ラビリンス~悪意の迷宮~

緑ノ革

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すーちゃん

すーちゃん2

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 部屋を出て、空良はまだ行っていない、長く続く廊下の方へと歩を進める。
 淡い光に照らされた廊下は、嫌になるほど綺麗だった。

 空良は気分の悪さを感じながら、進んで行く。

 すると廊下の途中に、何かが落ちていることに気付いた。

「なんだろう?」

 気になって近付いてみると、それは紙のようだった。
 空良はそれを手に取る。

 紙には厚みがあり、手触りから画用紙のようだと空良は思う。
 そして裏返してみると、そこには赤いクレヨンで描かれた絵があった。

 長い髪をした、目が三つある女の子が立っている絵で、絵に被せるように拙いひらがなが書かれている。

「これは……」

 ひらがなで書かれた文字。
 それは。

『たすけて』

 文字を読んだ瞬間、空良の手は震えた。

(これは、すーちゃんが描いたのか?)

 そう思い、空良の表情が悲しみに歪む。
 その時、絵を見ていた空良の足に、何かが当たった。

「ん?」

 気付いた空良が下に視線を移すと、足もとにボールがある。
 これが足にぶつかったのだろう。
 空良はしゃがんでボールに触れる。

 ボールはピンク色でウサギの模様があり、大きさは片手で持てる程度で、やわらかい。
 子どもが安心して遊べるボールというイメージを、空良は抱いた。

「ボールに、絵……」

 どちらも子どもが関係する物で、どちらもすーちゃんの関係なのだろう。
 空良はそっと絵とボールを壁際に置いて、また歩きだす。

 歩きだして二分ほどした頃、廊下の突き当たりに着いた。
 道はこれ以上続いておらず、大きな窓だけが有る。

「道が無い……戻らないと」

 何もなかったことが、残念で仕方ない。
 しかし、同時に何もなかったことにほっとしている。

 複雑な感情を抱きながら、空良は道を戻ろうと窓に背中を向けた。

「どこいくのー」

 すーちゃんの声がして、空良の動きが止まる。

「あーそーぼー」

 すーちゃんはそう言って、笑う。

 空良が恐る恐る振り向くと、ぶらりと片手を下げながら、窓に張り付くすーちゃんの姿があった。

 すーちゃんはカタカタと頭を小刻みに揺らしながら、空良のことを見ている。

「す、すーちゃん?」

 空良はすーちゃんから目を離さないようにしながら、後退する。
 すーちゃんは笑いながら下げていた片手を持ち上げた。

 その手には、見覚えのあるスクールバッグが持たれていて、その開口部からは真っ白な小さい手が出ている。
 手のひらには緑色の絵の具のようなものが付着していた。

 そのスクールバッグは、この迷宮内にあった空良の家で見た物で間違いない。

「み、みかちゃん!」

 空良は走って窓に近付き、窓に手をついた。
 すーちゃんは更に頭を大きく揺らし、笑い声を上げる。

 空良の声に反応したのか、手が少し動く。

「お……にぃ、ちゃん」

 窓越しで聞こえないはずの、みかの声が聞こえ、空良は焦った。

「すーちゃん、いい子だから、そのバッグを他のお部屋に持って行ってくれないかな?」

 空良が震える声で言うと、すーちゃんは笑うのをピタリとやめる。
 そして、スクールバッグに掛けていた二本の指の内、一本を外す。

「すーちゃん、お願いだから、やめてくれ」

 できるだけ優しく、空良が言う。

 するとすーちゃんはにんまりと笑い。

 もう一本の指をスクールバッグから外した。

「みかちゃん!」

 空良が叫ぶ。
 何もできないまま、スクールバッグは霧の中へと落ちていった。
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