灰に堕ちるその日まで

空白を超えて

忘れ得ぬ影

公安本庁第三局。上層階にある一室は、静まり返っていた。
部屋の中央、デスクに座る男の姿。
名札には――篠原 蓮。捜査指揮官。

整えられた黒髪。無駄のないスーツの着こなし。
書類に走らせるペンの音すら、周囲を律するような緊張感を帯びていた。

「蓮さん、先月分の報告書、まとめました」
新田が書類を差し出す。若手の有能な部下で、どこか昔の自分に似ていると蓮は思っていた。

「助かった。机に置いといてくれ」
目を離さず、冷静な声で応じる。

新田が小さく頷いて、静かに引いた。
室内には再び、機械の駆動音と紙をめくる音だけが残る。

部屋の片隅には、使われることのないもうひとつの椅子がある。
来客用にしては、妙に位置が近すぎる。
誰かと並んで仕事をするために、そこにあったのだろう。

だが今はただ、空っぽだった。

蓮は一瞬だけ視線をそちらに滑らせる。
そして何事もなかったように、視線を資料へ戻す。

感情を押し殺すように、己の在り方を律してきた5年。
手柄も評価も積み重ねた。
けれど心のどこかに、深く沈んだ空洞がある。

それに気づかぬふりをしながら、今日も彼は冷静に職務をこなす。

「……新田、次の会議の資料、前もって回しておいてくれ」
「はい、了解しました」

変わらない日々。変わることを許さない日常。
彼はただ、前を向く。

その胸の奥底に――
かつて共にいた“あいつ”の影を、誰にも見せぬまま。