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第十二話『商人ゼロとの珍道中』
しおりを挟む俺とルナは商人のゼロさんと三人で、重たい荷物を持ってエラール街道を進んでいた。
道中何度か例のスライムに襲われたけど、一度戦っている相手なので難なく撃退できた。
「よし。ここら辺は見晴らしも良いし、休憩場所に良さそうだ。少し休もうぜ」
そして街道を半分ほど進んできた時、ゼロさんはそう言いながら道を逸れて、草の上に腰を下ろした。そこは奇しくも、俺とルナが行きに休んだ場所だった。
「ルナはまだ大丈夫そうだが、ウォルスはだいぶへばってるな。大丈夫か?」
どすん。と荷物を降ろしながら笑顔で言う。その音からして、俺が持ってるのより重い荷物なのは明らかだ。なんでこの人は余裕顔でいられるんだろう。
「よいしょ……」
「ふー」
そんなゼロさんに続いて、俺とルナも荷物を降ろす。重かった……。
「悪いな。きちんと馬車が手配できてりゃ、こんな苦労しなくても良かったんだが」
「いや、それは別に構わないけどさ……」
交渉次第らしいけど、馬車だと二つの村を移動するだけで銅貨10枚は下らなかったはずだし。
何より、馬車で村に戻るとか恥ずかしすぎる。村に馬車が来るなんて滅多にないし、間違いなく村中で噂になってしまう。それだけは嫌だ。
「お詫びの品ってわけじゃないが、これでも飲もうぜ」
そんな想像していると、ゼロさんが自分の木箱から液体の入った瓶を取り出して俺たちに渡してくれた。なんだろうこれ。
「何これ?」
ルナも不思議そうに瓶を太陽の光に透かしている。俺も初めて見る品物だ。透明な水のようでもあるけど、小さな粒がたくさん浮かんでいるようにも見える。
「大陸の南……水の都アレスのとある場所で採れる炭酸水だ。貴重な仕入れ先だし、場所は秘密な」
ポン、とコルク栓を抜くと、そのままゴクゴクと喉を鳴らしてその液体を飲む。
「フー、一度飲むと癖になるぜ? しっかり冷やすと、もっとうまいんだけどな」
余りにゼロさんがおいしそうに飲むので、俺達も栓を抜いて、一口飲む。
「……うぇぇ」
一口飲んで、子供の頃間違って飲んだ麦酒に似た味だと思った。これ、炭酸水だ。正直あんまうまいもんじゃない。
「~~~~っ!」
隣のルナは、炭酸そのものが初体験だったんだろう。喉元を押さえて、大きな目をぱちくりさせてる。
「はっはっは! 二人ともまだお子様舌だったか」
ゼロさんは笑いながら、今度は木箱から一つの袋を取り出す。
「砂糖だ。これ入れたら甘くなって飲みやすくなるぜ?」
そう言って俺たちの瓶に砂糖を入れてくれた。
「あ、おいしい」
恐る恐る口をつけたルナは、さっきとはうって変わって幸せそうな顔をしていた。俺も試しに飲んでみたら、確かに甘くておいしくなっていた。
「これ、お砂糖と一緒にリンゴの果汁を入れたらもっとおいしいかも」
「なるほど。果物か……新しい商品になるかもしれないな」
ルナがそんな提案をすると、ゼロさんはうんうんと頷いていた。さすが商人、新商品のアイデアは逃さないみたいだ。
「というか、ルナはリンゴが入ってたらなんでも美味しいんじゃないか?」
アップルパイにリンゴのタルト、リンゴジュースにリンゴジャム……ルナのリンゴ好きは筋金入りだ。
「むぅ。そんなことないよ。一度作ってみたリンゴのスープとリンゴのグラタンは大失敗だったし」
「あー、そう言えば作ってたな。一度だけ」
年に一度、リンゴの収穫時期になると旅の商人が大量のリンゴを仕入れて村にやってくる。
普段は高級品のリンゴも、この時ばかりはかなり安くなるから、リンゴ大好きなルナはここぞとばかりに買い込むのだけど、もともと村まで運ばれるリンゴの質がそこまで良くないこともあり、大抵はジャムやジュースといった加工品にして日持ちさせる。
その過程で、先のスープやグラタンといったメニューが生み出されたわけだけど、一口食べて「焼きたてのアップルパイは美味しいのに、どうしてグラタンは駄目なんだろう……」と、頭を抱えるルナの顔が印象的だった。
……その後も、炭酸水を飲みながら色々な話をした。
話せば話すほど、ゼロさんはすごく気さくな人だと言うことが分かったし、ルナが砕けた口調で話していたのも納得だ。俺も年上だと言うことを忘れて、いつの間にかタメ口で話してしまっていた。
「そういえば、ゼロさんに見てもらいたいものがあるんだけど……」
「ん?」
その時、ルナは身につけていたペンダントを外してゼロさんに見せる。
「このペンダントと似たようなの、見たことない?」
「あー。悪いが俺は貴金属は取り扱わねーんだ。品質証明書とか手続きがめんどくさい上に、あからさまに盗賊に狙われたりするからな」
そう言いつつも、ルナのペンダントを受け取って、ルーペを使って細かい所を見ていた。
「王都まで行けば詳しい奴もいるが、さすがに遠いしな」
「せっかくだし、預かってもらっていい?」
「それは構わねぇが、大事なものなんじゃないのか?」
「実はそれ、拾いものなの。もしかしたら、落とした人が気付いてくれるかなーって思って、身につけて歩いていたんだけど」
「そういうことか。なら、預からせてもらうぜ」
「うん。よろしくねっ」
「ああ。次来るまでに、聞いといてやるよ」
事情を知ったゼロさんは、そう言ってペンダントを懐にしまった。本来なら、商人に貴金属を預けるなんて自殺行為だと思うけど、この人なら信頼できる気がする。
「……さて、そろそろ出発するとしようぜ」
それからもう少し休んでから、ゼロさんが立ち上がる。俺たちもそれに合わせて荷物を手にする。
……その時、鼻先に水滴が当たった。
「あれ、雨だ?」
反射的に顔を上げると、先程まで晴れ渡っていた空はどんよりと曇っていて、そこから雨粒が落ちてきていた。
「こりゃ通り雨だな。山の中だとよくあることだ。すぐに止むだろう」
ゼロさんは慌てずにフードを被っていた。あの衣装、そんな装備までついてたのか。
「ど、どうしよう。荷物濡れちゃうよ」
一方、背中の荷物を気にしながら慌てまくってるのはルナだ。そういえば、あいつが持っているのは布製品だっけ。
「一旦荷物を置け。確か、中にいいものがあったはずだ」
その様子を見たゼロさんはそう言いながら、ルナが置いた荷物の中を漁る。
「あったあった。お前ら、傘代わりにこれでも羽織っとけ。水を弾く布だ」
そう言うと、俺たちに大きな布を被せてくれた。水を弾く布? そんなのあるのか。
「ありがたいけど……勝手に使って良いのか? 先の炭酸水もそうだけど、これってソーンさんが頼んだ品だろ?」
「王都で作られた織物だが、そこまで価値があるもんじゃない。あいつのことだから、どうせ切り刻んだりしてまともなことには使わねーよ」
ゼロさんは俺の心配を一笑に付して、先頭に立って歩き出す。
俺とルナもその後について、雨の中歩みを進めたのだった。
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