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第二章 旅路―駆け出し―編
第十三話 「かけがえのない」
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「先生、ここって……」
宿に帰ってきたゼールはなにやら荷物を持っていたが、それを置くことなくすぐさま俺たち二人を連れて出た。
訳も分からないままついて来た先は、レストランであった。
普段の食事と言えば、旅の道中は干し肉や日持ちするパン等の携帯食、街に滞在している間は宿で出される質素な料理であった。
なのでこういったキチンとした料理を提供する店に来るのは、今世では初めてだった。
それはルコンも同様で、先程から俺の横でソワソワして耳と尻尾がしきりに動いている。
「せ、先生!どういうことですか?」
「一ヶ月、あなた達はよく頑張ったしちょっとした労いよ」
「で、でもお金が……」
「問題無いわ。先日こなした魔獣討伐の依頼主がここのオーナーだったらしくてね。魔獣のせいで食料の運搬ルートに支障が出ていたところを助けた形で、そのお礼に是非、とのことよ」
「な、なるほど……でも、テーブルマナーとか大丈夫でしょうか?」
「個室よ、安心なさい」
おぉ、なんてスマートなんだゼールよ。
これが大人の女というやつか。
店に入ると温かな照明と柔らかな雰囲気に満ちた、よくあるイタリアンレストランといった感じの内装が広がっていた。
受付にゼールが名前を伝えると、フロアから逸れた通路を進んで個室へと通される。
白を基調とした六畳程の空間の中心には、木製の丸テーブルと三人分の食器が並べられていた。
「お料理はこちらで一任されておりますが、お二方とも何か苦手なものなどはございませんか?」
「い、いえ」
「ルコンもだいじょぶです……」
慣れない空間に緊張してしまっている。
それはルコンも同様だ。
丁寧な対応のスタッフが下がると同時に、ゼールが優しく口を開く。
「今日は遠慮せずに食べてちょうだい。明後日には街を出ることになるわ」
「はい、ありがとうございます!」
そこで、恐らく準備されていたであろう前菜とスープが持ってこられる。
生ハムにチーズとオリーブ、濃厚で甘い口溶けの温かなコーンスープ。
見たこともない料理に、ルコンも目を輝かせて尻尾を降っている。
ちなみに、ルコンの椅子にはキチンと尻尾を通せる穴が背もたれに空いていた。
同時に俺とルコンにはさっぱりとした甘みのアップルジュース、ゼールには赤ワインがサーブされる。
くっそぉ、俺もあと五年経ったら絶対にワインでキメてやる……
とは思うものの、子どもの体の今の俺にとってはジュースで十分であった。
驚いたのは魚料理が出たことであった。
前世の感覚で言えば当たり前の光景だが、この世界ではそれも違った。
ヴァダル大陸という一枚の大きな大陸のみで構成されるこの世界において、海に面しているのは大陸の外周部のみ。
故に、そもそも漁業というものがあまり発達しておらず、内陸部まで新鮮な食材を送ることも難しい。
川や湖といったものは各地に存在するので一定数の魚は確保出来るようだが、その漁獲量も厳格に取り決められているとのことだ。
なので、今世で魚を食べるのは初めてだった。
「これは、カルパッチョか……?」
「かる、ぱっちょ?」
「あら、良く知っているわね?」
「あー、前に本で読んだ事があるんです」
イタリアンのコースではアクアパッツァやソテーが一般的なイメージだったが、まあ異世界ではそういった細かい部分は違うのだろうな。
そもそもイタリアンとも言われてないのだが。
ソースで味付けされた薄い切り身を口へと運ぶ。
「!!うまい!」
「おいひぃですぅ!」
「ふふ、よかったわね」
それまでに出た料理を堪能したところで、見計らったかのようにウェイターが次の料理を運んでくる。
「お待たせしました。こちらは、ゼール様のご尽力により昨日入荷したばかりの、ロードキャトルのステーキでございます」
熱せられた鉄板に、大きな一枚のステーキが乗せられてそれぞれに振る舞われる。
こんな見事なステーキは前世でも食べたことが無い。
丁寧に細かく切り分けて口へと運ぶ。
肉厚な身からは次々とジューシーな肉汁が溢れ出し、噛めば力を入れずとも口の中で優しくほどけていく。
なんて肉だ、今まで食ったどの肉より美味い。
「んしょ、んしょ……んん~!」
斜め向かいでルコンが慣れないフォークとナイフに手こずっていた。
早く食べたい欲求を堪えて、懸命に手を動かしている。
「貸してごらんなさい」
見かねたゼールがルコンから鉄板を預かり、次々と切り分けた肉を取り皿によそってあげる。
まるで本当の母親のようだ。
「あ、ありがとうございます!はむっ……うわぁ~!すっごくおいしいですぅ~~!!」
美味しい食事に舌鼓を打ち、日常の出来事を話して花を咲かせる。
思えば、こんな時間を過ごすのも久しぶりな気がする。
