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第三部 夏の思い出を作りに行きます!?
第6話『薬師、海で身の危険を感じる』
しおりを挟むそれから二日後。わたしたちを乗せた馬車は海辺の街ポルティアに到着した。
大陸の南端に位置する細い半島に沿って築かれたこの街は、そのほとんどが海に面していて、常に強い潮の香りがした。
「きれいな街ですねー。お土産屋さんもたくさん並んでいます!」
門をくぐった馬車が、人の多い通りをゆっくりと進む。
周囲の海と空に合わせたように、白壁と青い屋根に統一された無数の建物を見ながら、スフィアが感嘆の声を上げていた。
……ちなみにわたしは、昨日のうちからスフィアやマイラさんたちと同じ幌馬車に移っていた。
寝る時まで貴族様と一緒とか、わたしの精神が耐えられなかったのだ。
「あ、あれって薬師工房ですかね? この街にもあるんですね!」
身を乗り出すように街並みを見ていたスフィアが、どこか嬉しそうに叫ぶ。
釣られるように外を見ると、『フランティオ工房』と書かれた看板があった。
並んでいる商品を見る限り、薬師工房のようだ。
「やっぱり薬師さんたちは、どこに行っても薬のことが気になるんですか?」
「あっ、いえ、そういうわけでは……」
手綱を引くレリックさんに突然話しかけられ、わたしはしどろもどろになって視線をそらす。
すると馬車が進む先……街全体が見渡せそうな丘の上に、立派なお屋敷が見えた。あれがノーハット家の別荘らしい。
別荘に到着すると、すでに何人ものメイドさんたちが控えていて、わたしたちを出迎えてくれた。
「エドヴィンよ、子どもたちとその客人たちを頼んだぞ」
「おまかせくださいませ」
そんな彼女たちに混ざって荷物の搬入を手伝っていると、伯爵様は用事があるのか、執事のエドヴィンさんにそう告げて、どこかへと出かけていった。
「滞在期間中、皆様はこちらの部屋をお使いください」
やがてエドヴィンさんに案内された部屋は、四人用の広々とした客間だった。
王都の貴族街にあったお屋敷に負けぬ豪華さに、わたしたちは言葉を失ってしまう。
「こういう柔らかそうなベッドを見ると、ぼふーん、って飛び込みたくなるけど……さすがにはしたないかな?」
「それを許されるのはスフィアまでです。マイラはやめてくださいね」
今にもダイブしそうな勢いでマイラさんが言うも、クロエさんが笑顔で制止していた。
それを苦笑しつつ、わたしは宛てがわれたベッドの脇に自分の荷物を置き、一旦部屋をあとにする。
そして先導してくれるエドヴィンさんと向かった先は、建物の地下にある薬材倉庫を兼ねた調合室だった。
「エリン様、薬の調合にはここの薬材と設備をお使いください」
「あ、ありがとうございます。おお……ここも立派な作りで」
お礼を言ったあと、整然と並んだ薬棚に思わず感動してしまう。
そんなわたしを嬉しそうに見たのち、エドヴィンさんは調合室から出ていった。
残されたわたしは高ぶる気持ちを抑えつつ、棚の中を拝見させてもらう。
「こ、これはモグラダケ。こっちにはアカネの棘が……!」
そこには一般的な薬材が一通り揃っていただけでなく、王都の周りでは見ないような珍しいものもあった。
興奮のあまり、わたしは踊りだしてしまう。
「エリンさん、何してるの?」
「……はっ」
その踊りを、しっかりとマイラさんに見られてしまっていた。
……わたしはしばし硬直し、それから無言のまま空いていた棚の一つに頭を突っ込んだ。
「ちょっとエリンさーん! 恥ずかしいからって、そんなところに隠れないでよー! 誰にも言わないからー!」
「マイラさんに見られた時点で手遅れなんですが……あわわ、引っ張り出さないでください……」
必死に抵抗するも、拳闘家の彼女に力で叶うはずもなく。わたしは引き出しごと、ずるずると引きずり出されてしまった。
「片付けが済んだら、オリヴィア様が皆で浜辺に行こうって! もちろん、エリンさんも行くよね!?」
「い、いえ、わたしはここで薬材と戯れていようかなと……」
「決まり! それじゃ、さっそく準備しないと!」
「あああああ」
丁重に断ったものの、マイラさんは聞く耳を持たず。そのままわたしの腕を掴むと、ものすごい力で外へと引っ張っていった。
……というわけで、わたしは半強制的に浜辺へと連れてこられた。
そこはノーハット家専用のプライベートビーチで、わたしたち以外の人影はない。
さんさんと照りつける太陽と、その光を跳ね返して輝く海、そして真っ白な浜辺。その全てが眩しかった。
「すっごーい! どこまでも青いー!」
「海の水は塩辛いと本に書いてましたけど、本当なんですね!」
「スフィアちゃん、波に近づきすぎると、足をすくわれますよ?」
そんな景色の真ん中で、水着姿のマイラさんとスフィア、クロエさんの三人がはしゃいでいた。
くはっ……真夏の太陽以上に、皆の姿が眩しい。眩しすぎる……!
波打ち際で遊ぶ三人を直視できず、わたしは近くに立てられた日傘の一つに避難する。
……ふう。やっぱり日陰が落ち着く。
「遠慮なさらずに、エリン様も皆さんと一緒に楽しまれてください」
思わず安堵の息を漏らしていると、隣からオリヴィア様の声がした。
見ると、彼女は上品な白のワンピース姿で、イアン様と同じ傘の下にいた。安直に水着でない辺りが、貴族らしさを醸し出していた。
「い、いえ、別に遠慮しているわけでは……」
「エリンさーん、そんなところで何してるのー?」
「先生も一緒に遊びましょうよー!」
そんな言葉を口にした時、マイラさんとスフィアがこちらにやってきた。
「てゆーかエリンさん、なんで割烹着のままなの? 水着、持ってきてたよね?」
「も、持ってきてはいますが、わたしの目的はあくまでミレー貝の採取なので……」
「つべこべ言ってないで着替える! 脱がしちゃうぞ!」
「ひー、イアン様にエドヴィンさんもいるんですから、やめてくださいー! わかりましたからー!」
本気で脱がしにくるマイラさんに身の危険を感じたわたしは、やむなく着替えを了承したのだった。
うう……半袖ですら抵抗があるのに、水着だなんて……恥ずか死にそう。
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