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静寂にしのぶ影
仮面の内側
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部屋の奥には、すでに男がいた。
公安本部の幹部、真壁。
五十代半ば、常に穏やかな笑みを絶やさない男――今も変わらず、柔らかな表情を浮かべていた。
「珍しいな。君がこんな時間に、わざわざ私に?」
「……確認したいことがありまして」
蓮は努めて冷静を装い、正面の椅子に腰を下ろす。
だが、胸の奥には怒りと疑念が澱のように沈んでいた。
「確認、ね。どうせまた、厄介な話だろう?」
真壁は笑った。
だが、その瞳の奥には冷たい計算が宿っていた。
蓮はまっすぐその視線を受け止め、言葉を投げる。
「“人身売買ルート”の任務……あの日、俺は狙われていました」
一瞬、真壁の笑みが揺らいだ。
「撃たれたのは、鴉だろう?」
「はい。俺を庇って――撃たれました。
……でも記録を洗い直して気づいたんです。
スナイパーの初動、照準、発砲角度――最初に狙われていたのは、俺だった」
蓮の声には確信と、隠しきれない痛みが混じっていた。
「鴉が庇ったことで、彼が撃たれた。
その“偶然”を、誰かが利用した。
……そして、貴方の狙いは鴉へと切り替わった」
沈黙。
真壁はカップを手に取り、無言のまま指先でその縁をなぞる。
「……それがどうした。現場には常に不確定要素がある。
誰が撃たれたかなんて、所詮は運次第だ」
「運で済ませるには、出来すぎてます。
押収品の流出、医療記録の改ざん、あの看護師の採用経路――
全部、貴方の“管轄”から派生していた」
真壁の目が細くなる。
もう、笑ってはいない。
「私を疑っているのか、蓮くん」
「疑いません。事実を述べているだけです。
“なぜ俺が狙われたのか”を追っていった結果、そこに“あなたの名前”があった。それだけです」
「若いな。正義感に駆られて、自分が何を危うくしているかも分からない」
「鴉は、俺の代わりに撃たれた。
彼の命を、誰かの計画に“使い捨て”にされて、黙っていられるほど俺は器用じゃない」
蓮が立ち上がる。
真壁は背を向け、カーテン越しの夜景を見下ろしながら低く呟く。
「君は“見なくていいもの”まで見ようとする。
目を向ける相手を間違えれば、人生など簡単に壊れる」
蓮もまた立ち上がる。声に迷いはない。
「それでも俺は目を逸らさない。
“誰かの犠牲で守られる”のは、もう二度とごめんだ。
……誰が“本当の敵”か、俺は見極めてみせます」
しばしの沈黙。
真壁は、背を向けたままふっと笑った。
「……なら、せいぜい気をつけることだな、蓮くん」
公安本部の幹部、真壁。
五十代半ば、常に穏やかな笑みを絶やさない男――今も変わらず、柔らかな表情を浮かべていた。
「珍しいな。君がこんな時間に、わざわざ私に?」
「……確認したいことがありまして」
蓮は努めて冷静を装い、正面の椅子に腰を下ろす。
だが、胸の奥には怒りと疑念が澱のように沈んでいた。
「確認、ね。どうせまた、厄介な話だろう?」
真壁は笑った。
だが、その瞳の奥には冷たい計算が宿っていた。
蓮はまっすぐその視線を受け止め、言葉を投げる。
「“人身売買ルート”の任務……あの日、俺は狙われていました」
一瞬、真壁の笑みが揺らいだ。
「撃たれたのは、鴉だろう?」
「はい。俺を庇って――撃たれました。
……でも記録を洗い直して気づいたんです。
スナイパーの初動、照準、発砲角度――最初に狙われていたのは、俺だった」
蓮の声には確信と、隠しきれない痛みが混じっていた。
「鴉が庇ったことで、彼が撃たれた。
その“偶然”を、誰かが利用した。
……そして、貴方の狙いは鴉へと切り替わった」
沈黙。
真壁はカップを手に取り、無言のまま指先でその縁をなぞる。
「……それがどうした。現場には常に不確定要素がある。
誰が撃たれたかなんて、所詮は運次第だ」
「運で済ませるには、出来すぎてます。
押収品の流出、医療記録の改ざん、あの看護師の採用経路――
全部、貴方の“管轄”から派生していた」
真壁の目が細くなる。
もう、笑ってはいない。
「私を疑っているのか、蓮くん」
「疑いません。事実を述べているだけです。
“なぜ俺が狙われたのか”を追っていった結果、そこに“あなたの名前”があった。それだけです」
「若いな。正義感に駆られて、自分が何を危うくしているかも分からない」
「鴉は、俺の代わりに撃たれた。
彼の命を、誰かの計画に“使い捨て”にされて、黙っていられるほど俺は器用じゃない」
蓮が立ち上がる。
真壁は背を向け、カーテン越しの夜景を見下ろしながら低く呟く。
「君は“見なくていいもの”まで見ようとする。
目を向ける相手を間違えれば、人生など簡単に壊れる」
蓮もまた立ち上がる。声に迷いはない。
「それでも俺は目を逸らさない。
“誰かの犠牲で守られる”のは、もう二度とごめんだ。
……誰が“本当の敵”か、俺は見極めてみせます」
しばしの沈黙。
真壁は、背を向けたままふっと笑った。
「……なら、せいぜい気をつけることだな、蓮くん」
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