【完結】マァマァ夫人のおかげです

紫楼

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番外編  1  アーネスト・イストside

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 彼女を見かけたのは、王宮。
 仕事中の彼女がなんとなく目に入った程度のことだった。


 僕には幼い頃に決まった家同士の利権が絡んだ二歳下の婚約者ミッシェル・ユール男爵令嬢がいた。

 特別な感情は持てないが将来共に過ごすのだとそれなりに親睦を深めていたつもりだ。

 婚約者が成人を迎える一年後、そのまま婚姻を結ぶ予定だった。

 裕福な伯爵家嫡男ということもあったし、見目も良い僕はかなりモテてはいたが、婚約者がいる相手に声をかける令嬢は礼儀知らずで破廉恥だと嫌悪していたので靡くことはなかった。
 婚約者が自慢げに連れ歩いたりするのにも面倒だと思いつつ付き合った。

 宰相府に仕官して順調に過ごしていた時、書類を関係部署に届けようと移動中に、
「んっまぁああああああああああ!!!!」
と大きな声がして、またか苦笑しつつ、近かったので声の主マァム夫人の元に向かった。

「・・・」

 マァム夫人はとにかくそういった場面に遭遇すると有名な人だ。月に一、二回は「んまぁぁ」が響く。

 すでに何人かが現場となった東屋に集まっている中、ピンクのドレスが地に広がり、呆然とした男女がうずくまっていた。

 馬鹿だなぁと思うだけだった。ピンクのドレスが婚約者の物で無かったなら。

 胸元が乱れ崩れた髪、相手の開いたらジャケットと寛げたズボンと明らかな情事の痕跡。
 こんな昼間からよくもまぁ盛ったものだ。

「あ・・・アーネスト・・・違うの!」

 何が違うというのか。

 相手はおそらく学園の同級生だろう。
 王宮の庭園は、開放はされていないが応急勤めの身内に会いにきたなど待ち合わせなどには使える。
 誰に名前を使って入ったのかは知らないが、相手と落ち合ったんだろう。

「ユール家に連絡を入れる」
「え・・・」

 愛情はないが幻滅はする。
 多少の遊びはいいがこんな場所で大勢に見られては、イスト家としても受け入れることは出来ない。

 もちろん相手の男の家にもそれなりの責任は取ってもらうしかない。

 せめて宿でも取ってやればいいものを。
 わざわざ外でやりたい者が多い。そっちが普通なのか?

 マァム夫人は、王妃の散歩の下準備に出てたらしい。
 侍女やメイドに任せればいいのに、彼女の発見能力?で先に穢らわしい者を排除することを期待をされているから、予定のルートを先に歩くんだそうだ。不浄の場になったのでこの東屋ルートは改装か、神官の浄化かをされるまで使わないだろう。

 まぁ気にしていたらほとんどの場所が不浄だが。

 婚約者のユール家は、事業の関係もあって許しを懇願していたが、激怒した母によってあっさり婚約破棄となり、提携も協力も全て終了し、慰謝料と賠償金で爵位以外を手放した。母が全力で毟り取ったお金は母の労力分を残して投資に使った。

 ミッシェルは、ユール家に大金を援助してもらう代わりに五十代の子爵の後妻に入った。

 相手の男の方は、男爵の三男だった。父親が慰謝料を持って謝罪に来た。三男は除籍して、無一文で辺境の兵士になれと送り出したらしい。

 一発が高い・・・。いや、あの日だけとは限らないが。
 家の名を汚したのだから仕方ない。

「父上、母上、しばらくは相手を探さないでくださいね」

 連れ回されたりがかなり苦痛だし、財産や顔目当ての分かりやすい令嬢の相手もしたくない。

 解放されて思いの外、楽に過ごしていたらあっという間に七年経った。

 両親は、不服そうではあったが、弟と妹が先に結婚して子供もできたので、後継が出来なくても最悪養子を取れると開き直った。
 領地に篭りたいと爵位を僕に譲って、本当に引き篭もってしまった。

 周りも伯爵になったんだからと婚姻を勧める声を再開させてきて面倒だ。

 うるさい外野に辟易として息抜きに通う図書館で、あのちょっと気になった令嬢に再会した。

 彼女は僕を知っていたのか軽く会釈だけして、奥の棚に行ってしまった。

 僕の顔に見惚れることもなく、チャンスだと声をかける事もなく。

 その後も王宮や図書館やカフェで遭遇しても挨拶をするだけ、なんならちょっと嫌そうな顔をするのが面白くて、つい話しかけるようになった。

 一言二言交わすと本を探しに行って、目当ての本を見つけたら、ふわっと笑う。
 開いた本を真剣に読んで、ちょっと眉間を寄せたり、くるくる変わる表情は、王宮で仕事中には絶対見られない。

 気になってしまってから、彼女には約束を交わした相手がいることを知った。
 家同士のやり取りはないようだけど、彼女は決まった相手がいるなら揺らがないだろう。
 相手が若干遊び人っぽいのが気にはなったが、相手がいるなら仕方ない。

 せっかく興味深い相手が現れたのに、少し残念に思った。

 その後も挨拶程度の付き合いだったけど、僕に普通に接してくれる女性は少ないからそれでいいと思っていた。


「んっまぁああああああああ!!」

 またかと思っていたその叫びは、僕にとっての福音だった。

 まさかの彼女の相手の浮気。
 現場を見てしまった彼女の心が心配だった。
 同時にもう誰にも奪われないうちに、雁字搦めにしてしまおうと決めた。

 彼女の友人は、さっぱりした愉快な人だ。
 友人とと一緒にいる彼女は雰囲気が柔らかくなる。
 ガードの堅い彼女を手に入れるためには友人を引き込んだ方がいいと判断した。

 胡散臭そうに見られたのも初めてで愉快だ。

 押しに弱い彼女。
 僕がいないとダメになって欲しい。

 僕の誘いに彼女が困惑しつつもデートを了承したからにはもう逃さない。



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