ラビリンス~悪意の迷宮~

緑ノ革

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逃走

逃走1

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 少女を縛るロープをほどこうと、ロープを掴んだ空良だったが、少女が激しく体を動かしているためにロープを掴むだけでも難しい。
 なんとか結び目を掴み、引っ張ったりするが、ロープの結び目は固く、上手くほどく事ができなかった。

「すみません、動かないでください」

 できるだけ穏やかな口調で空良が少女に声を掛けるが、少女の方は何かに取り憑かれたのではないかと思う程に、その動きを激しくしていく。
 そんな事をしていると、ステージの上に、誰かが上がって来た。

 それはコアラの着ぐるみを着た人間だった。

「処刑の時間だよぉー」

 その声は先程聞こえた男性のものだ。
 着ぐるみの男の手には、斧が持たれていて、その斧は錆びた色をしている。
 不気味な雰囲気を纏うその男の出現に、空良は慌てた。

 このままでは、あの斧で少女が……もしかしたら自分も攻撃されるかもしれない。
 そんな恐怖を感じた空良は、なんとかロープをほどこうと、手に力を込めて結び目を引っ張る。
 すると空良の頑張りが実ったのか、ロープが緩んだ。

 近付いてくる男の気配を感じながら、必死に結び目をほぐし、何とかロープがほどけた。
 そして顔を上げると、すぐ目の前に着ぐるみの男が立っている。

 さぁっと、空良の血の気が引く。

 着ぐるみの男は斧を振り上げ、少女に向けて振り下ろす。
 とっさに空良は少女を椅子ごと突き飛ばし、斧を避けさせた。
 しかし、少女が倒れた瞬間。

 ゴトン!

 と、無機質な音がして、少女の足が砕けて折れる。
 斧は床に深々と刺さり、着ぐるみの男は首を傾げた。

 折れて転がった少女の足を見つめて、空良は唖然とする。
 何が起きているのか、理解する事ができず、空良の喉が空気を吸ってひゅっと鳴った。

 舞台上に転がるその足からは血は出ていない。
 折れた傷口は白く、砕けた細かい欠片が散らばっている。

 椅子ごと倒れた少女はぴくりとも動かなくなった。
 混乱する思考の中で、空良は落ち着かない焦点で少女と折れた足を交互に見ている。

「あれぇ? 邪魔する奴がいるぞぅ? どこの悪い子かなぁ?」

 着ぐるみの男は斧を床から引き抜き、空良の方を見た。
 空良はその言葉に震え、両手を床に張り付けたまま男を見上げる。

 コアラの真っ黒な目と視線が絡み、空良は逃げようとしたが、上手く足に力が入らず、その場で転んでしまう。

「悪い子はお仕置きだよぉ」

 男がそう言って、斧を持ち上げる。
 危険を感じて空良は大きく目を見開いた。

 その時だった。

「危険って、言ったのに」

 少女の声がして、着ぐるみの男が何かに弾き飛ばされる。
 そして仰向けに男は倒れた。
 空良は一瞬、何が起きたのか分からなかったが、そこには片足を失った少女が立っていた。
 彼女が男に体当たりをしたのだ。

 片足だけで器用に立つ少女は、麻袋を被ったまま空良の方を見る。

「逃げて……ここは悪趣味な神様の遊び場だから」

 少女に言われ、空良は太ももから下が無くなった足を見た。
 やはり出血はしていない。

「あ、あなたは一体?」

 震える声で問いかけると、少女は。

「早く逃げて!」

 と、大きな声を上げた。
 その声に弾かれるように空良は立ち上がり、舞台から降りる。
 そして走って唯一の出口である扉に向かった。

 さっきは開かなかった扉を開けようと手を伸ばすと、空良の手が触れるより先に扉は開く。
 走った勢いのまま部屋を飛び出した空良は、バランスを崩して転ぶ。

 顔を上げて振り向くと、扉は勝手に閉まった。

「はっ……あ……」

 息が苦しく感じ、空良は肩を大きく揺らして深呼吸をする。
 不可解な事が多すぎて、どうしたら良いのか分からなかった。

 頭がくらくらするような感覚を覚えながら扉を見ていると、扉の向こうから『ドン!』と殴るような音が響く。

「う、うわぁ!」

 声を上げ、空良はその場から逃げ出す。
 重たい足を無理矢理動かし、駆け出した。

 三つ並んだ扉の右側の扉を乱暴に開けて駆け込み、通路が続くままに走っていく。
 途中の扉に入る余裕もなく、ただ道なりに駆けていった。

 そして突き当たりに扉があるのが見えて、空良はその扉を開いた。

 扉の先には広い部屋があった。

 美しい真っ白なその部屋の中心には台座がある。
 部屋の中に空良が進んでいくと、空良の後方で扉が勝手に閉まった。

 すると台座の上に光が灯り、その中からシトリーがふわりと現れる。
 それを見た瞬間、この部屋は安全なのだと、そう感じた空良の足から力が抜け、その場に膝を着く。

「あらら、大変だったみたいだね」

 シトリーのその言葉に、空良は笑みとも、泣きそうな顔とも見える表情をして、シトリーを見つめた。

「さて、次のヒントをあげようか」

 シトリーはそう言って、台座の上でくるりと回った。
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