半魔転生―異世界は思いの外厳しく―

狐山犬太

文字の大きさ
16 / 53
第二章 旅路―駆け出し―編

第十三話 「かけがえのない」

しおりを挟む
「先生、ここって……」

 宿に帰ってきたゼールはなにやら荷物を持っていたが、それを置くことなくすぐさま俺たち二人を連れて出た。
 訳も分からないままついて来た先は、レストランであった。

 普段の食事と言えば、旅の道中は干し肉や日持ちするパン等の携帯食、街に滞在している間は宿で出される質素な料理であった。
 なのでこういったキチンとした料理を提供する店に来るのは、今世では初めてだった。
 それはルコンも同様で、先程から俺の横でソワソワして耳と尻尾がしきりに動いている。

「せ、先生!どういうことですか?」
「一ヶ月、あなた達はよく頑張ったしちょっとした労いよ」
「で、でもお金が……」
「問題無いわ。先日こなした魔獣討伐の依頼主がここのオーナーだったらしくてね。魔獣のせいで食料の運搬ルートに支障が出ていたところを助けた形で、そのお礼に是非、とのことよ」
「な、なるほど……でも、テーブルマナーとか大丈夫でしょうか?」
「個室よ、安心なさい」

 おぉ、なんてスマートなんだゼールよ。
 これが大人の女というやつか。

 店に入ると温かな照明と柔らかな雰囲気に満ちた、よくあるイタリアンレストランといった感じの内装が広がっていた。
 受付にゼールが名前を伝えると、フロアから逸れた通路を進んで個室へと通される。
 白を基調とした六畳程の空間の中心には、木製の丸テーブルと三人分の食器が並べられていた。

「お料理はこちらで一任されておりますが、お二方とも何か苦手なものなどはございませんか?」
「い、いえ」
「ルコンもだいじょぶです……」

 慣れない空間に緊張してしまっている。
 それはルコンも同様だ。
 丁寧な対応のスタッフが下がると同時に、ゼールが優しく口を開く。

「今日は遠慮せずに食べてちょうだい。明後日には街を出ることになるわ」
「はい、ありがとうございます!」

 そこで、恐らく準備されていたであろう前菜とスープが持ってこられる。
 生ハムにチーズとオリーブ、濃厚で甘い口溶けの温かなコーンスープ。
 見たこともない料理に、ルコンも目を輝かせて尻尾を降っている。
 ちなみに、ルコンの椅子にはキチンと尻尾を通せる穴が背もたれに空いていた。

 同時に俺とルコンにはさっぱりとした甘みのアップルジュース、ゼールには赤ワインがサーブされる。
 くっそぉ、俺もあと五年経ったら絶対にワインでキメてやる……
 とは思うものの、子どもの体の今の俺にとってはジュースで十分であった。

 驚いたのは魚料理が出たことであった。
 前世の感覚で言えば当たり前の光景だが、この世界ではそれも違った。

 ヴァダル大陸という一枚の大きな大陸のみで構成されるこの世界において、海に面しているのは大陸の外周部のみ。
 故に、そもそも漁業というものがあまり発達しておらず、内陸部まで新鮮な食材を送ることも難しい。
 川や湖といったものは各地に存在するので一定数の魚は確保出来るようだが、その漁獲量も厳格に取り決められているとのことだ。

 なので、今世で魚を食べるのは初めてだった。

「これは、カルパッチョか……?」
「かる、ぱっちょ?」
「あら、良く知っているわね?」
「あー、前に本で読んだ事があるんです」

 イタリアンのコースではアクアパッツァやソテーが一般的なイメージだったが、まあ異世界ではそういった細かい部分は違うのだろうな。
 そもそもイタリアンとも言われてないのだが。
 ソースで味付けされた薄い切り身を口へと運ぶ。