普段からこの三人で食事を取ることはあったが、今ほど温かな時間は無かったように思う。
旅に出る前、ナーロ村でグウェスとサラと三人で食卓を囲んでいた時を思い出す。
『もうライルったら、口元に付いてるわよ』
『え、ほんと?』
『落ち着いて食べろよ』
『あら。お父さんたら昔はナイフとフォークが上手く使えなくて、お皿の中で料理をグチャグチャにしてたのにね』
『なっ!?そ、そんなことは教えなくていいだろう……』
「おにいちゃん、泣いてるの?どこか痛い?」
「ううん、大丈夫。大丈夫なんだ。ありがとう」
「…………」
もうあの日々は戻らない。
グウェスともいつ再会できるかは分からない。
この三人での関係だって、アトランティアに着くまでの一時的な関係だ。
だけど、今は。
今だけは、このかけがえのない時間を大切にしたい。
料理を食べ終えデザートのシャーベットの様なものを食べていた時、ゼールが口を開いた。
「今日は二人に渡すものがあるわ。まず、ライル」
そう言って、ゼールは宿に帰ってきた時から持っていた細長の包みを手渡してきた。
開けてみると出てきたものは漆黒の杖のようなものであった。
長さにして120センチ程、黒塗りのしっかりとした丈夫な質感に、両端にはそれぞれ透明な魔石が埋め込まれていた。
ゼールや他の魔術師が持つ杖とはどこか違う、風変わりとも言えるものだ。
「これは……杖、ですか?」
「正確に言うと打撃や刺突にも対応したメイス、棍棒や槍に近いわね。もちろん、一般的な杖と同様に魔石を介しての魔術補助の役割も持つわ」
「その、何でこれを?」
「あなたはハッキリ言って中途半端よ。闘魔族にしてはそれ程高くない身体能力、魔力量も多いけれどやはり扱いは未だぞんざい」
ゼールの言葉が心に刺さる。
やめてくれ、せっかく食事で回復したHPがグングン減っていく。
「けれど、それらを両立して実戦に持ち込むことを可能にしているのもまた事実。故に、ただの杖ではなくてこうした特別な造りにしてもらったわ。近接戦に持ち込める武器としてはもちろん、杖としての役割も果たす。でも勘違いはしないで。これはあくまで双方の補助具。いわば、中途半端な物よ。過信し過ぎず、最後に頼れるのは己の力のみよ」
「えっと、この武器の理屈はわかったんですけど、その……どうしてこれを俺にくれるんですか?」
俺からの問に、ゼールは目を閉じて一呼吸置いて返答する。
「それはあの夜、あなたが切り落とした龍角から作ったものよ」
鼓動がドクンと脈打つ。
手の中の杖に目を落とす。
これが、あの龍の角から?
確かに切り落とした、覚えている。
角しか落とせなかった。
悔しさと怒りから歯噛みし、杖を握る拳に力が入る。
「仇を素材にして力にする、皮肉だとは分かっているわ。要らないなら、返してくれて構わないわ」
いや。
これは証だ。
あの日の悔しさと怒り。
そして、皆の仇討ち。
それら全てを忘れないため、強くなるための証だ。
「先生、ありがとうございます。これを使って、必ず強くなります」
「……良い眼ね」
そう言ってゼールは、もう二つの包みを差し出す。
「これはルコンにも。私から二人へよ」
何かと思い封を切ると、袋の中から出てきたものは赤と黒を基調としたマントのようなものであった。
「かっこいい~!」
「先生、これは?」
「それは赤龍の翼膜を織り込んで作った外套よ。刃物や衝撃に強く、下位の魔術であれば軽減してくれる耐魔術性も兼ね備えているわ。長旅には外套は必需品といっても過言では無いわ。よければ使ってちょうだい」
翼膜、つまりあの夜にゼールが助けてくれた際の物か。
同様に赤龍の素材を使っているからか、少し申し訳なさそうにこちらを見つめるゼール。
ルコンは何のことか分からないので、もらった外套をニコニコしながら見つめている。
十分だ、貰いすぎている。
あの日から今日まで、三ヶ月とない短い期間ではある。
そんな時間で、俺は命を助けられ、力を与えられ、忘れかけていた温かな時間をもらい、こうして未来を案じての贈り物まで貰っている。
「先生。本当に、ありがとうございます」
九十度に腰を折り頭を下げる。
それを見てルコンも慌てて椅子から立ち上がり真似をする。
「ありがとうございます!!」
その光景に一瞬目を奪われて停止するゼールであったが、やがて
「当然の事をしたまでよ。あなた達の師、なのだから」
店を出て、宿へと三人で並んで帰る。
隣では「おにいちゃんとおそろいです~!」と嬉しそうに外套を纏うルコンと、それを温かく見守るゼール。
「明日一日はその杖の慣らしをしておきなさい。明後日になれば街を出るわよ」
「はい。ところで、この杖って名前とかあるんですか?先生のは確か『四元の杖』って言うんですよね」
「銘は聞いてないわね。ドルフはあまりそういうのを付けるセンスが無いと自覚していたから、付けたがらなかったわね」
「なるほど……」
つまり、俺がこの杖に名前を付けられるということか!?
