大丈夫か?!」
煩いなと自分勝手な事を思いながら葉巻を相棒に渡した後に、帽子を顔に乗せて寝ることにする。
こうして反乱軍によって制圧された国を出た俺達は新しい国に向かって当てのない旅をすることになる。
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