「!!うまい!」
「おいひぃですぅ!」
「ふふ、よかったわね」

 それまでに出た料理を堪能したところで、見計らったかのようにウェイターが次の料理を運んでくる。

「お待たせしました。こちらは、ゼール様のご尽力により昨日入荷したばかりの、ロードキャトルのステーキでございます」

 熱せられた鉄板に、大きな一枚のステーキが乗せられてそれぞれに振る舞われる。
 こんな見事なステーキは前世でも食べたことが無い。
 丁寧に細かく切り分けて口へと運ぶ。
 肉厚な身からは次々とジューシーな肉汁が溢れ出し、噛めば力を入れずとも口の中で優しくほどけていく。
 なんて肉だ、今まで食ったどの肉より美味い。

「んしょ、んしょ……んん~!」

 斜め向かいでルコンが慣れないフォークとナイフに手こずっていた。
 早く食べたい欲求を堪えて、懸命に手を動かしている。

「貸してごらんなさい」

 見かねたゼールがルコンから鉄板を預かり、次々と切り分けた肉を取り皿によそってあげる。
 まるで本当の母親のようだ。

「あ、ありがとうございます!はむっ……うわぁ~!すっごくおいしいですぅ~~!!」

 美味しい食事に舌鼓したづつみを打ち、日常の出来事を話して花を咲かせる。
 思えば、こんな時間を過ごすのも久しぶりな気がする。
 普段からこの三人で食事を取ることはあったが、今ほど温かな時間は無かったように思う。
 旅に出る前、ナーロ村でグウェスとサラと三人で食卓を囲んでいた時を思い出す。


『もうライルったら、口元に付いてるわよ』
『え、ほんと?』
『落ち着いて食べろよ』
『あら。お父さんたら昔はナイフとフォークが上手く使えなくて、お皿の中で料理をグチャグチャにしてたのにね』
『なっ!?そ、そんなことは教えなくていいだろう……』


「おにいちゃん、泣いてるの?どこか痛い?」
「ううん、大丈夫。大丈夫なんだ。ありがとう」
「…………」

 もうあの日々は戻らない。
 グウェスともいつ再会できるかは分からない。
 この三人での関係だって、アトランティアに着くまでの一時的な関係だ。
 だけど、今は。
 今だけは、このかけがえのない時間を大切にしたい。

 料理を食べ終えデザートのシャーベットの様なものを食べていた時、ゼールが口を開いた。

「今日は二人に渡すものがあるわ。まず、ライル」

 そう言って、ゼールは宿に帰ってきた時から持っていた細長の包みを手渡してきた。
 開けてみると出てきたものは漆黒の杖のようなものであった。
 長さにして120センチ程、黒塗りのしっかりとした丈夫な質感に、両端にはそれぞれ透明な魔石が埋め込まれていた。
 ゼールや他の魔術師が持つ杖とはどこか違う、風変わりとも言えるものだ。

「これは……杖、ですか?」
「正確に言うと打撃や刺突にも対応したメイス、棍棒や槍に近いわね。もちろん、一般的な杖と同様に魔石を介しての魔術補助の役割も持つわ」
「その、何でこれを?」
「あなたはハッキリ言って中途半端よ。闘魔族にしてはそれ程高くない身体能力、魔力量も多いけれどやはり扱いは未だぞんざい」

 ゼールの言葉が心に刺さる。
 やめてくれ、せっかく食事で回復したHPがグングン減っていく。

「けれど、それらを両立して実戦に持ち込むことを可能にしているのもまた事実。故に、ただの杖ではなくてこうした特別な造りにしてもらったわ。近接戦に持ち込める武器としてはもちろん、杖としての役割も果たす。でも勘違いはしないで。これはあくまで双方の補助具。いわば、中途半端な物よ。過信し過ぎず、最後に頼れるのは己の力のみよ」
「えっと、この武器の理屈はわかったんですけど、その……どうしてこれを俺にくれるんですか?」