試されている。
俺の、センスが。
考えるんだ、この杖に見合ったイカした名前を。
漆黒で細長いフォルムに両端には透明な魔石、素材は龍角……
「ブラックドラゴンズロッドなんてどうでしょうか!?」
「ダサいわね」
「あんまりかっこよくないです!」
ルコン、おにいちゃんは泣きそうだよ。
いや分かってた、分かってたんだ少し待ってくれ。
「黒角の杖で良いでしょう。武器の名前なんてシンプルなものが一番よ」
「そうします……」
直球だが合理的だ、実にゼールらしい。
どうせこれ以上考えたところで訳の分からない中二ネームが炸裂するだけだ。
「この杖を作ってくれた人にお礼を言いに行かないといけませんね」
「礼は要らないと言っていたわ。人見知りなの、大事に使うことが最大の礼になるわ」
「そうですか、先生がそう言うなら分かりました」
「ルコンもいつかカッコいい武器が欲しいです!」
「えぇ、いつかね」
温かく、楽しい時間が過ぎていく。
いっときだけの、かけがえのない時間が。
これから先の旅で何が起こるかは分からない。
もっと辛く、厳しい現実に直面することもあるかもしれない。
だからこそ、この時間だけは心に刻んで進もう。
宿に帰ってきたゼールはなにやら荷物を持っていたが、それを置くことなくすぐさま俺たち二人を連れて出た。
訳も分からないままついて来た先は、レストランであった。
普段の食事と言えば、旅の道中は干し肉や日持ちするパン等の携帯食、街に滞在している間は宿で出される質素な料理であった。
なのでこういったキチンとした料理を提供する店に来るのは、今世では初めてだった。
それはルコンも同様で、先程から俺の横でソワソワして耳と尻尾がしきりに動いている。
「せ、先生!どういうことですか?」
「一ヶ月、あなた達はよく頑張ったしちょっとした労いよ」
「で、でもお金が……」
「問題無いわ。先日こなした魔獣討伐の依頼主がここのオーナーだったらしくてね。魔獣のせいで食料の運搬ルートに支障が出ていたところを助けた形で、そのお礼に是非、とのことよ」
「な、なるほど……でも、テーブルマナーとか大丈夫でしょうか?」
「個室よ、安心なさい」
おぉ、なんてスマートなんだゼールよ。
これが大人の女というやつか。
店に入ると温かな照明と柔らかな雰囲気に満ちた、よくあるイタリアンレストランといった感じの内装が広がっていた。
受付にゼールが名前を伝えると、フロアから逸れた通路を進んで個室へと通される。
白を基調とした六畳程の空間の中心には、木製の丸テーブルと三人分の食器が並べられていた。
「お料理はこちらで一任されておりますが、お二方とも何か苦手なものなどはございませんか?」
「い、いえ」
「ルコンもだいじょぶです……」
慣れない空間に緊張してしまっている。
それはルコンも同様だ。
丁寧な対応のスタッフが下がると同時に、ゼールが優しく口を開く。
「今日は遠慮せずに食べてちょうだい。明後日には街を出ることになるわ」
「はい、ありがとうございます!」
そこで、恐らく準備されていたであろう前菜とスープが持ってこられる。
生ハムにチーズとオリーブ、濃厚で甘い口溶けの温かなコーンスープ。
見たこともない料理に、ルコンも目を輝かせて尻尾を降っている。
ちなみに、ルコンの椅子にはキチンと尻尾を通せる穴が背もたれに空いていた。
同時に俺とルコンにはさっぱりとした甘みのアップルジュース、ゼールには赤ワインがサーブされる。
くっそぉ、俺もあと五年経ったら絶対にワインでキメてやる……
とは思うものの、子どもの体の今の俺にとってはジュースで十分であった。
驚いたのは魚料理が出たことであった。
前世の感覚で言えば当たり前の光景だが、この世界ではそれも違った。
ヴァダル大陸という一枚の大きな大陸のみで構成されるこの世界において、海に面しているのは大陸の外周部のみ。
故に、そもそも漁業というものがあまり発達しておらず、内陸部まで新鮮な食材を送ることも難しい。
川や湖といったものは各地に存在するので一定数の魚は確保出来るようだが、その漁獲量も厳格に取り決められているとのことだ。
なので、今世で魚を食べるのは初めてだった。
「これは、カルパッチョか……?」
