Festival in Crime -犯罪の祭典-

柿の種

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第四章 天使にレクイエムを

Episode 33

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反節制の聖書。
何が目的で設置されているのかは分からないが、その名前から良いものだとは思えない代物だ。
七元徳、もしくは美徳なんかとも言われる節制。
その言葉の意味としては『欲望に溺れず、適度に慎むこと』という……私の隣で同じように頭から飛び込んだCNVLが持っている【暴食】とは対になるものだ。

「……」
「いてて……ん?どうしたんだいハロウ」
「良いから早く立ちなさい。こっからが本番みたいよ」
「……ワォ」

しかし『反』という文字が付いている通り、その性質は反転していると思われる。当然ながら、対となっている【暴食】方面に。
それが働いているのかどうなのか。
私達が反節制の聖書が存在する広場へと頭から飛び込んだ瞬間。

周囲の私達を止めようとしていた天使達が弾けるように光となって消え、反節制の聖書へと吸い込まれて行っているのが見えてしまった。
どくんどくん、という何かが鼓動するような音と共に周囲に存在する天使達が吸収されていくのも悪い予想をするには十分だ。
ゲーム的に言うならば、ここは所謂ムービー中。観てるだけしかできないのが普通だろう。
しかしながら身体はしっかり動くし、武器も握ることが出来る。

私は兎も角として、隣にいる【食人鬼】はムービー中だからといって相手の準備を待つような特撮の敵役のような事はしない。
私の声によって周囲の状況を確認した彼女は、何を思ったのか片手にマグロ包丁を持ち、周囲から光を吸収している反節制の聖書へと駆け寄り突き刺そうとした。
だが、それはあと少しという所で何かにぶつかり弾かれてしまう。

「何かと思えば……それが反節制の聖書って奴か」
「はッはッは、ゲームのボスっぽくていいじゃん!」

そこにネースのプレイヤー……ソーマと神酒を先頭に複数人が駆けつけた。
恐らくは周囲の天使達が減り、ここまでの道が拓けたのだろう。
何が起き、何が出てくるのか分からない現状、戦力が増えるのはありがたいことだ。

私の後ろの方からも何人かがこちらへと駆けてくる足音が聞こえているため、もう少ししたら援軍がここにたどり着くだろう。
だが、それが着く前に反節制の聖書に変化が起きてしまった。

-反節制の聖書の周囲に一定数のプレイヤーを感知-
-魔力収集量……一定値回復。強制起動します-
-【反】節制の【聖】書 起動-

システムログが流れたかと思えば。
反節制の聖書は暗い光を放ち始め、独りでに開き頁が捲れ始める。
そして、次第に暗い光が人型となっていく。
12個の星がついた冠を頭に被り、青色のベールと赤色のワンピースを纏い。
百合の意匠がされた腕輪を身に着け、反節制の聖書を手に持った。

-【反海星 ■リ■・ス■ラ】-

顔には黒い靄のようなモノが掛かり、表情が読み取れなくなった。
頭上に表示された名前は所々穴抜けのように黒塗りで隠されており、正式な名称は分からないものの、はっきりと一つだけ分かることはあった。

「ボス戦ってわけね……ッ!」

今もなお、周囲から光を集めている反節制の聖書を持ったボスとの戦闘が始まった。



こちらに向かって放たれた複数の光の槍を、走りながら避けていく。
【反海星 ■リ■・ス■ラ】の頭上には今もなお光の槍が作られ続け、射出し続けられる。
初めは双剣やハサミの届く距離に居たはずなのに、出現と同時に行われ始めた光の槍による攻撃によって徐々に距離を離され、今では遠距離攻撃でないと本体に攻撃が出来ない位置まで来てしまった。

「天使も加速度的に減っててるのは良い事なのかしら……」

尚、私はそうやって距離を離されたものの、何人か今でも近接戦を仕掛けようと近づいているプレイヤーが何人かいる。
ネースのソーマと神酒、天使の対処をする必要がなくなったためにフリーとなった酔鴉、そしてうちのアタッカーCNVLだ。

それ以外のプレイヤーは避難、というよりは私と同じように距離を離されたり、ソーマ達のように近づこうとして失敗したプレイヤーが何人か死に戻っているようだった。

「スキニット、どう?」
「無理だな。俺の【身体ハード誓約プレッジ】の強化でも回復が間に合わなくて近づく前に死ぬだけだ。あそこにいる連中はプレイヤースキルがおかしい連中ばっかりだからな……」
「やっぱり?じゃあこっちはこっちで飛んできた槍をどうにかしながら遠距離攻撃が主かしら」
「そうなるな」

近くに居たスキニット、マギ、メアリーと合流し、どうするか話し合う。
長時間戦闘に向いているスキニットでも難しいのだ。私のようなその場その場で強化するような戦い方をするプレイヤーにはそれ以上に厳しいだろう。

「マギの強化は……難しいわよねぇ」
「難しいですね。防御方面の強化は出来ますが、持続回復となると効果時間が少ないんで」
「そうよねぇ……仕方ない。攻撃パターン変わるまではメアリーの護衛しましょう」
『りょ!('ω')ノ私はとりあえずまたバリスタ使うね(゚д゚)!』

メアリーが近くでバリスタを再度取り出し組み立てるのを横目で見ながら、こちらへと飛んできた光の槍を双剣で弾く。
ガキン、という音と共に強い衝撃が手に残り少しだけ痺れてしまう。
弾いた光の槍はそのまま空中に溶けるように消えていったものの、離れた位置に居る【反海星 ■リ■・ス■ラ】の頭上にまた1本出現したのを見て溜息を吐いた。

「距離を離せば槍の飛んでくる頻度が減るのはありがたいけど、まぁなんとも言えないわねコレ」
「近くに居る人たちに頑張ってもらいましょう。特にうちの先輩には……あ、刺された」
「大丈夫でしょう。何度目よアレ」
「5回目くらいですね」

半ば観戦のような形をとっているものの、警戒は怠らない。
【反海星 ■リ■・ス■ラ】との戦闘はまだ始まったばかりなのだから。
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