13 / 137
影の輪郭
突入
しおりを挟む
雨は止んでいたが、空気にはまだ水気が残っていた。舗道に落ちるネオンの反射が、歪んだまま揺れている。
「二階の東側、確認。人影ふたつ」
無線の向こう、蓮の声が低く短く響いた。
「了解。下から回る」
鴉は口元に無線を当て、煙草をくわえたまま返す。
旧工場跡。立ち入り禁止のテープは既に破られ、内部は真っ暗だった。
音もなく駆ける鴉の足取りは、舗装の切れた床にも迷いがない。指先で壁をなぞりながら、入り口から裏手へと身を滑らせた。
──三十秒後、突入。
無線の電源を切り、鴉はひとつ息を吐く。
「……三、二、一」
夜が裂ける。
破られた扉を蹴り飛ばし、鴉は影の中へ飛び込んだ。
瞬間、上階から物音。予定通り。
鴉は左へ飛び、腰のホルスターから銃を抜いた。柱の陰に隠れながら、物音の元を確かめる。
「上は取った」
蓮の声。続けて、制圧音。金属音と、誰かの呻き。
「ひとりは無力化。もうひとりは——」
鴉の前に、逃げようとする影が現れた。
「そっちだな」
躊躇なく足を払う。
倒れた男の手からナイフが滑り、床に転がった。鴉は男の首筋に銃口を押し当て、静かに言う。
「公安だ。動くな」
蓮が階段を降りてくる。無言のまま男の手を縛る手際は素早い。
その傍ら、鴉は懐中電灯で辺りを照らした。埃をかぶった棚、朽ちかけた木箱、そして──奥の金属製コンテナ。
「蓮。こっち見ろ」
鴉の声に蓮が近づく。鴉がコンテナの錠前を蹴破ると、中から出てきたのは黒いビニールの袋。ひとつを裂くと、濃い青の粉末が覗いた。
「分析要請するまでもねぇな」
鴉が鼻を鳴らす。
「……“青昇(セイショウ)”だ。朱雀会のブツに間違いない」
蓮が無線で応援要請を送る傍ら、鴉は床に転がっていた紙束に目を留めた。
納品書、帳簿、日付と数字、そして「SKT-1947-B」というコード。
「証拠、上等に揃ってやがる」
鴉は煙草をくわえ直し、蓮に目配せした。
「こいつら、思った以上に雑だな」
外のサイレンが近づいてくる。
湿った空気の中、鴉は煙を吐き出しながら、蓮の隣に立った。
「さて。次の地獄は、報告書ってやつか」
「……お前が書け」
「聞こえねえな」
そう言って肩をすくめる鴉に、蓮は小さくため息をついた。
音もなく夜が深まる中、ふたりの影が静かに並んでいた。
「二階の東側、確認。人影ふたつ」
無線の向こう、蓮の声が低く短く響いた。
「了解。下から回る」
鴉は口元に無線を当て、煙草をくわえたまま返す。
旧工場跡。立ち入り禁止のテープは既に破られ、内部は真っ暗だった。
音もなく駆ける鴉の足取りは、舗装の切れた床にも迷いがない。指先で壁をなぞりながら、入り口から裏手へと身を滑らせた。
──三十秒後、突入。
無線の電源を切り、鴉はひとつ息を吐く。
「……三、二、一」
夜が裂ける。
破られた扉を蹴り飛ばし、鴉は影の中へ飛び込んだ。
瞬間、上階から物音。予定通り。
鴉は左へ飛び、腰のホルスターから銃を抜いた。柱の陰に隠れながら、物音の元を確かめる。
「上は取った」
蓮の声。続けて、制圧音。金属音と、誰かの呻き。
「ひとりは無力化。もうひとりは——」
鴉の前に、逃げようとする影が現れた。
「そっちだな」
躊躇なく足を払う。
倒れた男の手からナイフが滑り、床に転がった。鴉は男の首筋に銃口を押し当て、静かに言う。
「公安だ。動くな」
蓮が階段を降りてくる。無言のまま男の手を縛る手際は素早い。
その傍ら、鴉は懐中電灯で辺りを照らした。埃をかぶった棚、朽ちかけた木箱、そして──奥の金属製コンテナ。
「蓮。こっち見ろ」
鴉の声に蓮が近づく。鴉がコンテナの錠前を蹴破ると、中から出てきたのは黒いビニールの袋。ひとつを裂くと、濃い青の粉末が覗いた。
「分析要請するまでもねぇな」
鴉が鼻を鳴らす。
「……“青昇(セイショウ)”だ。朱雀会のブツに間違いない」
蓮が無線で応援要請を送る傍ら、鴉は床に転がっていた紙束に目を留めた。
納品書、帳簿、日付と数字、そして「SKT-1947-B」というコード。
「証拠、上等に揃ってやがる」
鴉は煙草をくわえ直し、蓮に目配せした。
「こいつら、思った以上に雑だな」
外のサイレンが近づいてくる。
湿った空気の中、鴉は煙を吐き出しながら、蓮の隣に立った。
「さて。次の地獄は、報告書ってやつか」
「……お前が書け」
「聞こえねえな」
そう言って肩をすくめる鴉に、蓮は小さくため息をついた。
音もなく夜が深まる中、ふたりの影が静かに並んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
【完結】君の穿ったインソムニア
古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。
純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。
「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」
陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる