灰に堕ちるその日まで

影の輪郭

張り込みと制圧

　旧工場の影に踏み込む瞬間、蓮が手信号で合図を送った。

　「俺が左、蓮は右から回り込め」

　鴉が耳元で囁き、身を低くして瓦礫を越える。その間に蓮は影のように横移動し、倉庫脇の鉄骨の陰へ滑り込んだ。

　セダンの前、ケースを持った男が中腰になり何かを確認している。護衛の男が周囲を見回していたが、鴉たちに気づく素振りはない。

　その瞬間、風が動いた。

　蓮が静かに距離を詰め、背後から護衛の男に接近。無音で懐に飛び込み、手際よく関節を極めて無力化した。男は声を上げる間もなく、地面に沈む。

　気配の変化に気づいた取引役が振り返るが、すでに遅い。鴉が壁際から飛び出し、拳銃を構えた。

　「動くな」

　「ち、ちくしょう……！」

　男はケースを投げ捨てて逃げようとするが、蓮の回し蹴りが正確に脇腹を打ち抜いた。倒れ込んだ男の上に鴉が膝を落とし、即座に手錠をかける。

　「確保。取引記録も押収」

　「……予定通り」

　蓮が背後で呟いた。まったく乱れのない呼吸。

　その姿に、鴉は思わず口元を緩めた。

　「ほんと、見事なもんだな。元軍人の肩書きは伊達じゃねぇ」

　「……あんたも無駄口のわりに速い」

　「褒められたと受け取っておくよ」

　夜風が吹き抜ける中、工場跡には再び静寂が戻る。