灰に堕ちるその日まで

空白を超えて

静寂に響く影

夜の帳が降りる頃、蓮は廃工場のフェンスを越えた。
背後に誰もいないことを確かめ、静かに息を整える。

「ここが、あの男が現れた場所か……」

潜入にあたって、通信は遮断し、端末の機能もすべてオフ。
情報漏洩は許されない。

廃工場の内部は、数年経ったとは思えないほど、妙に“整理されすぎて”いた。
まるで最近誰かが出入りしていたかのように、埃の積もり方にムラがある。

壁際に残された、半ば破れた資料の束。
公安関係者の顔写真や、関係図。
――その中に、自分の写真も紛れていた。「要監視」の赤文字と共に。

「まさか……こんなところにまで」

奥へ進んだ先、金属棚の上に封の切られた小さなパッケージ。
中身は空だが、そこには**“レイス”の成分表**を印刷した紙片が残されていた。

（なぜこんなものが……もう使われてないはずの場所なのに）

そのとき、かすかな足音が聞こえた。
蓮はとっさに闇に身を沈める。

通路を通り過ぎたのは、黒のロングコートを羽織った男。
フードの下は見えない。だが、背中のラインに――既視感。

息を殺しながら、蓮は確信と混乱の狭間に揺れていた。