のんこ

緑ノ革

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タイチ

タイチ1

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 嫌な夢を見た。

 オレがいじめていた奴、コウタの夢だ。

 そして……あの、化け物……のんこの夢。



「タイチ!」

 名前を呼ばれて、オレは目を開いた。
 心臓が爆発しそうな程、ドキドキと音を立ててる。

 目の前には心配そうにしている母ちゃんがいて、オレの肩をゆすっていた。

「あ、あぁ……」

 声が震えてる。
 まだ、夢に出てきたコウタとのんこが怖くて、寒くないのに体はめちゃくちゃ震えていた

 のんこに襲われたあの日、オレは恐ろしいものを見たんだ。

 暗い中にびっしりと並ぶ、人間の顔。
 全員が怖い表情をしていて、オレに「助けて」と言っていた。

 子どもの顔、大人の顔、年寄りの顔と、歳も性別も関係無く並んでいたのをハッキリと覚えている。

 そして、皆が言っていた。

『のんこに食べられた、助けて』

 と。

 すぐに自分を食った化け物がのんこだって気付いた。
 そして、自分も皆と同じようになるんだと、恐ろしくなった。

 助けを求める沢山の声が頭にガンガンと響く中、ちょうど見えた男の子の顔が、苦しそうに歪み。

 ぱん。

 と、はじけた。
 それに気付いた他の顔達は、怯えた表情をして、さらに「助けて」と騒ぎだす。

「や、やめろ! やめろよぉ! 助けてくれよ!」

 オレは暴れながら思わず叫んだ。
 すると、目の前にぎょろっとした目が現れて、オレを睨む。
 白目が真っ赤になっていて、黒目は白く濁っている。

 その目を確認したところで、オレは気絶したんだ。

 それからというもの、オレは言葉を喋れなくなった。
 声は出るけど、言葉にはならない。

 のんこに食われかけた日から、家族と会話する事すらできない日が続いた。
 警察が話を聞きに来た時なんかは、ひたすらのんこの存在に怯えていて、文字も書けなかったし、喋ることなんて全く出来なかった。

「また、怖い夢を見たのよね……大丈夫?」

 母ちゃんがオレの腕を擦る。

 オレは枕の横に置いていたメモ帳とボールペンを持って、メモ帳に『だいじょうぶ』と書いて母ちゃんに渡す。
 時間が経ったおかげなのか、こうして文字を書いて、何とか会話ができるようになった。

 ここまで回復したのは、母ちゃんや父ちゃん、そして姉ちゃんのおかげだ。

「そう、大丈夫なのね、部屋から出られる?」

 母ちゃんが聞いてくる。
 オレはそれに頷いた。

 部屋に閉じこもっていたいけど、一人になるのが怖くて部屋から出ることにする。
 何より一人だと、のんこが見えてしまうのが怖くて……。

 オレはベッドからおりて、母ちゃんと一緒にリビングに向かう。

 リビングはオレの部屋から出てすぐの場所にある。
 リビングに入ると、姉ちゃんがソファーに座って新聞を見ていた。

 コウタが行方不明になってから三ヶ月。
 姉ちゃんはコウタが発見されないかと、新聞やニュース番組、そしてネットで情報をかき集めている。

 オレが、後悔してるからだ。

 いじめなんてした事を、後悔して、コウタに謝りたいと思っているから。

「あ、タイチ、おはよ。 ゲームでもする?」

 姉ちゃんはオレに気付くと、新聞を畳む。

「……うぁ」

 声を出しながら、首をふる。
 今はゲームの気分ではない。

「そういえばさ、タイチこっち来て」

 姉ちゃんがオレに手招きをした。
 オレはそれに従って、姉ちゃんの隣に座る。

「のんこの事だけど──」

 そう言ったとたん、母ちゃんの顔が険しく変わる。

「ノゾミ! タイチの前で!」

 母ちゃんが怒鳴った。
 のんこの話しは警察にも伝えたけれど、信じてはくれなかった。
 でも、母ちゃんや姉ちゃんは信じてくれていて、母ちゃんはオレが怯えるからって、のんこの名を出すのを禁止していた。

「いつまでのんこを避けるわけ? 知らなきゃ対応もできないでしょ?」

 姉ちゃんが母ちゃんに返す。

 険悪なムードの中、オレは紙にボールペンで文字を書く。

『だいじょうぶだよ』

 そう書いた紙を母ちゃんに見せた。
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