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第一章

Episode 5

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『そこ、枝が横から出ているわ。気をつけて』
「おっと、ありがとう。気が付かなかったよ」

アーちゃんの声に従って、私と赤ずきんの2人は森の奥へと進んでいく。
私以外の赤ずきんは全員、森の中にある祖母の家へと訪れるストーリーの元、今現在ここに存在している。
つまりは、『赤ずきん』の赤ずきん以外も森の中での歩き方、というのはある程度知っているのだ。

それに加え私が今いるのはルプス森林という、言ってしまえば彼女らの天敵が存在する場所。
攻撃、護衛役であるアーちゃんの指示を聞くのは当然の事だろう。

「しかし、割と進んだはずなのに浅層から表示が変わらないな……」
『一応は進んでいるわよ。入口から遠ざかるようには歩いているし……一応、敵っぽいのがいる気配がしたらそれを避けるようには動いてるけど』
『確かにそうですね。方向感覚を狂わせる罠も疑いましたが……一応スキルを使って色々と探ってはいるものの、特に反応はありませんね』
「なるほど?単純に長いだけかな……それか、私達の行軍速度が遅いだけか」

道中、気になった木や植物に【鑑定】スキルを使用していく。
基本的に表示される名前は『ただの木』だったり『雑草』だったりするのだが、たまにきちんと名前が表示されるものも存在していた。

「お、これは……『活力草』?」
『それは主に加工してMPポーションの製造に使われるものですね。『紡手』はMPを良く使うでしょうから、マスターも採取しておくといいかもしれないです』
「なるほど。んー、でも採取ならサーちゃん呼んだ方が楽だよねぇ」
『まぁあの子は採取とかのサポート特化だから。呼ぶなら呼ぶでいいんじゃないかしら?』

サーちゃん。
ここまでの他の赤ずきんたちの呼び名で分かるだろうが、『赤ずきん』の赤ずきんの事はサーちゃんと呼ぶことになっている。
理由はアーちゃんが言った通りにサポート特化な能力を持っているため、そこからとった形だ。

元々の気質なのか、それとも物語に影響されているのか。
彼女は周りの人間の世話をよく焼きたがる。
先程の呼び名を決めるための短い会合でも、主に『紡手』である私を筆頭にメイドかのようにお茶を出したり菓子を出したり椅子を用意したりなどなど。

「呼んでもいいんだけど……ほら、彼女私に向かって飛んでくる攻撃とかの盾になりそうじゃん?」
『……ないとは言い切れませんね』
「だっろう?だからちょっといつ襲われるか分からない所で呼ぶのは怖くてさぁ……」

周りの2人が苦笑を漏らす。
単純に邪魔だからというわけではなく彼女の身を案じての事だ。
私は別にアーちゃんスーちゃん含めた赤ずきん達のことを物扱いするつもりはないし、するんだったらこうして会話もしていない。

このゲームに登場人物たちに対する好感度というものがあるのかはわからないが、それでも上げられるものは上げておいたほうがいいだろうという、少しばかり打算的な考えからきている行動だ。
そんな考えをしているというのに、自分の身を守るために彼女らの身体を使ったら本末転倒だろう。

今は流石に何も自衛手段がない、ということで攻撃特化のアーちゃんや斥候技能に秀でているスーちゃんに任せてはいるものの……将来的には自衛程度は自分で出来るようにはなっておきたい。
そんな考え事をしながら歩いていると、アーちゃんの手で制止させられる。
何事かと彼女の方をみれば、普段よりもキツく前方を睨みつけていた。

「サポート、いるかい?」
『要らないわ。でもスーから離れないようにしておいて。……数は?』
『5。さっき倒したのは斥候役か見回りをしていたのかどっちかだった、って感じですかね』

アーちゃんの指示に従いスーちゃんの近くへと移動する。
それと同時、アーちゃんの両手には光が集まり2丁の拳銃が出現していた。
一瞬、そんなものでモンスター相手にどうにか出来るのか?と頭の中で過ったが、ここはゲーム内だ。
彼女が手にした拳銃も、現実と同じスペックで考えない方がいいだろう。

「よし、じゃあアーちゃん頼んだよ。こっちはこっちでスーちゃんと休憩しながら観戦してるからさ」
『ふふ、そうですね。アーちゃんも早めにこちらに合流できるように頑張ってくださいね?』
『あら、狡いわね。……いいでしょう、早めに片付けるから待ってなさい』

その言葉と共に、アーちゃんは足元の地を蹴って前方へと駆けだしていく。
私はと言えば周囲に対して【鑑定】を、スーちゃんは一応スキルを使い索敵をしながらも、私が見つけたアイテムの解説をしてくれていた。

発砲音と、何かの呻き声をBGMに行う採取は中々に趣があるもので。
次からは戦闘が終わってからやろうと思うくらいには良いものだった。

「そういえば、私【木工】スキル持ってるんだよね」
『あら、そうなのですか?なら木も採取出来たほうがいいですね……』
「やっぱり斧とか必要?それとも某サンドボックスゲームみたいに最初は素手で殴り倒さないとだめかな?」
『ここは四角い世界ではないのでそんなことしなくて大丈夫ですよ。とはいえ、斧がないと始まらないのは変わりませんので……よっと』

スーちゃんが軽く背伸びして手に取ったのは、木から生えていた少し太めの枝だった。
まだまだ水分を保っていて、薪などにするには向かないだろう。

『こういう、少し太めの枝なら【木工】の練習にも使えるんじゃないでしょうか?』
「あー成程ね。確かに枝なら指輪とかも作れそうだ。ありがとう」
『いえいえ』

そんなこんなで、私達ののんびりとした行軍は少しずつ奥へと進んでいく。
奥に何が待っているかは、まだ誰も知らないまま。
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