 俺からの問に、ゼールは目を閉じて一呼吸置いて返答する。

「それはあの夜、あなたが切り落とした龍角から作ったものよ」

 鼓動がドクンと脈打つ。
 手の中の杖に目を落とす。
 これが、あの龍の角から?
 確かに切り落とした、覚えている。
 落とせなかった。
 悔しさと怒りから歯噛みし、杖を握る拳に力が入る。

「仇を素材にして力にする、皮肉だとは分かっているわ。要らないなら、返してくれて構わないわ」

 いや。
 これは証だ。
 あの日の悔しさと怒り。
 そして、皆の仇討ち。
 それら全てを忘れないため、強くなるための証だ。

「先生、ありがとうございます。これを使って、必ず強くなります」
「……良い眼ね」

 そう言ってゼールは、の包みを差し出す。

「これはルコンにも。私から二人へよ」

 何かと思い封を切ると、袋の中から出てきたものは赤と黒を基調としたマントのようなものであった。

「かっこいい~!」
「先生、これは?」
「それは赤龍の翼膜を織り込んで作った外套よ。刃物や衝撃に強く、下位の魔術であれば軽減してくれる耐魔術性も兼ね備えているわ。長旅には外套は必需品といっても過言では無いわ。よければ使ってちょうだい」

 翼膜、つまりあの夜にゼールが助けてくれた際の物か。
 同様に赤龍の素材を使っているからか、少し申し訳なさそうにこちらを見つめるゼール。
 ルコンは何のことか分からないので、もらった外套をニコニコしながら見つめている。

 十分だ、貰いすぎている。
 あの日から今日まで、三ヶ月とない短い期間ではある。
 そんな時間で、俺は命を助けられ、力を与えられ、忘れかけていた温かな時間をもらい、こうして未来を案じての贈り物まで貰っている。

「先生。本当に、ありがとうございます」

 九十度に腰を折り頭を下げる。
 それを見てルコンも慌てて椅子から立ち上がり真似をする。

「ありがとうございます!!」

 その光景に一瞬目を奪われて停止するゼールであったが、やがて

「当然の事をしたまでよ。あなた達の師、なのだから」


 店を出て、宿へと三人で並んで帰る。
 隣では「おにいちゃんとおそろいです~!」と嬉しそうに外套を纏うルコンと、それを温かく見守るゼール。

「明日一日はその杖の慣らしをしておきなさい。明後日になれば街を出るわよ」
「はい。ところで、この杖って名前とかあるんですか?先生のは確か『四元の杖しげんのつえ』って言うんですよね」
「銘は聞いてないわね。ドルフはあまりそういうのを付けるセンスが無いと自覚していたから、付けたがらなかったわね」
「なるほど……」

 つまり、俺がこの杖に名前を付けられるということか!?
 試されている。
 俺の、センスが。
 考えるんだ、この杖に見合ったイカした名前を。
 漆黒で細長いフォルムに両端には透明な魔石、素材は龍角……

「ブラックドラゴンズロッドなんてどうでしょうか!?」
「ダサいわね」
「あんまりかっこよくないです!」

 ルコン、おにいちゃんは泣きそうだよ。
 いや分かってた、分かってたんだ少し待ってくれ。

黒角の杖ノワールケインで良いでしょう。武器の名前なんてシンプルなものが一番よ」
「そうします……」

 直球だが合理的だ、実にゼールらしい。
 どうせこれ以上考えたところで訳の分からない中二ネームが炸裂するだけだ。

「この杖を作ってくれた人にお礼を言いに行かないといけませんね」
「礼は要らないと言っていたわ。人見知りなの、大事に使うことが最大の礼になるわ」
「そうですか、先生がそう言うなら分かりました」
「ルコンもいつかカッコいい武器が欲しいです!」
「えぇ、いつかね」


 温かく、楽しい時間が過ぎていく。
 いっときだけの、かけがえのない時間が。
 これから先の旅で何が起こるかは分からない。
 もっと辛く、厳しい現実に直面することもあるかもしれない。

 だからこそ、この時間だけは心に刻んで進もう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...