「かる、ぱっちょ?」
「あら、良く知っているわね?」
「あー、前に本で読んだ事があるんです」
イタリアンのコースではアクアパッツァやソテーが一般的なイメージだったが、まあ異世界ではそういった細かい部分は違うのだろうな。
そもそもイタリアンとも言われてないのだが。
ソースで味付けされた薄い切り身を口へと運ぶ。
「!!うまい!」
「おいひぃですぅ!」
「ふふ、よかったわね」
それまでに出た料理を堪能したところで、見計らったかのようにウェイターが次の料理を運んでくる。
「お待たせしました。こちらは、ゼール様のご尽力により昨日入荷したばかりの、ロードキャトルのステーキでございます」
熱せられた鉄板に、大きな一枚のステーキが乗せられてそれぞれに振る舞われる。
こんな見事なステーキは前世でも食べたことが無い。
丁寧に細かく切り分けて口へと運ぶ。
肉厚な身からは次々とジューシーな肉汁が溢れ出し、噛めば力を入れずとも口の中で優しくほどけていく。
なんて肉だ、今まで食ったどの肉より美味い。
「んしょ、んしょ……んん~!」
斜め向かいでルコンが慣れないフォークとナイフに手こずっていた。
早く食べたい欲求を堪えて、懸命に手を動かしている。
「貸してごらんなさい」
見かねたゼールがルコンから鉄板を預かり、次々と切り分けた肉を取り皿によそってあげる。
まるで本当の母親のようだ。
「あ、ありがとうございます!はむっ……うわぁ~!すっごくおいしいですぅ~~!!」
美味しい食事に舌鼓を打ち、日常の出来事を話して花を咲かせる。
思えば、こんな時間を過ごすのも久しぶりな気がする。
普段からこの三人で食事を取ることはあったが、今ほど温かな時間は無かったように思う。
旅に出る前、ナーロ村でグウェスとサラと三人で食卓を囲んでいた時を思い出す。
『もうライルったら、口元に付いてるわよ』
『え、ほんと?』
『落ち着いて食べろよ』
『あら。お父さんたら昔はナイフとフォークが上手く使えなくて、お皿の中で料理をグチャグチャにしてたのにね』
『なっ!?そ、そんなことは教えなくていいだろう……』
「おにいちゃん、泣いてるの?どこか痛い?」
「ううん、大丈夫。大丈夫なんだ。ありがとう」
「…………」
もうあの日々は戻らない。
グウェスともいつ再会できるかは分からない。
この三人での関係だって、アトランティアに着くまでの一時的な関係だ。
だけど、今は。
今だけは、このかけがえのない時間を大切にしたい。
料理を食べ終えデザートのシャーベットの様なものを食べていた時、ゼールが口を開いた。
「今日は二人に渡すものがあるわ。まず、ライル」
そう言って、ゼールは宿に帰ってきた時から持っていた細長の包みを手渡してきた。
開けてみると出てきたものは漆黒の杖のようなものであった。
長さにして120センチ程、黒塗りのしっかりとした丈夫な質感に、両端にはそれぞれ透明な魔石が埋め込まれていた。
ゼールや他の魔術師が持つ杖とはどこか違う、風変わりとも言えるものだ。
「これは……杖、ですか?」
「正確に言うと打撃や刺突にも対応したメイス、棍棒や槍に近いわね。もちろん、一般的な杖と同様に魔石を介しての魔術補助の役割も持つわ」
「その、何でこれを?」
「あなたはハッキリ言って中途半端よ。闘魔族にしてはそれ程高くない身体能力、魔力量も多いけれどやはり扱いは未だぞんざい」
ゼールの言葉が心に刺さる。
やめてくれ、せっかく食事で回復したHPがグングン減っていく。
「けれど、それらを両立して実戦に持ち込むことを可能にしているのもまた事実。故に、ただの杖ではなくてこうした特別な造りにしてもらったわ。近接戦に持ち込める武器としてはもちろん、杖としての役割も果たす。でも勘違いはしないで。これはあくまで双方の補助具。いわば、中途半端な物よ。過信し過ぎず、最後に頼れるのは己の力のみよ」
「えっと、この武器の理屈はわかったんですけど、その……どうしてこれを俺にくれるんですか?」
俺からの問に、ゼールは目を閉じて一呼吸置いて返答する。
「それはあの夜、あなたが切り落とした龍角から作ったものよ」
鼓動がドクンと脈打つ。
手の中の杖に目を落とす。
これが、あの龍の角から?
