のんこ

緑ノ革

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ノンコ

ノンコ1

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 のんこ。

 ノンコ。

 起きて。

「ノンコ、起きて」

 声がして、目を開けると、そこにはお母さんがいた。
 お母さんはノンコのほっぺを触って、ゆっくり撫でてくれる。

「ほら、ノンコ、お水をのんで」

 お母さんはそう言って、ノンコの体を起こした。
 とてもだるい。
 お母さんが支えてくれなきゃ、体を起こすこともできない。

 お母さんは水の入ったコップをノンコの口にあてて、少し開いていたノンコの口に水を流し込む。

 だけど、上手に飲み込むことができなくて、むせた。
 苦しい。
 咳が止まらない。

「何で飲まないの!」

 お母さんが怒鳴る。

「ご、ごめん、なざい……げほっ、ごほっ!」

 咳をしながら謝った。
 でも、お母さんはいつも許してくれない。

 お母さんは顔を真っ赤にして、ノンコの事を突き飛ばした。

「アンタみたいな子、産まなきゃよかった! せっかく水をあげたのに、そんな反抗的な態度!」

 お母さんが怒鳴る。
 ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん、怒らないで。

 お母さんは両手を顔にあてて、泣き声をあげながら膝をつく。

「なんで上手くいかないのよ!?」

 声を震えさせながら、お母さんは泣いていた。
 ごめんなさい、ノンコが悪い子だから……泣かないで、お母さん。

 喋ろうとするけど、咳のせいで上手く喋れない。
 お母さんが泣いていると、ピンポーンと音がする。
 ああ、きっと、あの人が来たんだ。

 お母さんはノンコに背中を向けて、玄関のドアを開ける。
 そこには男の人がいた。
 お母さんが大好きな、あの人。

 お母さんはあの人が来たら急に元気になった。
 笑いながらカバンを持って、あの人の腕に抱きつく。
 とても幸せそうな顔で……。

「おがぁざん」

 声を絞り出す。
 咳は止まったけど、喉が痛くて、口がかわいて、上手く声が出なかった。

「ガキまだ生きてんのかぁ?」

 あの人が言う。

「仕方ないじゃない、そろそろ死ぬだろうから、気にしないで、早く行きましょ」

 お母さんは、とっても嬉しそう。
 ドアが閉まって、鍵をかける音がした。

 ひとりぼっち。

 毎日、ひとりぼっち。
 寂しい。
 ひとりは怖い。

 外から声が聞こえてくる。
 楽しそうな声が。
 ノンコと同じくらいの歳かな?
 多分、同じくらいの子達の声。
 
 いいなぁ、ノンコも遊びたい。

 でも、遊んだらお母さんに怒られるよね。
 仕方ないね、ノンコが悪い子だからだよね。

 目がぼやっとする。
 そんな中で、棚の上に置かれた、白い入れ物に視線がいく。

 あれは、お父さん。

 去年死んじゃった、お父さん。

 あの白い入れ物の中に、お父さんは閉じ込められている。




 嫌だ。

 怖い。

 ノンコもいつか、燃やされて、あの中に入るの?

 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 怖いよう、焼かれたくない、あの中に入りたくない!



 助けて……。

 誰か……。

 涙で前が見えなくなる。
 怖くて、怖くて、奥歯がカチカチ音を鳴らす。

 怖いことから逃げたくて、ノンコは目を閉じた。
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