のんこ

緑ノ革

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チカ

チカ2

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「やだもう、チカ、おどかさないでよ、ママびっくりしちゃった」

 安堵の息が口からこぼれ出る。
 本当に驚いた。

 しかし、ほっとしたのも束の間。
 チカの様子がおかしい。
 何も言わず、小刻みに体を震わせている。

「チカ? 大丈夫?」

 熱でもあるのかと、心配になり、チカの額に手を伸ばした時だった。

「ながやぐ、どどだぢ、ゆぎぃー、ゆぎぃー」

 と、チカが意味不明な言葉を喋りだす。
 体をゆらゆら動かしながら言うチカの目は、白目になっていた。
 顔色も悪く、唇が紫色になっている。

 その瞬間、なぜだか私は思った。

 のんちゃんだ。

 チカの体に、のんちゃんが取り憑いている……と。

 私は慌ててチカを抱き寄せる。

「出ていって! のんちゃん! チカは渡さない! 何処かへ行って!」

 チカを強く抱きしめながら叫ぶと、チカ……のんちゃんは「ゆぎぃ」と一言呟く。
 そして。

「ママ? どうしたの?」

 チカの心配そうな声が聞こえた。
 私は戸惑いながらもチカから離れて、チカの顔を確認する。
 チカの悪かった顔色は赤みを取り戻していた。

「よかった、チカ」

 私は再度、チカを抱きしめる。
 本当に良かったと、そう思っていた。





 その日の夜。
 私は帰ってきた夫に今日の出来事を話した。
 信じて貰えないだろうと思いつつ、それでも誰かに聞いて欲しくて話をした。

「なるほどなぁ」

 チカが描いたのんちゃんの絵を眺めながら、夫は呟く。
 嘘だろうと、頭から否定される事を覚悟していた私は、何かに納得している夫に驚いた。

「信じてくれるの?」

 私が聞くと、夫は頷いて見せる。

「昔、俺が小学生の頃、友達が"のんこ"って友達ができたって言ってたんだ、彼もチカが描いたのとよく似た黒い人を描いて、それをのんこって言ってた」

 少し悲しげな表情で、夫は言う。

 のんこ……だからのんちゃん? 
 などと思っていると、夫は静かに私の方を見て、微笑む。

「よくチカを守ったな」

 優しく夫は言って、ネクタイを緩める。

「のんこと関わったその友達、家族みんな死んだんだ、一家心中でな」

 それを聞き、私の体は恐怖に震えた。
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