確かに切り落とした、覚えている。
角しか落とせなかった。
悔しさと怒りから歯噛みし、杖を握る拳に力が入る。
「仇を素材にして力にする、皮肉だとは分かっているわ。要らないなら、返してくれて構わないわ」
いや。
これは証だ。
あの日の悔しさと怒り。
そして、皆の仇討ち。
それら全てを忘れないため、強くなるための証だ。
「先生、ありがとうございます。これを使って、必ず強くなります」
「……良い眼ね」
そう言ってゼールは、もう二つの包みを差し出す。
「これはルコンにも。私から二人へよ」
何かと思い封を切ると、袋の中から出てきたものは赤と黒を基調としたマントのようなものであった。
「かっこいい~!」
「先生、これは?」
「それは赤龍の翼膜を織り込んで作った外套よ。刃物や衝撃に強く、下位の魔術であれば軽減してくれる耐魔術性も兼ね備えているわ。長旅には外套は必需品といっても過言では無いわ。よければ使ってちょうだい」
翼膜、つまりあの夜にゼールが助けてくれた際の物か。
同様に赤龍の素材を使っているからか、少し申し訳なさそうにこちらを見つめるゼール。
ルコンは何のことか分からないので、もらった外套をニコニコしながら見つめている。
十分だ、貰いすぎている。
あの日から今日まで、三ヶ月とない短い期間ではある。
そんな時間で、俺は命を助けられ、力を与えられ、忘れかけていた温かな時間をもらい、こうして未来を案じての贈り物まで貰っている。
「先生。本当に、ありがとうございます」
九十度に腰を折り頭を下げる。
それを見てルコンも慌てて椅子から立ち上がり真似をする。
「ありがとうございます!!」
その光景に一瞬目を奪われて停止するゼールであったが、やがて
「当然の事をしたまでよ。あなた達の師、なのだから」
店を出て、宿へと三人で並んで帰る。
隣では「おにいちゃんとおそろいです~!」と嬉しそうに外套を纏うルコンと、それを温かく見守るゼール。
「明日一日はその杖の慣らしをしておきなさい。明後日になれば街を出るわよ」
「はい。ところで、この杖って名前とかあるんですか?先生のは確か『四元の杖』って言うんですよね」
「銘は聞いてないわね。ドルフはあまりそういうのを付けるセンスが無いと自覚していたから、付けたがらなかったわね」
「なるほど……」
つまり、俺がこの杖に名前を付けられるということか!?
試されている。
俺の、センスが。
考えるんだ、この杖に見合ったイカした名前を。
漆黒で細長いフォルムに両端には透明な魔石、素材は龍角……
「ブラックドラゴンズロッドなんてどうでしょうか!?」
「ダサいわね」
「あんまりかっこよくないです!」
ルコン、おにいちゃんは泣きそうだよ。
いや分かってた、分かってたんだ少し待ってくれ。
「黒角の杖で良いでしょう。武器の名前なんてシンプルなものが一番よ」
「そうします……」
直球だが合理的だ、実にゼールらしい。
どうせこれ以上考えたところで訳の分からない中二ネームが炸裂するだけだ。
「この杖を作ってくれた人にお礼を言いに行かないといけませんね」
「礼は要らないと言っていたわ。人見知りなの、大事に使うことが最大の礼になるわ」
「そうですか、先生がそう言うなら分かりました」
「ルコンもいつかカッコいい武器が欲しいです!」
「えぇ、いつかね」
温かく、楽しい時間が過ぎていく。
いっときだけの、かけがえのない時間が。
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